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『今昔物語(日本文学全集08収録)』(池澤夏樹:編集、福永武彦:翻訳) [読書(小説・詩)]


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 平安時代から鎌倉時代にかけて文学史に残る説話集が集中的に生み出される。まさに「説話集の時代」といえる。和歌も物語もたくさん作られているが、それとは異なる表現の欲求や世界への認識法を人々がもとめていたからであろう。(中略)あらゆるものを呑み込み、自在に表現しうるのが「説話」というスタイルであった。「説話」の再発見によって、文学史がどれほど豊かになり、おもしろくなったことか。汲めどもつきない文学の源泉がここにある。
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単行本p.486


 現代にいたるまで様々な物語が元ネタとして使い続けている“説話集の頂点”。河出版『日本文学全集08』に収録された、福永武彦さんが現代語翻訳した『今昔物語』です。単行本(河出書房新社)出版は2015年9月。


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 人間というもの、いつも欲望に突き動かされて、俗悪で強欲で、性愛の誘惑には弱く、それでいて一身を捨てて他人の幸福を願うこともあり、その生態はまこと雑然とし、混乱・矛盾している。
 説話というのはそのすべてを表現できる形式なのだろう。
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単行本p.502


 自由奔放な想像力、語りのテクニック、そして聴衆の反応によって磨かれてきたであろう、物語の精髄ともいわれる説話集。それが『今昔物語』です。編纂されたのは平安時代末、12世紀前半。千年近く前ですね。

 執念のあまり蛇となった女が若い僧を追ってついに焼き殺してしまう話。美女を抱きたい一心で仏道修行に励んだ僧の話。碁の名人を簡単に打ち負かす謎めいた女の話。始末したはずの子供が生きていて悪事が露呈する話。自分を化かそうとする狐を、騙されたふりをして捕まえようとしたら、相手の方が一枚上手だった話。不思議な幻術を使う老人にまんまと瓜を盗まれてしまう話。謎の女盗賊の一味になった男が、わけの分からないうちに取り残されて呆然とする話。「藪の中」で起きた事件。巨人の死体が流れ着いた話。

 中国古典で、芥川龍之介の小説で、諸星大二郎の漫画で、それから、芝居で、映画で、時代劇で、何度も使われてきた有名ネタがぎっしりと詰まった説話集です。


「人質の女房が力を見せる話」より
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「本来ならきさまを殺してくれるところだが、その女房に傷でもつけたというのならともかく、きさまがいち早く逃げて女房になんということもしなかったから、命ばかりは助けてやろう。それにしてもあの女房は、大きな鹿の角を膝に当てて、あの花車な細腕で枯木のように打ち砕くくらい造作もないのだから、きさまはよくよく命冥加な奴だ」
と言って、その男を逃がしてやった。
 まったくとんだ力持ちの女もあったものだ、という話である。
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単行本p.108


 強盗が女を誘拐する。だが、彼女はスーパーパワーの持ち主だった。周囲の人々が心配するのはむしろ誘拐犯の身の危険。案の定、誘拐犯は泣きながら逃げてくる。そこで「よくよく命冥加な奴だ」と決めゼリフ。今も繰り返し使われている黄金パターンですよね。

 ちなみに仏教説話なので一応ラストに「お説教」はつきますが、省略されていることも多く、またむしろ説教の「無理やり感」が可笑しい話もあります。


「天狗に狂った染殿の后の話」より
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文武百官は目のあたりにこの鬼を見て、恐怖のあまり顫えあがったが、そこに后が、引きつづいて出て来られると、人々の見ている前で、鬼と二人で寝られた。目を覆うようなことをあからさまになさって、鬼が起きたあとから、后もお起きになって御帳のうちにおはいりになった。天皇はどうなさることもできず、嘆き悲しみながらお帰りになった。(中略)たいそう不都合な、差し障りのある話だが、のちの世の人に、法師に近づいてはならないことを教えるために、語り伝えられたものであろう。
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単行本p.97


 最後の「教訓」のこじつけ方が凄くて、そこまで含めての大ウケ鉄板ネタだっただろうということは容易に想像できます。「たいそう不都合な、差し障りのある話」の人気は不滅。

 個人的には、今でいう怪談実話、あるいはオカルト事件記録、のような釈然としない話が好みです。


「寝ている侍を板が圧し殺す話」より
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この板はひらひらと空中を飛んで、二人の侍のほうへ来る。さては鬼か、と気がつくや、二人の侍はすかさず太刀を抜いて、近づいたら切って捨てようと、二人とも片膝つき、太刀の柄を握りしめて待ち受けていると、その板はひらりと方向を転じて、そばの格子のほんの少しばかり隙間の空いているところから、こそこそと中にはいってしまった。(中略)みなみな起き上がって火を点し恐る恐る客殿に近づいてみると、その五位の侍は、平べったく圧しつぶされて殺されていた。板は外へ出た様子もなく、また部屋の中にも見えなかった。人々はこれを知って、ぞっと蒼くなった。
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単行本p.151


「大きな死人が浜にあがる話」より
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たまたま、任期の果てる年の四月ごろ、風が物凄く吹いて海が荒れた晩に、某の郡の東西の浜というところに、大きな死人が打ち寄せられた。
 死人の丈の長さは、五丈あまりもある。(中略)
使いを京にのぼせようとしたが、下についている者たちは、
「もしも報告がお上に届けば、官使がおくだりのうえ、七面倒くさい調査があるのはきまったこと。そのうえ、官使の一行には、たいそうなもてなしをしなければならず、いっそのこと黙って知らぬ顔をしたほうが、都合がいいのじゃないでしょうか?」
と口々に言ったので、守もその気になり、報告は取りやめにしてしまった。
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単行本p.199


 前者は「ひらひら飛ぶ板のような妖怪が、窓の隙間から入ってきて、人を押しつぶして逃げた」という妖怪遭遇譚。後者は巨人(身長15メートル以上)の死体が海岸に打ち上げられるという、いかにも『溺れた巨人』(J・G・バラード)を思わせる「実話」ですが、むしろ事件が隠蔽される経緯がリアル、というか風刺がきいています。



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