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『ベスト・ストーリーズⅢ カボチャ頭』(若島正:編、松田青子、他:翻訳) [読書(小説・詩)]

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 現在、《ニューヨーカー》は当初の週刊誌から年間47冊へと刊行形態を変えている。また、紙媒体のみならず、オンライン講読も可能で、アーカイヴで創刊号からのすべてのページを閲覧することもできる。名物編集長の個人的な嗜好が強く反映した雑誌から、時代の変化にも対応する雑誌へと姿を変えつつあるが、それでも《ニューヨーカー》が最も上質な小説と記事を掲載する雑誌だという定評には揺るぎがない。
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単行本p.427


 ここ90年間に《ニューヨーカー》誌に掲載された作品から選ばれた傑作を収録する短篇アンソロジーシリーズ。そのうち1990年代以降をカバーする第3巻です。単行本(早川書房)出版は2016年8月。

 ちなみに、1920年代から1950年代までをカバーする第1巻、1960年代から1980年代までをカバーする第2巻の単行本読了時の紹介はこちら。


  2016年04月11日の日記
  『ベスト・ストーリーズⅠ ぴょんぴょんウサギ球』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-04-11


  2016年05月18日の日記
  『ベスト・ストーリーズⅡ 蛇の靴』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-05-18


 第3巻になると、当たり前のことですが、今の作家、今の作品、という印象が強くなります。ミルハウザー、キャロル・オーツ、カレン・ラッセル、そしてモダンホラーの巨匠スティーヴン・キングも登場します。


[収録作品]

『昔の恋人』(ウィリアム・トレヴァー)
『流されて』(アリス・マンロー)
『足下は泥だらけ』(アニー・プルー)
『百十一年後の運転手』(ミュリエル・スパーク)
『うたがわしきは罰せず』(トバイアス・ウルフ)
『スーパーゴートマン』(ジョナサン・レセム)
『気の合う二人』(ジョナサン・フランゼン)
『ハラド四世の治世に』(スティーヴン・ミルハウザー)
『満杯』(ジョン・アップダイク)
『カボチャ頭 ボスニアの大学院生の訪れを受けた未亡人の話』(ジョイス・キャロル・オーツ)
『共犯関係 離婚した弁護士の話』(ジュリアン・バーンズ)
『プレミアム・ハーモニー』(スティーヴン・キング)
『レニー・ユーニス』(ゲイリー・シュタインガート)
『悪しき交配』(カレン・ラッセル)


『流されて』(アリス・マンロー)
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 流感が猛威をふるっていようが、図書館をずっと開けておこうと決めたのはそのときだった。彼女は毎日、彼がきっと来ると思い、毎日、心の準備をした。日曜日は苦行だった。町役場に入ると、いつも彼が目の前のそこにいて、壁にもたれながら彼女がやってくるのを待っている、そんな気がした。そんな感じが強すぎて、影を人だと見間違えることもときどきあった。どうして幽霊を見たと思い込む人がいるのか、これでわかったように思った。
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単行本p.52

 田舎町で図書館司書をしている女性のところに、戦場から届いた便り。やがて彼女は、顔も知らないその若い兵士に恋をしていることに気づく。戦争が終わり、手紙の彼が会いに来ると期待して待ち続けるが、ついに彼はやって来ない。彼が事故死したことを後から知らされる彼女。それから時が流れ、ある日、年老いた彼女は、ついに彼に出会う。並行世界が交わる一瞬の出会いを抒情豊かに描いた傑作。


『スーパーゴートマン』(ジョナサン・レセム)
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 続く数年間、おれはスーパーゴートマンにはほとんど関心がなく、彼のことを考えもしなかった。コミューンの若者は、男も女も、当然のことながら彼を当たり前の存在と見ているようだった。おれたち子どもは、スーパーゴートマンが彼らにまじって、道端に捨てられていたドレッサーやソファやランプなどの家具を玄関口の階段から家のなかに運び込んだり、反原発やデイケアセンター支持のデモを呼びかけるポスターを電柱に貼ったり、コミューンのちっぽけな前庭の草むしりをしたりするところを見かけた。前庭は菜園にするのが目的だったのに、勝手に雑草がはびこるばかりか、おれたち子どもがゴミ捨て場に使って、アイスクリームの包み紙やソーダ水のビンだらけになっていた。
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単行本p.193

