SSブログ

『モーアシビ 第35号』(白鳥信也:編集、川上亜紀・小川三郎・川口晴美・他) [読書(小説・詩)]

 詩、エッセイ、翻訳小説などを掲載する文芸同人誌、『モーアシビ』第35号をご紹介いたします。今号は、緊急で「川上亜紀さん追悼特集」が組まれました。


[モーアシビ 第35号 目次]
----------------------------------------------------------

『輪郭線』(北爪満喜)
『細胞はもっと生きたい、と先生は言った』(サトミ セキ)
『純潔』(小川三郎)
『風の道』(島野律子)
『肥大器官』(森岡美喜)
『二〇一七山岳作業記録』(浅井拓也)
『かゆい』(白鳥信也)
『椅子』(森ミキエ)

川上亜紀さん追悼特集
『光の林檎』(川口晴美)
『氷と蝶と』(北爪満喜)
『川上亜紀さんとほんとのことば』(水越聡美)
『亜紀さんへ』(森岡美喜)
『川上亜紀さんのこと』(森ミキエ)
『川上さんの「思い出」』(島野律子)
『風の吹く向き』(大橋弘)
『川上亜紀さんとモーアシビ』(白鳥信也)

散文
『部落総会』(平井金司)
『ふたつよいことさてないものよ』(清水耕次)
『風船乗りの汗汗歌日記 その34』(大橋弘)

翻訳
『幻想への挑戦 9』(ヴラジーミル・テンドリャコーフ/内山昭一:翻訳)
----------------------------------------------------------

 お問い合わせは、編集発行人である白鳥信也さんまで。

白鳥信也
black.bird@nifty.com


 以降、川上亜紀さん追悼特集から引用します。


――――
またこんど、は遠ざかる
だけど詩はなくならないから
わたしは詩集を開く
林檎を剥くように頁を開けば白い光はあの十二月よりも鮮やかに
亜紀さんの言葉を輝かせている
――――
『光の林檎』(川口晴美)より


――――
まなざしの奥へ木洩れ日の文字は落ち
私の氷は溶け出して
すこしずつすこしずつ冷気からほどかれ
深い闇のなかへ悲鳴を眠らせる
――――
『氷と蝶と』(北爪満喜)より


――――
「わたしには林檎遺伝子があるの。林檎が好き」
 と川上さんは言った。大粒の冬の新鮮な苺が、薄いクリーム色の林檎の横に並べられる。川上さんはその苺も美味しそうに食べた。あまりに美味しそうに食べるのにつられて、わたしたちも林檎を音を立てて食み、大粒苺の甘さを噛み締めた。あの束の間の幸福な時間を、「林檎遺伝子」という言葉と共に思い出す。
――――
『川上亜紀さんとほんとのことば』(水越聡美)より


――――
思い返せば、私と亜紀さんとの間には色々と共通点がありましたよね。
二人とも猫が好き。大好き。というかラブ。むしろ溺愛。お互いの飼い猫が同い年の老猫(なんと今年で十七歳!)でびっくりしましたよね。これもママ友になるのかな?
フィギュアスケートもお詳しかったですね、私はスケオタと言われても仕方ないレベルでしたが同じぐらいの熱量で語ってくださるのがびっくりでそれも嬉しかったです。
――――
『亜紀さんへ』(森岡美喜)より


――――
川上さんと初めて会ったのは川口晴美さんの詩の教室でした。自作の詩を読みあい、読まれた詩について意見や感想を初見でいうのですが、いつも思慮深く言葉を選んで、遠慮がちに発せられる意見は、外れたことはなかったように思います。何度か帰りの山手線でプライベートな話もしたりして、潔癖な心持と文章に対する真摯な姿勢に刺激を受けました。
――――
『川上亜紀さんのこと』(森ミキエ)より


――――
山手線で移動中、そろそろ詩集を出すんですかと尋ねると、今は小説の本が出したいと思ってと答えられ、川上さんはそのときどんな本を計画していたのだろう。それは別れ際の会話だったのか、具体的なことはなにも聞くことなく笑顔で挨拶をし、それ以上のことは知らないままです。
――――
『川上さんの「思い出」』(島野律子)より


