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『食堂つばめ5 食べ放題の街』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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生きることは食べることと直結しているんだよ。それだけ生きる気力があるってこと。君がためらうのは、生き返ることじゃなくて、生きることを怖がっているからじゃないかな?
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文庫版p.73

 生と死の境界にある不思議な「街」。そこにある「食堂つばめ」では、誰もが自分だけの思い出の料理を食べられるという。好評シリーズ第5弾は、家族の呪縛から逃れようと苦闘する女性を描いた長篇です。文庫版(角川書店)出版は2015年5月。


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私はいったいここで何をしているんだろう、と思い至る。「生と死の間の街」で、うどん屋に入ってカレーうどんを食べようとしている。臨死体験としても夢だとしても、変だ。変すぎる。
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文庫版p.29


 臨死体験(というか、食べ放題)の街にやってきた若い娘。積極的に死にたいわけではないものの、かといって生き返りたいという気持ちもあやふや。カレーうどん、抹茶白玉あんみつ、ホットケーキ、という具合に大いに食べ、好きな服を着て、でも、いまひとつ生き返りたいのかどうか自分の気持ちがはっきりしません。


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キクさんの顔は、本当に幸せそうだった。
「抹茶アイスって、人類最高の発明だと思うの」
「それはそうかもしれませんね」
 かわいいなあ。やっぱり百歳には見えないなあ。
「カレーうどんも素晴らしい発明よね」
「そうですね」
「焼きそばパンもいちご大福もそうよね」
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文庫版p.59


 レギュラー勢の食いしん坊パワーに引き込まれるようにして次第に明るい気持ちになってゆく語り手。しかし、彼女の抱えている事情が判明するにつれ、今回は非常に重たい話だということが分かってきます。


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 私は、怒ることをあきらめていた。
 その時、気づいた。私は、生きるのが怖いんじゃない。生きることをあきらめかけている。
 だって何したらいいかわからないし! やりたいこともないし!
 あきらめた方が楽だと、刷り込まれているから。
 私は、やっと心の奥から、怒りを掘り起こしていた。
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文庫版p.145


 というわけで、深刻な事情が正面から扱われます。帯だけ見ると「美味しいものを食べまくる、お気楽食いしん坊ファンタジー」みたいな印象ですが、シリアスな話なので油断しないよう。もちろん後味はさっぱりしているのでご安心。

 なお、今回はデザート的に「あとがき」とボーナスがついています。


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 なんでそんなに食べ放題が好きなのかというと、「食べ放題だから」としか言えないなー。私が食べ物を描写する時に心がけることといえば、「たっぷりの分量」というところです。
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文庫版p.171


 そこかー。


タグ:矢崎存美
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