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『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』(レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル、青木薫:翻訳) [読書(サイエンス)]


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われわれは加速器、つまりは強力な顕微鏡のことを語りたかった。また、科学はいかにして、自然という玉ねぎの階層を一枚一枚剥いできたのか、そして未来の加速器はどうなるのかにも焦点を合わせたつもりだ。とにかく、「もろもろの理論」にはできるだけ距離を置くようにした。なにしろ近年では、加速器はどんどん少なくなり、実験もやりにくくなって、やれば金もかかるというのに、理論はむやみにたくさんあって、作るのにほとんど金がかからない。科学とは結局のところ、測定と観測をやってなんぼのもので、純粋数学のような理論や、反証できない突飛な思弁だけではだめなのだ。(中略)ヒッグス粒子のその向こうには、未解決の問題がたくさんある。そういう問題への答えを得るまでには、われわれはまだ長い道のりを歩かなければならない。
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単行本p.265


 ヒッグス粒子の存在が確認されたことで、素粒子物理学における標準理論は完成した。しかしそれは「物質とは何か」をめぐる長い探求の通過点に過ぎない。「神の粒子」として有名になったヒッグス粒子を中心に、素粒子物理学と加速器の歩みを活き活きと紹介してくれる一冊。単行本(文藝春秋)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


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では、ヒッグス粒子とは何だろう? なぜヒッグス粒子は存在するのだろう? ヒッグス粒子を加えれば、素粒子のリストは完全になるのだろうか? ヒッグス粒子が登場したことで、たくさんの疑問が生まれた。ひとことで言えば、ヒッグス粒子に関しては、「誰がこいつを注文したんだ?」という状況なのである。
 素粒子の階層に踏み込むことは、量子力学に支配された不思議な領域に、そしてその領域だけに、頭のてっぺんまでどっぷりとはまり込むことだ。そこでは「質量とは何か」という問いが、いよいよ深い謎となり、いっそう大きなパズルとなる。そうして話はますます面白くなるのだ。
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単行本p.139


 巨大な加速器を「顕微鏡」として使い、極微の世界を探求し続ける科学者たちの道のりを、実験物理学の第一人者が描きます。類書にありがちな「たとえ話に頼った説明」(猫箱とか)を極力排し、ひたすら観測結果とその解釈という王道に沿って素粒子物理学の基礎を解説。並行して、加速器の必要性(もっと俺たちのフェルミ研究所に予算をくれ)を繰り返し訴えます。

 全体は九つの章から構成されています。


「第一章 宇宙の始まりを探る旅」
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科学者たちは、ジュネーヴ近郊の地下およそ百メートルに置かれた、その強力なリングを使って、夜を徹して働いている。そんな苦労の末に作り出されるのは、黄金ではない。それは黄金とは比べものにならないほど価値のある、かつて誰も見たことのない粒子だ。ニーベルング族は魔法の力を解き放ち、指輪をはめた者にその力を与えたが、物理学者たちは、これまで誰も見たことのない謎の力の正体を暴こうとしている。それは、あらゆる力のもとになる根源的な力であり、その力を握っているのは自然だ。
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単行本p.9

 2012年にヒッグス粒子の存在を確認した大型ハドロン衝突型加速器LHC。大型加速器の建造とその目的を概観し、その意義(そして予算を理由にそれを逃した米国政府に対する嫌味のかぎり)を語ります。


「第二章 その時、ニュートン物理学は崩れた」
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自然の中でわれわれが目にする「複雑さの構造」は、玉ねぎのように層状になっていて、それぞれの層ごとに、起こる現象が異なるらしいのだ。それぞれの層は、それを調べるために必要なエネルギーによって特徴づけられる。(中略)原子核の層は、数百万から数億eV程度のエネルギーで特徴づけられる。逆に言えば原子核を探るためには、数億eVのエネルギーを持つ粒子が必要になるということだ。
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単行本p.56