 近所にヒーローがやってきた。その名も「スーパーゴートマン」、ださっ。彼はコミューンでヒッピーたちと共同生活しながら、ゴミ拾いから市民運動まで色々やっていたが、勿論誰も気にかける者はいなかった。その後、語り手は人生の節目節目でスーパーゴートマンと出会うことになる。うら悲しいスーパーヒーローの活躍(?)をリアルに描く、どこか切ない物語。


『ハラド四世の治世に』(スティーヴン・ミルハウザー)
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いま自分は見えない極小の素材に相対しているけれども、不可視のものがレンズによって可視になっているという事実は動かない。見えないものから見えるものを引き出す魔術師のように他人には思えても、実のところは、あくまで見える世界において仕事をしているのだ。レンズが取り去られたとたんに不可視へと消えてしまう曖昧で捉えがたい世界ではあれ、自分がすぐ彼方に感じとっている純粋に不可視の領域とは雲泥の差である。仲介する硝子の力すらも逃れた、不可視の暗い王国に沈んだままでいる小さな品を作りたいと彼は焦がれた。
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単行本p.243

 ハラド四世の治世に活躍したひとりの細密工芸師。針の穴を通る宮殿、一本の髪の毛で隠せる庭園。驚異のミクロ彫刻を生み続けてきた彼は、ついに拡大鏡を使ってもなお見ることのかなわない極微の大作に挑む。埃よりも小さな不可視の領域において、王国そのものを完璧に複製した超細密彫刻を作り上げるのだ……。この世のことわりを逸脱して極限に挑むマッドアーティストの姿を描いた、個人的にお気に入りの一篇。


『プレミアム・ハーモニー』(スティーヴン・キング)
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「禁煙したら週40ドル浮くのよ。もっとかも」
(中略)
節約に非協力的なわけではない。前にもそれは言ったし、この先もまた言うだろうが、それで何になるだろう。馬の耳に念仏というやつだ。
「昔は一日二箱吸ってた」と彼は言う。「今は一日半箱以下にしてる」実際には、たいていの日はもっと吸っている。彼女はそれを知っているし、知られていることはレイも承知している。結婚してしばらくすれば、そうなるものだ。頭の重みが少しばかり増す。それから、ビズがまだ彼女に目を向けているのも見える。その犬に餌をやるのも、餌代を稼いでいるのも彼だが、犬は彼女のほうばかり見ている。ジャックラッセル犬は頭がいいと言われている。
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単行本p.326

 サブプライム住宅ローン危機のあおりで破産しかけている夫婦。二人の関係も次第にすさんでゆき、今やわずか数セントの出費をめぐって口喧嘩が絶えない。飼い犬までが妻の肩をもっているようで、夫の心はささくれている。そんなとき、降りかかってきた悲劇。じわじわと嫌な気持ちが高まってゆき、予想外の展開に悲しみが込み上げる一篇。


『悪しき交配』(カレン・ラッセル)
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 その土地は、まるでのし棒に伸ばされたように、平らに見えた。あらゆる側面、あらゆる方向に。ハイウェイ62号線から左右を見渡すと、蒸発した文明、砂漠の下に眠る消滅した城の幻を砂が映し出す。車のフロントガラス越しでは、どんな人間の目であろうと、モハーヴェ砂漠にそんな幻覚を交配させてもおかしくない。しかも、ダッジ・チャージャーに乗った娘と青年は飛び抜けて夢見がちだった。現実の岩から夢が噴き上がるかのように、蜃気楼が巨石群から立ち上がった。
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単行本p.389

 手に手を取って駆け落ちした若い夢見がちな二人。立ち寄った国立公園で彼女が植物の精と交配して、とり憑かれてしまったから、さあ大変。二人の間はこじれ、いさかいは絶えず、喧嘩と別れ話を繰り返し、それでも続く腐れ縁。二人の愛の力は緑の侵略者に打ち勝つことが出来るだろうか(笑)。B級ホラー風ラストまで異様なハイテンションで突っ走りまくるロードムービー奇想天外ロマンス小説。



タグ:松田青子
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