――――
ずいぶん遠回りしてモーアシビで知り合って、彼女が大学の後輩と知った時には、それまでの人生で一度も吹かすことができなかった「先輩風」というものを、いよいよ吹かせられるかも、などと不遜にも思ったものだが、実際に彼女と話してみると風なんか起こせない。さまざまな面で自分に先輩的な成分が欠けているからだろうと思うけれど、穏やかで、落ち着いている川上さんに対していると、そんな風のやり取りをするような心持ちにならないのだった。
――――
『風の吹く向き』(大橋弘)より


――――
 二十七冊のモーアシビに掲載した川上さんの作品は、詩が二十編で、エッセイが五編、小説が二編。川上さんがモーアシビに書かれた詩作品の多くは詩集にまとめられているが、エッセイや小説などは未収録のままだ。(中略)
 川上さんとの二十年近い交流を思い返す。小さな声で話す川上さん、それでいて意志のある明確な意見を語る川上さん、ゆっくりと詩を朗読する川上さん、明大前のモーアシビの打ち上げに参加した川上さん笑顔、生まれて初めて僕らと一緒にカラオケボックスに行った川上さん、そのとき亡くなったお父さんに聞かせるのだとピンクレディーを歌った川上さん、楽しそうだった。色んな川上さんを思い出す。それから、川上さんの書き残した言葉たちも。
――――
『川上亜紀さんとモーアシビ』(白鳥信也)より



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『風鈴(「文藝」2018年秋号掲載)』(松浦理英子) [読書(小説・詩)]

――――
 子供が残酷な目に遭わされた事件をニュースで知った時など、わたしは恐ろしげな大人たちを怯えながら見上げていた井戸の底に引き戻される。そして、暗い井戸の底から見上げる恐ろしい地上の世界が、あんなに明るい光に満ちているのはなぜだろうと不思議に感じる。
――――
文藝2018年秋号p.287


 井戸に落ちたときの思い出。幼なじみの友だちと都会から来た中学生と三人で風鈴を作った思い出。幼い頃の記憶には、しかし、どのエピソードにも小さな影が落とされているのだった。そして、……。

 大人が見せるささやかな悪意、冷淡さ、子供を傷つける無神経なふるまい。無条件に守られ安心しているべき子供が、実際には、様々なレベルで加害されていることを静かに告発するような短篇。短いページ数で読者の感情を引っ張り回す手際が凄い。


タグ:松浦理英子
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『ウラミズモ奴隷選挙(「文藝」2018年秋号掲載)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

――――
 その日私はみたこ様にいのりました。私は巫女になりたいので男断ちをしているのだ。みたこさま、美しいお遣い女さまよ、イカアナは今私のパンツをとっていきました、どうか私を選挙に勝たせてください。もし負ければ私はもう何も拝まない。ただあの糞イカアナキストを本当に殺します。刺してやります。突いてやります。死体の血を一滴も残しません。全部飲み干します。レトルトを貰って食べたくらいで人の尊厳を何ですか、尊厳という言葉を私はみたこから習いました。イカアナからすると悪の言葉らしい。だが悪が何だろう、私は悪が好きだ。悪に憧れる。あの汚らしい、五十がらみの坊っちゃまに胸や尻を踏まれたりつねられたりして起こされる位なら、どんな悪にでもなるよ。悪の女帝になるよ。
 だって、投票所にはとうとう国連の監視団が来ていたのです。
 そしてさらに神ではないものに私は祈りました。ウラミズモよ、「悪のウラミズモ」よ、女にセックスを断る自由を与えた、「権力の警察」よ、どうかひょうすべと、イカアナとヤリテとイカフェミを宇宙一汚い、便所に、叩き込んでください。なんぼ「正しく」ても「自由」でも私は自分の輝く玉の肌を、イカアナの便所にされるのは嫌です、と。
――――
文藝2018年秋号p.224


