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『みんなの少年探偵団』(万城目学、湊かなえ、小路幸也、向井湘吾、藤谷治) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]



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上っ面だけおどろいたようなことをいっちゃって、心の中じゃ、ああ、またか、どうせ二十面相はこんなおかしなところに、おかしな隠れ家を持っているんだ、いつだってそうやっているんだもんな、なんて思ってる。たるんでるんだよ。明智も小林少年も少年探偵団も、おれたちの冒険を書いてるやつも、どいつもこいつもたるんでるんだ。マンネリなんだ!
(中略)
 だからいっぺん、二十面相はやめにして、あいつらにじっくり考えてもらおうと思う。『面白いこと』っていうのは、どうあるべきか? 少年探偵団は、二十面相なしでもやっていけるのか?
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単行本p.208、211


 ああ、なんということでしょう。著作権保護さえも切れてしまうほど長い歳月が流れたにもかかわらず、少年探偵団への憧れを捨てきれない大きいお友だちがいまだあちこちに潜伏し、すきあらば帝都を騒がせんともくろんでいたのです!
 当代の人気作家たち五名がそれぞれのやり方で「怪人二十面相」に挑むオマージュ短篇アンソロジー。単行本(ポプラ社)出版は2014年11月です。

 現代の作家たちが思い入れをぶつけまくる書き下ろしオーマジュ短篇競作。装丁からカバーイラストまで、あの(小学校の図書室にあった)ポプラ社の少年探偵団シリーズそのまま。懐かしさに思わず手が出ますが、さて。

 確かに少年探偵団シリーズは面白かった。しかし、それは子供の頃に読んだからであって、今それを読んで面白いのか。「宇宙怪人、帝都に現る!」と本気で怖がっていた頃の、あの気持ちを取り戻すことが出来るだろうか。

 著者たちもそこは悩んだらしく、原典の味わいを残しつつ大人の読者に馬鹿馬鹿しいと感じさせないようにする、何らかの形で現代と「あの世界」をつなげる、という難題に、それぞれ工夫をこらした答えを出しています。

 というわけで、童心に戻って素直に物語を楽しむもよし、著者の工夫に感心するもよし。かつて少年探偵団と怪人二十面相の戦いに心ときめかせた、もと少年少女の皆さんにお勧めします。


[収録作品]

『永遠』(万城目学)
『少女探偵団』(湊かなえ)
『東京の探偵たち』(小路幸也)
『指数犬』(向井湘吾)
『解散二十面相』(藤谷治)


『永遠』(万城目学)
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これから、ぼくら勉強しよう。こんな楽しいことをぼくらだけで味わうのはもったいない。世の中の人を巻きこんで、みんなに楽しんでもらうんだ。そのためには、もっと勉強して、ぼくらはかしこくならないといけない。
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単行本p.61

 謎めいた祖父のもとに引き取られた双子の少年たち。彼らは盗まれた宝石の隠し場所を示す暗号に挑むことに。あえて「二十面相」や「少年探偵団」を登場させないことで、子供の頃に少年探偵ものを読んだときのわくわく感を蘇らせる短篇。最後に「あの世界」にさらりとリンクさせる手際が見事です。


『少女探偵団』(湊かなえ)
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 おばあちゃんは笑いながら物語を締めくくりましたが、わたしは興奮を抑えることができませんでした。怪人二十面相、予告状、名探偵、お宝、誘拐、ピストル、爆弾……。それまでの人生にまったく縁のない、お話の中にだけ出てくる言葉が次々と飛び出してきたのですから。
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単行本p.106

 「BDバッジ。小林くんがくれたのよ。きみも少年探偵団の仲間だって」
 祖母が古ぼけたバッジを見せながらこっそり語ってくれた、幼い少女だった頃に巻き込まれた不思議な事件。主に少年が活躍する「あの世界」で、怪人二十面相に誘拐された女の子がいかに頑張ったかを描く作品。


