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『ネット炎上の研究 誰があおり、どう対処するのか』(田中辰雄、山口真一) [読書(教養)]


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 炎上は社会現象として語られることが多い。確かに炎上は社会に大きな影響を与える重要な現象である。しかし、主役となる攻撃者、すなわち炎上事件で書き込みする人はごく少数である。過去1年に炎上事件へ書き込んだことのある人は、インターネットユーザの0.5%程度にとどまる。個別事件単位になると書き込む人は0.00X%のオーダーになり、人数で見ると、数千人である。さらにこのうち大半は一人でつぶやくだけであり、直接に当事者を攻撃してアカウント閉鎖などに追い込む人は数人~数十人のオーダにとどまる。炎上事件が起こると、ネット中が批判のあらしになり、全ユーザから責められているような気持ちになるが、実際に騒いでいるのはごく少数である。彼らのプロファイルはかなり特異であり、大きな社会集団の代表とも思えない。したがって、炎上を、お祭りやネット上の文化対立、あるいは大衆的な社会運動と同列の社会現象ととらえるべきではない。参加者があまりに少数だからである。
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単行本p.145


 ネット上で、特定個人に対する批判、罵倒、誹謗中傷に類する攻撃的な書き込みが殺到する、いわゆるネット炎上。これまで事例研究や社会学的考察が中心だったネット炎上に、データに基づく統計的分析を加え、その実態を明らかにする一冊。単行本(勁草書房)出版は2016年4月です。


 発生するとネット上の誰もがリンチに熱狂しているように感じられる炎上。しかし、個々の事件を分析すると、参加者は10万人あたりたった数名。彼らの平均的なプロフィールは「年収の高い、子持ちの、若い男性」だが、学歴やインターネット利用時間は無関係……。これまで印象論で語られることの多かったネット炎上について、統計分析を経た定量的データを示してくれる研究書です。


 また、炎上対策についても、これまで「炎上しがちな話題について批判的な書き込みは避ける」といったネット利用者の自己規制を軸としていた類書と違い、本書は炎上が引き起こす社会的問題として「情報発信の萎縮」をクローズアップ。いかにしてそれを解決するか、すなわち書き込みを自己規制させることなく、社会的に炎上を防止するか、という課題に取り組みます。


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 本書全体を貫くメッセージは、炎上による情報発信の萎縮はゆゆしき問題であること、しかし、それは社会として解決すべき課題であり、そして解決の道はあるのではないかということである。ネット上の論調の一部には、炎上は自由なインターネットの代償であり仕方がないものであるという見解が見られるが、本書はそれには与しない。すくなくともそう判断するのは早すぎる。炎上に対してなすべきことはまだたくさんあり、社会は改善に向けて挑戦を続けることができると考える。その改善の一助に本書がなることを祈ってやまない。
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「はじめに」より


 全体は8つの章から構成されています。


「第1章 ソーシャルメディアと炎上:特徴と発生件数」
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分析の結果、2006年に約40件、2010年に約100件であった炎上件数が、2011年に急増して年間300件を超えるようになったことが確認された。また、2013年、2014年は400件以上発生しているものの、2013年からやや減少傾向であることがわかった。ただし、データ基であるエルテス社の公式発表では、2014年には600件を超えており、増加が続いていることに留意する必要がある。
 また、一般人・著名人・法人関係の3つの割合を見ると、法人関係が多かった。また、メディア別で見ると、FacebookよりもTwitterの方が圧倒的に炎上全体に占める割合が多く、近年は40%以上をTwitterが占めていることがわかった。
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単行本p.8

 平均すると毎日1件以上起きているネット炎上。その4割がTwitterを舞台としている。まず炎上についての全般的、基本的な傾向を整理します。


「第2章 炎上の分類・事例・パターン」
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事例に共通しているのは、インターネットユーザの間にある規範に反した行為を行っているということである。批判、ステルスマーケティング、ファンを刺激等、法律違反といえないような事象も、インターネットユーザの規範に反していると判断されれば、炎上対象となる。例えばII型の「何かの批判」についても、インターネットユーザへの批判や、保守党への批判は特に炎上しやすい。また、炎上しやすい話題としては、食べ物・宗教・社会保障・格差・災害(不謹慎ネタ)・政治(特に外交)・戦争(安全保障)が挙げられるだろう。
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単行本p.55