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第119回。

 おんたこ、ひょうすべ、TPP。だいにっほんシリーズ、舞台はついに女人国ウラミズモへ。原発利権の真相、エリート高の若者たち、火星人遊廓の発祥、みたこ教団、そしてついに詳細に書かれる(うわーっ)男性保護牧場の実態。2016年のTPP批准(作中設定)から、2067年に始まったウラミズモによるだいにっほん占領を経て、2086年のだいにっほん事実上の滅亡まで、歴史を一気に駆け抜ける、堂々たる『水晶内制度』続編。


――――
 ひょうすべは女の子なのよただおなかがすいているだけ、かわいそうな子供、お願い食べさせて苛めないでひょうすべに人間を喰べさせてちょうだい
――――
文藝2018年秋号p.217


 さて、2018年6月29日(忘れるな)、現実の日本において、TPP11関連法が可決・成立いたしました。作中の「にっほん」は、当初予定通り2016年にTPP批准をしています。2年の差はありますが、大した違いはありません。結果も似たようなものでしょう。


――――
 で? 現実の日本も、パラレルのにっほんも、いつしか気がつけば公文書は全て偽造、議会は多数決だけ。公約は破られるだけ。民を世界企業に売り渡す人喰い条約のTPP、それを使って一家を根こそぎにする事しか(両方の)政府は考えていない。故に民を煮るため鍋釜、下で燃やす薪、何もかも揃えて、政権は殺戮以外ではもう、興奮しなくなっていた。
 だって連中は既に、ただ搾り取るのにも飽きてしまったのだ。既に民を絶滅させなければ、寿司もうまくないし、風俗でも射精も出来なくなっているし、ただもう国民を苦しめて喰う事だけを楽しみにして、それで射精をしたいとだけ思っているのである。
――――
文藝2018年秋号p.135


 なぜそんなことばっかやってて政権支持率が下がらないのか。むしろ喝采を叫ぶような声が目立つのか。それはつまり、多くの国民が、別に騙されているわけでもなく、本当にまじに支持しているから。たとえ結果がわかっていても、面倒だから支持を続けるに違いないから。そのことを政権も確信しているから。


――――
 ばかりか、問題は民、そのものであった。というのもにっほんはいつしか自分で自分を奴隷化し奴隷的でいることを美徳とする国となっていった。それもけして勤勉が好きなのではなく、弱者に押しつける不要の苦しみが好き。女に向かって嫌な我慢をさせる事が生き甲斐。(中略)……男は職場奴隷、女はハウス奴隷、双方選挙権のある奴隷のカップル。またその一方で少女虐待国家というのも連綿と続いてきた流れである。つまり国家奴隷のそのまた下に、女奴隷家事奴隷メイ奴隷で性奴隷。
 実際は奴隷状態で使われていても「あれは奴隷じゃない○○婦だ」などと、言い口、表現を変えてすべてごまかす、つまり実態と表現を切り離した態度で通す。そもそもそれ以前に、奴隷というものがあまりにも全土にすべてに浸透しすぎていて、特に「強制」されなくてもいつも、誰かの所有物になっていて魂を売っている。
 にっほん人とは何か? それは奴隷とは何かについてまともに考えたことが一度もない国民。というよりかそれ以前に、自分とは何で今どんな状態かさえ、思考して言語化した記憶のない奴隷集団。
(中略)
 奴隷は選挙に行かない。行っても行かなくても奴隷根性に変わりはないし、奴隷でなくなった自分というものを想像出来ないから。
――――
文藝2018年秋号p.150、155


