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『蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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《蒲公英王朝記》は政治の話です。男や女が権力によって腐敗し、取り憑かれ、それでもなお正しいことをしようとする話です。(中略)これは成長物語でも、英雄の凱旋譚でも町の破壊の話でもありません。まったく異なる種類の話です。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.234、235


 群島を舞台に繰り広げられる「項羽と劉邦」。中国古代の楚漢戦争を下敷きに、竹と絹ベースの架空テクノロジーや癖の強い神々などを加え、生まれ変わったエピックファンタジー。堂々の開幕篇。単行本(早川書房)出版は2016年4月、Kindle版配信は2016年4月です。


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ぼくは、漢王朝の建国の物語、まさに東アジアの建国神話の一つを選びました。『楚漢戦争』というのですが、それは西洋にとって『イリアス』や『オデュッセイア』が建国神話であるように建国神話なのです。ぼくは、その話を選び、エピック・ファンタジイだったらどうなるだろうと想像し、そうして《蒲公英王朝記》の世界ができました。
(中略)
このような話は、多くの東アジアの文化にとって非常に深く浸透した原型的物語なのですが、西洋ファンタジイではあまり深く描かれたことがありません。多くのエピック・ファンタジイは、トールキンの影のもとで書かれており、そのトールキンもアングロ・サクソンの詩人の影のもとで作品をつくりました。(中略)こういう話には、ある種の方法で英雄の冒険を語ろうと心を砕いているところはありますが、二人の友人という観念(逆境にあるときは良い友であるのに、運が向いてきたとたん敵になってしまう)に焦点を当てる傾向はありません。ですが、東アジアの物語にはよくあるテーマなのです。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.231、232


 「項羽と劉邦」としてお馴染みの物語が、架空の群島世界を舞台にして語り直されます。人物造形の基本はそのままに、中原を群島に囲まれた大島に置き換え、櫂で漕ぐことで推進する飛行船など竹や絹をベースにした架空テクノロジー、マルチプレーヤーゲームに興じているような人間くさい神々、人類に匹敵する知能を持つ巨大海洋生物などの要素を加え、「項羽と劉邦」を知らない読者をも魅了するエピック・ファンタジイ小説になっています。


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中国の口承文学に由来するテクニックをたくさん使っています。そういう話を聞いて育ったので、とてもなじみがあるのです。キャラクターを紹介する方法は、明朝の小説を真似ています。キャラクター作りのテクニックは武侠小説から取っています。同時に比較もしたかったですし、読者にほかの叙事詩の伝統の気配も感じてほしかった。なので『イリアス』や「オデュッセイア』『失楽園』から借りた文彩や語りのテクニックもあります。たとえばアングロ・サクソン式のケニングや、口承叙事詩のような列記もあります。叙事詩の技法と伝統の練りに練った融合です。読者には知っているようで知らないという二つの感覚を同時に味わってもらえればと思います。
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ケン・リュウ・インタビュウ「“シルクパンク”を描く」より
SFマガジン2016年8月号p.234、235


 その最初の巻では、主役となる二人が出会い意気投合し、肩を並べて強大な帝国に対する叛乱軍を率いて戦うことになるまでが描かれます。

 項羽に相当する登場人物は、マタ・ジンドゥ。名家の出身で、シンボルは「菊」。


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この幼い男子は、ジンドゥ一族が何世代もかかって築いてきた気高い木の先端に咲いた、最後にしてもっとも聡明な菊の花なのだ。(中略)マタ・ジンドゥは、透明さと秩序を取り戻すのがおのれの運命だと信じていた。歴史の重みがあらゆるものを本来の場所に戻すのと同様に、必ず。
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Kindle版No.430、526


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わが芳しき香りが空を貫く。
明るい黄色の鎧がすべての目を囲む。
尊大な誇りをもって、一万の剣が振り回される。
諸王の誉れを守り、罪を浄めるために。
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Kindle版No.4121