 どのような発言が炎上を引き起こすのか。炎上の原因となった書き込み、その後の展開などを分析し、炎上のパターンを分類します。


「第3章 炎上の社会的コスト」
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 炎上の社会的コストは情報発信の萎縮である。炎上すると極端で攻撃的な言葉が殺到し、議論が不可能になってアカウントやブログの閉鎖など、議論の場から撤退することになる。一方的な攻撃は人々を傷つける。なんども炎上事件を見ると、炎上を嫌ってそもそも情報発信をあきらめる人が多くなる。自由な意見交換の場であることを期待されていたインターネットでの情報発信が自由ではなくなっていく。ネット上には炎上に耐えられる猛者だけが残り、普通の人はLINEやFacebookなどの閉じた輪にひきこもる。結果として、ネット上に表明されるのは極端な意見の持ち主が多くなり、対話が難しくなっていく。これが炎上の社会的コストである。
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単行本p.98

 ネット炎上は避けられない現象なので、そういうものだと思って受け入れる他はない、のでしょうか。本章では、炎上が社会に与える負の影響を分析し、それが看過できない重大な社会問題であることを指摘します。


「第4章 炎上は誰が起こすのか」
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炎上参加者の属性として、「男性である」「若い」「子持ちである」「年収が多い」「ラジオ視聴時間が長い」「ソーシャルメディア利用時間が長い」「掲示板に書き込む」「インターネット上でいやな思いをしたことがある」「インターネット上では非難しあって良いと考えている」といったものが得られた。子持ちである、年収が多い等の属性は、一般的に言われる炎上参加者のプロフィールとは異なるように思われる。また、学歴やインターネット利用時間といった属性は、炎上参加行動に有意な影響を与えていなかった。
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単行本p.116

 「炎上参加者について、データに基づいて統計的に検証した例は少ない。ほとんどのものは、事例研究や社会学的な理論考察である」(単行本p.99)という現状を打破すべく、調査により炎上参加者のプロフィールを可視化します。


「第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか」
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炎上事件に伴って何かを書き込む人はインターネットユーザの0.5%程度であり、1つの炎上事件では0.00X%のオーダーである。人数に直すと、1つの炎上事件当たり数千人程度と見積もれる。
 このうち9割以上が一言感想を述べる程度であって、当事者に直接攻撃することはない。複数書き込みをしていて、直接攻撃の予備軍と考えられる人はこの中の数%であり、人数にすれば数十人~数百人程度である。
(中略)
 さらにこの炎上参加者はかなり固定されている可能性が高い。つまり、炎上参加者は毎年くるくる変わるのではなく、かなり固定メンバーになっていると思われる。(中略)炎上から離れていく人は毎年2割弱であり、残りの8割強は昨年に続いて炎上に参加し続ける計算になる。炎上はごく少数の、それも固定した人が起こしている。
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単行本p.137、138、139

 炎上に参加している人は予想外に少なく、しかも固定された特異な人々である、ということを定量的に示した本書のハイライトともいえる章。


「第6章 炎上の歴史的理解」
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これだけ数が少ないなら対策はあるはずである。軍事化・産業化の初期にも少数の者による力の濫用はあったが、それに対し人類は対策をうってきた。傭兵の暴虐にも山猫銀行・児童労働にも人類は対策を編み出したのであり、同じように考えれば炎上にも対策を編み出すだろう。
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単行本p.170

 炎上を「それまで国家や大組織が独占してきたパワーを個人が自由に使えるようになった、時代の転換期」に特有の「個人によるパワーの濫用」という歴史的文脈に位置付け、軍事や産業における過去の事例との比較から対策の方向性を探ります。


「第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離」
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 炎上を起こす人を節度がない、良識がないと非難するのは容易である。しかし、彼らはネットに備わった機能の範囲内で、言論の自由を行使しているだけであり、彼らを責めてもしかたがない。問題は、ネットでの一個人のデフォルトの情報発信力がそもそも強すぎるところである。すなわち、強制的に議論を開始し、他の誰もが不愉快な思いをしても、それを止めることができず、議論の場を閉鎖に追い込んでしまうだけの発信力を誰もが持っているというネットの仕組みの方にある。
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単行本p.178

 言論の自由を損なわず、発言の萎縮を起こさずに、炎上を防止する。そのためには、ネットの仕組みそのものに手を加える必要がある、という議論を展開します。


「第8章 炎上への社会的対処」
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 炎上のように表現や発信がかかわるものは、政策的な規制がきわめて難しいものであるし、安易な政策的規制はより社会的厚生に負の影響を与えるリスクがある。また、韓国における制限的本人確認制度が、誹謗中傷的書き込みに対してほとんど影響を与えなかったというのは大変興味深い。
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単行本p.224

 ネット実名制度には炎上防止の効果があるか。法的規制は有効か。ネット炎上に対して社会がどのように対処すべきかを探ります。


 なお、付録として「炎上リテラシー教育のひな型」が付いています。



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