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『せなか町から、ずっと』(斉藤倫、junaida:イラスト) [読書(小説・詩)]


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 どうやら、気をうしない、ただよっているあいだ、わしのせなかを島とかんちがいした、にんげんやら、どうぶつやらが住みついたらしい。りっぱな町までできていたのには、まあ、おどろいた。
 それが、このせなか町のはじまりというわけじゃな。(中略)
 だれがよんだか、せなか島の、せなか町。わしには見えん、わしのせなかで起こった物語を、時間がゆるすかぎり、あんたに聞いてもらおうかの。
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単行本p.12、14


 自分の名前を落としてしまった子供の話、犬のために流した涙が蜂蜜になった話、どうやって演奏するのか誰も知らない楽器の話、箱の中から出て来ない猫の話……。空色と水色のあいだに、何年も、何百年もただよっているという、とてつもなく巨大なエイ(たぶん妖怪「赤えい」の類)の背中に乗って海を漂う「せなか町」では、不思議なことがごく当たり前のように起こるのでした。
 『どろぼうのどろぼん』の著者による子供のための創作童話。七つの物語から構成される連作短篇集です。単行本(福音館書店)出版は2016年6月。


[収録作品]

『ひねくれカーテン』
『名まえをおとした女の子』
『カウボーイのヨーグルト』
『ルルカのなみだ』
『麦の光』
『はこねこちゃん』
『せなか町から、ずっと』


『ひねくれカーテン』
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「ああ。世界ひろしといえども、こんなにいさぎよい幕引きをしたカーテンは、おれのほかにはあるまいよ」
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単行本p.32

 風が吹けば動かず、風がないときにひらめく。おばあさんの家にあるカーテンは、ひねくれカーテンだと評判でした。あるとき、激しい嵐がやってきて、家とおばあさんを守ろうと決意したカーテンは……。


『名まえをおとした女の子』
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「あのときだわ。おかあさん、おとうさん、わたし名まえを落としてきちゃった」
「なんてバカな子なの。早くさがしてらっしゃい。えーと、あのー、娘や!」
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単行本p.39

 うっかり自分の名前を落としてしまった、えーと、小さな女の子。一所懸命に探すのですが、どうやら誰かが拾っていったようなのです。


『カウボーイのヨーグルト』
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「気のどくな、カウボーイ」
「よしてくれよ。牛もいないカウボーイなんて」
「一頭いたらまだカウボーイよ」
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単行本p.66

 沢山の牛を飼っている天才的なカウボーイ。だがある夜、火事が起きて、家もサイロも牛小屋も失ってしまいます。幸い無事だった牛たちは、しかしもう彼の命令を聞かなくなってしまいました。たった一頭を除いて。


『ルルカのなみだ』
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「うう。はちみつがどんなにだいじでも、てっぽうで撃たれてはかなわん。ほかのやつに、ゆずってやろう。なんといっても、おれは、あのすばらしいはちみつを、いちどは味わったのだから。生きのびて、まわりのクマたちに、つたえなければならん」
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単行本p.85

 子供が犬のために流した涙。それが染み込んで出来た、この世のものとも思えない最高の蜂蜜。蜂からクマへ、クマから猟師へ、猟師からケーキ屋へと渡った蜂蜜は、ささやかな奇跡を起こすのでした。


『麦の光』
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「おれは、きょう、森にしずかにあふれてくる音色を聞いて、たましいがとろけそうだとおもった。むねがほらあなになったみたいにわんわんひびいて、クマのたましいは、こんなところにあるんだって、はじめてわかったくらいだった。どうぶつだけじゃない、むしも、木も、花も、もういのちの消えた落ち葉も、石くれも、森じゅうが聞きほれていたよ。こんなうつくしい音楽が、にんげんたちにだけ聞こえていないなんて、おかしくって、おかしくって」
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単行本p.127

 吹けばいいのか、ふればいいのか、叩けばいいのか。先生も鳴らし方を知らない不思議な楽器「麦の光」を演奏することになった男の子は、何とかして楽器の秘密を知ろうとして色々な人や動物に尋ねまわるのですが……。


『はこねこちゃん』
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「ねこってのは、はこにはいるのが、だいすきなの。なかなか出てくるもんじゃないわ。あたし、ねこについては、ちょっとくわしいのよ」
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単行本p.145

 箱の中から出て来ようとしない猫。いつしか「はこねこ」と呼ばれるようになった猫を、何とか箱から出そうと工夫する町の人々。猛獣をけしかける、エサで釣る、マタタビを使う、居心地のよい家を用意する。でも全員が失敗。特別な方法があるのでしょうか。それとも、もしや、はこねこなんて、最初からいないのでしょうか。そして、犬派の著者による、犬の扱いと、猫の扱いの、この違いはどうなんでしょうか。


『せなか町から、ずっと』
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「なにしろ、何年ぶんも、何百年ぶんも、あるんじゃからな。わしの、このだだっぴろい、せなかいっぱいの話が」
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単行本p.195

 誰にも知られずに何百年ものあいだ「せなか町」を支えてきたエイ。今や老いて漂うばかりの彼が出合った一羽の鳥。若いころの情熱を思い出しながら、物語を語る。自分の背中の物語を。



タグ:斉藤倫
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