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『食堂つばめ7 記憶の水』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]


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本当は自分の頭の中にしか存在しない街なのかもしれない――と思うこともある。単なる自己満足でしかない訪問であり、自分の欲望を具現化しただけの街に意味など求めるのは間違っているのかもな、とたまに考える。
 しかしそれならば、ノエの悲しみや無念さはどこから来るものなのか。
 ノエの楽しかった思い出も甦ってほしいと思うのは、なぜなのか。
 そんなことを考えながら、秀晴は今日、街を歩いていた。どうやったらノエの記憶が戻るのか、ということは、食堂つばめではなんとなく禁句のようになっている。
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文庫版p.113


 生と死の境界にある不思議な「街」。そこにある「食堂つばめ」で思い出の料理を食べた者は、生きる気力を取り戻すことが出来るという。好評シリーズ第7弾は、ノエの失われた記憶をめぐる話を含む四編を収録した短篇集。文庫版(角川書店)出版は2016年6月です。


 「街」を訪れた臨死体験中のゲストが、四人のレギュラーとともに食堂つばめで美味しいものを食べるシリーズ。第7巻は、ハンバーグを中心に飲み物(川の水ふくむ)を配置した一冊となりました。


『ある歌手の死』
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 ここにいれば、永遠に歌っていられるのかもしれない。あるいは、こんな最高なライブを最後の思い出にして、死んでしまうのもいいのかも――。
 その時、思い出した。このライブは、ノエのためにやったんだって。なのに、自分のことだけを考えて、歌ってしまった。多分、彼女は「それでいい」と言うだろう。でも、約束したんだ、俺は自分で。密かに。
 俺の歌が好きなら、それを思い出させてやるって。
 あれ? それって別に彼女のためじゃないなあ。
 ノエを見ると、彼女は楽しそうに笑っていた。手を叩いて、身体を揺らして。
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文庫版p.48

 「街」にやってきた著名な歌手。ノエが失った記憶を取り戻す手助けになるかもということでワンマンライブを開く。聴衆は食堂つばめのレギュラー四名。このまま死んじゃうくらい最高のライブを演ってやるぜ、臨死体験中だけどな。暗めの切ない話が多いシリーズ中で、1,2を争うくらいノリのいい明るい物語。


『内なる声』
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 それから毎日、潮はノエにこき使われ――いや、料理を習った。
「すぐに生き返れるって言ってなかったっけ?」
 グズグズしてたら生き返るタイミングを逃してしまうのでは? そしたら、本当に死んじゃう!
「修業をしたあとに生き返っても、同じことなので大丈夫です」
 とノエは言う。修業って……死んでからそんなことするなんて、思ってもみなかった。しかも、生き返ったら忘れてしまうかもしれないって、だいぶたってから教わった! ひどい! なんてブラックな食堂だ!
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文庫版p.89

 いつもコンビニ食品やスナック菓子ばかり食べているせいで味覚が麻痺している少年。心から「おいしい」と思って食事をしたことのない彼に、ノエは料理の基礎を徹底的に仕込むことにする。自分で食べるものを自分で作る、誰かに食べさせるために料理する。そんな基本を覚えたことで、少年の生活は着実に変わってゆくのだった。それはそれとして、ハンバーグうまそう。


『記憶の水』
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目下の問題は川の水だった。もしかしてこの水は、ありとあらゆる人の記憶のプールなのではないか、と思ったのだ。
 この中には、おそらくノエの記憶もあるはずだ。
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文庫版p.121

 ノエの失った記憶を取り戻してやりたい。(ただ食べるだけでなく)色々と努力している秀晴だが、どうやらノエの記憶にも、「街」の仕組みにも、彼の知らない事情が色々とあるらしい。この謎めいた話は、著者いわく「次巻へ続いている物語」とのこと。待ちましょう。


『ひかりの子』
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 薫子は、自分の小説の話をした。それは、気恥ずかしくて生きていた頃はほとんど語らなかったものだ。語りたかったけれど、語らなかったものだったんだろうか。今はどんどん口からほとばしる。
 仕事が好きだった。ずっと、死ぬまで続けられて幸せだった。その代償もあったかもしれないし、不幸と思う時だってあった。
 でも、あの夏の日から始まった物語を書くという行為を仕事にできて、自分は幸運だったな、と思うのだ。
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文庫版p.185

 幼い頃、秘密の場所で、友達に夢中で物語を話した、あの夏の日々。それが彼女の作家としての原点だった。不思議な「街」でその友達と再会した彼女は、思いがけない真実を知ることになる。「業界的にある程度名が知られていて、自分にしか書けないものを書いていれば、仕事は来る。というか、わたしには来た」(文庫版p.173)という独白がリアル。


 なお、「あとがき」で重大発表がありますので、映画館ではエンドロールで席を立ってしまうという方も、どうか最後までじっくりお読みください。



タグ:矢崎存美
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