 巨大加速器が極微の世界を探るための「顕微鏡」だというのは、どういう意味か。物質の存在スケールの階層を一つ一つ下って観察してゆくために何が必要なのかを具体的に解説します。


「第三章 世界は右巻きか左巻きか」
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「やあ、ディックか、すごいアイデアを思いついたよ。びっくりするぐらい簡単に、パリティの破れを検証できそうだ」。わたしは急いでその実験のことを説明すると、「研究所に来て、手を貸してくれないか?」と言った。ディックはうちと同じ、スカーズデールにに住んでいた。午後八時には、ディックとわたしは、事情がわからず動転している大学院生の目の前で、彼がこれまでせっせと準備してきた実験装置を解体していた。マーセルは、自分の博士論文のために用意していた実験装置が解体されるのを、ただ呆然と眺めているしかなかった。
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単行本p.107

 素粒子の世界では対称性が破れている? パイ粒子とミュー粒子の崩壊過程におけるパリティの破れを確認した重大な実験。その一部始終を、張本人であるレーダーマンが活き活きと語ります。対称性の破れ、その発見はヒッグス粒子へと向かう重大な一歩でした。


「第四章 相対性理論の合法的な抜け道」
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ヒッグス粒子とは何なのか? この粒子はなぜ存在しているのか? ヒッグス粒子はこれだけなのか、それともほかに仲間がいるのか? この先しばらく、新たな発見はできそうにないのか? それとも、今われわれは新たな発見の時代に入ろうとしているのか? この発見をどう受け止めたらいいのだろう? ヒッグス粒子のその先には、どんな謎が待ち受けているのだろう? これらの問いの中心にあるのが、次の大きな問いだ。――質量とは何なのだろう?
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単行本p.116

 質量とは何か。「物質の“量”を示す値」という漠然とした理解から始まって、それは素粒子に内在されている本質的な性質ではなく、とりまく場との相互作用から生じている、という根本的な理解の転換へと読者を導いてゆきます。


「第五章 初めに質量あれ」
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宇宙が誕生してまもない頃は、あらゆる粒子は質量がゼロで、標準理論の対称性が壮麗な塔のように高くそびえていた。ところが宇宙が膨張して冷えるうちに、対称性は次々と崩れて瓦礫の山となり、粒子は質量を背負わされ、人間が今日目にしている低エネルギーの物質世界が姿を現した。その世界では、基礎となる標準理論はほとんど見えなくなっている。あえてたとえ話をすれば、対称的な世界は、ウォータン(オーディン)のワルハラだった。しかし神々の黄昏が訪れて、対称性は打ち砕かれ、ワルハラは廃墟になった。ウォータンの娘であるワルキューレのブリュンヒルデがその出来事の引き金を引いたように、原初の宇宙で成り立っていた標準理論の対称性が崩れ去るという出来事にも、その引き金を引いたものがいる。それがヒッグス粒子なのだ。
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単行本p.146

 加速器から得られた知見を積み重ね、ついに物理学者たちは標準理論にたどり着いた。素粒子に質量がなく、対称性が保たれている、すべての基礎となるその状態を説明する標準理論。それを元に、真空の構造、カイラリティ(スピンの右巻きと左巻きの違い)、そして二つのカイラリティの間を往復する振動(チッターベベーグング)を解説し、対称性の破れと「質量」の関係に踏み込んでゆきます。


「第六章 何もないところになぜ何かが生まれたのか?」
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標準理論から引き出される予測の多くは、すでに実験で証明されており、実験上、この理論の不具合はただのひとつも見つかっていない。
 標準理論がこうして作り上げられたことは、1970年代のはじめに素粒子物理学に起こったひとつの革命だった。陽子、中性子、パイ粒子などを構成しているクォークという小さな粒子が、初めて実験でその姿を現したのも、ちょうどその頃のことである。1970年代の十年間には、自然の力はすべて、「ゲージ対称性」という包括的な対称性原理に支配されていることが理論と実験の両面から明らかになった。
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単行本p.191

