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『青挿し』(中村梨々) [読書(小説・詩)]

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言葉なんていらないの 世界で
誰よりもしあわせなわたしを
春という
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『スプリング・エフェメラル』より


 季節感と色彩にあふれる視覚的な言葉の数々、その隙間から子どもの頃に感じていた恐ろしくも懐かしい何かの気配が立ち上ってくる。少女漫画の感性を見事に詩に翻訳してみせた『たくさんの窓から手を振る』『せんのえほん』に続く中村梨々さんのきらめく最新詩集。単行本(オオカミ編集室(狼編集室))出版は2018年4月です。


 春の予感から始まり一年を経て再び春の訪れで終わる詩集。鮮やかな色彩にあふれ、しかしどこか暗く恐ろしい予感に満ちている。何に感動しているのかよく分からないまま、なぜか読んでいると涙が出てくる。そんなすごい詩集です。

 どの作品も素晴らしいのですが、特に季節感を感じさせる作品を中心に一部をずらずらと引用して並べてみます。伝われ。


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菜の花におぼれて黄色 人ひとり忘れて春の朝に目覚める
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小さなあったかさを喜んでいると、日が次第に長
くなった。明るいほうがよく見える。虫のように
飛んで春に向かっている。羽音にふるえる。目が
霞む。寒さに体の動きが鈍く、そんなに早くは飛
べない。暗さがあとからついてくる。すぐ後ろま
でやってきていい匂いをさせる。もがくと闇に解
かれる。三月になる。
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『二月の空は呆れるほど高い』より


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三月の薄く折れ曲がっていく水面に
帰る駅を映すひとつきりの夜
樹海を飛ぶというたくさんの傘の話を
喜んで聞く
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『春帰行』より


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にんげんてみずのなかからひらがなでじょうりくしたの あおいつきよに
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遠い声に混じって
飛行を続けるサンゴの化石
砂となって手に触れられる一瞬を除けば
辺りは物言わぬ震えとなって押し寄せる
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『青い月』より


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濁音が雨となって降り注ぐ午後
重い体にへばりつく、ぐずつく音をタオルで抑えては
吐き出すように窓を閉めた
雨は最初に屋根に降りかかる
その音の大きさで濁音の破壊力を予想する
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『七月そこここ』より


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誰も帰ってこないので
昼の隙間から外を見た
ひどく雨が降っていた
どうしても、戻らなければならなかったんだろう
冷蔵庫の牛乳がなかった
グレープフルーツジュースも
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『二十三夜』より


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何度かこの地上でお会いしましたね。蝉はそう言ってミ、と鳴いた。
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マヨネーズ入れてサラダ
混ぜると付箋紙のように張り付いた
銀色の月の裏側から
軽く揺すぶられた気持ちが見え隠れして
もうすぐ花火が上がる
こめかみのあたりに打ち上げられる
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『グランデール』より


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いないものに囲まれた家で
ことばは隅々にまでゆきわたり
無言のやさしさを柱時計に刻む
その、ほんのわずかな振動で
目覚め
始まるものがある
いる
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『廃屋』より


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鼻先につめたいリンダとがらせてこれから冬に出かけてくとこ
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大根を抜こうとして葉っぱの根元を握ると
束ねられた葉ががさがさ鳴った
虫食いの穴からミサイルが飛んできそう
さっと頭を右に避ける
横目で見ると
左にもたくさん開いていた
ここにいればいずれやられる
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『見える』より


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羽化する前の
湿ったさなぎ
食べるだけ食べて
冬を越す
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『鱗翅類』より


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言葉なんていらないの 世界で
誰よりもしあわせなわたしを
春という
――――
『スプリング・エフェメラル』より


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季節を忍ばせて
春には春の方角へ弓を張り
伸びやかな布が一本の糸でするりと解けていくように
奇跡、と喜ぶことができる幸せが続きますように
思い切り空気を吸って
ふかふかの夜の中でおやすみなさい
弾く光の波があなたの
夜明け前の鼓動に追いつく
――――
『春の大曲線』より



タグ:中村梨々
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