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『五〇億年の孤独 宇宙に生命を探す天文学者たち』(リー・ビリングズ、松井信彦:翻訳) [読書(サイエンス)]

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本書のためのリサーチをしているあいだに、彼らの大胆な望みの多くが打ち砕かれた。要となる望遠鏡の建造やミッションが延期ないし中止されて、夢の多くが永遠にとは言わないまでも何十年も先送りされたのだ。画期的な事実が明らかになる寸前で彼らの研究がつまずいた理由は、天体物理学に新たな限界が見つかったことではなかった。急速に推進していた地球外生命探しが屈した相手は、まったくもって人間くさい世俗的な障害――ぞんざいな組織運営、不安定で不十分な予算、けちくさい縄張り争い――だった。
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単行本p.18


 地球の他にも、生命が、さらには文明が、この宇宙には存在するのだろうか。それとも私たちはまったくの孤独なのか。その答えを求め続ける科学者たちの苦闘を描くサイエンス本。単行本(早川書房)出版は2016年3月、Kindle版配信は2016年5月です。


 地球外生命を探し求める科学者たちへのインタビューを中心とした一冊です。最初に紹介されるのは、電波その他の手段により地球外文明とのコンタクトを試みるSETI(地球外知的生命体探査)プロジェクトの現状。


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「物事が停滞して、いくつかの点でよからぬ状況にあります」と言うドレイクの声は低く重い。「近ごろはとにかく資金がありません。それに、私たちはみんな年を取ってきました。若者がたくさんやってきて参加したいと言うのですが、職がないことに気づきます。異星人からのメッセージを探す者を雇う会社などありません。世間は概してこの活動に大したメリットはないと思っているようです。関心が薄いのは、どんなささいな検出さえ本来どれほど意味があることなのか、わかっている人がほとんどいないからでしょう。私たちが孤独でないと明らかにするのがどれだけ価値のあることなのかを」。ドレイクは信じられないと言わんばかりに頭を振ると、ソファーに身を沈めた。
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単行本p.23


 なぜSETIは見捨てられつつあるのか。そこには限られた予算の獲得競争という生々しい現実がありました。


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政治的あるいは経済的な難題のほかにも、SETIが下火になった要因には科学が一役買ったなんとも皮肉な事情があった。系外惑星――太陽以外の恒星の周りを回る惑星――の発見と研究に特化した分野である(太陽)系外惑星天文学の興隆だ。(中略)半世紀にわたって成果のなかったSETIは、系外惑星ブームの蚊帳の外だった。研究者や研究所がこのブームに乗って衝撃的な発見をなせば、メディアでの知名度が上がり、天文学の主役に躍り出て、豊富な資金が流れ込む。地球外生命に関心がある者にとって、参入すべきはSETIではなく系外惑星天文学だった。地球に似た惑星の研究がホットなテーマになるにつれ、SETIは科学界でますます冷遇されていった。
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単行本p.28、29


 どうも地球外文明は当てにならないので、まずは他の恒星系に生命が存在するはっきりとした証拠を見つけよう、ということで、予算も人材もそちらに流れていったのです。背景にあったのは、系外惑星の発見が相次ぎ、さらには地球に似たハビタブルな惑星が次々と見つかる、という系外惑星天文学ブームでした。


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「特筆すべきは、大きさと質量が地球と同じどこかの惑星の発見の妥当性や時期ではありません。そうした惑星を一つ検出したところで、天体物理学も惑星科学もひっくり返りませんから。本当に特筆すべきは、そもそもそうした惑星の検出が信頼に足るという驚異の事実、この一片の塵の上の止まり木から私たちがこうした類いの発見の入口にまで達しているという事実なのです。これがどれほどの驚異かと言えば、蟻塚でほかのアリに混じって生きる一匹のアリが、太陽系の大きさをなんとか計算しおおせたことに相当します。私たちがするのは星からの光子を集めることだけ。そこから惑星の存在がわかり、そのすべてについて大きさや構造や未来を導き出せるのです。とんでもないことですよ」
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単行本p.95


 ではSETIから予算と人材を奪っていった系外惑星天文学の方では、物事は順調に進んだのでしょうか。地球のような惑星を発見し、そこに生命が存在する徴候(バイオシグニチャ)を検出するための望遠鏡、TPF(地球型惑星ファインダー)を建造する。ついに、この宇宙において私たちが孤独でないことが証明される。その夢は、今どうなっているのでしょうか。


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生命の棲む惑星がほかにも近くにあるという証拠ないし反証を挙げるための望遠鏡が、ともすると10年以内に手に入るかもしれない。カスティングや同業者は内心そう思っていた。ところが、一連の惨事がアメリカの運勢を傾け、意義のある進捗が停滞して事実上足踏み状態になった。9月11日のテロ攻撃、それを受けた破滅的な戦争と偏った連邦予算、住宅ローンバブルの崩壊、世界同時不況の始まり。これらもそれぞれ一役買ったとは言えるが、TPFの実現を阻んだ最大の要因は、減り続ける政府からの補助金を巡って競合する天文学コミュニティー内の縄張り争いだった。
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単行本p.211


