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『ラグランジュ・ミッション』(ジェイムズ・L・キャンビアス、中原尚哉:翻訳) [読書(SF)]


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今回のミッションは最高にかっこよくやるのだ。意表をつき、巧妙で、大胆で、エレガントで、宇宙海賊キャプテン・ブラックは宇宙一の大悪党と万人を感服させるのだ。
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文庫版p.106


 地球と月の間にあるラグランジュ・ポイントL1。宇宙海賊キャプテン・ブラックの海賊機はそこで獲物を待ち構えていた。月面から打ち上げられた、貴重なヘリウム3を満載した貨物ユニットを強奪するのだ。今回のミッションも楽勝のはずだったが……。2030年という近未来を舞台に宇宙海賊が活躍する波瀾万丈のテクノスリラー活劇長篇。文庫版(早川書房)出版は2016年2月、Kindle版配信は2016年2月です。


 宇宙海賊。何とも古めかしい響きですが、これを近未来の軌道上で実行するというのが本書のキモ。もちろん有人宇宙船で乗り込み戦闘するわけではなく、すべて地上からの遠隔操作とハッキングでターゲットを「乗っ取り」、軌道を変更して、仲間が待ち構えている海域に着水させ貨物を強奪するというわけです。宇宙海賊といっても、実際にはホテルの一室に閉じ籠もってやる地味なお仕事。


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キャプテン・ブラックは完全戦闘装備に着替えた。すなわちパンツ一丁でVRゴーグルをかけ、コンピュータがハンドジェスチャを認識しやすい白いグローブをはめて、ホテルの部屋のベッドにすわって枕によりかかった。(中略)ゴーグルのなかでは甲板で剣を振りまわす白兵戦がはじまった。デビッドが書いた解読ソフトウェアが、ヘリウム貨物のデータ保護システムと戦っているのだ。デビッドの肉体ははるか遠くのベッドにすわっているが、精神はL1で活動していた。
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文庫版p.8、20


 黙って静かにやればいいのに、わざわざ「キャプテン・ブラック」と名乗ってネットで自分の戦果を吹聴したり挑発したりするデビッド。傲慢で、世の中を見下し、他人を操るのが大好き。典型的な「知能指数が高いサイコパス」のクソ野郎です。


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「モラルってのは人々が同意したルール集にすぎない。おれはそのルールブックに同意しない」
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文庫版p.44


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デビッドは不道徳で利己的で、不正行為ばかりの悪党だが、ばかを嫌う。人々が合理的であれば、デビッドはチェスのプレイヤーのように彼らを正確に動かすことができる。しかし人々が非合理的で愚かだと、デビッドはその行動を予測できず、苛々しはじめるのだ。
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文庫版p.311


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「おれの目標はなにかって? 宇宙一の大悪党になることさ!」
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文庫版p.54


 宇宙一の大悪党に、おれはなる!

 最初はただのクソ野郎に思えるデビッドですが、何しろ他の登場人物も多くがイカれたクズなので、読み進むにつれて段々とこいつがイカしたクズ野郎に思えてきます。最後には、行け行け宇宙海賊キャプテン・ブラック、クールなクズ野郎。

 一方、キャプテン・ブラックの野望を叩き潰すべく立ちあがった宿敵。かつてのデビッドの恋人にして今や空軍大尉として軌道上の治安を守る仕事についているエリザベス。走る爆弾娘。上官も扱いに困るほどの事故物件。


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「だめだ。大尉……いや、リズ、きみは優秀な士官だが、好戦的すぎる。このプロジェクトの最終的な目標は法の執行なのだ。起訴するための証拠集めであって、宇宙での銃撃戦ではない」
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文庫版p.25


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「くそったれのキャプテン・ブラック! まだ終わってないわよ! 地獄の底から這い上がってあんたを串刺しにしてやる!」
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文庫版p.27


 軍から追い出された彼女は、個人的にキャプテン・ブラックを倒すべくローンチ開始。誰にも制御できないロケットブースター。しかも切り離し不能。


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「そもそも最後の一線はもう越えているわ。あとは刑務所暮らしが長くなるか短くすむかのちがいだけ。空軍からは除隊させられた。理由は攻撃的すぎるから。そのうえたぶんアル中で、二カ月セックスしてなくて、いまは感情的に混乱し、強烈なストレスにさらされ、そして生理前。いつでも引き金を引くわよ!」
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文庫版p.344


 一方こちらは、雇い主に裏切られ、消されそうになって必死に逃げ回るデビッド。それを追う殺し屋とFBI捜査官。飛び交う銃弾、ばんばん殺られる脇役。その頃、軌道上では前代未聞のテロ計画が進行していた。止められるのはキャプテン・ブラック、ただ一人。

 FBI、地元警察、軍、殺し屋、テロ組織、ぜーんぶまとめて敵に回して暴走するエリザベス。やむなく協力するはめになるデビッド。迫るタイムリミット。四面楚歌のなか、どうやって軌道上の衛星にアクセスするのか。さらに敵のコントロール下にある宇宙機をどうやって無力化するのか。

 「エリザベス、ここまでだ。武器を捨てて投降しろ!」ぶちやぶられるドア。


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 デビッドは周囲の騒ぎをまったく無視していた。(中略)精神は宇宙の静寂と星々の輝きに満たされたラグランジュ・ポイントにある。専用インタフェースがなくても、画面上の数字を脳裏で映像におきかえられた。貨物はもう目のまえにある。しかしそこまでいく燃料がない。
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文庫版p.396


 目まぐるしく変わるテレメトリデータ。宇宙空間で激しく争う二人のハッカー。はたして間に合うのか。ラグランジュ・ポイントの彼方、ついに宇宙海賊キャプテン・ブラックの最終ミッションが始まる……。


 というわけで、『オービタル・クラウド』(藤井太洋)をもっと活劇中心にしたような、軌道上テクノスリラーです。登場人物たちのイカれ具合も楽しく、地上、海上、軌道上で進行するアクションシーンには手に汗握る緊迫感があります。期待通りの展開と予想外の展開の混ぜ方が見事、伏線の張り方も巧みで、最後まで楽しめました。



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