 標準理論から「質量」を説明するために必要となるヒッグス場。真空を満たすヒッグス場がどのようにして素粒子に「質量」を与えているか、そのメカニズムが解説されます。そして今や読者は、2012年7月4日の「ヒッグス粒子を確認」という歴史的発表がどのような意義を持つのかを理解したことになります。


「第七章 星が生まれた痕跡」
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そのとき発せられる強烈な光が、いわゆる「超新星」として観測されるものだ。それはビッグバン以降、この宇宙で起こるもっとも激烈な爆発である。
「あらゆる爆発の母」というべき激しい爆発を引き起こすのが、粒子の中でもとりわけ地味で目立たないニュートリノだというのは、なんとも不思議なめぐり合わせではないか。星の中心部から猛烈な勢いで飛び出してくるニュートリノは、星の外殻を作り上げているすべての物質、その星の中心部で新たに合成された重い元素のすべてを道連れにして、銀河に輝く星たちをすべて合わせたよりも、さらに数千倍も明るい閃光を放たせるのである。
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単行本p.222

 ニュートリノの質量問題、フレーバー振動、ニュートリノにおけるCP対称性の破れが持つ意味など、ニュートリノ物理学の現状をざっと見てゆきます。


「第八章 加速器は語る」
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 フェルミ研究所は、長基線ニュートリノ実験(LBNE)の準備を進めており、最終的にはダコタ州のホームステーク鉱山に向けてニュートリノ・ビームを打ち込むことになるが、それと並行して、世界一大きなビーム強度を持つ粒子加速器、「プロジェクトX」の準備も進めている。プロジェクトXは、フェルミ研究所とアメリカの高エネルギー物理学の将来計画において、要となるものである。
 それは大強度陽子加速器で、「陽子ドライバー」と呼ばれることもある。なお、この加速器に「プロジェクトX」という謎めいた名前がついたのは、何か隠さなければならないような秘密があるからではなく、単にもっと良い名前を誰も思いつかなかったからにすぎない。
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単行本p.242

 著者たちがいるフェルミ研究所の将来計画を紹介し、加速器の未来を語ります。そしてもちろん、それが経済価値につながる(だからもっと予算をくれ)というポイントを力説することも忘れません。


「第九章 ヒッグス粒子を超えて」
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 しかしこれを書いている現在、ダークマターに関する理論は、シカゴに生息する野良猫よりも多いというのに、加速器実験でダークマターを作り上げている粒子を作って検出することはできていない。(中略)
 このように、ダークマターは今も、宇宙論と素粒子物理学という、深く結びついた二つの分野にまたがる、謎の物質であり続けている。高性能の「顕微鏡」を作ろうとする素粒子物理学と、やはり高性能の望遠鏡を作ろうとする宇宙論とは、科学の分野として大きく重なり合っている。(中略)素粒子物理学と宇宙論は、密接に結びつきながら、互いのために役立っているのである。ダークマターは、れわわれがまだ理解していない何か、標準理論という枠組みを超える何かが、すぐ目の前にあるということを思い知らせてくれる。標準理論を超える何か、ヒッグス粒子を超える何かが、間違いなくそこに存在しているのだ。
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単行本p.268

 ヒッグス粒子が他の素粒子に「質量」を与えることは分かったが、ではヒッグス粒子それ自身の質量はどこから来るのか。天文学がその存在を明らかにした「ダークマター」は未知の素粒子なのか。様々な未解決問題を前に、物理学者たちは標準理論を、ヒッグス粒子を、超えて先へ進もうとしている。様々な加速器を建造し、互いに補いながら、極微の世界の完全な理論に向けての探索は続いてゆく。そして本書の最初にして最後の問い、太文字で書かれた声高な叫び声が響くのだ。「加速器の費用はそんなに大金か?」(単行本p.269)



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『食堂つばめ8 思い出のたまご』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]