 で、TPPに種子法廃止、水道民営化。お得なバリューセットでこんなことに。


――――
水道料金の払えない人が増えていて、彼らは飲み水だけ買う。むろんペリエとかではなく、その安い川の水を。しかしそこには農薬ばかりか寄生虫も化学物質も入っている。その一方で、使える井戸などはお役所に見つかれば水源自主管理規制法等で埋められるそうだ。つまり、水源は世界企業が買い占めているのである。
 そんな中S倉には空っ風で、古新聞が飛んでくる。すると紙面ではまだ大都会の人間が「にっほんの水と自由は無料、いい気な国家批判」などと冷笑している。しかし県部では既に、庭に生えた七草も零れた種も、勝手に使っているとお縄になる。
 最近のにっほんでは、自分の取った種でも自分で汲んだ井戸水でも、勝手に使うことが禁じられていた。その原因は、世界的な大会社がお金を取りたいから。基本、全部の生存行為から手数料を取る。しかも、その値段を遠い外国で、勝手に決めてくる。
――――
文藝2018年秋号p.158


 これマジですよ。もう、ディストピアSF、とか言ってる場合じゃないです。でも、にっほんの男たちは、女を性的搾取する特権だけ与えておけば、どんな境遇にも堪えてくれます。お上に文句は付けません。むしろ文句をつける人を寄ってたかって叩いて黙らせてくれるのです。


――――
 電鉄会社は男性が快く女性に痴漢出来るようにと、痴漢し易い環境を男性客に提供し続け、それを一種のサービスと考え、痴漢を煽るような広告を駅に貼り続けた。女性専用車は今では痴漢に遭った恐怖でそこにしか乗れない女性を集めておいて、そこに集団でもっとも嫌ったらしく汚い卑怯者の痴漢に侵入させて嫌がらせをするという、そういう攻略プレイを無料でさせる、場所になっていた。
 女しか買わない商品の広告は一種類になっていた。出来るだけ多くの女性差別を盛り付けた挙げ句に、侮辱口調で買うように命令するものだった。しかもそうされたにっほんの女性は、買わないと殴ると脅されたも同然の状態なので恐怖のあまりに買ってしまうのであった。
 商売は強奪で価格は強制、選択は不可能、それが自由貿易である。
 かつてはにっほんの人口の半数を占めていた女性、その体力も労働力も破壊されていった。さらにはそこから、消費という消費が冷えていった。一方、男の経済効果は買春あるのみ。
――――
文藝2018年秋号p.145


――――
 取り敢えず少女と見たら因縁を付けて性的虐待、しかもそれだけでは欲ボケの身にはもの足りぬので、泣いている親や被害者に二次加害する、しかもこいつらときたらそれでもまだ足りないというので、どうやったら口汚く被害者を貶められるか、こうやってデマを流したら向こうはショックで自殺するか、それを朝から晩まで考えていて二十四時間、少しでも多く他人様から、何の理由もなく毟り取ろうとする。しかし実はそれはけしてただの極悪汚ないどすけべ、というそれだけではない、そう、大変に深い意味のある行為だった。
 むしろそれこそ、地球を滅ぼす不毛な「ネオリベ経済行為」と同じものなのだ。
――――
文藝2018年秋号p.152


 実際、ネットで見られる性犯罪被害に対する女性の声(しばしば「リプ欄が地獄」などの紹介付きで引用リツイートされてくる)からして、これは現実そのもの。出来ればディストピアSFであってほしかった。しかし、すでににっほんは、いや日本は、ものすごい勢いで高度ひょうすべ成長を遂げてニホンスゴイなことに。


――――
 要するに何もかも短期決戦で人材を育てず、人間主体の幸福追求をさせず、数字の発展が、個々からの収奪が、経済の達成であるかのような、見せ掛けを作り込んだ上で格差を広げていき、なおかつ国全体の赤字と災難は少女がもたらすのだ、その分の責任を少女が被れとまで宣伝し続けた。こうなると数字を信じて疑わず、その収奪ぶりを我が利益と思い込んで喜ぶ人間は、全員が弱いものいじめを徹底させる事で権力からなんとか褒められようとした。
――――
文藝2018年秋号p.153


 あまりの惨状に、選挙という合法的手段によってにっほんから独立しTPPからの離脱をはかる特区が続出。そのまま女人国ウラミズモに併合されてゆきます。住民の半数を切り捨てる(男は国外追放か、あるいは……)しかないところまで追い詰められた人々の決断。悔しさと祈りがウラミズモを呼ぶ。

