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『パンと、』(岩佐なを) [読書(小説・詩)]

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デッキでは色白で瓜二つの少年が
興奮ぎみに感動詞を叫んでは
「さむくない」
「さむくないッ」と言い張る
寒いよ。
それから乗船客が少ないのをいいことに
ふたりは決闘を始める
剣をぬくタカシ
掌から特殊光線を発するサトシ
「死ねッ」
頼むから流れ光線(だま)をこちらによこさないでおくれ
放っておいてももうじき死にますから
これから寒さを我慢して君たちと船上に
立っていればふりそそぐ月光も
浴びなくてはならないし
その光だってあなどれない
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『ひかり』より


 菓子パンを食べるとき、まるで桃源郷にいるような、あるいは一足お先に死後の世界にいったような、そんな心地になる。心穏やかに人生を振り返る混入毒素ひかえめ老境詩集。単行本(思潮社)出版は2015年10月です。


 冒頭に様々なパンをテーマにした作品が並んでいます。それも昔ながらの菓子パン。郷愁を誘う香り。食べている間は人生から切り離されるような、その味。


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朽ちたベンチに腰をおろし
コロネを出すと
チョコレートクリームは冷えている
この淡水系にひそむもっとも大きい
巻貝の心もちにひびくように
パンの太いほうから指で揉んで
チョコを先端部へ移動させる
だれしもよくやる愛のしぐさだ
そして先端を嚙む
ひとくち
ふたくち
今またひとつが食い殺されてしまう
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『コロネ』より


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でもアンパンというと
ビニール袋とシンナーと青春を
想いおこすやつもいるんだぜ。
ひろい茶畑を想像しようか
狭山でも八女でも宇治でもいい
その上の青空を颯爽と
きみが飛んでいく
丸いパンの正体は
たいてい円盤なのだよ
たべられます。
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『Aパン』より


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今はあまり見かけなくなった
けれどある店にはある
友だちになれそうでなれない
甘食2ヶを着こんだセーターの下で
横に並べ胸を張ってみても
女性にはなれない
食べもので遊んではいけないから想像だけ
もうこの世では
さしてすることがないから
末期高齢者になったある日
これを紙袋と喉に詰め
甘食号に乗って
次の星まで出かける
恋しに
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『甘食』より


 菓子パンを食べ終えたら、心穏やかに、残り少なくなった人生を見つめます。


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陽の射しこむ机上に置かれた
老婆が枯草の上に立つ白黒写真
あしもとにふせる白い犬
そのわきにふせられた洗面器
やがて旧式な自家用車が迎えに来て
老婆と犬を乗せて往ってしまった
青いラジオを消し
机上も部屋も淋しくなって
陽のぬくもりも除々にあわく
竹ぼうきを携えて
みのむしを見に行くつもり
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『自然光』より


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老いの杜の奥にも陽のあたる
高台があって遠くには記憶をたよりに
想い描ける一番素晴らしい眺めが
展がっている(キモチイイデスヨ)
こころもからだも穏やかにあたたかい
父を箱に入れて母を箱に入れて
やがて自分も箱に入るけれど
しばらくは懐かしい面影を求めたり
この世のせつない情景と交感すべきだろう
季節は優しく「穏やかに流れる」と約束してくれた
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『箱 Take.2 残り時間』より


 年老いてから心穏やかに人生を振り返るようなあたたかい作品が多いのですが、ときどき毒素が混じっていて、気がつかないうちに中毒する恐れがあります。油断は禁物。


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だましてうつ伏せに眠らせておいて
白いふくらはぎへ
とっておきの柳刃包丁を
すっと入れたときのよろこび
などと書いてはいけません
うそならやさしく温かなうそ
見破りやすくも安心な
日記は他者のためのもの
自分だけが解ればいいなんて
無神経なおもいあがり
読み手に失礼ですね
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『日記絵日記』より


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明るくしあわせな自らなど見せぬよう
読み手はほっしません
不自由な表現枠に
がまんできなくなったら
部屋にあやしい植物を連れ込み名づけて育て
葉をつぶしては匂いを嗅ぎ
たとえば
少しはおもてなしのお茶にどくを
入れるように書きます
もう子どもではない受け手の方には
お酒にも質の良いどくを盛り
痙攣していただきましょう
そんなふうに
関係や状況をみすえながら
作り手は一喜一憂などせずに
死んでもいくらか楽しんでいただけるような
こころいきを保ち
日記絵日記
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『日記絵日記』より


 こうしたしびれ毒がひかえめに混入され、それが絶妙な味を作り出します。年老いたということはそれだけ多くの修羅場をくぐってきたわけで、糖質と添加物だけで生きてきたわけではありません。そんな菓子パンのような、甘く穏やかな、癖になる詩集。



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