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『UFOにあいたかった 三島由紀夫から吉田類まで』(朝日新聞、小泉信一) [読書(オカルト)]

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1970年代の日本を席巻したUFOブーム。テレビや新聞で、連日のようにUFO発見談が報じられたあの時期、不可思議な存在へと惹かれた人々は当時何を思い、今は何を考えているのか。UFO発見談が語り継がれる土地を訪ねながら考えました。
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Kindle版No.5


 あの空前のUFOブームとは何だったのか。三島由紀夫から吉田類まで、「UFOふれあい館」から銚子電鉄「ロズウェル」駅まで、日本各地のUFOゆかりの土地と人をたずねて回った取材記。2017年10月、朝日新聞に連載された記事をまとめた電子書籍。Kindle版(朝日新聞社)配信は2017年12月です。


 UFOにまつわる土地に行って関係者に取材する、という朝日新聞の連載記事をまとめた一冊です。事件として取り上げられているのは「甲府事件」「介良事件」「うつろ舟」「銚子事件」「毛呂山事件」など、UFOファンにはお馴染みのものばかり。特に新しい情報などはありません。その辺を期待して読むと、たぶんがっかりします。

 ちなみにUFOは、ほぼ完全に「懐かしいあの時代の象徴」「あの頃のアイドルは今」という、ノスタルジーの対象として扱われています。

 全体は10の章から構成されています。


第1章 核の脅威を考えた三島由紀夫
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「アメリカでは円盤を信じないなんてのは相手にされないくらい、一般の関心も研究も盛んですよ。ラジオでも午前1時の深夜放送に円盤の時間があるからね」
 みずからの人生と肉体をもって思想を現実化させようとした三島。およそ純文学の世界になじまないように思われる空飛ぶ円盤に本格的な興味を抱いたのは、フランスの新聞記者A・ミシェルが書いた「空飛ぶ円盤は実在する」(56年、邦訳)を読んでから。
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Kindle版No.29

 「日本空飛ぶ円盤研究会」の会員にして、『美しい星』を書いた三島由紀夫。そのUFOとの関わりを取材します。


第2章 理解されない「高遠なる趣味」
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 熱海(静岡県)でも夏、三島はホテルに双眼鏡を携え、毎晩、夜空を観察していたそうである。「ついに目撃の機会を得ませんでした。その土地柄からいっても、ヘタに双眼鏡に凝っていたりすると、疑はれて困ります。世間はなかなか高遠なる趣味を解しません」。日本空飛ぶ円盤研究会の会誌「宇宙機13号」(57年7月発行)にそう書いた。
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Kindle版No.54

 三島由紀夫が駆けつけた「目撃スポット」である静岡県の爪木崎。その足跡をたどり、目撃者を探します。


第3章 空飛ぶ円盤、光るわけは
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 電線を使わずに電力を送る「テスラコイル」の実演をしてくれた。コイルを巻いた装置に円形の蛍光灯を近づけると高周波、高電圧の働きで放電され、光るというのである。たしかに光る、光る。
 「遠い宇宙からやって来るUFOも、この無線送電によって光るのではないか」
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Kindle版No.98

 福島市飯野町の「UFOふれあい館」をたずね、元館長の木下次男に取材します。


第4章 茶色い顔で「キュルキュル」と
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 「そんなものは絶対に存在するはずはないと笑いものになったときもある。でも、存在するかもしれない。『かもしれない』という気持ちが大切なんです」
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Kindle版No.112

 「UFOふれあい館」で、甲府事件について調べました。


第5章 中学生が捕まえた小型物体
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 あれから45年。少年たちは60に手が届く年齢になっているだろう。地元の情報通を通じて、取材を申し込んだ。
 だが8月下旬、私が高知入りしたとき、「申し訳ないが、お断りしたい」と返事が寄せられた。
(中略)
 それでも現場だけは行きたい。訪れると、介良富士とも呼ばれる小富士山が見えた。高さ170メートルほど。ふもとには住宅や田畑が広がり、ニュータウンも造成されている。「介良事件」という名前すら知らない新住民が結構大勢いるのではないか。
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Kindle版No.145

