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『うみのはなし』(橘上) [読書(小説・詩)]


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ひろこちゃんは帰り道の路地裏で
よく死んでいた
死んでいるひろこちゃんはとても
あざやかないろだった

ひろこちゃん
ひろこちゃん
ひろこちゃんはきれいだな
ばくはつしてもきっときれいだよ
だからべつにばくししてくれてもいいよ
ひろこちゃん
ばくししてもたえずひろこちゃんだよ
ばくはつしたひろこちゃんのばくはつを
ぼくはきれいだとおもうから
あんしんして
ばくはつしてくれひろこちゃん
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『ひろこちゃん』より


 思いがけない言葉の並びがこじれたユーモアをかもしつつ青春の気恥ずかしさをりろーどしてしまう照れくさ詩集。単行本出版は2016年11月です。


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春で、その日はどうしようもなく春で
その日が春であるということに対しての自分の無力が嬉しい
僕の読んだ本の量が本棚の積載量を超えたとき
もう僕には失うものがなかった
人生とは一生をかけて失うものを手に入れて命と共に失うことだ
そう言わなかった彼は、結局僕の親友にはならなかった
僕のしらない所で、そう言ったのかもしれないが
僕は人生を語れるほど、ブタの一生に精通していない。
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『シャチの右目』より


 定型的文章や、類型的な表現を、少しずらしてみる。そこから生ずるひねくれた笑いがむっちゃ印象的な作品が並んでいます。


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椿のおいしい季節になってきました。先生お元気ですか?
僕は右肩の脇腹化が進んで少し苦しいです。
(中略)
あれからもう二年と三か月経つんですね。
今でこそ生まれたてのぼくですが、当時僕は一番搾りと呼ばれるほどの甲斐性なしのうら若き乙女でした。
先生は道に迷っていた僕に、優しく縄文時代の生活について教えてくれました。左利きを装って。
あの時の思い出のボールは今でも大切にとってあります。
先生知ってますか? 事務員って殴ると怒るんですよ。
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『さよならニセ中野先生』より


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先生は不潔です。
でも不潔なところがいいと思います。
不潔じゃなければもっといいと思います。
不潔な先生がニセモノで本当によかったと思います。
でも不潔じゃない先生もニセモノなので、それはとても残念です。
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『さよならニセ中野先生』より


 全体的に、青春の淡い思い出というか、異性を意識しはじめた頃の気恥ずかしさを思い出させる感じが、ちょっとくすぐったい。


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真田さんは気持ちの悪い人だ
一言で言えば、ぐちゃぐちゃしている
それも2Bの鉛筆で描かれたぐちゃぐちゃだ
ひどくゴミっぽい
実際僕は真田さんをゴミに間違えて捨てたことがある
一度だけでなく、二度も三度も
一、二度目は「あ、ごめん」と言ったら
「慣れているから平気よ」と言ってくれたが
三度目はごめんだけでは済まされず
「三度も同じ人に捨てられたのは初めてよ」
と食って掛かられ、いろいろと弁解しているうちに、真田さんと話すようになった
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『2B』より


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桜沢さんは顔に大きな穴が開いていた
目や口や鼻があるはずのところに
風通しのいい穴が広がっているのだ
(中略)
いつものように
桜沢さんとシャープペンシルをそばつゆで洗う遊びをしていると
桜沢さんは不意に僕の手を握り
こう言ってきた
「どうして私の目を見て話してくれないの?」
僕は何を言うべきかわからず
黙りこくってしまった
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『目』より


 「同じ人に捨てられたのは初めてよ」とか「どうして私の目を見て話してくれないの?」とか、いかにもありがちなセリフでおちゃらけてるようでいて、何だか妙にドキドキしてしまうこの胸のときめきは何。


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かなえないで、かなえないで、かなうから
ほしをみて、ぼくをみて、ぼくをみて、ほしをみて
ぼくをみないで、ほしをみて、ほしをみないで、ぼくをみて、
ほしをみないで、ぼくをみないで、みてよ ほしを
――――
『DREAMS COME TRUE』より


 『YES(or YES)』でも印象的だった、ひらがなの氾濫。要所要所で活躍。意外に叙情的な気分にひたって、うっかりすると涙ぐんでしまったり。最後までどこか照れくささが胸に染みる詩集です。



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