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『怪獣記』(高野秀行) [読書(オカルト)]


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 十八年前のコンゴの怪獣探査以来、これまでいろんな未知動物を探してきたが、自分が“目撃者”になったのは初めてであった。
「何だろう?」
「何でしょうね」
 私は笑いながら今度は末澤と同じ会話を繰り返した。末澤もやっぱりへらへらと笑っている。
「何だろう」という以外に言葉がない。そして、なんだか妙におかしくて笑ってしまう。
 あー、これが当事者の感覚なのかと私は口元が緩んだまま思った。
(中略)
 どうしてこう目撃証言が曖昧なんだろうとよく思っていたが、実際に今自分が目の前にしているもの、それを言葉で表現することができない。曲がりなりにも言語表現で飯を食っている人間なのにだ。
(中略)
 今私たちが見ているものは、巨大UMAかどうかは別として、ジャナワールの「正体」である可能性が高いなと私は思った。
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Kindle版No.2194、2201、2211


 トルコのワン湖に棲息するとされる謎の怪獣、ジャナワール(ジャノ)。その真実を求めて現地に向かった辺境作家を待っていた驚愕の事件。UMA探しの顛末を詳細に描いた興奮のノンフィクション。単行本(講談社)出版は2007年7月、文庫版出版は2010年8月、Kindle版配信は2016年5月です。


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 UMAというのは一種の病気であり、感染力は強い。近くに強力な症状を発症している患者がいると、「そんなもんにかかってなるものか」という自分の意志とは関係なく、罹患することがある。
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Kindle版No.87


 UMA好きの知人から、トルコの湖に謎の巨大怪獣「ジャナワール」が棲んでいる、映像もある、と聞いた高野秀行氏。どうせインチキだろうと思いつつ、念のため調査しているうちに出くわした一冊の本。これがヤバかった。


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 仰天である。今までいろいろなUMA関係の資料にあたってきたが、目撃者の顔写真と氏名・年齢・住所・職業・電話番号まで掲載されたものなんて見たことがない。
 未知動物業界は曖昧さのうえにかろうじて成り立っているので、他の人間がそれを調べようとしてもできないように仕組まれている場合が多い。映像資料も写真も目撃談も、目撃者の身元はもちろんのこと、参考文献や出典すら明記されておらず、「~らしい」「~だという」の連発。それが「ヤラセ」を横行させる温床となっている。
 しかし、この本はフェイクじゃないと私は確信した。その証言内容はまだわからないが、この本とそれを書いた人は真剣であり、純粋な人であることは疑いようがない。
 だとすると……。
 私の心臓は今はじめて動き出したかのようにバクンバクンと音を立てた。
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Kindle版No.213


 「未知動物業界は曖昧さのうえにかろうじて成り立っている」などと斜に構えたようなことを口にしながら、いきなり「この本はフェイクじゃない。疑いようがない」などと口走って、心臓バクンバクンさせながら、そのままトルコに飛んでいってしまう。さすがは高野さん。

 しかし、現地でのジャナワールの扱いはこうでした。


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 イスタンブールに着いてから、「ジャナワールを探しに来た」というと、ホテルでも旅行代理店でも、どこでも大笑いされている。ジャナが本場トルコではお笑いのネタにすぎないというのが悲しい
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Kindle版No.724


 ひるまずに探索を続ける高野さんは、ついにジャノを撮影したという有名な「コザック・ビデオ」の真相に迫ります。それは、……どうしようもなくしょぼい真相でした。


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 我ながら意外なことに、有名なコザック・ビデオのフェイクを確認した時点で、私は日本にいたときより、俄然ジャナに関心を持ち始めていた。
 政治やヤラセという何重もの覆いをすべて排除したらジャナはどんな姿を見せるのか。それとも残りは何もないのか。
 今、ちゃんとした情報を握り、客観的にジャナを調査できる人間は世界でたったひとりしかいない。
 もちろん私だ。やっと出番が来たという気すらする。
 ジャナは今まさに既知の未知動物から未知の未知動物になったのだ。
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Kindle版No.973


 ほぼ唯一の証拠といえるビデオがフェイクだと判明した時点で肩を落として帰国するのが普通だと思うのですが、そこでなぜか発奮して「ジャナは今まさに既知の未知動物から未知の未知動物になったのだ」と、意味はいまひとつよく分からないものの力強く宣言して、さあ、そこから精力的に聞き取り調査を開始しますよ。何日もかけて湖を一周しながら目撃証言を集めるのです。ここからが本領発揮だ!