 高知県の介良に行き、介良事件の現場を訪れます。


第6章 天の災い?漂着の「うつろ舟」
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 民俗学者の柳田国男は論文「うつぼ舟の話」(1926年)の中で、絵に描かれた文字が世界のどこにも存在しないことから「駄法螺(だぼら)」と切り捨てた。だがその後、同じような内容を伝える江戸時代後期の古文書がこれまでに約10点あちこちから見つかっている。しかもほとんどの文書に「舟」と「箱を抱える女性」、解読不能の謎の「異形文字」という3点セットが描かれているのだ。
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Kindle版No.172

 みんな大好き「うつろ舟」を紹介。現場へと向かいます。


第7章 言葉が通じない謎の美女
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犬吠駅の隣駅は「ロズウェル」と愛称がついている。渡辺に尋ねると、「1956年に起きた銚子事件がもとになっています。日本のロズウェル事件と呼ばれているのです」。
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Kindle版No.214

 「うつろ舟」を求めて千葉県銚子に向かったところ、「日本のロズウェル事件」こと銚子事件に興味が湧きました。


第8章 「ロズウェル駅」の由来は
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江戸時代の「うつろ舟」伝説を研究する岐阜大名誉教授の田中嘉津夫(70)は推測する。
 そのうえで田中は「私はUFOには懐疑的だ。だが毛呂山事件の興味深い点は、失われた時間(ミッシングタイム)に似た体験を、UFOマニアとは思えない男性がしたことだろう」と話す。
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Kindle版No.246

 銚子事件を追って銚子電鉄の君ケ浜駅こと「ロズウェル駅」に向かい、そこで「うつろ舟」研究者から毛呂山事件について話を聞きます。


第9章 あの酒場詩人も……
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四国山地の尾根沿いを走る天空の道は「UFOライン」とも呼ばれている。同じような場所は各地にあるのだろう。 北海道南西部の渡島(おしま)半島にある八雲(やくも)町もその一つ。(中略)このあたりでUFOがよく消えることから、マニアの間では「UFOの墓場」とさえ言われていた。
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Kindle版No.272

 四国に飛んで、人気テレビ番組「吉田類の酒場放浪記」に出演する酒場詩人、吉田類に取材します。


第10章 地球が平和だからこそ
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「日本のピラミッド」説もある黒又山(くろまたやま)(標高281メートル)に向かった。別名「クロマンタ」。きれいな円錐(えんすい)形をしているのが分かる。「昔、あるグループが地下レーダー調査をしたことがありました。ふもとから山頂にかけて階段状になっており、頂上の下に空洞があることが分かったのです」
 黒又山の近くには不思議な形状をした大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)(ストーンサークル)がある。「石が持つ特別なエネルギーを感知してUFOが飛来する」。そう語る愛好家もいるが、さすがに可能性は低いだろう。
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Kindle版No.295


 最後の取材先は秋田県鹿角市。「鹿角不思議研究所」所長の駒ケ嶺政也と共に「日本のピラミッド」説もある黒又山へ。

「未知なるものへのロマンが、世俗にそまった私たちの心を洗ってくれるはずだ。地球が平和だからこそ、UFOも楽しめるのである」(Kindle版No.308)という、いかにも朝日新聞らしいシメで終わります。旅費取材費すべて新聞社負担で、全国のUFOスポットをまわる旅。個人的には、それこそが本当のロマンというものではないかと、そう思いました。


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『破滅の王』(上田早夕里) [読書(SF)]

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 軍隊で防疫業務に携わり細菌を研究することと、捕虜に対して生体実験を行って殺すことは、まったく別の問題であって、イコールでは結ばれない。石井の部隊が、こうも簡単に倫理を踏み越えてしまうとは考えもしなかった。多くの研究者は、罪悪感を覚えつつも、淡々と、事務作業でもこなすように、捕虜の体と命を取り扱っているのではないか。中には、この機会を歓迎し、より深く研究にのめり込んでいった者もいるかもしれない。その冷淡さは、藤邑にも身に覚えのある感覚だった。科学を通して人体を見る、人体を純粋に物として割り切って観察する。その視線は、理知的で冷静な医学者の眼差しと表裏一体なのだ。
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単行本p.188