 だいにっほん三部作でも、『ひょうすべの国』でも予告されていた、ウラミズモによるだいにっほん侵攻の始まりです。


――――
「さあ、笙野様、今からはもうウラミズモが侵攻してまいります。半年以内に、ここはウラミズモの植民地になるのですよ。私達にとっては有利かもしれません。でも、あなたにここに残られては作者は困ります」
――――
『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』単行本p.214


――――
二千六十七年春、ウラミズモはだいにっほんを占領した。
――――
『植民人喰い条約 ひょうすべの国』単行本p.183


 その翌年、2068年。今やウラミズモ占領下にあるS倉から新たな物語が始まり、やがて舞台はウラミズモ本国へと移ってゆきます。男から人権を奪い弾圧することが国是となっている国。思想統制を隠さない警察国家。「民主主義が死んだ後の世界」(文藝2018年秋号p.130)。しかし、……。


――――
自分は今生きている、机も水もある。昔と比べれば、やはり天国だ。しかし実は相当なディストピ天国、……。
――――
文藝2018年秋号p.201


――――
 これはもしかしたら、クリーンだがホラーな政治かもしれないと思う事があります。ただ、そう批判する自由もここにはあるのです。
――――
文藝2018年秋号p.190


――――
「私達は三百年後の男女平等を目指しています。けして男性を不幸な迷妄に閉じ込めてはおきません、その日が来たらきっときっと解放して、女性と同じ地位にしてあげようと、それまでは大切に保護してあげようと誓っております」
――――
文藝2018年秋号p.170


 『水晶内制度』発表から15年。おんたこ、ひょうすべ、を経て、ついに舞台はウラミズモに戻ってきました。「化粧していると国民的美少女、していない時は世界的美少女」(文藝2018年秋号p.197)な高校生や、政権中枢で働いている人など、様々な登場人物(土俗の古代神含む。金毘羅や荒神シリーズとの接近の予感も)を視点として、読者はウラミズモを見て回ることに。

 そして舞台は男性保護牧場に移るのですが、このあたりの紹介は今は勘弁してください。男性読者としては色々と、すくむのですよ。代わりにこういうの引用しておきます。


――――
至上のウラミズモギャグ、文金高島田、または「勝訴ストリップ」と呼ばれるものを自分の代で実現したい
――――
文藝2018年秋号p.189


――――
「百合にも百合イカがいる。リョナにもリョナイカがある。フェミにもイカフェミがある」
――――
文藝2018年秋号p.190


 というわけで、何しろあの『水晶内制度』の続編ですよ、「笙野頼子さんの近作は自分には向いてないようなので」などとおっしゃらず、ぜひ読んで頂きたいと思います。



タグ:笙野頼子
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、上田早夕里、宮内悠介、小田雅久仁、山尾悠子) [読書(SF)]

――――
 〈SFマガジン〉掲載の収録作が一編だけというのも、13年版、16年版と並んで過去最少。日本唯一のSF専門誌である同誌は、2015年に隔月刊化されて以降、連載・連作の比重が高まり、日本SFの読切短篇がめったに掲載されなくなっている。
 しかし、逆に言うと、SF専門媒体に頼らなくても、《年刊日本SF傑作選》を編むのに困らないくらいの(というか、むしろ候補が多すぎて困るくらいの)SF短編が発表されていることになる。(中略)本書収録作の初出一覧を見るだけでも、日本SF短編の発表媒体がいかに多岐にわたるかは歴然としている。
――――
文庫版p.8、9


 2017年に発表された日本SF短篇から選ばれた傑作、および第九回創元SF短編賞受賞作を収録した、恒例の年刊日本SF傑作選。文庫版(東京創元社)出版は2018年6月です。


[収録作品]

