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『ダンス・バイブル〈増補新版〉 コンテンポラリー・ダンス誕生の秘密を探る』(乗越たかお) [読書(教養)]


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「ダンサーを育て、作り続けられる環境」への道筋を、オレはつけておきたいのだ。

 ダンサーを消費財としない社会、ダンサーが結婚し子どもを育てながら(つまり普通の人びとと同じ人生を送りながら)作品を作り続けることができる社会の実現を、オレは心の底から祈っている。
 文明がどんどん進化して、より少ないエネルギーで生きていけるようになり、身体性が希薄になっていく結果、ダンスという芸術が持つ重要性はますます増していくだろうと思うからだ。
 そしてなにより、いいダンスがないと、オレが死んでしまうからである。オレは魂が震えるようなダンスを見ていないと、心のどこかが死んでいく。(中略)オレはいま生きているリアル、生きるほかはないリアルを真摯に見つめ、踊ろうとするダンサーを、全力で支えていきたい。なぜならそういうダンスによってオレが生かされているからである。
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単行本p.268


 今盛り上がっているという「コンテンポラリー・ダンス」とは何か。それはどこから来て、どこへ行こうとしているのか。百年の歴史を軸に、作家・ヤサぐれ舞踊評論家である乗越たかお氏語が熱く、厚く、篤く語り倒すコンテンポラリー・ダンス講座。貴重な写真も満載。「オリエンタリズムとコンテンポラリー・ダンス」を追加した増補新版です。単行本(河出書房新社)出版は2016年3月。


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 日本と世界の最新ダンスを紹介した拙著『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド』が好評で、著者は海外や日本国内で講演を頼まれるようになった。初めは最新のダンスを紹介していたのだが、次第に「そもそもコンテンポラリー・ダンスがどうやって生まれてきたかを知りたい」という声が高まってきたのである。(中略)多くの人が、目の前の面白いダンスを見るだけでは飽きたらず、その根源にまで興味の幅を広げてくれているのである。素晴らしいではないか。
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単行本p.1


 驚くほどの射程、充実した内容、誰にでも分かる明快さ、ときどき吹き出してしまうような辛辣なユーモアも交えつつ、ダンスを情熱的に語り尽くす。定義すら困難な「コンテンポラリー・ダンス」なるものを、歴史を軸に分かりやすく解説してくれる一冊です。


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『徹底ガイド』が「世界中の今」を知るための「横軸」だとするなら、本書は歴史をたどる「縦軸」にあたる。両者を学ぶことで、ダンスの全容をしっかりと把握してほしい。そして本書を手に、数々の専門書へアクセスしてみてほしい。ダンスという芸術が、いかに人と人の営みと分かちがたく結びつきながら成長してきたか、より深く理解されるだろう。
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単行本p.2


 全体は三つの章から構成されています。


「第1章 ダンスを「歴史」で考える」
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 コンテンポラリー・ダンスは直線的でなく拡散的に、多様性を保ったまま変化し続けるダイナミズムを持っているため、定義付けすることは難しいものです。しかし、揺れ動く社会の中で我々が感じている(もしくは感じてしまっている)リアリティを、コンテンポラリー・ダンスはいち早く抉りだして、見せてくれるのです。
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単行本p.129

 「バレエじゃなく、モダンダンスでもなく、なんとなく新しい、あのへんのダンス」(単行本p.25)という「UFOの定義」(単行本p.25)みたいなダンスはどうやって生まれ発展していったのか。社会変革や人々の意識変化とどのように相関していたのか。その百年ほどの歴史をまとめてくれます。

 ショウダンス、ストリップティーズ、ドイツ表現主義、体操、バレエ・リュス、モダンダンス、ポスト・モダンダンス。大きな流れを俯瞰しつつ、この人は何を表現しようとしたのか、あるいは何に対する反抗の試みだったのか、といったミクロな視点と、「ダンスの流れは(中略)「意味と無意味の間」を揺れながら進んでいったことになります」(単行本p.21)「演じ手も観客もそうですが、だいたい「ガッと動くダンスに魅了される時期」と「コンセプト重視の舞台に知的興奮を感じる時期」との間を振り子のように揺れ動くものです」(単行本p.123)といったマクロな視点を交えつつ、人々が新しいダンスを作り出そうと試みてきた歴史を立体的に再構築して見せてくれます。

 通読するだけで、コンテンポラリー・ダンス誕生の経緯と背景が分かる、もしくは分かった気になる、あるいは分からないことに納得する、そんな怒濤の120ページ。


「第2章 ニッポンの身体、ニッポンのダンス」
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オレは、
「国民性なんてものは、テーマにして訴えられても、ウザいだけだ。現在のリアルを踊るのがコンテンポラリー・ダンスだろう。日本の文化で育った日本の身体で日本のものを食ってるんだから、日本らしさなんてものがあれば滲み出るよ」
という考え方です。その気になれば、「日本らしさ」は、ヒップホップからだって見てとることはできるのです。
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単行本p.244

 日本のダンスはどのように発展してきたのか。それは日本人の身体とどのように関係しているのか。日本舞踊、日本バレエ、社交ダンス/ダンスホール文化、タップダンス、パントマイム、舞踏。「欧米文化を、ときに貪欲なまでに受け入れてきた我々の身体性は、どのように変わってきたのでしょうか」(単行本p.222)という問いに全力で挑む、そんな探求の100ページ。


「第3章 新しくダンスが生まれいずるために」
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「好きなことをやってるんだから我慢しろ」的な、上でピンハネしている人が下の人間を安くこき使うために、昔の芸能界でよく使われたようなことをアーティスト自身が真に受けていてはダメだ。アーティストもまず人として生活する権利がある。誰かに苦労を押しつけながらやっていても、長くは続かないよ。繰り返すが、すべてを日本国内で養うのには限界がある。新たな視点でアジアにベースをおいた環境作りが急務になっていくだろう。
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単行本p.262

 ダンサーがきちんと食っていける、新しいダンスが生まれ続ける。そんな社会にするためにはどうすればいいのか。日本のダンスをとりまく環境を見つめ、その課題と対策を訴える、そんな情熱の20ページ。


 というわけで、これ一冊で歴史をおさえ、『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド HYPER』でターゲットを定めれば、あとはチケットを購入してわくわくしながら出かけるだけ。コンテンポラリー・ダンス鑑賞の入門書としても最適な一冊です。



タグ:乗越たかお
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