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『黄色いボート』(原田彩加) [読書(小説・詩)]

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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 仕事がつらい。職場がつらい。何でこんな理不尽ばかりまかり通るのか。職場や生活に対する怒りを吐き出すような非正規女性労働歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2016年12月です。


 とにかく仕事がつらい。何もかもつらい。そもそも通勤がつらい。

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淡い空 女性専用車の床を踏みしめている無数のヒール
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往来で転んだけれど無関心決め込まれている世界がいいね
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やってくるひとは途切れず永遠に誰かのためにドアを押さえる
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 ようやく職場に到着すると、そこで待っているのは理不尽と意味不明な苦役ばかり。

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一斉に鳴っているのに誰ひとり取らない電話駆け寄って取る
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そうですねおそれいります意味のない言葉の先でねじれるコード
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壇上に追いたてられてスピーチをさせられている手負いの獣
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 つのる怒り、あふれるストレス。非正規だからか。女だからか。

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花が咲くように怒りはいちどきに溢れてキーボードが壊れそう
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ひといきに陸へとあがる苦しさだ誰もわたしに話しかけるな
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こんなにもひとを嫌っている春は胸の底までぬかるんでいる
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もう二度と開かぬ窓と決めている窓を覗くな窓を叩くな
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 でも他人のおかげで状況は悪化してゆくばかり。

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引火して辺り一面燃えているなかでようやくひとりになった
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もう君に相談したりしなくても火の輪くぐりはひとりでできる
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まだ何も失ってない 真四角の窓から見えるアンテナに鳥
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 もちろん業績など上がらず、責任だけは下へ下へとスムーズに。

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人件費削減しようそうしよう浮ついている春の会議は
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議事録は上書きされて 断定で書いたところを直されている
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辞めるって決めたら楽になったよと踊り場へ来て同僚はいう
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 疲れ切って帰宅しても、ぜんぜん楽にならない。しんどい。

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終電のドアに凭れて見ていればこのまま夜明けになりそうな空
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帰ったら上着も脱がずうつ伏せで浜辺に打ち上げられた設定
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バファリンが効くまで床にうずくまり鵺のことなど考えていた
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 こんな毎日の繰り返しがいつまで続くのか。なぜ続くのか。

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買ったもの思い出せずにAmazonの箱を開ければまた箱がある
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コーヒーはこんなに黒い飲み物か深夜の街に雨が降ってる
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夢で長く生きてしまった明け方に目覚めたときのとおい心音
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眠ったら遠くへ行けた/目覚めたらまだここにいた 雨の日曜
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 どんどんひどくなってゆく労働環境。全方位こづきまわされるような非正規女性社員の扱い。せめて仕事させろよ。そんな状況にあっても決してくじけず、戦い、働き、生き延び、そして苦々しいユーモアにくるんで短歌にする。言葉のちからで理不尽に反撃する、そんな怒りの力強さがひしひしと感じられる労働歌集です。



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