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『宇宙に「終わり」はあるのか 最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』(吉田伸夫) [読書(サイエンス)]

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 宇宙はやがて終わる。この宇宙は遠い遠い未来に静かな終焉を迎えることが、始まりの瞬間から運命づけられている。そのような宇宙で、ビッグバンから138億年後という、“宇宙誕生直後”の時代に、われわれという構造は形成され、生きているのである。
(中略)
 こうした構造形成が可能なのは、ビッグバン以降の数千億年程度にすぎない。特に活発な構造形成は、ビッグバンから百数十億年という短い期間に集中して起きる。この時期を過ぎると、大量の光を放出する恒星は次々と燃え尽き、天体システムは崩壊して生命の存続は危うくなる。
 われわれ人類は、長期にわたって安定している宇宙に次々と登場する無数の知的生命の一つではなく、混沌から静寂へと向かう宇宙史の中で、凝集と拡散が拮抗し複雑な構造の形成が可能になった刹那に生まれた、儚い命にすぎない。
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新書版p.6、8


 ビッグバンによる誕生から「10の100乗年」の後、この宇宙は「ビッグウィンパー」と呼ばれる終焉を迎えることになる。長大な宇宙史のなかで生命のような複雑な構造が存在できるのはごく短い期間に過ぎない。現代宇宙論が明らかにした宇宙のはじまりから終わりまでの全宇宙史を解説するサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年2月、Kindle版配信は2017年2月です。


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 宇宙史の到達点を求めるならば、われわれ人類がたまたま生きているという恣意的な出来事に着目した“ビッグバンから138億年後の現在”ではなく、むしろ、宇宙が「ビッグウィンパー」と呼ばれる終焉に達した時点――本書では、ビッグバンから「10の100乗年」後を一つの目安とする――が、よりふさわしいだろう。
 宇宙カレンダーの例にならって10の100乗年を365日に置き換えると、ビッグバンから現在に至る138億年は、大晦日どころか、元日の午前0時0分0.000…004秒頃である(「…」では、0が77個ほど省略されている)。宇宙が終焉に至るまでの長久の歳月に比較すれば、ビッグバンから138億年後の現在は、宇宙が誕生した“直後”にすぎない。
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新書版p.4


 「宇宙」というと、「銀河や恒星が果てしなく広がる空間」「誕生から138億年を経てついに知的生命を生みだすに至った悠久の時間」といったイメージがぱぱっと脳裏に浮かぶのですが、これはたまたま現在の宇宙の姿、私たちの存在、といったものにとらわれた偏狭な発想であり、宇宙史全体を見渡せば、恒星も生命もすべて「宇宙誕生直後の限られた期間に生じる一時的事象」に過ぎないわけです。

 こうした、ビッグバンからビッグウィンパーに至る宇宙史全体というものを広く見渡す視点を与えてくれるのが本書です。宇宙史を11個の時代に区分し、それぞれの時代について特徴的な現象をざっくり解説してくれます。

 通して読むことで宇宙史のイメージを把握できる(あるいは把握できないほどのスケールだと認識できる)と共に、「私たちが存在できる期間」の特殊性とその宇宙史全体と比べた短さが分かります。

 さらに凄いのは、インフレーションとビッグバン、加速膨張、素粒子論の基礎、背景放射、銀河形成、恒星の一生、陽子崩壊、ブラックホールなど、天文学まわりのトピックを網羅的に学べるようになっているということ。300ページに満たない新書でこれだけの内容をごく自然にカバーする構成は驚きです。現代宇宙論入門書として強くお勧めします。


「第1章 不自然で奇妙なビッグバン ――始まりの瞬間」
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 ビッグバンは、巨大な爆発などではない。異常な高温状態にある一様な空間が整然と膨張を始めたものである。整然とした膨張だからこそ、その後に続く宇宙の進化が可能になったのである。
「高度な一様性」「異常な高温」「膨張の開始」――この三つの性質は、宇宙に多くの天体が形成され生命が誕生するために欠かせない。
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新書版p.37

 インフレーションを続けるマザーユニバースの一部でインフラトン場が変化し、それに伴ってポテンシャルエネルギーが解放された。それがビッグバンである。高度な一様性、異常な高温、膨張の開始、という「私たちの存在にとって必須だったとはいえ、いかにも不自然に感じられる」ビッグバンの三つの特質がどのようにして生じたのかを解説します。