 日中戦争当時。上海自然科学研究所の研究者である宮本は、日本軍が開発中の細菌兵器が何者かに奪われ行方不明になっていることを知らされる。予防も治療も不可能、外界に漏出すれば人類を死滅させかねない恐るべき最終兵器。治療法を見つけるためにその細菌、通称「破滅の王」を追う宮本は、いつしか731部隊をめぐる闇の核心へと踏みこんでゆく。戦争の狂気と極限状況を背景に科学と人間性の葛藤を描き、さらに返し刀を現代に突きつける長篇。単行本(双葉社)出版は2017年11月です。


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K型R2vを、予防法も治療法もあると信じている関東軍が前線で撒いてしまったら、敵軍だけでなく日本軍も感染に巻き込まれて全滅する。そればかりではない。広範囲を汚染したR2vは、自然界に無数に存在するグラム陰性菌に寄生しながら、次々と棲息範囲を拡大していくかもしれない。汚染が止まらない可能性すらあるのだ。
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単行本p.197


 ひとたび実戦投入されれば人類を死滅させかねない、コントロール不能であるがゆえに不完全な細菌兵器、K型R2v「破滅の王」。731部隊の施設で捕虜に対する非道な生体実験を繰り返していた研究者が、その細菌株とデータを持ち出し行方をくらませる。


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「いいか。よく覚えておけ。異民族を平気で殺せるような集団は、いずれ同胞に対しても同じことをする。その牙が、外を向くか内を向くかの違いだけだからな。だが、おまえは絶対にそうなるな。最後まで本物の医師でいてくれ」
「私は、もうまともな医師じゃない。ここへ来たときから」
「道義上の問題と、実際に手を下したかどうかを混同するな。おまえは未だに診療部にいて、この狂気に満ちた城の中で唯一、人の命を救う部署で働いている。それを絶対に忘れるな。いつかここから外へ出て、人々に真実を語り伝える可能性に希望を託せ」
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単行本p.191


 細菌兵器とそのデータの行方を追うことになったのは、細菌学者の宮本と、彼の監視任務にあたる軍人の灰塚少佐。科学の、そして科学者の純粋さを信じる宮本は、あくまですべての人々を分け隔てなく救うために行動しようとするが、その理想主義は外と内の両面から厳しい試練にさらされることになる。


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「あそこを調査していると、科学という学問の二面性が、くっきりと見える。同じ大学で学び、同じ知識を吸収し、同じ水準の教養を与えられた優秀な人材が、上海では大陸の民と手を取り合って理学研究に打ち込み、満州では大陸の民を殺すための研究に熱中している。(中略)あそこは科学研究の場である以前に軍隊だからな。中へ入った瞬間、誰でも人が変わってしまう。そんな医官や技術者を、私は大勢見てきた」
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単行本p.92


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正しい倫理観などいくらでも口にできる。真須木も藤邑も自分も大学の医学部で学び、正しいことと悪いことを切り分ける高度な教育を受けてきた。そんな彼らが、それでも壊れざるを得なかった現実が、いま眼前を覆い尽くしているのだ。
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単行本p.219


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 あの細菌に、どうしようもなく惹きつけられてしまう気持ちが、自分の中にも確かにある。どうすればあれを殺せるのか。感染者を治療できるのか。研究者として、あの奇妙な性質を調べてみたくて堪らない。それがR2vを細菌兵器として完成させることになっても、何もしないでいるのは耐えがたい。
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単行本p.104


 患者の命を救うための治療法を研究することが、すなわち実戦投入できる細菌兵器としてそれを完成させることになる。しかし、分かっていても研究したくて堪らない。科学者として倫理的葛藤に苦しむ宮本を冷徹に監視する灰塚。だがすべてを割り切った現実主義者に見えた灰塚は、戦争の狂気のなかで、自分の命を捨ててでも「正しいこと」を成し遂げたいと渇望する強靱なロマンティストでもあった。


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 軍人としての誇りを取り戻したい。軍人としての自分をまっとうできる場所が欲しい。他に行き場はどこにもない。まともな軍人として生き、まともな軍人として死んでいきたい。灰塚は、飢え渇くようにそれだけを望み続けてきた。この仕事を引き受けることでそれがかなうなら、拒否する理由は何もない。
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単行本p.40