 劉邦に相当する登場人物は、クニ・ガル。平民の出身で、シンボルは「蒲公英」。


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この若者はやかましく、ひどく下品な冗談を言いふらし、あらゆることに一家言があるふりを装っていた――恥を知らず、客をまわりに集めて、緊張をほぐし、楽しませることができた。いわば俗悪な吟遊詩人、法螺話の名手、即興の博奕場の舵取り役をひとつにしたような男だった。
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Kindle版No.598


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「この花は打ち負かすことができない――庭師が芝生から蒲公英を一掃して勝ったと思っても、雨が黄色い小さな花を連れ戻す。(中略)だけど、いちばん素敵なのは、土に生きる花でありながら、空を夢見ているところだ。蒲公英の種が風に運ばれるとき、その種はどんな入念な世話をされた薔薇や鬱金草や万寿菊よりも遠くへいき、より多くのものを目にするんだ」
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Kindle版No.4104、4108


 秩序と名誉を重んじ、世の乱れをただそうとする覇王マタ。常に面白いことを求め、どんな相手とも友達になれるトリックスターのクニ。どう考えても性格的に合わない二人が手を結び、帝国に立ち向かう叛乱軍のリーダーとして立ち上がります。二人は互いを気に入り、兄弟と呼び合っていますが、まあ何と申しましょうか、先は知れています。


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「貧しくて、かつかつの暮らしを送っているときは、兄弟のように親しい友人になるのは簡単だが、事態が良くなってくると、はるかに難しくなる」
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Kindle版No.2805


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「創造というものは、敵になる運命のものを友達にするのが好きみたいね」
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Kindle版No.936


 彼らを導くべき神々も、互いに足を引っ張り、いがみ合うことに忙しくて、色々と困ったことに。


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「われらが死すべき者たちを導いているのか、あるいは死すべき者たちがわれらを導いているのか、どちらなのでしょう」
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Kindle版No.1220


 この先どう展開するのかまったく予想がつかず(というのは建前で、もちろん私たちはよく知っているわけですが)、今後の巻が楽しみです。余談ですが、本書刊行と同時期に銀英伝の英訳版出版をスタートさせたハイカソルはかなりお気の毒なことになったなあと、個人的にはそう思います。



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『共謀罪とは何か』(海渡雄一、保坂展人) [読書(教養)]


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 私たちの社会は、市民の自立的な活動によって、政府の政策が変えられる社会です。しかし、共謀罪の組み込まれた社会では、人間の自由なコミュニケーションは不可能となり、市民の活動によって社会を変えていくことは非常に難しくなるでしょう。そういう意味で、共謀罪の問題は、どういう社会を私たちが選択するかという問題に直結しているのです。
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単行本p.70


 これまで何度も廃案になってきた共謀罪が、東京五輪に向けたテロ対策という名目で「復活」しようとしている。十年前に行われた議論を振り返り、どのような危険が指摘されたのかをまとめる一冊。単行本(岩波書店)出版は2006年10月です。


2016年8月27日付け東京新聞朝刊より
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 政府は、重大犯罪の計画を話し合うだけで罪に問えるようにする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を、九月召集の臨時国会に提出する検討を始めた。政府高官が二十六日、明らかにした。「共謀罪」の名称を「テロ等組織犯罪準備罪」に変え、対象となる集団を絞り込むなど要件を見直す。二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックを見据えたテロ対策強化を強調している。〇三~〇五年、三回にわたって国会に提出されるたびに国民の反発で廃案となった法案が、復活する可能性が浮上した。
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 ほぼ十年前に出版された、共謀罪の問題点をまとめた岩波ブックレットNo.686です。共謀罪が「テロ準備罪」として再提出されようとしている今、かつての議論を振り返るのに便利。

 「テロ予防のために有効」「国際条約を守るために必要」「一般市民が処罰されることはない」といった主張を厳しく批判しています。また、拡大解釈や濫用の危険性についても詳しく説明されています。