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 そのうれしそうな気持ちが、料理に現れているのだ。人のために料理を作って、それを「おいしい」と言ってもらえる。ノエの、本当の根っこの部分を作っているのは、その無上の喜びなのだ。
 それを食べると、秀晴たちも幸せになれる。
 それだけ覚えていれば、ノエはずっと存在する。少なくとも、秀晴は覚えている。
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文庫版p.161


 生と死の境界にある不思議な「街」。そこにある「食堂つばめ」で思い出の料理を食べた者は、生きる気力を取り戻すことが出来るという。好評シリーズ「食堂つばめ」、いよいよ別れのときがやってくる最終巻。文庫版(角川書店)出版は2016年11月です。


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「じゃあ、ここはどうなるの?」
 食堂つばめは?
 そうたずねると、キクとりょうさんは戸惑ったように顔を見合わせた。
「なくなるのかもな……」
 わかっていたのに、秀晴はショックを受ける。しかも、それはかなり身勝手なものだった。(中略)
 時間を無駄にしないあの街へ行き、つばめで何か食べることは、秀晴の最大のストレス解消だった。わかっていたけれど、こんなに頼っていたのか、ということを初めて知った。
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文庫版p.48、51


 「街」を訪れた臨死体験中のゲストが、四人のレギュラーとともに食堂つばめで美味しいものを食べるシリーズ、「食堂つばめ」もついに完結。途中の巻では基本的に「料理を食べてうまいうまいと喜ぶだけの食いしん坊」扱いというか、影が薄いところもあった秀晴が、最後に主役として頑張ります。


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 ……やっぱり、自分の納得したい「物語」みたいなものを求めているな。そして、どうにかしてそういう方向に持っていけるんじゃないか、とも思っている。自分になまじ変な力があるせいで。
 あの街がわからないと同時に、自分の力だってわかっていない。何かとてつもないものを秘めているかもしれないじゃないか。
 ――まあ、多分ないんだけど。
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文庫版p.89


 というわけで、これまでシリーズをずっと読んできた方は、ノエと「食堂つばめ」の行く末を確かめて下さい。また、1巻だけ読んで途中とばして本書に進んでも問題ないよう配慮されている上に、シリーズ初となる「家系図」まで掲載されているので、例えば「ぶたぶた」シリーズを読んで気に入ったので同じ作者の別シリーズもちょっと読んでみようかな、と思った方もどうぞ。


「あとがき」より
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「街」は確かに私の食いしん坊な願望そのものです。ただ、自分で書いていると、それほど癒されることはないのですよね……。書いていた時の苦労ばかりが前に出てくる。(中略)
 こう言うとひどく傲慢な感じですけれども、私の小説で癒される人がうらやましい――。だって、私の願望ですからねー。私が一番に癒されて然るべきじゃないですか!? なのに、私は蚊帳の外――なんて悲しい。
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文庫版p.174


 そこが小説執筆と調理の違いなのでしょうねえ……。



タグ:矢崎存美
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『ART TAIPEI 2016 台北國際藝術博覽會カタログ」(社團法人中華民國畫廊協會、台湾) [読書(教養)]

 2016年11月14日は夫婦で台北世界貿易センター1号館に行って、台湾国際芸術博覧会「ART TAIPEI」を鑑賞しました。

 「ART TAIPEI」は、 1992年以来、四半世紀近くに渡って毎年開催されているアジア最大規模のアート展示会・作品即売会。アジア地域を代表する現代アートの祭典です。今年は世界各地から150社をこえるギャラリーが出店し、しかもそのうち55社は初出展といいますから、規模もさることながら、勢いというか成長がすごい。

  ART TAIPEI 2016 台北國際藝術博覽會
  http://art-taipei.com/2016/tw/

 巨大な会場は出展ギャラリーごとに区切られており、それぞれの区画ではタブレットを手にした画廊の担当者が熱心に売り込みをしています。入る前は美術館の雰囲気を予想していましたが、これはまぎれもなく展示・即売会。一般参加者もスマホでばんばん写真撮影しています。

 展示されている現代アート作品(多くが若手アーティストによる新作)も、ハイアートですファインアートです美術界に一石を投じる前衛的な試みです、といった感じではなく、ポップというか親しみやすいというか、はっきり言うと「金になる」「物欲を刺激される」という訴求力の結晶。

 もちろん私が買えるような額ではないのでただ観て回るだけでしたが、しばしば「欲しい」という衝動を覚える作品があり、金があったら何をしでかすか自分でも予想できない現代アート恐るべし。

 会場で購入したのはカタログだけですが、これが大判・フルカラー・500ページ近い分量という重たい一冊。お値段も立派な800元(2800円くらい)。持ち歩くだけで汗だくに。ちなみに、11月だというのに台北の気温は31度でした。真夏か。

 がっつり現代アートした後は、口直しにスイーツなポップアートということで、以前から欲しかった『接接在日本』の2巻と3巻を誠品書店で購入しました。ちなみに、4巻購入時の紹介はこちらです。

  2016年06月02日の日記
  『接接在日本4(ジェジェ イン ジャパン ヨン)』(接接、JaeJae、ジェジェ)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-06-02



タグ:台湾
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『アニマリウム ようこそ、動物の博物館へ』(ジェニー・ブルーム:著、ケイティー・スコット:イラスト、今泉忠明:監修) [読書(サイエンス)]


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 この「アニマリウム」は、生き物の進化の様子が見られる博物館です。あなたが今までに行ったことのあるどんな博物館とも違うのは、24時間、365日開館していて、世界でも類のないほど貴重で素晴らしい生き物たちが、どこよりも多く集まっていることです。しかも展示されている生き物の状態はどれも完璧で、とても細かいところまで観察することができます。(中略)古い動物と新しい動物、巨大な動物とちっぽけな動物、どう猛な動物とか弱い動物をいっしょに見られる博物館はここだけです。「アニマリウム」に入って活気にあふれる動物界を見てみましょう。
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単行本p.7


 カイメンから霊長類まで、160種を超える様々な動物種を進化系統樹に沿って正しく並べ、それぞれに正確で美しいイラストをつけた息をのむような動物図鑑。単行本(汐文社)出版は2016年8月です。


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さまざまな生き物が存在することを「生物多様性」と言います。生物多様性は、私たちとはかけ離れた、日常生活とは関係ないことのように思えるかもしれません。ですが、地球が私たちにとってすみやすい場所なのは、生物多様性のおかげです。ヒトもハエやクラゲ、キリンと同じように動物の1つの種なので、生物多様性のなかに組みこまれています。私たちは、この地球をありとあらゆる種と共有しているのです。
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単行本p.102


 A3サイズの大型図鑑です。最初に「動物界の生命の樹」が見開きいっぱいに描かれ、それに沿って、地球に棲息する多種多様な動物種が、発生した順番に、展示されてゆきます。またそれぞれの種が多く棲息している環境についても解説されます。

 展示されているすべての種について学名、和名、体長、特徴が示されており、種によっては骨格図も。巻末には和名索引だけでなく、ラテン語の学名索引まで付いています。

 イラストはリアルで写実的。いかにも博物館的な「標本展示」という図案の配置になっているのに、個々の「標本」は自然界で生きている状態のまま描かれている、というところが心をつかみます。色合いも素晴らしく、子供が見ても楽しめるでしょう。ちなみに説明の漢字にはすべてルビが振ってあります。

 というわけで、これ一冊で、生命と進化、環境と生物多様性、といった難しい概念をビジュアルに学ぶことが出来るように工夫された美しい動物図鑑。子供にプレゼントしたい一冊です。



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『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット、関美和:翻訳) [読書(教養)]


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 この本の縦糸は、その3本だ。ひとつ目はmp3の生みの親でその後の優位を築いたあるドイツ人技術者の物語。ふたつ目は、鋭い嗅覚で音楽の新しいジャンルを作り、次々とヒット曲を生み出し、世界的な音楽市場を独占するようになったあるエグゼクティブの物語。そして、3つ目が、「シーン」と呼ばれるインターネットの海賊界を支配した音楽リークグループの中で、史上最強の流出源となった、ある工場労働者の物語だ。
 この3つの縦糸が別々の場所で独立して紡がれる中、横糸にはインターネットの普及、海賊犯を追う捜査官、音楽レーベルによる著作権保護訴訟が絡み合う。3人のメインキャラクターに加えて、リークグループの首謀者、それを追うFBIのやり手捜査官、ジェイ・Zやジミー・アイオヴォンといったこの20年でもっともヒットを生み出した音楽プロデューサー(今や既得権益側になってしまった!)が登場し、謎解きと冒険を足して2で割ったような群像活劇が繰り広げられる。
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単行本p.353


 その昔、CDという高額商品の形で流通していた音楽。だが、音楽はネットから無料で手に入れるものとなり、従来の音楽業界は崩壊した。どうしてそんなことになったのか。mp3を開発した技術者、音楽業界の重鎮、そして音楽ファイルのリークに邁進した海賊犯。事態の中心にいた三人の人物を追うことで、「革命」の経緯を明らかにする衝撃と興奮のノンフィクション。単行本(早川書房)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


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 数年前のある日、ものすごい数の曲をブラウジングしていた時、急に根本的な疑問が浮かんだ。ってか、この音楽ってみんなどこから来てるんだ? 僕は答えを知らなかった。答えを探すうち、だれもそれを知らないことに気づいた。(中略)
 音楽の海賊行為はクラウドソーシングがもたらした現象だと僕は思い込んでいた。つまり、僕がダウンロードしたmp3は世界中のあちこちに散らばった人たちがそれぞれにアップロードしたものだとイメージしていた。そうしたバラバラのネットワークが意味のある形で組織されているとは思いもしなかった。
 でもそれは間違っていた。
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単行本p.10、11


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 そして、やっとノースカロライナの西にある田舎町にたどり着いた。(中略)この町で、ある男がほとんどだれとも関わりを持たずに、8年もの年月をかけて海賊音楽界で最強の男としての評判を揺るぎないものにしていた。僕が入手したファイルの多くは、というかおそらくほとんどは、もともと彼から出たものだった。彼はインターネットの違法ファイルの「第一感染源」だったのに、彼の名前はほとんどだれにも知られていなかった。
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単行本p.13


 ネットからいとも簡単にダウンロードできるようになった海賊版音源。CDが発売される前に高音質の曲データが無料で手に入るのですから、CDを買う人がいなくなったのも無理はありません。しかし、そもそも誰がそんなことを可能にし、誰がどうやって発売前のCDからデータを抜いてネットに流出させたのでしょうか。そしてデジタル海賊という脅威を前に、音楽業界はどう対処したのでしょうか。

 本書はこの疑問に答えるために、「主役」となる三人に焦点を当てて、彼らの人生を追ってゆきます。最初に登場するのは、音楽圧縮ファイル形式であるmp3を開発した技術者の物語。


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 予想に反して、mp3は12分の1のサイズでCDの音をほぼ完璧に再現した。アダーは言葉を失った。驚異的な技術だった。アルバムがたった40メガバイトに収まるなんて! 未来の計画なんて忘れていい。今ここでデジタルジュークボックスが実現できる!
「自分がなにをやってのけたか、わかってる?」最初のミーティングのあとにアダーはブランデンブルグに聞いた。「音楽産業を殺したんだよ!」
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単行本p.78


 インターネットの普及とmp3の実用化。そんな破壊的イノベーションが生まれたことに気づかぬままこの世の春を謳歌していた音楽業界。その頂点に君臨するエグゼクティブの物語が続きます。


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業界最高の年に世界最大のレコード会社を経営していたモリスは、地球上でもっとも権力のある音楽エグゼクティブというだけではなかった。歴史上、もっとも力のある音楽エグゼクティブだった。(中略)ユニバーサルの市場シェアはワーナー時代よりもはるかに大きくなっていた。アメリカ国内で販売されるアルバムの3枚に1枚、世界中の4枚に1枚はユニバーサルのものだった。
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単行本p.150、243


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続々とヒットが生まれていた。8年前、ユニバーサル・ミュージックは存在しなかった。今では世界市場の4分の1を支配し、この地球上で最大のレコード会社になった。モリスは指導者のアーメット・アーティガンと同じく、この時代の伝説的存在になるべき人物だった。ニューヨーカー誌に憧れの人として紹介されるほど、有名になって当然だった。「大物」として認められるべき人物だった。
 でもそうはならなかった。
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単行本p.199


 そして最後に登場するのは、無名の貧しい工場労働者。ただし、彼が働いていたのはCDプレス工場だったのです。


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 全体としては、優雅な人生とは言えなかった。グローバーは工場で働き、実家の裏庭に置いたトレーラーに彼女と住んでいた。ピットブルを20匹も飼い、週末にはストリートレースとオフロードでバイクを飛ばす。彼女は不機嫌で、入れ墨はばかげていたし、借金もかさんでいた。いちばん好きな音楽はラップで、2番目がカントリーで、グローバーの人生はそのふたつがぐちゃぐちゃに混じりあったようなものだった。
――――
単行本p.93


 そんな彼がデジタル時代の海賊王となり、FBIの追求をかわしつつ、音楽業界を追いつめてゆく運命にあるとは、いったい誰が想像できたでしょうか。


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 でもそこにインターネットがやってきた。それは別世界への入口だった。(中略)グローバーは発売前CDの世界一の流出元になった。ユニバーサルで、彼はいい立場にいた。度重なる企業統合で、工場に驚くほどのヒットCDが次から次に流れてきた。グローバーはだれよりも何週間も早く、ヒットアルバムを文字通り手に入れることができた。
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単行本p.93、182


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グローバーが持ち出したアルバムは世界中のトップサイトを通してピンクパレスのような個人のトラッカーサイトにアップされ、そこからパイレートベイやライムワイヤー、カーザーといった公開サイトに広がった。数億、おそらく数十億というmp3のコピーファイルの元をたどると、グローバーに行きついた。この期間にユニバーサルが音楽市場を独占していたことを考えると、グローバーのリークした曲がiPodに入っていない30歳以下の人間はほとんどいなかったはずだ。グローバーは音楽業界のがんで、アンダーグラウンドの英雄で、シーンの王様だった。史上最高の音楽泥棒だった。
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単行本p.325


 彼を含む海賊たちはネット上で組織化され、海賊団として音楽業界を荒し回るようになります。


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 あらゆるジャンルのアルバム3000枚を毎年リークした。彼らは潜入と拡散の世界的なネットワークを作り上げた。インターネットの陰に隠れて違法コピーの山を築き、解読できない暗号にしてそれを保管していた。FBIの専門家集団と大勢の私立探偵がこのグループに潜入しようと試み、5年もの間挑んでは敗れていた。彼らが音楽業界に与えた損失は間違いなく本物で、何億、何十億ドルにものぼっていた。
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単行本p.332


 底辺が、頂点に、挑む。音楽ビジネスの未来が賭けられた世紀の戦い。海賊行為の是非はともかく、わくわくさせられる展開です。


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海賊版が販売に打撃を与え、2000年のピークからCD売上は3割も減っていた。市場シェアを急速に伸ばしたユニバーサルでさえ、売上を維持するだけで精一杯だった。音楽業界はどこを見ても火の車だった。タワーレコードは一直線に破たんへと向かっていた。ソニーのコロンビア部門はいまだに社内の家電部門と内紛状態にあった。EMIは借金でクビが回らなくなっていた。BMGは音楽事業を売却しようとしていた。
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単行本p.200


 というわけで、まるで映画のシナリオのような劇的なノンフィクション。実際に映画化が予定されているそうです。音楽ビジネスモデルの急転換、海賊行為と知的所有権、インターネット上で活動しているカウンターカルチャーグループの実態など、興味深い話題がてんこ盛り。お勧めの一冊です。



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