『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
『Shadow.net』(円城塔)
『最後の不良』(小川哲)
『プロジェクト:シャーロック』(我孫子武丸)
『彗星狩り』(酉島伝法)
『東京タワーの潜水夫』(横田順彌)
『逃亡夫人』(眉村卓)
『山の同窓会』(彩瀬まる)
『ホーリーアイアンメイデン』(伴名練)
『鉱区A-11』(加藤元浩)
『惑星Xの憂鬱』(松崎有理)
『階段落ち人生』(新井素子)
『髪禍』(小田雅久仁)
『漸然山脈』(筒井康隆)
『親水性について』(山尾悠子)
『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
『天駆せよ法勝寺』(八島游舷)


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
――――
 さようならと言うんでしょう、こういうときには。さようなら、アーシャ。いろんなことを教えてもらえて楽しかった。自分が勝手に改変されたことには驚いたし、戸惑いもしたけれど、もう変えてしまったものは仕方がないし、あなたの話によると、この地球という惑星の生き物は、環境の変化に合わせて、どんどん自分の姿を変えてきたのでしょう。だったら、これぐらいの変化は許容範囲かもね。私はルーシィであり、プリムであり、新しい生き物に変わった。この多重性を大切にしたいと思う。本当にありがう。
――――
文庫版p.44

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『最後の不良』(小川哲)
――――
 認めよう――流行を追いかける行為は、ある意味ではとても虚しい。時間も金も投資するのに、そのお祭りは長く続かない。
 しかし、そうやって半ば暴力的に規範となる文化を取り入れることによって、それまで見えていなかったものが見えてくるのだ。なんとなくカッコ良さそうだからという理由で、理解できないフランス映画を観る。賢く見られたいからという理由で、ニーチェやマルクスやピケティを読む。人気だからという理由で、日本画やモダンアートの展覧会へ行く。そうやって、人は本来興味のなかったものに興味を持つ。
 桃山はその「暴力」が自分の仕事だと考えていたし、自分自身の人格もそうやって形成されていた。
――――
文庫版p.83

 他人からカッコよく見られたい、賢く見られたい、そのために背伸びして「流行」を追いかける。そんなことを誰もしなくなった時代。自分の知らないカルチャーに何の興味も持たない者ばかりの世界。廃刊が決まったカルチャー・ライフスタイル誌の編集者は、最後の反抗に出る。特攻服に着替え、改造単車にまたがり、パラリラ鳴らしながら一人で暴走する。俺は、人類最後の不良だ!


『山の同窓会』(彩瀬まる)
――――
「誰とも交わらない生涯になんの意味があるの。あなたを産んだ母体がかわいそう。全体に貢献しない自分勝手な生き方は醜い。産めば産むほど、尊くなる。生命として、上等になる」
「コトちゃん」
「交尾も産卵も、ものすごく幸せなことなのに、それがわからないのは不幸だと思う」
「コトちゃん、やめよう?」
「私は結局、そういう世界から出られなかった。成長するにつれてニウラがどんどんわからなくなって、わからないまま大事にする方法がわからなかった。……今はそれが、すごく、つまらない」
――――
文庫版p.196

 卵を産むたびに老化してゆく女たち。卵を三つ産んで衰弱して死ぬことが女の幸せ。そうしない女は、わがままで自分勝手で醜い。そんな世界で、交尾も産卵もしないまま、ひとりで生き続ける語り手の人生を描いた作品。


『惑星Xの憂鬱』(松崎有理)
――――
 カメラが引いて、メイの椅子の隣に立つ男が入ってくる。三十代後半とみえる色白細身の好男子で身なりからして常識的社会人に思えた。ところが彼は。
「わたしは地下組織『冥王星の権利を守る会』代表だ。これより冥王星は、ここにいるメイくんを国王として独立を宣言する」
 と、あらゆる意味でつっこみどころ満載の発言を世界にむけて発信したのであった。
――――
文庫版p.309

 惑星から準惑星に格落ちしてしまった冥王星。その名誉挽回のために立ち上がった地下組織『冥王星の権利を守る会』に拉致された主人公は、冥王星の初代国王になってほしいと持ちかけられる。冥王星を国家として承認させるため、彼らは国連の代表者と武道館で勝負することに。つっこみどころ満載のユーモアSF。