 全体は七つの章から構成されています。


「第一章 ただの「目配せ」で共謀罪成立? ――共謀の定義と成立要件」
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これで、「共謀共同正犯」と「共謀罪」の共謀の定義の同一性と成立要件を重ね合わせた論戦は、結論にたどりつきました。共謀罪が運用上拡大されていくのではなくて、最初から「目配せ」で成立することもあるという答弁です。これでは拡大解釈も意のままになってしまいます。
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単行本p.13

 まず共謀罪の対象となる「共謀」の定義に関わる議論をとりあげ、それが極めて曖昧で拡大解釈が容易であること、取り締まる側が恣意的に犯罪をでっち上げることも簡単だという危険性を指摘します。


「第二章 犯罪の手前から引き返してくる「黄金の橋」を焼き捨てていいのか」
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「テロや重大犯罪を防ぐために仕方がないのではないか。かえって安心だし、私たち一般市民の生活とは関係ないし……」という声があがってきそうです。しかし、そうではありません。共謀罪ではテロとはおよそ関係のない六一九種類もの犯罪が対象になるのです。
(中略)テロと関係のありそうな犯罪には、共謀罪(陰謀罪)がすでに日本には存在しています。(中略)「共謀罪がないと爆弾テロも実行されるまで手を出せない」などと言いますが、これは正確ではありません。
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単行本p.17、18

 破壊活動や国家転覆をめざした準備活動を処罰する法律はすでに存在しているにも関わらず、619種類もの犯罪を対象とした共謀罪を新たに制定する必然性は薄く、むしろ無関係な一般市民が巻き込まれる冤罪が懸念されることを指摘します。


「第三章 共謀罪の対象となるのは、組織的犯罪集団に限らない」
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 気になるのは、「共謀罪」の対象をできるだけ幅広く拡張しておこうという法務省の意思が、何のために、誰のためにあったのかということです。(中略)数多くの市民団体が共同で2006年4月19日に、共謀罪が制定されたときには、自分たちの行ってきた活動が、業務妨害やテロ資金供与にあたるとされ、その協議に加わった市民が共謀罪で逮捕される危険性は否定できないとして、法案の成立に強く反対するアピールをしました。(中略)共謀罪は、市民活動を行おうとする市民を萎縮させ、市民の言論を封じ、市民の力で社会を良い方向に変えていく途を封じる悪法なのです。
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単行本p.35

 社会を良い方向に変えて行こうとする市民活動が共謀罪の対象とされる危険性、その恐れによる萎縮効果と言論封殺の悪影響を論じます。


「第四章 「共謀」を実行に移す「行為」とは何か」
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「実行に必要な準備行為」とすっきり言えずに、「準備その他の行為」と書かれていると、「その他の行為」が多くの瑣末な行為を包括してしまうのではないかと心配になります。(中略)法律の条文で「その他」と書けば、幅広い解釈・運用が可能です。なぜ、こうした幅広い解釈の余地をつくろうとするのか、そこが問題です。
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単行本p.40

 共謀罪が具体的に取り締まりの対象とする「行為」についての定義をとりあげ、それが極めて解釈の余地が大きく、運用次第で暴走しかねないことを指摘します。


「第五章 共謀罪はなぜ生まれたか」
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 少なくとも、今回の国連の条約は、それが定義する組織犯罪を対象とし、最初からテロは対象外なのです。政府や与党は、共謀罪は条約を批准するためという説明と、テロ対策のために必要だという説明を繰り返しています。しかし、テロ対策のためという説明は明らかに誤っています。
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単行本p.49

 国際条約を批准するための国内法整備として共謀罪の設立が必要、という主張の嘘を指摘し、今回の法案が単なる便乗であることを明らかにします。


「第六章 国連条約に基づくあらたな犯罪捜査がもたらす監視社会」
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「共謀罪」が仮に成立した場合、捜査機関はその捜査をどのようにして実施するのでしょうか。共謀罪はまだ結果が発生していない段階で成立するところに特徴があります。そこでの犯罪の証拠としては、人々の会話や電話・メールの内容など、人と人とのコミュニケーションしか残っていません。
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単行本p.53