 それぞれに内面に矛盾と葛藤を抱え苦しむ二人は、幾度となく衝突を繰り返すなかで互いの価値観の違いを受け入れつつ、奇妙な信頼関係を築いてゆく。


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「人間の悪意や憎悪に対して、学者が素手で闘えると思うのか」
「学者が素手とは思いません。銃を持たない者には他の手段があります」
「抗日派のすべてが、教養ある文化人や知性豊かな将官や、北京や上海の真面目な学生とは限らない。(中略)そういう連中のやり方は残虐で容赦がない」
「でも、そこだけを見ていたら、外国だけでなく、自分の祖国の本質すら見誤りませんか。人間は誰しも残酷で汚れているものです。それだけを理由に他者を排除していくなら、人類は殺し合いの果てに、やがて絶滅するでしょう」
「案外、そのほうがいいかもしれんぞ」
「私もそう思うことはありますよ。でも、いまはまだその時期じゃない」
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単行本p.100


 そして、ついに未知の疫病が前線で発生したという急報が。日中双方の兵士に感染が広がり、次々と死者が増えているという。狂気と憎悪の果てに、ついに「破滅の王」が放たれたのだ。現場へと急ぐ二人は、そこにどのような地獄が待っているのかをうすうす予感していた。


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「君にはいずれ、科学者として重大な決断をしてもらうときが来る。それを任せられるのは君だけだ。心しておいてくれ」
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単行本p.165


 というわけで、短篇集『夢みる葦笛』に収録された『上海フランス租界祁斉路三二〇号』 と同じく、上海自然科学研究所から始まる長篇です。

 それぞれに矛盾と葛藤を抱えた二人の対立というドラマ。科学と倫理と人間性に関する真摯な問いかけ。上海自然科学研究所や731部隊に関する詳細な史実を活かした臨場感あふれる描写。どの登場人物にもある程度の共感を示しつつ、決して誰かに肩入れしない、そんな冷淡ともいえる筆致で描かれる骨太の歴史小説。それが、最後の最後に、現代に切り込んでくる衝撃。私たちが今、直面している「破滅の王」とは何なのか。

 個人的には、『華竜の宮』『深紅の碑文』を超える、著者の現時点における長篇の最高傑作だと思います。


タグ:上田早夕里
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『狸の匣』(マーサ・ナカムラ) [読書(小説・詩)]

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 喉の奥に臭い狸の箱がある。口を閉ざすとふたがあく。箱の中は常に夜で、狸が焚き火を続ける世である。二つ岩がある。一方は狸が腰掛ける。鳥足に似た木棒を、苛立たしげに火の中に突く。炭化した薪は息を吐き、火の粉がのぼるが見上げる前には消えてしまう。顔にかかる赤橙色を飲み込むように抵抗しない狸を見る。覆うように、三方を山が囲い、頂に「おんおん」と鳴きながら星を下ろす子狸が見える。湯気がたつ。リールをかけて、欲しい星を引いているのだ。
――――
『背で倒す』より


 民話のような、怪談のような、奇妙な話の断片たちから構成された不思議なイメージに彩られた詩集。単行本(思潮社)出版は2017年10月です。


 まるで素朴な民話のよう、などと思って、うかうか読み進めると、さっと足払いをかけられるような作品が並びます。


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犬のフーツクは、小さいお爺さんを探しているときに見つけた。
木々の暗い隙間に、あぐらをかいて座っている、茶色に黒いぶちのある犬が見えた。
「いち、に、さん、し……」
フーツクは、獣で作った押し花を、指を折り曲げて、器用に数える。
「押し花」は、私の手くらいの大きさで、狸や犬や熊などが、固く眼をつぶって紙のような薄さになっていた。
――――
『犬のフーツク』より