「第2章 広大な空間、わずかな物質 ――宇宙暦10分まで」
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この宇宙が誕生したのは、インフラトン場がポテンシャルエネルギーを解放した結果だと考えられる(少なくとも、そういう説がかなり有力である)。このとき、解放されたエネルギーによって物質の場が激しく振動し始めたため、膨大な数の素粒子が生まれてきたのである。
(中略)
 大量のエネルギーを獲得した場の振動から生じたビッグバンの混沌状態は、空間膨張によるエネルギー密度の低下と対消滅を通じての粒子数の減少が起きたため、しだいに終息していく。こうして、現在のように、何もない広大な空間の中にわずかに天体が点在する宇宙が実現されたのである。
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新書版p.51、55

 ビッグバンの直後、場のエネルギーが無数の素粒子に変換された。この宇宙を特徴づける「物質の存在」に至るプロセスを解説します。


「第3章 残光が宇宙に満ちる ――宇宙暦100万年まで」
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温度が4000度以上で電子が自由に動き回っているときには、光は電子に散乱されてまっすぐには進めない(電子の2000倍近く重い陽子は光の振動に追随できないため、影響は小さい)。ところが、宇宙空間が膨張して温度が下がり、電子と陽子が結合して電気的に中性な水素原子に変化し始めると、光はしだいに散乱されにくくなる。宇宙暦38万年頃、温度が3000度付近まで低下すると、宇宙空間はほぼ透明になって、光はまっすぐ進むようになる。
 こうした変化は、ちょうど、霧がかかって見通しの利かない状態から、光を散乱していた微小な水滴が蒸発し霧が晴れた状態へと変わる過程に似ているので、「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれる。
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新書版p.73

 空間膨張に伴う温度低下により光が電子に散乱されず真っ直ぐに進むようになった。それが今も宇宙背景放射として検出され、誕生から38万年後の宇宙のスナップショットを私たちに届けてくれる。「宇宙の晴れ上がり」と背景放射について解説します。


「第4章 星たちの謎めいた誕生 ――宇宙暦10億年まで」
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 ビッグバンから100万年も過ぎると、かつては熱放射によってギラギラと輝いていた空間も冷えて可視光線をほとんど放射しなくなり、宇宙全体は暗闇に包まれる。暗黒時代の訪れである。しかし、可視光線がなく真っ暗だからと言って、何も起きないわけではない。暗黒時代のさなかにも、宇宙史のハイライトとも言える最初の星の誕生に向けて、物質の凝集が着々と進行していた。
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新書版p.89

 フィラメント状に凝集してゆく暗黒物質(ダークマター)。フィラメントの交差点に集まった太陽質量の10万倍から100万倍の暗黒物質ハローがその重力により水素原子を引き寄せてゆき、そして暗黒時代の終わりを告げる輝きが生まれる。最初の恒星、ファーストスターが核融合を起こすまでのプロセスを解説します。


「第5章 そして「現在」へ ――宇宙暦138億年まで」
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あと数百億年も経つと、恒星の多くは暗い赤色矮星が占めるようになり、銀河も、星形成をあまり行わない楕円銀河が主流となる(銀河と恒星の進化に関しては、それぞれ第6章と第7章で解説する)。宇宙のステージが華やかなのは、宇宙暦数十億年から百数十億年、せいぜい数百億年の間という、宇宙史全体からするとごく短い期間にすぎない。
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新書版p.107

 銀河の形成、惑星の誕生、化学反応の進展、そして生命の誕生へ。現在のような宇宙がどのようにして出来上がったのかを解説し、それがわずか数百億年しか続かない、宇宙史全体から見るとごく短期事象だということを解説します。


「第6章 銀河壮年期の終わり ――宇宙暦数百億年まで」
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銀河は100億年程度で老化の徴候を見せ、星形成率が低下していく。巨大銀河同士が衝突・合体すると、あっと言う間に星をほとんど生み出さない楕円銀河となってしまう。ビッグバンから100億年少々という現在は、星形成率がピークとなった時期(宇宙暦40億年~60億年)から生命進化に必要な期間を経た時期に当たり、宇宙における第1世代の生命が最も繁栄している頃だと推測される。だからこそ、そうした生命の一つである人類も、この瞬間を生きているのだろう。
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新書版p.152