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私たちに対するこの辺の人たちの温かさは素晴らしいものがある。顔をあわせれば必ず声をかけてくれるし、お茶屋に行けば、勘定をとらない。いい年して酔狂なことに邁進している私たちを、バカにもしない。いや、しているのかもしれないが、態度には出さない。にこやかに見守っている。
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Kindle版No.1476


 現地の人々の温かさ、風景の美しさ、料理の美味しさ。クルド問題とトルコの政治状況。様々な話題が次から次へと書かれ、旅行記としても大満足の出来栄え。しかしながらジャナワールに関する決定的な証言は得られないまま湖を一周。こうしてUMA探しの旅も終わりが近づきます。


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 小一時間して私たちは立ち上がり、彼らと握手した。最初とは見違えるほどにこやかで「また調査に来ていただきたい」と言われた。
 また、はないだろう。これで「調査」は終了なのだから。
 ワン湖のジャナワール、それは伝説だった。世界でも稀なこの特殊な湖が生み出した幻だった。
 そう結論づけた私は、何かやり遂げた充足感と心地よい疲労を感じながら、村をあとにした。
 まさかその数十分後に大騒動が勃発するとは夢にも思わずに。
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Kindle版No.2124


 突然、湖を指差して叫ぶカメラマン。

「あ、何か黒いものがいる! あれ、なんだ!?」(Kindle版No.2151)

 なにその典型的なセリフ。いや、え、マジですか?


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 正体不明なものを見ると興奮せずに困ってしまう。これは発見だった。
 困惑しているから、みんなでへらへらするしかないのだ。
 正体が巨大UMAだと確信しているイヒサンだけが興奮していたのも、それを逆の意味で証明している。
 物体が遠くに、しかも水のなかにいるというのも困惑の要因だ。とりあえず向こうがこちらに害を与えることもないし、私たちが向こうを追いかけたり捕まえたりできるわけでもない。
 そんな思考を巡らせている私をあざ笑うかのように、いくつものバカでかいものが浮いたり沈んだりを繰り返している。
 なにか、「陽気な無力感」というものを感じる。「これをあとで人に訊かれても困るな……」と私はぼんやり思った。
 今まで目撃談が切迫してないとか情熱がないとか言いたい放題だったが、今になって「そりゃそうだ」とわかる。なにしろ、目の前で見ているときですら困惑しているのだ。それをあとで他人に説明したらますます困惑するに決まっている。ただ不思議なものというのは、切迫とか情熱という感情とは無縁なのである。
 私たちはこうして二十分ほど目撃を続けるというか眺めていた。
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Kindle版No.2228


 そして、ここが凄いのですが、高野さんは現場に行って潜ってみるのです。巨大な何かを目撃した、まさにその場所で、ただ一人、おもちゃのボートに乗って。


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私は沖合をどんどん進んでいく。
 風景も変わってきた。雑音が消え、静けさが増す。両側には反射で銀色にみえる岩山。前はただただ水。それが西日を受けて、黄金色に輝いていた。ときどきすーっと一陣の風が吹き、止む。
 なんだか「もっていかれそうな」気分だ。
 そのなかをひとり、ほとんどすっ裸の私は幼児用ボートでただひたすら前進していく。
 何の因果かわからないが、こんなところでこんなことをやっている自分がいる。それは奇妙な幸福感に満ちていた。自分はなんと自由なんだろうと思った。
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Kindle版No.2598


 幸福とは、自由とは、こういうことだ。ちょっとだけうらやましいけど、真似できそうにありません。というか潜るシーンなど読んでるだけで怖い。

 というわけで、UMA探しの旅で本当に何か目撃してビデオ撮影までしちゃったという希有な体験。UMA好きの夢をまんまかなえてしまったようなノンフィクションです。異色のトルコ旅行記として読んでも素晴らしい。

 ちなみに、ウィキペディアで「ジャノ」を調べると、本件についてちゃんと書かれていました。


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2006年、日本の作家・UMA研究家の高野秀行が、コザックの発見を追跡調査中にヴァン湖でジャノの撮影に成功、上記諸事情を含めた一部始終を著書「怪獣記」で公表した。
高野の撮影したジャノは生物と言うには大きすぎ、かつ「潮を噴きながら浮き沈みするだけ」という生物らしからぬもので、映像を鑑定した専門家は「湖底から噴出するガスが湖底の泥を膨張させて泡状に押し上げる時、泥泡から漏れ出すガスが「潮噴き」に見えているのではないか」という意見を述べている。
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ウィキペディア日本語版「ジャノ」より(2016年7月20日時点)



タグ:高野秀行
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