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TPF一基に必要な額は天文学界の基準で言えば大金だが、国家や国際協力のレベルでは微々たるものだ。人類が孤独ではないことを確かめる機会のために必要な費用は50~100億ドルで、これは中東での戦争数週間分ほど、あるいはアメリカの国民が一年間にペットにつぎ込む額より少ない。天文学者はNASAに振り回され、NASAはひどい機能不全に陥っている議会に振り回されていた。(中略)生命を探すための宇宙望遠鏡を急ぎ造る計画は実質的に中止となり、あまたある無期限の技術開発計画の一つへと公式に格下げされた。つまり、あの壮大なビジョンは、予算を細々と付けられたどっちつかずの状態で死にゆくのである。
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単行本p.212、284


 宇宙に生命を見つけ「私たちは孤独なのか」という問いへの答えを出すことより、中東での殺し合いを数週間続ける方が優先されるという現実。では戦争が終われば、景気が上向けば、いつの日かまた観測衛星や宇宙望遠鏡が次々と打ち上げられる時代がやってくると期待してよいのでしょうか。


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ハッブルやほかのグレート・オブザーバトリーズ望遠鏡による黄金時代は幸運な例外であり、純粋な技術の発展と科学の進歩の産物というだけでなく、地政学的要素と経済の産物でもある。事の起こりは20世紀後半を形作った出来事、すなわちベビーブーム、冷戦、宇宙開発競争だ。このありえないような取り合わせに乗じて、天文学者は神話のような夢の時代をその手で築いたのだ。技術力の限界が地球という日常世界を飛び出すとともに、科学的発見の地平が既知の宇宙の縁に達した輝かしい時代を。そして私たちは今、もしかするとすべての終わりにいる。
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単行本p.266


 残念ながら、ハッブル宇宙望遠鏡の頃が「例外」なのであって、二度と再びやってこない神話のような時代だったというのです。しかも、さらに希望は先細りしてゆきます。これまた皮肉なことに、系外惑星探査のおかげもあって惑星が「ハビタブル」である条件についての知識が深まったことで、地球がどれほどたやすくその平衡状態から外れてしまうのか理解できるようになったのです。


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私たちに分別があるなら、石油や石炭や天然ガスは地球が本当に必要とするときに備えてまるまるとっておきたいところです。その量たるや、人類が地球の気温を10度上げて、ここ1億年での、もしかするともっと長い期間を通じての最高レベルを記録させてまだ余るほどですから。地球を始生代以来最も温暖にする可能性があるのです。そうなれば氷冠は融け、海面上昇によって陸地の20パーセントが失われるかもしれません。赤道付近は実質的に住めなくなります。現地の農作物の多くがすでに耐暑性の限界近くで生きているからです。世界人口の半数が移住を余儀なくされるかもしれません。人口は減少に転じ、高緯度のほうへ移動します。何十億という命が奪われかねません……
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単行本p.234


 こうして、話はSETIの基本である「ドレイクの方程式」に戻ってきます。最後に残された項目、技術文明の平均存続期間=L。1961年のあの有名なグリーンバンク会議において、ドレイク博士はLの値を「1万年」と仮定したのでした。それはどうやら過大な見積もりだったようです。

 SETIの探求はある意味で成功したといってもいいかも知れません。なぜ地球外文明とコンタクトできないのか。それは、技術文明はがっかりするほど短期間に自滅してしまうからだったのです。


 というわけで、(研究者が書いた)しばしば楽観的で高揚感のある類書と違い、本書のトーンは一貫して悲観的です。「私たちは孤独なのか」という問いへの答えを知ることのないまま滅びてゆく運命について、登場する科学者たちが様々な角度から語ります。一部の科学者は、悲痛な面持ちで、震える声で、あるいは汗を浮かべた笑顔で、祈りのような言葉を口にします。それが読者の胸を打つのです。


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「世界経済は20年、30年後に立ち直るかもしれません。気候変動による最悪の影響のいくつかを逆転させる、あるいは打ち消すそれなりの手段を見つけるかもしれません。いずれTPFを造って打ち上げ、それによる何らかの発見がきっかけで、私たちはこの惑星にもっと感謝するようになるかもしれません。時間はまだあると思います」
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単行本p.234


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「地球の仕組みを詳しく理解し、宇宙探査のための技術を極めることが、それに関わる誰にとっても実はきわめて良いことなのだと、誰かが説明しなければなりません。地球以外のどこかに生命を見つけることが、人類のためになるような、みずからを謙虚にさせる経験になりうることも、誰かが言わなければなりません」
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単行本p.267


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「私たちは数百万年かけた進化の産物ですが、無駄にしていい時間はありません。それが私が死から学んだことです」。声が乱れて震えたが、涙まじりながらも力強さを取り戻した。「死というもののおかげで気づきました。たいていの物事に価値はありません。ですよね? ほかに意味のあることはないんです。死はほかの何をも超越します。最近、無意味な物事へのこらえ性がなくなりました。そのための時間はありません。わかります?」
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単行本p.336



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