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最近では、目の端でなにか白いものが床に落ちていくのが見える。
目の下にできた白い腫れ物が、鏡で見るたびに虫に変わって、顔から降りていく。
車のダッシュボードの上では、小さな虎が横切っていくのが見える。
自律神経が、ある一日を境におかしくなっていく。
(中略)
横断歩道の前にある信号機で停まったときに、「通りゃんせ」のメロディーが流れてきた。
見ると、ダッシュボードの上に乗った虎が上手に歌っているのだった。
呆気にとられていると、友人が虎が歌うのを見て叫ぶように笑い声をあげた。
「ふ、ふ、ふ、ふ」
つられて、私も大いに笑った。
我々は腹を抱えて、後ろで鳴るクラクションの音も構わず笑い転げた。
もう事故で死んでも構わない。
私たちが楽しく笑うのを見て、虎も嬉しそうに微笑んでいた。
――――
『会社員は光を飲みこむ』より


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タ テ タ テ という音がなったが、
人が戻った音でも 雨粒が落ちた音でもなく、
参列にきた狐が(意味も分からず)
狸の背をたたいているのである。
――――
『柳田國男の死』より


 虎や狸や犬が出てくる、民話か、童話か、そんな話。印象はそうなんですが、読めば読むほど、どうにも不安でとらえがたい印象ばかりが募ります。

 なかでも川辺を舞台にした作品のイメージは強烈。


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近くの川に、時々天狗の下着が流れてくる。
子どもの天狗が 分からずに、
私の下着の行方を聞きにくることがある。
――――
『石橋』より


――――
伯父が立ち止まる地点には、決まった時間になると、
上流から母の笑った顔が川幅いっぱいに広がって流れてくるのである。
(中略)
いつものように、伯父が長い竹竿ですくうと、
長い湯葉のようなものが竿に垂れ下がる。
薄白い物体にはなんの印刷も施されていないことを確認して川へ戻すと、
母の顔は少しひしゃげて、下流へ流れていくのであった。
――――
『湯葉』より


 川だけでなく、海というか浜辺もけっこうヤバイ。


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シャベルが、ずるりと白い紙切れを引っかいた。反射的に、私はその紙を引き抜いた。経年を全く感じさせないほど、紙は真白だった。人肌程の温みをもった砂浜に腰を下ろして、紙を広げた。

しにかたは
えらべない
しは
おしつけられるもの

 黒のボールペンで、細長い文字が綴られていた。紙は濡れているのに、インクは滲んでいなかった。
 私はその紙を元のように折りたたんで、砂浜に埋めた。手のひらで砂を押してからふと思うことがあって、もう一度そこを堀り返してみた。しかし、どんなに深く掘っても、その紙切れはもう見つからなかった。
――――
『発見』より


――――
会社の慰安旅行で海水浴場へ行った。
職場の人々から離れ、一人海に浸かり、浅瀬に腰を下ろしていた。
ふと見ると、海中の砂山から貝の口が伸びている。
手の指で触れると、貝の口と思っていたものは羽虫の長い尻で、
羽根を動かして、沖の方へと泳いでいった。
――――
『貝の口』より


 こんな風に、さりげないインパクトを与える物語、というかその断片から、ストーリー構成とかプロット展開とかそういうのとは明らかに違う謎ロジックで組み立てられた作品が多く、個人的に好みの詩集です。



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『「猫」と云うトンネル』(松本秀文) [読書(小説・詩)]

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行方不明の世界を探すために
カタツムリの丘にある図書館に出かける猫たち
あらゆる書物のページを注意深くめくりながら
「世界はおそらく元気です」と結論(まとめ)
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単行本p.62


 犬のアレが神様の自伝『神です』を書いている
 「猫」と云うトンネルに入る前に、あなたは考えなければならない
 この世のことわりについて語りそうで語らない猫詩集。
 単行本(思潮社)出版は2017年10月です。


――――
「猫」というトンネルに入る前に
あなたは考えなければならない
今あなたが考えていることは
どれもくだらないことで
気にすることなど何ひとつない
そのトンネルに入ってしまうと
何もかもくだらないことだと
はっきりとわかる
――――
単行本p.104


 猫のように気ままに、犬のように熱心に、この世のしくみを洞察するかのような作品が並びます。個人的に猫びいきなので、猫が登場するところばかり引用してしまう。


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哲学猫
朝は寝て昼は書棚に一日中見惚れることが仕事です
「いい加減お仕事をしてください」と妻
夜はさみしがり屋の先祖に首輪をつけて鈴を鳴らす
暗鬱な世界をパッと明るくするのが哲学の仕事です
――――
単行本p.34


