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『蒲公英王朝記 巻ノ二 囚われの王狼』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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「短刀はたんに刃が鋭いからといって危険ではなく、計略はたんに効果的だからといって邪悪ではない。すべては使う者次第なのだ。王の誉れは、個人を律する道徳とおなじではない」
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Kindle版No.5200


 海では蒸気エンジンを搭載した潜水艦が敵艦隊を殲滅し、空からはパラシュート降下部隊が前線背後を強襲する。架空の群島世界を舞台に繰り広げられる「項羽と劉邦」の物語は、新たなテクノロジーと新たな思想により「原典」たる楚漢戦争を超えてゆく。『紙の動物園』のケン・リュウが挑む“シルクパンク”エピックファンタジー三部作、第一部完結篇。単行本(早川書房)出版は2016年4月、Kindle版配信は2016年4月です。


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王の徳は庶民の情けとは異なります。王と庶民とでは、名誉や良い行いと見なされることが異なるのです。(中略)こういった考えがあります。人が権力の座にあると、ある種の義務や責任を負い、ある種の倫理的な責務が課されますが、一方でほかの倫理的な責任は免除されるという。ぼくは、人がそのような考え方に至った経緯と、なぜ人はそのようなことを受け入れるのか、それが人に与える影響を書きたいと思いました。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.235


 「項羽と劉邦」としてお馴染みの物語が、架空の群島世界を舞台にして再び語られます。人物造形の基本はそのままに、中原を群島に囲まれた大島に置き換え、飛行船など竹や羽根をベースにした架空テクノロジー、マルチプレーヤーゲームに興じているような人間くさい神々、巨大海洋生物などの要素を加え、「項羽と劉邦」を知らない読者でもたちまち魅了されるような魅力的なエピック・ファンタジイ小説になっています。

 全体は三部作となることが予定されており、本書は第一部の後半に相当します。ちなみに前半である「巻ノ一」のKindle版読了時の紹介はこちら。


  2016年09月08日の日記
  『蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-09-08


 前巻は「項羽と劉邦」の物語、楚漢戦争の史実にかなり忠実だったのですが、巻ノ二に入ると次第に「原典」からの飛躍が始まります。

 背水の陣、鴻門の会、韓信の股くぐり、四面楚歌、といった名シーンはそのままに、そこに蒸気エンジン(!)を搭載した潜水艦、シルクで編んだ強襲降下用パラシュート、竹と腱で組み上げた義手義足などのシルクパンク・テクノロジーが投入されるのです。


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 シルクパンクの考えとは、有機的な建築素材や、東アジアにとって歴史上重要な素材、さらには太平洋の海上文化にとって重要な素材に頼ることです。竹やシルク、雄牛の腱、ココヤシ、珊瑚、羽根といったようなものです。すべての機械はバイオテクニクスに基づいた原理によって設計されます。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.233


 さらに軍の総司令官を女性にするなど「新しい考えを積極的に取り入れ、新時代を切り開こうとする高祖」に対して、「時代の乱れをおさめ、古き良き秩序を取り戻そうとする覇王」という対立構図が強調されます。

 実際、原典と比べると女性キャラクターの活躍ぶりが目立ち、あっちでもこっちでも、英雄豪傑たちの背後で事態を実際に牽引しているのは女性たち、という気さえしてきます。特に印象的なのは、韓信に相当する人物を女性に設定した点でしょう。(ちなみに張良に相当する人物とデキちゃったりして、なにその二次創作、薄い本)。


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本書は、女性が自分たちのいる構造的な女性蔑視の社会に気づき、その社会で自分たちの居場所を作ろうと戦う話です。彼女たちは、いまの社会が正しくないこと、選択肢が限られていることに気づきますが、その限られた選択肢のなかでできることをし、将来、より良い選択肢を得られるよう道を切り開きます。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.236


 西洋の通俗ファンタジーと違って、ここには光と闇の対立も、定められた運命も、はっきりとした正義と悪もありません。人々も、神々も、迷い、惑い、それぞれの信念や嗜好にしたがって行動し、結果として沢山の人が無為な死を遂げ、そして状況は混迷を深めてゆくばかり。


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「人はおれが明るい道を視ていると思っているが、実際にはおれも暗闇のなかで躓いているんだ」
「ことによると、神々がしているのもそういうことかもしれないな」
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Kindle版No.4778


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――神々のなかでわたしたち姉妹同士が争う日がくるとは、予想もしていなかった。
――ごめんなさいね、カナ。だけど、わたしたちの心は、死すべき者たちの心とおなじようにくるくる変わり、乱れるものなの
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Kindle版No.3900


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「死すべき者たちの行動を予想することはけっしてできない。そこがあの連中となにかをするのをとても難しくさせている」ルソウはいったん口をつぐんでから、さらに付け加えた。「そしてそこが大変面白いところだ」
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Kindle版No.5566


 神々にも見通せない未来。覇王と高祖の戦いには、はたして「史実」に沿った決着がつくのか。そして、その先の第二部、第三部ではどのような歴史が作られるのか。大いに期待したいところですが、ここで翻訳者からのメッセージをどうぞ。


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できれば、第二部以降も訳していきたいものですが、それはひとえに第一部の売れ行きにかかっております。なにせ、出版不況の昨今、三部作といえ、最後まで出版できるとは限らないのが実情です。読者のご支持を心から期待する次第です。
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Kindle版No.5800