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『たべるのがおそい vol.3』(星野智幸、最果タヒ、山尾悠子、他、西崎憲:編集) [読書(小説・詩)]

 小説、翻訳小説、エッセイ、短歌。様々な文芸ジャンルにおける新鮮ですごいとこだけざざっと集めた文学ムック「たべるのがおそい」その第三号です。掲載作品すべて傑作というなんじゃこらあぁの一冊。号を重ねるごとに次のハードルを目一杯あげてゆくような、スリルに満ちたvol.3。単行本(書肆侃侃房)出版は2017年04月です。


[掲載作品]

巻頭エッセイ 文と場所
  『Mさんの隠れた特技』(小川洋子)

特集 Retold 漱石・鏡花・白秋
  Retold 鏡花『あかるかれエレクトロ』(倉田タカシ)
  Retold 漱石『小詩集 漱石さん』(最果タヒ)
  Retold 白秋『ほぼすべての人の人生に題名をつけるとするなら』(高原英理)

創作
  『白いセーター』(今村夏子)
  『乗り換え』(星野智幸)
  『エスケイプ』(相川英輔)
  『虫歯になった女』(ノリ・ケンゾウ)
  『親水性について』(山尾悠子)
  『一生に二度』(西崎憲)

翻訳
  『ピカソ』(セサル・アイラ、柳原孝敦:翻訳)
  『カピバラを盗む』(黄崇凱、天野健太郎:翻訳)

短歌
  『すべてのひかりのために』(井上法子)
  『黙読』(竹中優子)
  『隣り駅のヤマダ電機』(永井祐)
  『二〇一七年、冬の一月』(花山周子)

エッセイ 本がなければ生きていけない
  『『本がなければ生きてこれません』でした。』(杉本一文)
  『本棚をつくる』(藤原義也)


『白いセーター』(今村夏子)
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 ……離婚しますか、わたしは伸樹さんにきいた。伸樹さんは、結婚しないと離婚できないよ、といった。
 あの晩、伸樹さんの黒いコートにくるまれていたわたしの白いセーターは、汚れからは守られたけど、においからは守られなかった。
――――
単行本p.33

 婚約者の姉から「クスマスイブの午前中だけ、子どもたちを預かってほしい」と頼まれた語り手。ごく簡単な用事のはずだったが、予想外のトラブルが起きて……。子どもというものの嫌な側面が生々しく心に刺さってくる短編。vol.1に掲載された『あひる』もそうでしたが、やわらかにネグレクトされる弱い立場の人、を表現するのがうまい。こわい。


『乗り換え』(星野智幸)
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いやいやいや、おまえじゃないから。同じ星野智幸だけど、おまえは俺じゃないから。俺にはならなかった俺ってことは、俺じゃないから。同じ星野智幸でも、違う人生送ったら別人だから。共通するところはたくさんあるけど、そんなの双子だって別々の人生送ればまったくの別人だろ。
――――
単行本p.46

 サッカー観戦から帰宅する途中、ふと立ち寄った店で出会った星野智幸。同じ星野智幸なのに人生どこで分岐したのか、それぞれの記憶を確認してゆく二人。『俺俺』にも似た奇妙なシチュエーションを駆使して語られる「私小説」。自民党公認、保守派の県議候補である星野智幸、というのがすごい。「感銘も受けている。打ちのめされてもいる」(単行本p.48)


『小詩集 漱石さん』(最果タヒ)
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美しいひとが生き抜いていくには、その美しさを許容できるほどの美しい世界が必要で、そんなものはこの世にない。長く伸びた花が、きみどりの細い茎をどうしてか空に向けて張り詰めていて、彼は空に呼ばれているのかな、だから重力に負けないのかなと悲しくなった。詩を書いても、絵を描いても、世界には私が溶け込めない部分があって、私を燃やしても残る骨と髪があって、孤独という言葉は、だからチープだと知っている。
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単行本p.68

 夏目漱石をイメージした四篇『夢の住人』『走馬灯』『先生』『文学』から構成された小詩集。


『ピカソ』(セサル・アイラ、柳原孝敦:翻訳)
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 ある日、魔法の牛乳瓶から現れた精に、ピカソを手に入れるのとピカソになるのとどちらがいいかと訊ねられた、そこからすべてが始まった。どちらでも願いを叶えてあげよう、と精は言った。ただし、どちらか一方だけ。
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単行本p.78

 ピカソの絵か、ピカソになるか、叶う願いはどちらか一つだけ。
 モスラの幼虫が大暴れする『文学会議』や、不良少女二人組〈愛の襲撃部隊〉がスーパーマーケットで殺戮を繰り広げる『試練』で、読者を大いにたじろがせたセサル・アイラのたじろぎ小説。ちなみに『文学会議』の紹介はこちら。

  2016年03月08日の日記
  『文学会議』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-03-08


『カピバラを盗む』(黄崇凱、天野健太郎:翻訳)
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 今ほど、カピバラを盗むのに適した頃合いはあるまい。この島国がまるごと、対岸からのすさまじい口撃にさらされている。頭がいかれた総統が、中国への「反攻」、つまり宣戦布告をしたのだ。その瞬間、オレは、ワンパク・サファリパーク(頑皮世界)に忍び込み、カピバラを盗み出すことに決めた。
――――
単行本p.106

 「大陸反攻」とか、今さら、マジで宣告。ついに始まった中台戦争。というかそのはずなんだけど、ミサイルが飛んでくるわけでもなく、軍が動くことすらなく、街は人出で賑わっているし、ネットも遮断されずみんな好き勝手につぶやいている。台湾が置かれてきた不安定で先の見えない状況は、戦時中でさえ変わらないのかよ。こうなったら、カピバラを盗むしかない。今がそのときだ。
 現代の台湾社会と政治に対する若者の感覚を鋭くとらえた短編。話はシリアスですが、でもやっぱり台湾料理うまそう、カピバラかわいい。


『親水性について』(山尾悠子)
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 停滞することなくつねに神速で移動せよ。速度のみが我らの在るところ。言の葉は大渦巻きを呼び、ものみなさかしまに攪拌されながら巻き込まれていく――堕ちていく――肺は水で満たされ、密かに鰭脚をそよがせると額に第三の目がひらく。
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単行本p.149

 永遠に漂い続ける巨大船に乗っている姉と妹。神話的イメージを連打してくる高純度山尾悠子。


『一生に二度』(西崎憲)
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 みすずの生活はそういうふうに空想というものに特徴付けられている。
 そして空想のほうがみすずの許にやってきたこともある。大学二年生の時だった。ある男の姿をとって。
 その男のことを思いだすと、いつも全体がひとつの夢であったような錯覚におちいる。
 たしかに期間も長くなく、深くつきあったわけではないので、そう思えてもおかしくはない。
 大学二年の時だった。
 大学は中央線の先にあった。
 オスカー・ワイルドの小説の話。
 つづきを知っているとその人は言った。その先を知っていると。
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単行本p.153

 空想癖のあるみすずが出会った男は、『ドリアン・グレイの肖像』がその後どうなるのか続きを知っているという。それどころか、どんな物語についても彼はその後どうなるかを知っていた。日系人強制収容所における迷信と噂話の流布。フィンランドで起きた奇怪な殺人事件。理由不明なまま繰り返される海難。謎めいた魅力的な物語が、結末を欠いたまま次々と投入され読者を魅了してやまない傑作。素晴らしい。



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