――――
文章が書けなくなったことについて執筆をする哲学猫
石臼をひきつづける古代猫(年齢不詳)からの教えで
文章が書けてしまうことへの疑いを手放さないでいる
――――
単行本p.38


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「わたしは猫です」と述べるだけでは自分の解説として不充分と考えている猫
わかりやすく伝えるためにうしなってしまうものについて正確に話そうとする
――――
単行本p.70


――――
つながらないことを選択した猫
つながることがすべてではない
つながる時はきっと閃光を放ち
一瞬でとだえてほろびるだろう
そんな迷信のようなことを想う
――――
単行本p.54


――――
深い孤絶によって自らを成立させている猫がいる
弱さと貧しさを魂の支点として自由に生きている
おしだされるようにしてなきながらうまれてきた
花の名前を忘れてじっと色や香りに見惚れている
――――
単行本p.66


 猫は哲学者ではなくて、たぶん詩人なんだと思います。

 他にも、猫のトンネルというだけあって、あちらこちらに猫の姿が。そして生と死と存在の有限性について語りそうで語らない気にしない寝る。


――――
拾われて洗われて煮こまれて死ぬ
湯加減を尋ねる猫の声に煽られて
蜆「いい出汁(ダシ)が出ると思います」
――――
単行本p.19


――――
風邪気味の猫がお辞儀してあなたを迎えてくれる
これまでの「生」を要約した映画を共に鑑賞する
「生涯はたった一行の終わりなき反復なのです」
――――
単行本p.47


――――
猫たちが並んで月を眺める川沿いの屋台「笹舟」
死んだ友達と酒を飲みながらくだらない話をする
神様は「そろそろ引退ですが……」と前口上して
ゆれる月を見ながら風に気持ちよく吹かれている
――――
単行本p.43


――――
晴れた日に坂道をくだりながら
この世界に留まる必要がないことにおびえる
文章を書いては消すだけの幻燈のような一生
青空から誰かの血のように滴り落ちるインク
「夜はおいしいものを食べることにしよう」

空が雲を笑わせているのか
雲が空を笑わせているのか
わからないまま猫は昼寝をしている
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単行本p.77


 生真面目だけど投げやり、そんな猫らしさが横溢している一冊。


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『IC』(カニエ・ナハ) [読書(小説・詩)]

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ここから矩形の水槽のガラスの三面が見えていて、二匹泳いでいるはずの金魚が、場所によって、四匹に見えたり六匹に見えたりする。ときに頭と頭が重なり合って、頭のない、ふたつの尾ひれをもったひとつの生きものになったりする。「気づかずに、偶然、あなたの前の席に座ってしまって、けれどしばらくあなたの声だと気づかなかったの。外国映画の日本語の吹き替えみたいに、別のひとの声のようだった。」
――――
「私は私を降りるガラス窓の向こうの声をさえぎって雨」より全文引用


 標題は短歌、目次は歌集。縦書きと横書きが織りなす奇妙な建造物のような詩集。単行本出版は2017年10月です。

 まずタイトルページや目次がどこにあるかを探さなければならない、というのは前作『馬引く男』と同じなのですが、今作ではさらに、標題がすべて短歌になっていて本文である詩と呼応しあう、そうかその手があったか、という意表を突いた仕掛けに感心させられます。

 タイトルだけ拾い読みしても、歌集として楽しめます。


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私は私を降りるガラス窓の向こうの声をさえぎって雨
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心臓で私は眠れよく眠れ。光が悲しみ、部屋が病んでも
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――――
私のもういない部屋 廻りつづける換気扇
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どうぶつがみなしずんでるみずうみできうい(とりの)がおおきいこわい
――――