『髪禍』(小田雅久仁)
――――
 その儀式がおこなわれるあいだ、ひと晩じゅう何もせず、宗教施設のなかでただ座って見ているだけで、十万円が手に入ると言う。ただし、その儀式は建前上、秘儀として部外者の立入りが禁止されているので、その日、目にしたこと耳にしたことはいっさい他言無用とのことだった。つまり、十万円の内には口止め料も含まれていると……。
――――
文庫版p.377

 髪を神としてあがめる新興宗教。その特別な儀式に立ち会うだけで十万円の報酬が出ると聞いた語り手は、怪しみながらも参加を承諾してしまう。当日、人里はなれた宗教施設に集められた人々が目撃した「秘儀」は、予想をこえたものだった……。最初から最後まで真面目なホラーなんですが、やりすぎ感がすごくて思わず笑ってしまうという、そのあたりも含めて伊藤潤二さんのホラーコミックを連想させるものがあります。


『親水性について』(山尾悠子)
――――
 四辺の雲海はすなわち多数の竜体のうねりと渾然一体となり、そこへ射す薄汚れたひかりは暁とも日没ともつかない。竜の顔はすでに長く誰も見た者がない。血刀下げて叫ぶ一体の天使がこちらへ顔を向けるが、それはわたしの妹の顔をしている。
 停滞することなくつねに神速で移動せよ。速度のみが我らの在るところ。言の葉は大渦巻きを呼び、ものみなさかしまに攪拌されながら巻き込まれていく――堕ちていく――肺は水で満たされ、密かに鰭脚をそよがせると額に第三の目がひらく。
――――
文庫版p.450

 永遠に漂い続ける巨大船に乗っている姉と妹。神話的イメージを連打してくる高純度の山尾悠子作品。


『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
――――
「……わたしたちの世界を、神の奏でる音楽だと仮定してみましょう。その神様が、わたしたちには知るべくもないなんらかの深遠な意図をもってか、あるいは単に足を滑らせてか、ディレイのスイッチを踏んでしまった」
 踏むと表現したのは、ギタリストなどが扱うエフェクタは足元に並べられるからだ。
「こうしてディレイがかかったのだとすれば、もしかすれば、明日にも現象は止まるかもしれません。逆に、76年以上つづく可能性もある。あるいは、76年つづいたあと、また1944年の1月に戻って無限にくりかえされることも考えられます」
 真木が短くうなり、両肘をついて口元を覆った。
「どうする。戦後が終わらないじゃないか」
――――
文庫版p.470

 現代の東京に重なるようにして「再生」される太平洋戦争末期の東京。まるで立体映像のように現実と二重写しになった1944年の町並みと人々。やがてくる東京大空襲を前に、人々はそれぞれに対応を決めなければならなかった……。二つの時代の響きあいと家族の危機を並行して描く作品。


『天駆せよ法勝寺』(八島游舷)
――――
 整地された平原にそびえ立つ巨大な九重塔が、五月の強まりつつある陽光を浴びていた。
 かつて、ある寺のことを「時間の海を渡ってきた美しい船」と表現した作家がいた。この壮麗な九重塔も、また眼を惹きつけて放さない。
 だが、この法勝寺は比喩ではなく、まさしく時空を渡る巨大な船――星寺である。
(中略)
 心柱を中心に、宇宙僧の上体が菊の花のように広がった。全員、足は蓮華座を組んだままである。
「佛質転換率百二パーセント。祈念炉出力百五パーセント」慧眼が報告する。
「管長。発進準備完了です」航宙責任者たる照海が告げる。
「抜錨せよ」
「抜錨します」
 巌真の命に照海は応えた。
 飛塔を大地に固定していた八本の縛鎖の先端にある錨が、一斉に蓮台から排出され、飛塔上部に巻き取られ始めた。
 続けて、巌真の声が一段と高く響く。
「法勝寺、発進。合掌!」
「合掌!」
 すべての僧が唱和し、合掌した。
――――
文庫版p.502、509

 交響摩尼車群の高速読経により圧縮された祈念量により法勝寺の祈念炉は臨界量に達し、今や第一宇宙速度に到達可能な推力を得た。佛理学の教えにより空間跳躍する飛塔が、いま発進する。合掌! 天駆せよ法勝寺!