 共謀罪を立件するための証拠集めという名目で、密告推奨、盗聴、自白強要、公共の場における監視、など市民の権利を侵害するような捜査手法がまかり通ってしまう恐れを指摘します。


「第七章 共謀罪は不要――国連条約の批准をめぐって」
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既存の犯罪規定の整備によって、組織的犯罪集団に関連した主要犯罪についてはすでに、未遂以前の予備段階から処罰できる体制がほぼ整っているといえるでしょう。ですから、条約五条との関連では、これらの制度が全体として国連条約の求めている「組織的犯罪集団の関与する重大犯罪の未然防止のために必要な国内立法の範囲」をほぼカバーしており、条約批准のための新しい立法はまったく不要である、あるいは、ごく部分的な法整備で足りるという議論は十分可能だと考えられるのです。
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単行本p.67

 国際組織犯罪防止条約を批准するために共謀罪の新設が必要という議論を掘り下げ、法的にも現実的にもその必要性はないということを明らかにします。


 内容はもちろん十年前の法案に対するものなので、この秋に国会に提出されるという「テロ等組織犯罪準備罪」にそのまま当てはまるかどうかは分かりません。というより、これらの議論を踏まえた上で、野党や弁護士連も納得するような必要性明確化と条文案の改善が行われていることを当然のこととして期待したいところです。

 懸念されるのは、十年前に比べて野党が弱体化していること、東京五輪というプレッシャーを利用できること、そして、拡大解釈や濫用の危険性を承知の上でまさにそれによる(自分が気に入らない)組織や団体に対する弾圧を期待するような声が一部に出てきていること、などです。本書で指摘された論点を念頭に、国会の議論を見守りたいと思います。



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『9マス将棋 遊び方ガイド』(青野照市九段:考案、日本将棋連盟:監修) [読書(教養)]


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 9マス将棋は、これから将棋を始めたい人や駒の動かし方を覚えたばかりの人に、小さな盤面で将棋を差し、将棋のルールや「詰み」などの基本を知ってもらうためのゲームです。(中略)
 今回、私も研究してみて、9マス将棋にこれだけ深い世界がひそんでいることに大変驚いています。実際に、プロ棋士でもしばらく考え込んでしまった配置図もあります。
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冊子p.32


 3×3の小さな盤面、16枚の駒を使う入門用将棋「9マス将棋」のガイドブック。冊子(幻冬舎)出版は2016年8月です。

 親戚の子どもに将棋を教えてあげようと思って購入した「9マス将棋」ですが、これが意外に奥が深くて驚きました。

 箱の中に入っているのは3×3=9マスの盤面と、16枚の駒(王・飛・角・金・銀・桂・香・歩がそれぞれ2枚ずつ)、それにこの冊子だけ。ハードウェアである盤面と駒は他の将棋セット(ポケット将棋など)で代用できますから、本製品のキモはソフトウェアに相当するこの冊子ということになります。

 冊子には、将棋の基本ルールの解説、9マス将棋用のルール(入れば駒が成れる「敵陣」は一段目のみ)、そして40通りの「初期配置」です。初期配置は入門、初級、中級、上級と分かれています。

 何しろ戦場はわずか9マス。先後の王将は最初から1マスはさんで対峙していますから、入門クラスの「初期配置」は簡単な一手詰め。つまり先手必勝です。

 それぞれの初期配置が「先手必勝」「後手必勝」「双方最善を尽くせば千日手(引き分け)」のどのパターンなのか、これが意外に読めません。例えば、次の配置は非常にシンプルに見えますが、どのパターンでしょうか。(ちなみに、詰め将棋ではないので、連続王手をかける必要はありません)

先手  置き駒:3三玉、持ち駒:歩
後手  置き駒:1一王、持ち駒:桂

 というわけで、入門者のための簡略将棋としてプレイすることも、けっこう歯ごたえのある将棋パズルとして取り組むこともできる、奥の深いゲームです。対象年齢は「6歳から大人まで」となっています。将棋を始めてみたい方、将棋を教えたい方、それぞれにお勧めします。