――――
ここからは水を泳いで重なって首のない生きものになる
――――

――――
お月さまこっちを見ているねあたしのかわいい浴衣見にきたんだね
――――


 映画、病院、水、死、そして戦争や虐殺、といったモチーフが繰り返され、全体として一つのストーリーがあるのでは、といった印象も受けます。


――――
ほんとうに映画館で死んでしまったひともいてむかしN県で
積雪のおもたさに耐えきれず落ちてきた屋根の
下敷きになり生き埋めになり映画を見ていた何十人ものひとが亡くなった
そのときなんの映画をやっていたのか調べてもわからなかった
下敷きになったひとたちを、あわててスコップですくいだそうとして
たくさんの腕や脚がちぎれてしまったという
崩落したスクリーンの代わりにふりしきる雪の点状の壁にむかって
映写しつづける光
あまたの
叫び声や
うめき声が
そこかしこ響いているはずなのだが
まるで無声映画のように雪に吸い込まれてしまって無音だ
――――
「どうぶつがみなしずんでるみずうみできうい(とりの)がおおきいこわい」より


――――
崩壊した映画館にまつわる映画。スクリーンは鏡。あるいは海。スクリーンを眺めるひとをうつしつづける。「映画化不可能と言われた」などというが(誰が言うのか)、映画化できないことなどなにもないのだ。そもそも私たちが映画の中の人物でないなどと誰にいえる? スクリーンの中の私たちを見ている人たちがどこかにいないなどと。あるとき眠たい映画の(すべての映画は眠たい。)途中でうとうとして、目ざめるとスクリーンがルチオ・フォンタナの絵画のように切り裂かれている。私はその傷口から、スクリーンの向こう側へと半身をすべりこませる。「帝王切開だったの。」「ぼくも。」それぞれ産みかたと産まれかたについて話している。抜きだすとき押しだすようにしめつける。そのたびに、産んで、と私はいった。
――――
「秒針のない腕時計に耳あててせせらぎを聴く水無川の」より全文引用


――――
ほうこくがあるんだけど。バケツの底によこたわっている。いきちゃん、と名づけられた。金魚をつまみあげようとする。割り箸で。身体のやわらかさが、指さきにつたわってしまう。力を入れないとすべり落ちてしまうが、あまり力を入れると身体を潰してしまいそうで。尾ひれなら、あるていど力を入れても潰れたりしないだろうか。きんぎょはすぐしむんだよ。土を掘る。安物のプラスチックでできたおもちゃのスコップのやわらかい尖端が土にはねかえされて折れる。どうにかやっと浅い穴ができるが、半透明のビニール袋のうちがわに貼りついてしまっている。土をかぶせると、またたくまに闇にのみこまれる。おげんきでかみさまになってください。ごめんね、いきちゃん。もうすこし、まってて。
――――
「眠りとはたくさんの水 声のない目から目へと旅をしている」より全文引用


 構成の妙で、それぞれの詩が以前に読んだ詩と関連しているような気がしてきて、ついには『MU』や『用意された食卓』など以前の詩集から真っ直ぐに続いているような気さえしてくるのです。


――――
ところで、
あなたはテレビを見ますか?
いいえ私はテレビを見たことがありません。
笑ったあなたの表情を見てみてどうですか?
私は新聞でそれを見ました。私はそれを後悔しました。
自分でそのようなことをするつもりはありませんでした?
はい。
恐怖のない笑い。恐怖のない顔を食べ、娑婆で食事をする。
その時の笑い声も反映された、深くそこに、これまで
みたされてきたものに触れ、呼びたいと思って報復された。
この考え方はどう思いますか? この事実は?
私たちはそのような信念を実践しようとしたが、
彼が病気ではなかった、と仮定すると、核心が、
世界中で発展しつつある新興の外性と、どのように結びついているか?
「新しい洪水を引っ張った影を広げて、暗くなる。」
彼のメモを見ると、断片的ないろいろな言葉の、そのような通路があり、
「山で働いていた時、演説はテレビで放送されました。」
「世界は戦争を通じて、人びとの山岳地帯です。」
「そこでは、そこでだけ、真実が語られている。」
昨日、テレビで演説を見て、あの事件を見て、あなたはどう思いましたか?
どのような話をしましたか?
その時、話しましたか?
なぜ、どう思いますか?
いいえ。
私はテレビを見たことがありません。
――――
「病院の一日が過ぎぼんやりと火が近づいてくるガラスの海に」より


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