『東京の探偵たち』(小路幸也)
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こんなの金のためじゃなきゃできないってのもあるし、金を貰ったってお断りだっていう汚ねぇ仕事もある。
 でもきっと、たぶんだけど。この小林さんはそんなんで仕事をしてるわけじゃないんだろうって気がした。
 金のためじゃないんだ。
 それで稼いで生活するために探偵やってるんじゃない。
 なんかこう、俺はバカだからあまり上手くは言えないけどよ。
 この人はきっと、探偵をやるために生まれたような人なんじゃないか。探偵が職業なんじゃなくて、それが人生なんだきっと。
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単行本p.137

 依頼人を襲ったのは吸血鬼? あまりに非常識な事件に困った調査人に、上司が告げる。そういうときは、この人に相談しなさい、と。
 四十過ぎてまだ探偵として宿敵と戦い続けている小林少年、というか、もと小林少年。「怪人二十面相」も「明智小五郎」も知らない現代の若者に、ちらりと「あの世界」を垣間見せる。あえて詳しく語らないことで憧れや郷愁を感じさせる手口が光る作品。


『指数犬』(向井湘吾)
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ノロちゃんは頭を抱えたくなる。理屈で考えれば、犬が勝手に増えるはずがない。しかし現実に、八匹の犬が目の前にいる。どういうわけか知らないが、この犬たちはどんどん増え続ける。
 大丈夫だろうか? 色とりどりの犬たちを眺めつつ、ノロちゃんは思う。もしもこのままのペースで増え続けたら、とんでもないことになるのではないだろうか。
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単行本p.

 「この犬は、なんと一晩たつと二匹に。二晩で四匹に。どんどん、二倍に増えていくのですよ」 少年探偵団のメンバーが「怪しい老人」から貰った魔法の犬。そんな馬鹿な、と笑っていたものの、ああ、なんということでしょう。それは本当だったのです。
 小林少年にはなれないけど、井上くんやノロちゃんなら、頑張れば(どう頑張るのかは分からないけど)手が届くかも知れない。少年探偵団に憧れる全国の少年たちが目指していた井上一郎くんと野呂一平くんが活躍する「知られざる事件」。多頭飼育崩壊という現代的な問題を「あの世界」に託して語る作品。


『解散二十面相』(藤谷治)
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 ああ、なんということでしょう。今まで警官だと思っていた男たちは、みな、二十面相の手下だったのです。(中略)
 パトカーからおりた二十面相は、まんまと明智探偵たちをあざむいたにもかかわらず、相変わらずカンカンに怒っていました。
「なあにが『ああ、なんということでしょう』だ!」
 とうとう二十面相は、このお話にまでかみついてきました。
「こうなることは、みんな最初からわかっていたんじゃないか!(中略)明智だって小林だって、少年探偵団だって、実は気がついているんだ。おれの話を書いているやつだって、とうぜん最初からわかりきっているんだ! わかって書いてるんだ!」
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単行本p.201

 奇怪な事件をたくらんでは逮捕されるふりだけしてやって、また新たな怪事件を引き起こす。明智や小林や少年探偵団や、それから読者が、ぐるになって楽しむために何でこんな苦労を繰り返さにゃならんのだ。マンネリなんだよ、幼稚なんだよ、うんざりなんだよ。もう止めた、俺は二十面相を止める。解散だ解散!
 「あの世界」にうんざりして引退を決意した怪人二十面相。しかし、ならば「現実」とやらがそんなにリアルで老練でうんざりさせられない世界なのか。いい歳してあの(小学校の図書室にあった)ポプラ社の少年探偵団シリーズそのままの本を見て懐かしさに思わず手を出した読者に指を突きつけつけ、はらはらさせつつ、娯楽小説の存在意義を追求した作品。あるいは、スランプから抜け出そうとあがく作家のお話かも知れませんが。



タグ:万城目学
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