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『日本ふしぎ大発見! ミステリー探険』(山口直樹:監修) [読書(オカルト)]

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 私は長い間、日本中のふしぎなもの、なかでもつちのこや妖怪といった、幻の生物や化け物を追いかけてきた。そこで思い出されるのは、出会った多くの人たちがよく知らないにもかかわらず、つちのこや妖怪の存在を、かんたんに否定してしまうことだ。
 ところが、私がさまざまなミステリーについて話し始めると、みな、すぐにおもしろがって質問をするようになる。物事の結果ばかりが重要視されるなかで、はっきりとした答えがない“ふしぎ”は、人の心をひきつけ、夢やロマンをかきたてるのだろう。
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単行本p.8


 未確認動物、妖怪、宇宙人、さらにはキリストの墓から埋蔵金伝説まで。子供のための国産ミステリー入門書。単行本(小学館)出版は2013年12月です。

 いかがわしいオカルト文化を次世代に継承させるために、親戚の小学生男子にプレゼントする予定の子供向けオカルト入門書です。様々な分野への子供向け入門書シリーズ「入門百科+」(小学館)の一冊で、日本におけるミステリーについて紹介してくれます。

 扱われているミステリーは有名なものばかりですが、ケンムン、フゴッペ洞窟の壁画、聖徳太子の地球儀、豊臣秀吉の埋蔵金、など一部しぶいラインナップが光ります。


[もくじ]

第1章 未確認生物を追う!
  ヘビのようななぞの生物 つちのこ
  ネッシーの仲間!? イッシー・クッシー 
  南の島のなぞの怪物!? ケンムン
  日本の獣人 ヒバゴン

第2章 本当にいた? 伝説の化け物
  水辺にすむまぼろしの生物 カッパ
  人間と魚が合体!? 人魚
  昔から語りつがれる怪物 オニ
  家にすみつくなぞの子ども!? ざしきわらし

第3章 宇宙からの来訪者
  地球外からやってくる!? UFOと宇宙人
  なぜかよく目撃される!? UFOの町
  古代に作られたなぞの人形 遮光器土偶
  翼のある人!? フゴッペどうくつの壁画

第4章 おどろきの遺跡・遺物
  日本にもあった!? ピラミッド
  なぜ日本にある!? キリストの墓
  1400年前に作られた!? 聖徳太子の地球儀
  海底にある石の神殿!? 与那国島の海底遺跡

第5章 言い伝えのなぞを解け!
  お宝、大金がざっくざく! 埋蔵金伝説
  1000年前にあった日本一高い建物!? 空中神殿
  死後1000年経ってもまだ恐ろしい!? 将門の呪い
  最新ミステリーレポート 首相の家にお化けが出る? 首相公邸の幽霊


 子ども向けなので記述はあっさりしていますが、ときどき変に詳しいところを紹介してくるのが個人的にツボ。例えば、全国の「つちのこ懸賞金」リストとか。カッパ捕獲許可証の写真とか。石川県羽咋市のあちこちにあるUFOオブジェを「街灯にUFO!」「時計にUFO!」などと写真入りで紹介したり。

 埋蔵金の項目では、徳川埋蔵金、豊臣秀吉の埋蔵金、武田信玄の埋蔵金、源義経の埋蔵金、天草四郎の秘宝、キャプテン・キッドが鹿児島県に隠した秘宝、と並べてみたり。なぜか日本に墓のある世界の偉人ということで、シャカの墓、モーゼの墓、楊貴妃の墓、徐福の墓、ソロモン王の墓、と写真を並べてみせたり。寂れたテーマパーク感がすごい。

 ちなみに小学館の入門シリーズなので教育的配慮はきちんとしています。例えば、巻末には「ミステリー“真相”ファイル」として否定的・懐疑的な主張がまとめられており、子供が鵜呑みにしすぎないよう気を配っていたり。謎や不思議について考えたり調べたりすることで「動物と自然への興味はより広がり、深まってゆくのだ」(単行本p.165)と、教育効果を強調したり。