 仏教用語と現代物理学をミックスした異様な造語の山で読者の度肝を抜く作品。山田正紀さんにも同趣向の作品がありましたが、こちらはもっと偏執的なまでに徹底しています。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『近況ご報告その他(「笙野頼子資料室」掲載)』(笙野頼子) [読書(随筆)]

――――
そして、私の新しい情報や個人情報はこの笙野頼子資料室が確実です。モモチさんにはいつも心から感謝しております。感謝あるのみです。無償で応援してくださっています。評論家が読み落とした部分も読んでおられます。何の義務もないのに助けてくださいます。ですので他の「読者」の方、けしておかしな要求をしないで下さい。
――――


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第118回。

 TPP11関連法の可決・成立(6月29日)、7月上旬発売予定「文藝」への新作『ウラミズモ奴隷選挙』掲載、その間を埋めるように、モモチさんの「笙野頼子資料室」( http://adr.s201.xrea.com/shono/ )サイトに近況報告が載りました。強い危機感にドライブされたエッセイです。

 以下のリンクから全文読めます。

  『近況ご報告その他』(「笙野頼子資料室」掲載、2018年7月3日)
  http://adr.s201.xrea.com/shono/text/tpp0703.html


 TPP抗議集会への参加報告からはじまり、今この国がどういう状況にあるのか、新作の予告、そして早稲田文学醜悪セクハラ事件(「純文学の人はみんなこの件で口をつぐんでいる」といったご批判が散見される)など。


――――
二十六日、今まで行けなかった参議院会館前のTPP抗議集会についに、佐倉から出掛けました(最近はリウマチが悪く遠出が大変です)。
この時はまだ可決されていませんでしたので元気そうです。
(中略)
私は病気のためあまり外に出ず、今までデモというと秘密保護法一回、ヘイトカウンター二回に行っただけなので、こういうところのマナー、ルールを知りません。きっとご迷惑だったと思います。しかし寛容に受け入れてくださいました。
――――


――――
例えて言うならばあの恐ろしい高プロは人喰い鬼、しかし、TPPは地獄です。鬼のいない地獄はありえません。鬼を一匹成敗しても、地獄はそれ自体鬼の住処なのです。

このTPP、水道法改悪、種子法廃止、で日本は滅びます。RCEPが並べば、アジアまでも。
――――


――――
しかし諦めてはいけない。私はもう少しTPP自体の批判を続けていきます。諦めないことが大切です。取り敢えず発効までは被害はないはずです(しかし日本政府は今から被害が出るように次々とやってのけています)。
(中略)
野党あげての抵抗による、解散総選挙を望んで、私は新作を書いておりました。今後は植民地から独立する程のエネルギーがいるかもと思っています。
――――


――――
この国難と後は老猫の腎不全、私はそれで手一杯です。で?他に何が?

早稲田文学渡部批判について?書いてみるかというお声は特にかかりません。

しかしそもそも私、第一作品集から名前は出さずとも渡部批判入りです。読者なら判ります。
――――


 そして猫の近況。『九月の白い薔薇 ――ヘイトカウンター』や『モイラの「転生」』に書かれていた、新猫ピジョンが写真付きで紹介されます。「この子をずっと隠しておいたのです。」というその理由を知ってびっくり。これは凄いニュース。

 他に今後の予定も書かれていますので、ぜひリンク先で本文をお読み下さい。念のためもう一度リンクを張っておきます。


  『近況ご報告その他』(「笙野頼子資料室」掲載、2018年7月3日)
  http://adr.s201.xrea.com/shono/text/tpp0703.html



タグ:笙野頼子
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ: