『舵を弾く』(三角みづ紀) [読書(小説・詩)]
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うまく生きることは
狡猾ではないのかもしれない
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『洗礼』より
日々の暮らしを限りなく切実にいとおしくしてしまう詩集。単行本(思潮社)出版は2015年7月です。
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うつくしい抵抗はやめておいて
親切な音は支配するから
からから いう
からから なきながら
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『サーモスタットの町並みが伸びて』より
生活というものを、想像したこともなかった方角から眺めたような、そんな新鮮な驚きを感じる作品が集まっています。
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時折、
じぶんに
あたらしい名前を
つけたくて
逃亡者として移住する
わかっている わたしは
ほんとうはやさしいから
身体の空気を冷たくして
ほんとうは全て憎みたい
あたらしいわたしの人と
春になったら森へ行く
ほら、あの病院の近くの。
あなたが提案したのでしょう。
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『つめたい珪砂』より
個人的には、キメとなる一文の鮮やかさに心をつかまれます。「あなたが提案したのでしょう。」とか。「わたしたちかなしい」とか。「ひとびとは大地を割れない。」とか。「何度でもわたしが満ちる」とか。
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事務的にすりつぶした骨をひどく事務的に知らない海岸線にまいてほしい。わたしが、生前、愛着もなにも持っていなかった名前も知らない海面にまいて、それからひとびとは何事もなく帰宅してお茶やらアルコールやら飲んで、一夜あけたら仕事へでかけるだろう。そのひとびとがしんだとしても驚かないでほしい。毎朝、薬罐を火にかけるような日々であればよい。毎晩、他人をにくんだりあいしたりすればよい。
ひとびとは大地を割れない。
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『この家』より
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騒々しく鳥の鳴く、
満たされることが
ない朝が今朝が今
わからないままに
わかってしまって
満たされることは
こわいから鳴くものは遠のいて
腹をたてながら安堵する
何度でもわたしが満ちる
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『途方に暮れても日々は』より
その、キメの一文に持ってゆくまでの、劇的な、でも妙に理知的な構成を感じる、畳みかけというか、加速感。とてもいい。
いいと言えば、そもそもタイトルからしてぐっとくる作品が多いです。
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逃げたいと願った、
君は失敗した、
わたしも失敗するでしょうねーー
とうとう暮れて
中庭は湿ったまま
ふけても ふたり
地図を描いている
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『宿り木と巣の区別がつかない』より
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だれもいないと
信じて
真夜中に舞う
意識があらゆる
上半身を揺らし
ちっとも根づかない
わたしは かなしい
だれも いなくとも
わたしは かなしい
信じることのできる
わたしたちかなしい
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『木曜日、乞い』より
大半の詩は、しんみり、という読後感であるべき作品のように思えるのですが、なぜか実際には高揚感の方が勝ってしまいます。そこだ、そこで決めの一言が、うああ、キマったああ、みたいな。なんだそれ。私だけでしょうか。誰もがしているのに誰とも違う、生活のような詩集だからでしょうか。
うまく生きることは
狡猾ではないのかもしれない
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『洗礼』より
日々の暮らしを限りなく切実にいとおしくしてしまう詩集。単行本(思潮社)出版は2015年7月です。
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うつくしい抵抗はやめておいて
親切な音は支配するから
からから いう
からから なきながら
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『サーモスタットの町並みが伸びて』より
生活というものを、想像したこともなかった方角から眺めたような、そんな新鮮な驚きを感じる作品が集まっています。
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時折、
じぶんに
あたらしい名前を
つけたくて
逃亡者として移住する
わかっている わたしは
ほんとうはやさしいから
身体の空気を冷たくして
ほんとうは全て憎みたい
あたらしいわたしの人と
春になったら森へ行く
ほら、あの病院の近くの。
あなたが提案したのでしょう。
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『つめたい珪砂』より
個人的には、キメとなる一文の鮮やかさに心をつかまれます。「あなたが提案したのでしょう。」とか。「わたしたちかなしい」とか。「ひとびとは大地を割れない。」とか。「何度でもわたしが満ちる」とか。
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事務的にすりつぶした骨をひどく事務的に知らない海岸線にまいてほしい。わたしが、生前、愛着もなにも持っていなかった名前も知らない海面にまいて、それからひとびとは何事もなく帰宅してお茶やらアルコールやら飲んで、一夜あけたら仕事へでかけるだろう。そのひとびとがしんだとしても驚かないでほしい。毎朝、薬罐を火にかけるような日々であればよい。毎晩、他人をにくんだりあいしたりすればよい。
ひとびとは大地を割れない。
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『この家』より
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騒々しく鳥の鳴く、
満たされることが
ない朝が今朝が今
わからないままに
わかってしまって
満たされることは
こわいから鳴くものは遠のいて
腹をたてながら安堵する
何度でもわたしが満ちる
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『途方に暮れても日々は』より
その、キメの一文に持ってゆくまでの、劇的な、でも妙に理知的な構成を感じる、畳みかけというか、加速感。とてもいい。
いいと言えば、そもそもタイトルからしてぐっとくる作品が多いです。
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逃げたいと願った、
君は失敗した、
わたしも失敗するでしょうねーー
とうとう暮れて
中庭は湿ったまま
ふけても ふたり
地図を描いている
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『宿り木と巣の区別がつかない』より
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だれもいないと
信じて
真夜中に舞う
意識があらゆる
上半身を揺らし
ちっとも根づかない
わたしは かなしい
だれも いなくとも
わたしは かなしい
信じることのできる
わたしたちかなしい
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『木曜日、乞い』より
大半の詩は、しんみり、という読後感であるべき作品のように思えるのですが、なぜか実際には高揚感の方が勝ってしまいます。そこだ、そこで決めの一言が、うああ、キマったああ、みたいな。なんだそれ。私だけでしょうか。誰もがしているのに誰とも違う、生活のような詩集だからでしょうか。
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