 銀河の分類と特徴、成長と進化、そして老衰。銀河に関する基礎知識と共に、私たちが存在している「今」が宇宙誕生から百数十億年後であることの必然性について解説します。


「第7章 消えゆく星、残る生命 ――宇宙暦1兆年まで」
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銀河はしだいに恒星を生み出さなくなり、太陽のように明るく輝く星は次々に寿命を終えて死んでいく。1000億年も経つと、生き残っているのは赤く暗い星ばかりとなり、その周囲に生命がどれほど繁栄しているか、おぼつかない。
 そして、宇宙暦1兆年に達する頃には、最も長い寿命を持つ暗い星たちでさえも、徐々にその灯を消していく。宇宙の黄昏とも言うべき時代である。
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新書版p.155

 銀河の星形成率の低下、星の老衰と死。宇宙から光が消えてゆく。恒星がどのように最後を迎えるのかを解説します。


「第8章 第二の「暗黒時代」 ――宇宙暦100兆年まで」
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局所銀河群から見て、他の銀河団が遠ざかる速度はしだいに加速され、ある時点で光速を超えて、もはや光すらやって来ない“地平線の彼方”に去ってしまう。840億年後には、地平線の手前に残っている銀河団はおとめ座銀河団だけとなり、それも880億年後には地平線の彼方に去って、決して見ることができなくなる。こうして、アンドロメダ銀河と天の川銀河が合体して誕生した巨大な楕円銀河以外には、観測可能な宇宙空間にはほとんど何もないという空虚な宇宙が実現される。
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新書版p.184

 宇宙の加速膨張によって他の銀河団がすべて観測不可能となり、さらにビッグバンの痕跡もすべて失われてしまう。最後まで残っていた赤色矮星も燃え尽きてゆき、宇宙は再び闇に包まれる。宇宙の第二次暗黒時代について解説します。


「第9章 怪物と漂流者の宇宙 ――宇宙暦1垓(10の20乗)年まで」
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銀河を構成する天体は、周辺から少しずつ“蒸発”して、広大な宇宙空間を漂流するようになる。残された天体は、しだいに中心部へと凝集し、そこに存在するブラックホールに呑み込まれていく。こうして、天体集団としての銀河は終わりの時を迎え、巨大なブラックホールと、バラバラに散らばった漂流天体へと解体される。
(中略)
 宇宙暦1垓年の宇宙は、空間が加速膨張を続けた結果としてほとんど何もない虚空が果てしなく拡がっており、ごく稀に漂流天体と超巨大ブラックホールが存在するだけの世界となる。
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新書版p.193、214

 銀河の解体。中心部の巨大ブラックホールとわずかな漂流天体だけが残される。ブラックホールの生成過程と物理的特性、銀河とブラックホールの共進化について解説します。


「第10章 虚空へ飛び立つ素粒子 ――宇宙暦1正(10の40乗)年まで」
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ほぼ絶対零度まで冷え切った天体は、何も起こさない物質の塊として、そのまま永遠に宇宙空間を彷徨い続けるようにも思われる。しかし、陽子や中性子が崩壊するとなると、そうもいかない。こうした漂流天体は、長い時間を掛けて壊れていき、いつかは天体の形を保てなくなって消滅する。
(中略)
 こうして、宇宙暦1正年(10の40乗年)頃には、陽子や中性子は宇宙空間から完全に姿を消し、電子、陽電子、ニュートリノ、光子が薄く漂うだけとなる。
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新書版p.228

 陽子と中性子が崩壊してゆき、ついに物体は消滅する。電子や光子など崩壊しない素粒子が薄く漂う空間には、今や巨大ブラックホールが点在するのみ。反物質、陽子崩壊など素粒子論のトピックを解説します。


「第11章 ビッグウィンパーとともに ――宇宙暦10の100乗年、それ以降」
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凝集の到達点とも言えるこの天体も、永遠ではない。巨大なものでは10の100乗年という気の遠くなるほどの長い時間だが、それでも有限な時間のうちに蒸発してしまう。
(中略)
 すでに第8章で、ビッグリップ、ビッグクランチなどを紹介したが、全てのブラックホールが蒸発し、物理現象がほとんど何も起きなくなった熱死に近い状態を迎えるという最後は、「ビッグウィンパー」と呼ばれることがある。
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新書版p.250

 ホーキング放射によるブラックホール蒸発メカニズムと共に、全ての陽子と中性子が崩壊しブラックホールが蒸発してしまった後の、物理現象の終わり(すなわち宇宙の終焉)である「ビッグウィンパー」を解説します。

 さらに終章、補遺という形で補足説明があり、最後に1ページの年表「宇宙「10の100乗年」全史」が付いています。


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