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『猫は踏まずに』(本多真弓) [読書(小説・詩)]

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わたくしはけふも会社へまゐります一匹たりとも猫は踏まずに
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十年を眠らせるためひとはまづ二つの穴を書類に開ける
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後輩のカラータイマー点滅すあとはわたしがやるからやるから
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てのひらをうへにむければ雨はふり下にむけても降りやまぬ雨
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リア充が爆死してゐるかたはらを手もあはせずに通りすぎたり
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人生はほとんどアウェイごくまれにホームゲームがあつて敗れる
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 職場あるあるから恋愛まで、身辺の様々なことを新鮮な切り口から詠んでゆく歌集。単行本(六花書林)出版は2017年12月です。


 というわけで、まずは職場で体験するあれこれを扱った作品。わかる。


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わたくしはけふも会社へまゐります一匹たりとも猫は踏まずに
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ユキヤナギ真夜に来たりて白き花こぼしたものかシュレッダーまへ
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十年を眠らせるためひとはまづ二つの穴を書類に開ける
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go と打てば〈ご多用中恐縮ですがどうぞよろしくお願いします。〉と出てくるわれのパソコン
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業務上発音をする必要のあつて難儀なきゃりーぱみゅぱみゅ
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鎌首を擡げくる詩を屠りつつまひるまデータ入力をせり
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 職場にて、怒りが吹き出す瞬間。


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♂だけが快適になる設定にをんなこどもの冷えてゆく場所
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わたくしのなかの正義がはみだしてプラスチックのスプーンを割る
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女子トイレ一番奥のややひろい個室に黒いサンドバッグを
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 残業時間になっても終わらない。帰宅しても出勤前。


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生きてゐて明日も働く前提で引継ぎはせずみな帰りゆく
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後輩のカラータイマー点滅すあとはわたしがやるからやるから
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残業の夜はいろいろ買つてきて食べてゐるプラスチック以外を
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パトラッシュが百匹ゐたら百匹につかれたよつていひたい気分
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ひとのゐない部屋の電気をひとつづつ消したらかへる かへると思ふ
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わたくしが働かなくていいところ宇宙のどこかにないかなあ ない
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月末のノルマはげしも 寝るまへに平田俊子をひとつぶ舌に
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 恋愛を扱った作品も多いのですが、「そうくるか」と思わせる着眼点が素敵です。


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死語だけを使って喋る練習を来週あたりふたりでしよう
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このあひだきみにもらつた夕焼けがからだのなかにひろがるよ昼間にも
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多摩川をわたるときだけ広い空あひたいひとはあなたひとりだ
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生殖はなさずあなたとほろびゆく種族同士のことばをかはす
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 そして日常生活のちょっとした不思議やいらだち。


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てのひらをうへにむければ雨はふり下にむけても降りやまぬ雨
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うちのひと昭和だからと異類婚なしたるごとき囀りを聞く
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ぶらんこの真下の土は削られる運命だけどあきらめちゃだめ
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なげやりに暮らしてゐるとおさいふの一円玉が増えてくるのよ
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リア充が爆死してゐるかたはらを手もあはせずに通りすぎたり
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真夜中の会議の結果この夏にこはれることを決めた家電たち
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右利きのひとたちだけで設計をしたんだらうな自動改札
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売れてゐるものだけがまた売れてゆくエキナカ書店のベストセラーズ
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人生はほとんどアウェイごくまれにホームゲームがあつて敗れる
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 というわけで、愚痴や風刺も多いのに、どこかユーモアが勝っていて、思わず「そうそう」と笑ってしまう、そんな歌集です。



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