 というわけで、学研のひみつシリーズと共に、子供に安心して与えることができます。両方セットにしてプレゼントするとよいでしょう。ちなみに学研のひみつシリーズ読了時の紹介はこちら。


  2014年07月28日の日記
  『いる?いない?のひみつ(学研まんが新ひみつシリーズ39)』(並木伸一郎:監修、こざきゆう:構成、おがたたかはる:まんが)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28




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『ワイルドフラワーの見えない一年』(松田青子) [読書(小説・詩)]


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 世の中のいろんなこと、いろんな物語は、ヴィクトリアの好きな状態ではなかった。世界にはもっといろんな色があるはずなのに、どれもがわかりやすいかたちに整えられているか、汚い色、つまらない色をしていた。だけど、素敵な物語や素敵な色が見つかることもあって、そんなときはとりわけ幸せな気持ちになった。
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単行本p.41


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 脈が止まると人間は死ぬが、脈が止まっても文章は死なない。文脈が死んでも、文脈の死んだ文章は生きている。むしろ、文脈が死んだことが、大きな魅力となることがある。
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単行本p.190


 型にはまった物語。女ばかにしてる話。手前の都合ばっかし。ふざけんな、こっちゃ好きなように生きたり、ちゃんと仕事したりしたいだけなんだよ! 先入観を切り刻む自由闊達で音楽的な50篇を収録した、『スタッキング可能』『英子の森』に続く作品集。単行本(河出書房新社)出版は2016年8月、Kindle版配信は2016年9月です。


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「いくら何でも、皆簡単にボンドと関係を持ち過ぎではないかと思うんです。愛情からならまだしも、油断させる目的で関係を持つ時もあって、でももうそういうやり方は古いんじゃないかと。愛情にしても、毎回毎回ボンドも軽くないですか。そろそろわたしたちの美しさを、もっと別の方法で打ち出していくべきときじゃないかと思うんです」
 言っているうちに、どんどん気持ちが熱くなる。そうだ、わたしは今までとは違うわたしたちをつくり上げたいのだ。もちろん、先輩たちのことは尊敬している。だけど、時代は変わるのだ。
「わかんないけど、一回やっとけって」
 後ろからぽんぽんと肩を叩かれ、そう言われたわたしは、思わず「えー」と素っ頓狂な声を上げる。小さな輪から笑い声が弾ける。
「いいから、いいから、やっとけって」
「そのほうがハクがつくでしょ?」
「減るもんじゃないし、やっとけって」
 皆一斉にわたしの肩を嬉しそうに叩いてくる。盛り上がり過ぎだ。
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単行本p.18


 「なんだこんなもんかって思った」「ボンドってわりと早いわよね」「正直Qのほうがタイプなんだけど」。007シリーズは映画としては好きなんだけど、女性の扱いがちょっと……、眉をひそめていた人々の先入観をもぶっ飛ばす、自由闊達なボンドガールズトーク炸裂。

 こんな風に痛快なリズムを刻んでくる作品を、200ページに満たない分量に50篇も詰め込んだお得な一冊です。長くても数ページ、短いものだとタイトルだけで本文なし。例えば『水蒸気よ永遠なれ』なんて、本文は真っ白い紙面だけ。

 出オチ風のタイトルは他にもいくつかあって、『TOSHIBAメロウ20形18ワット』、『ミソジニー解体ショー』、『男性ならではの感性』、などなど。

 少年は世界を救い、少女はけなげに少年を助け、女は男の都合で死ぬ。型にはまった物語、特に女性を見下すそれに対する痛烈な皮肉が散見されるのも印象的。例えば。


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少年には出生の秘密もなかったし、先祖代々伝わる何かを託されてもいなかった。何かが引き金になって、急に眠っていた力が呼び覚まされることもなかったし、もちろん選ばれし者ではさらさらなかった。体のどこにも、思わせぶりなかたちをしたキズやアザはなかった。何事にも才能を発揮せず、こんな運命ぼくが選んだわけじゃないとドラマティックに騒ぎ立てもしなかった。老夫婦に心を開かず、孤独な胸の内を明かさなかった。ぼくの父さんと母さんはあなたたちだと老夫婦の胸に飛び込んだりもしなかった。少年はただ、適度にそこにいた。
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単行本p.24


