SSブログ

『ニャンニャンにゃんそろじー』(町田康、他) [読書(小説・詩)]

――――
「これからも、まだまだかかるわよ。だって、避妊手術もしなきゃだし、歳をとればとるほどいろんな病気のリスクがある。そのたんびに、高額な治療費が取られるのよ。……それでも、あなた、あたくしの奴隷を続けるっていうの?」
 はい、続けます。
「おバカさんね。……ほんと、あなたったら、おバカさん」
――――
単行本p.185


 シリーズ“町田康を読む!”第58回。

 「小説現代」2017年3月号の特集「猫好きのためのにゃんそろじー」に、描き下ろし猫コミックを追加した一冊。単行本(講談社)出版は2017年4月です。


[収録作品]

『猫の島』(有川浩)
『猫の島の郵便屋さん』(ねこまき(ミューズワーク))
『ファントム・ペインのしっぽ』(蛭田亜紗子)
『ネコ・ラ・イフ』(北道正幸)
『黒猫』(小松エメル)
『鈴を鳴らして』(益田ミリ)
『まりも日記』(真梨幸子)
『ヅカねこ』(ちっぴ)
『諧和会議』(町田康)


『猫の島』(有川浩)
――――
「相変わらずだねえ、あの二人は」
 背中からかかった声に振り向くと、――あのおばあさんだった。明るい砂浜だと、白く濁った右目がますます目立っている。
「相変わらずって?」
「前に来たときも、助けなくていいものを助けようと躍起になってたよ」
「助けなくてもいいって……」
 いたいけな子猫がカラスにつつき回されていたら、助けたくなるのが人情というものじゃないだろうか。
「弱いものから狩られる。そういうもんだよ」
 おばあさんの言葉は非情だが、なぜか残酷には聞こえなかった。
――――
単行本p.30

 沖縄の離島にやってきた、父親、その再婚相手、そして父親の実の息子である少年。少年は、父の再婚に対する心の整理がまだついていない。両親が子猫を助けようとしているとき、少年の前に謎めいた老婆が現れ、二人の馴れ初めを話してくれる。なぜ彼女はそんなことを知っているのか。そもそもこの人は誰なんだろう。

 南の島を舞台に、少しばかりファンタジー要素を加えた家族小説。猫の獰猛さと儚さが印象的です。


『ネコ・ラ・イフ』(北道正幸)
――――
ハハハ、あいかわらず寝相がおっさんだな
猫……でいいんだよな?
――――
単行本p.103

 朝、出勤時。ごみ袋を荒らす黒猫たち。池では茶虎が水面を泳いでいる。駅前広場では人が投げた豆に白猫が群がり、驚くと一斉に飛び立つ。動物園では猫のスカイウォークに客が歓声をあげ、水族館の猫ショーではプールの水面を割って猫がジャンプ。夕方、電線に並んでとまっている猫たち。こうして街の一日が終わる。

 文章で説明してもまったく面白くありませんが、絵を見れば思わず笑ってしまう素敵なコミック作品。個人的に、池にぷかぷか浮かび、水面をすすーっと滑ってゆく香箱猫がツボです。


『まりも日記』(真梨幸子)
――――
「なら、どうしてあたくしを飼ってしまったの? そんな無責任なことをしたの?」
「だって、仕方ないじゃないですか。運命だったんですから……」
「は? 運命? 衝動的で無責任で無計画でその日暮らしのおバカほど、“運命”という言葉を使いたがるんですよね。それを免罪符にしようとするんですよ」
「そんなこと、言わないでください……」
「あたくし、つくづく、運がないわ。あなたのような衝動的で無責任で無計画で甲斐性のない貧乏人なんかに選ばれてしまって」
――――
単行本p.188

 貧乏暮らしをしている売れない作家が、ペットショップで購入した猫、まりも。気位の高いブリティッシュショートヘアの彼女のために、作家は次々と痛い出費を強いられることに。

「あたくしは、金のかかる女ですよ」
「庶民が食するようなものは、受け付けません。穀物フリーのやつをお願いします」
「あなたが仕事に行っている間、あたくしがどれほど寒い思いをしているか」

 病気の治療、避妊手術、プレミアムフード。次々とお金がなくなってゆき、まりもからは甲斐性のなさを責められ、仕事はクビになり、小説は売れないし、それでも猫といることでこの上なく幸せな現実逃避。

 だが、やがてカードローンは限度額に達して返済不能、多重債務者になって、部屋は差し押さえられてしまう。もう一緒にいることが出来ない。

「本当に、私がバカでした。本当に、ごめんなさい……」
「で、あたくしはどうすればいいのかしら?」

作者コメントより
「私がもし、ブレイク前にマリモさんと出会っていたら……という仮定のもと創作したのだが、書いていて辛くなった」


『諧和会議』(町田康)
――――
「議長は言葉で説得すべき、と仰いますが、それ以前にひとつの疑問があります。それは、ぜんたい猫は言葉がわかるのか? という疑問です。わかっているのなら説得も意味があるでしょう。でももしわかっていないなら……、それを私は問いたいのです。私は彼らがなにか話すのを聞いたことがありません」
 牛がそう発言した途端、議場は混乱、収拾がつかなくなった。そういえばなんとなく話しているような気になっていたけれども猫と会話した経験がある者はひとりもなかった。飛ぶ者、跳ねる者、吠える者、嘶く者、無闇に乳を噴出させる者。再三に亘る「静粛に願います」という議長の呼びかけを無視し、みな顔を真っ赤にして自説を言い立てた。
――――
単行本p.214

 人類は滅び、代わりに言葉を獲得した動物たち。「理性と悟性によってなる諧和社会」を実現した彼らが集まって諧和会議していたところ、猫君の暴虐ぶりが議題にのぼる。

 遊び半分で小動物を虐殺する。

 「無表情で、なんともいえない虚無的な目をして」(単行本p.213)高価な壺を割る。

 「割れるものは割るし、噛み砕けるものは噛み砕くし、或いは口に咥えていって高いところから落としたり、パソコンとかスマホなんてものは小便をかけて壊しちゃう」(単行本p.213)。

 このような暴挙を説得して止めさせるべきという議長に対して、そもそも猫は言葉がわかるのかという疑問が提出され、議会は大混乱。すぐさま調査委員会が発足する……。

 言葉を獲得したせいで人間の駄目なところまで引き継いでしまった動物たちと、そんなもん意にも介さず自由奔放に振る舞う猫。形骸化した言葉を風刺する抱腹絶倒の動物寓話ですが、実は「うちの猫あるある」小説ではないかという気がします。


タグ:町田康
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: