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『このあたりの人たち』(川上弘美) [読書(小説・詩)]


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 道夫とかなえちゃんのお姉さんが、銅像になるために政府に反旗を翻す計画をたてているとみんなが知ったのは、その年の暮れのことだった。
「政府に反旗って、それ、どういうの」
「連判状とか書いたらしいぜ」
「爆弾も用意してるって」
 さまざまな噂がとびかった。かなえちゃんのお姉さんと道夫は、淡々と毎日を過ごしていた。二人が先生に呼びだされて訓告を受けた、ということは、かなえちゃんが教えてくれた。
「爆弾、どこに隠してあるの」
 聞いてみたけれど、かなえちゃんも知らないのだった。お姉ちゃんのくせに、脅かしてもしぶとく白状しないのよ。かなえちゃんはぷりぷりしていた。何の証拠もないので、先生も二人をどうにもできなかった。
 政府が転覆したのはお正月明けのことだった。
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単行本p.107


 犬学校の校長、影が二つある影じじい、誰も姿を見たことがない外交官、六人家族ばかりが住んでいる団地。何だかよくわからない、でも自分のあり方に何の疑問も持たず自然に生きているように見えるところがちょっとうらやましい、不思議な「このあたりの人たち」を紹介する26篇。日常のなかにある奇想を集めた連作短篇集。単行本(スイッチ・パブリッシング)出版は2016年6月です。


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 町はずれの公団住宅には、たくさんの六人家族が住んでいる。
 祖父母・息子夫婦・二人の子供といった構成の六人家族もあれば、夫妻に子供四人という構成の家族もあれば、従兄弟はとこ取り混ぜて六人という家族もある。
 なぜだか、三人や四人や五人家族は少なく、九割が六人家族である。
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単行本p.71


 不思議な物語の断片が散りばめられた本です。何十年も歳をとらないこども、三つのセリフしか口にしないおにいさん、町の人は決して立ち入らない「スナック愛」で一人カラオケしているおばさん。そこからストーリーが展開するかと思いきや、そのままささっと終ってしまい、後には何となくもやもやしたものが残る。そんな作品がいっぱい。

 いかにも都市伝説めいた話も多く、ありえないのにどこかありそうな、昔どこかで聞いたことがある話のような、気がしてくるところがミソ。


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 影じじいには、影が二つある。
 影は、片方がとっても従順で、片方が反抗的だ。反抗的な方はいつも、従順な方にのしかかってみたり、あさっての方に駆けだしたり、影じじいの姿勢とは全然ちがうかたちをとってみたりしている。駆けだした時には、たまにほかの人間にくっついてしまうこともある。たいていそのまま、三日くらい離れない。
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単行本p.66


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 音楽の家を訪ねることができるのは、誕生日を迎えた人だ。それも、誕生日の午後三時きっかりに音楽の家の玄関先に立たないと、扉は決して開かれない。
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単行本p.81


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 赤靴おじさんとすれちがうと、その次の日には必ず、何かいいことがある。この前は、五百円玉を拾った。その前は、商店街のくじに当たってみりんを一本もらった。もっと前には、ナンパされた。お茶でも、と誘われてついていったら、屋台のやきそばを十二パック買ってくれ、おまけに、古い少年ジャンプも十冊、くれた。
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単行本p.93


 どんなナンパだ。というか、いかにも小学校でささやかれている噂、という感じ。このあたりの小学校はとても魅力的で、正月休みに革命の準備をしたり、遠足で寄り道した結果地球に迫る巨大隕石を粉々にしたり、運動会で金融商品販売競争したりと、すごく楽しそう。


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 膨大な量の恋文が、農家のおじさんの玄関先に捨てられていた。ダンボール箱六つに、ぎっしりつめこまれていたという。何通か読んでみたけれど、どれもつまらない恋文だったと、農家のおじさんは唾をはきながら言った。
 恋文は、夜の間に捨てられたらしい。にわとりたちがいやに騒ぐと思っていたら、ていねいに三段に積み上げられたダンボールが、鎮座ましましていたというわけだ。
「昔なら、こういう時は、埋め部だったんだけど」
 おじさんが言うので、首をひねった。埋め部って、なんですか。
「あれよ。あんたたちの小学校のクラブ活動で、ほら、埋めてくれる部のこと」
 そんなクラブはないと言うと、おじさんはうなずいた。今は、ないよ。でも、前は、あったの。
 埋め部は、頼めばなんでも埋めてくれたのだという。
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単行本p.86


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 秋になって運動会が開かれ、お札数え競争も、金融商品販売競争も、大人たちばかりが勝って、子供たちはがっかりだった。銀行キャラ創作競争だけは、川又さんのところのロミがつくった「呪いのアメフラシ」が準優勝したけれど、優勝したのは犬学校の校長先生(先代)で、キャラはむろん犬だった。
「ださいよ、キャラが犬なんて。センス古すぎ」
 子供たちは怒ったけれど、審査するのが銀行の幹部連なので、どうしようもなかった。かなえちゃんはどの競技にも参加せず、架空デイトレードにいそしみ、プラスを五千万円まで伸ばした。
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単行本p.124


 しばしば複数の話に共通の登場人物が出てきたり、ある話の後日談が別の話のなかでさりげなく語られたり、連作としてのまとまりもよく。あくまで生真面目な語り口で目茶苦茶なことを言うような小咄、あるいはストレンジフィクション、などを好む人にお勧めしたい短篇集です。