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 あなたの好きな少女が嫌いだ。あなたの好きな少女は、繊細で、感性が豊かで、誰よりも敏感に世界を感じとることができる。あなたの好きな少女は世界の残酷さに涙を流す。しかし、力を持たない少女には何もできない。それでも、あなたの好きな少女は自らを犠牲にし、血を流し、あなたのことを守ってくれる。(中略)わたしは頭の中であなたの好きな少女にワンポイントを足し続ける。あなたがあなたの好きな少女にがっかりすればいいと思いながら。幻滅すればいいと願いながら。そうすれば、少女はあなたの好きな少女じゃなくなる。あなたの目に映らなくなる。あなたから消去された世界で、たくさんの少女たちが自由に太ったり、痩せたり、好きに動いて、好きに笑う。あなたの目に映らない楽園で。
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単行本p.31


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 女が死ぬ。プロットを転換させるために死ぬ。話を展開させるために死ぬ。カタルシスを生むために死ぬ。それしか思いつかなかったから死ぬ。ほかにアイデアがなかったから死ぬ。というか、思いつきうる最高のアイデアとして、女が死ぬ。(中略)彼が悲しむために死ぬ。彼が苦しむために死ぬ。彼が宿命を負うために死ぬ。彼がダークサイドに落ちるために死ぬ。彼が慟哭するために死ぬ。元気に打ちひしがれる彼の横で、彼女はもの言わず横たわる。彼のために、彼女が死ぬ。
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単行本p.70


 横柄なマジョリティ意識やミソジニーに対して、イラっとした気持ちをぶつける作品は多く、直截的というか、もうストレートに怒っています。


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どうしてこっちがカミングアウトする側なんだろう。彼らだって、カミングアウトするべきことがあるんじゃないのかな。実は差別主義者ですとか、一度も募金をしたことがありませんとか、毎日ネットで悪口を書いていますとか。どうして彼らはカミングアウトされるのをのうのうと待っているんだろう。まるで自分たちにはカミングアウトすることなんて一つもないみたいに。カミングアウトは勇気ある行動だっていうなら、彼らもカミングアウトすればいいのに。そしたら心を込めて拍手してあげる。どうしてカミングアウトしないと、存在が認められなかったり、秘密を隠していることになるんだろう。
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単行本p.46


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働いていると、「女」「女の子」「女」「女の子」扱いされた記憶だけが日々蓄積されていき、ほかのことは全部こぼれ落ちていくような気分になる時がある。目の前の書類ではなく、「女」「女の子」「女」「女の子」らしく振る舞うことが、そういう扱いをされることが、わたしの「仕事」だったんだろうか。だとしたら、「仕事」ってなんて面白くないんだろう。
一身上の都合により、退社。
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単行本p.155


 最後に、猫に対する痛切な愛と祈りをレールガンで撃ち込むような一篇『神は馬鹿だ』をイチオシしておきたいと思います。


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 猫を不死身にしなかった神は馬鹿だ。どう考えても設計ミスだ。猫が不死身じゃない時点で、無神論者になるのは至極当然のことである。人間が病気にかかっても、猫は病気にかかるべきではない。人間が死んでも、猫は死ぬべきではない。猫は無敵であるべきだった。猫は全面的にすべての災厄から守られているべきだった。(中略)猫は死なない。何があっても猫は死なない。その事実だけで、人間は幸せに生き、幸せに死んでいくことができたはずだ。これでは人類は不幸せのまま生きるしかない。神は本当に馬鹿だ。
――――
単行本p.58、59



タグ:松田青子
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