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『驚きの皮膚』(傳田光洋) [読書(サイエンス)]

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私はこれまで、個体と環境の境界である皮膚が、現代人類の自己意識や、社会性の形成に果たしてきた役割について考えてきました。そこで、本書では人間社会に存在するシステムについても皮膚科学の立場から考察してみようと思い立ちました。
(中略)
まずは身体システムと、それと環境との境界を成す皮膚が、そもそもどんなもので、どんな能力を持っているのかを捉え直すこと。そしてさまざまなシステム、単純な物理現象から進化論、そして今の私たちがシステムを担う基礎となる文化や言葉の起源、そこまで議論を広げ、私なりに、これからどのような未来が私たちを待っているのか、そこまで空想を広げてゆきたいと考えています。
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Kindle版No.62


 人体最大の臓器、皮膚。それは身体と環境との境界にとどまらず、それ自体が知性や記憶を持ち、私たちの無意識を作り上げている。さらには言語や自意識、文化芸術、そして社会システムまでもが、実は皮膚にその起源を持つのではないか。皮膚科学の第一人者が、様々な知見と実験結果から導き出した刺激的な論考。単行本(講談社)出版は2015年7月、Kindle版配信は2015年9月です。


 『皮膚は考える』『第三の脳』『賢い皮膚』『皮膚感覚と人間の心』など、これまで皮膚科学のフロンティアを紹介してきた著者による最新作。私たちの心は皮膚によって生じている、という仮説をさらに押し進め、社会システムや文化芸術と皮膚との関わり、という壮大なテーマに挑んだ一冊です。全体は7つの章から構成されています。


「第一部 境界に存在する知能」
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単細胞生物、ロボット、そして樟脳のかけら、と、どれも「知能」があるようにふるまう現象を紹介してきましたが、それら、いずれについても「脳」のような中央情報処理機構もなく、プログラムもありません。ただ、それらの「身体表面」と環境との相互作用から、あたかも「知能」があるような動きがもたらされるのです。言い換えれば「境界に知能が存在する」のです。(中略)私は皮膚という、この優れた境界にも「知能」が存在し、それが私たちの判断や行動に影響を及ぼしていることは、明らかだと考えています。
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Kindle版No.207、237

 脳のような中央処理機構なしに見事に行動し、環境にうまく適応して生きている生物、さらにはそれをモデルにしたロボットの研究。そこから、「脳」のような集中処理を必要とするものだけでなく、環境との境界面に薄く広がっているような「知能」の在り方を示します。


「第二部 皮膚について」
「第三部 皮膚の見えざる能力」
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私はこれまでも自著の中で、皮膚について多くを語ってきました。人間の皮膚が、触覚だけでなく、ある意味で、聴いたり、見たり、嗅いだり、味わったり、さらには学習したり、予知したりといった驚くべき多様な感覚を持っているという事実についてです。
(中略)
さて、これから、「皮膚に聴覚がある」だの「視覚もある」だの、とんでもない話を書いていきます。興味深く読んでいただけるような実験やエピソードも、なるべくたくさん紹介したいと思っています
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Kindle版No.410、655

 皮膚に関する基礎知識からはじまり、聴覚、視覚、記憶、知能、予知能力など、これまでの著書でも扱われていた皮膚の知られざる機能が改めて紹介されます。「海外の皮膚科学の研究者の間では「ケラチノサイトに存在する受容体をあれこれ見つけてくる変な研究者」として、多少の知名度があるようです」(Kindle版No.894)という著者が発見した、皮膚の能力には、驚くばかりです。


「第四部 皮膚とこころ」
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人間の皮膚が単なる境界ではなく、環境の情報を感知し、ある程度の情報処理を行い、さらにそれに基づいて、適切な「指令」を全身、そしてこころにまで及ぼしうることが、理解いただけたと思います。私たちは意識することができませんが、これだけの機能を持った皮膚は、人間という生き物のさまざまな面に影響していると考えられます。
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Kindle版No.1086

 「私たちが、手触り、硬さ、柔らかさ、重さ、温度という触覚体験によって、自ら意識しないうちに、他人のイメージ、自分の判断が影響されていること」(Kindle版No.1157)を示す様々な実験結果が紹介され、私たちの無意識はどうやら皮膚情報によって構成されているらしいことが示されます。


「第五部 皮膚がもたらした人間の機能」
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人間は、他の動物にはない特性を持っています。「言語をあやつる」こと、「意識を持つ」こと、そして冒頭で示したような、「さまざまなシステムを生み出す」ことです。私は、これらの特性も、人間の皮膚が、その起源になったのではないかと考えています。
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Kindle版No.1183

 いよいよ本書で新たに示される仮説へと進んでゆきます。言語、自意識、社会システム、それらの起源も皮膚にある、というのです。


「第六部 システムと個人のこれから」
「第七部 芸術と科学について」
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私は、この「システム」の暴走と表裏一体をなしているのが、「意識」だけが人間の認識、判断、行動を担っているとする誤解だと考えています。初めは、より生存を有利にするため、「意識」という脳の現象が生まれました。「意識」がシステムを作る方向へ向かったのも、当初は人間の生存のためでした。しかし現代では、それがむしろ災厄をもたらすものになった。
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Kindle版No.1562

 人が集団を作り維持するためのシステム。もともと個人が生き延びるために必要だったそのシステムが、個人を抑圧するようになり、私たちは様々な疎外に悩み苦しむようになった。それはなぜなのか。これからどうすればいいのか。「意識」の起源というテーマから、この難問に挑んでゆきます。


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 これまで述べてきたように、人間は大きな脳を持ち、そのために複雑な道具や言語や社会組織を作り出してきました。その原点には皮膚感覚の存在が大きな寄与をなしてきたと私は考えています。
 皮膚感覚が意味を保つシステムでは、個人の存在がないがしろにされる可能性は低いでしょう。なぜなら視聴覚情報システムの海に溺れていても、皮膚感覚は、個人を取り戻すきっかけになるからです。皮膚感覚だけは個人から離れて独り歩きすることはないのです。
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Kindle版No.1733


 というわけで、これまでの著書の内容をコンパクトにまとめた上で、さらにその先へと論考を進める最新作。最後の方は、皮膚から離れて思索に耽ってしまった感はありますが、これまでの著作を読んできた方もそうでない方も、基礎から皮膚について知ることが出来る一冊です。特に皮膚科学に馴染みのない方は、皮膚のイメージが刷新されることでしょう。



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