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『詩はあなたの隣にいる』(井坂洋子) [読書(随筆)]

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 電車の中で、スマホの小さな画面に没頭する(高齢者以外の)ほとんどの人たちの顔を眺めていると、詩は人の生活に、というか、人の生涯にかすりもしないのだと思って暗い気持になる。(中略)
 人はそれほど詩とは無縁のものだろうか。ことばのゲイジュツとしての詩は素通りしてしまうかもしれない。けれども、皆そのおおもとの詩なるものを呼吸して生きている。
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単行本p.231、232

 詩を書くとき、詩人は何を考えているのか。詩を読むとき、読者はどのように読めばいいのか。詩を身近に感じるためのエッセイ集。単行本(筑摩書房)出版は2015年1月です。


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最初はみな、空を見上げて詩を書き始めるものだ。私自身小学生のときは上空にあるもの、そこから降りてくるものばかり詩のモチーフにしていたが、詩人になるということは、低い視線で世間を見るのを決意することだと、いまの私は思っている。
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単行本p.93


 詩についてのエッセイ集。内容は大きく分けて、「詩を書くこと」に関する話題が前半、「詩を読むこと」に関する話題が後半、という構成になっているようです。

 前半では、詩を生み出すのはどんな種類の感情なのか、何が詩の題材となるのか、どんな言葉を選べばいいのか、といった話題が中心となります。


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詩は、自在に言えてしまう器でもある。また、それぞれの書き手が自分なりの語り口や形式を獲得しなければならないため、自分と創作物の間に隙がある。その隙を埋めるために、もっとことばを費やさなければならないような強迫観念にかられる。どこまで言うか、どこで打ち切れば詩が生きるか、書き手は常に頭を悩ませる。短歌の瞬間把握のあり方をうらやましく感じることさえある。
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単行本p.40

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 シニファインやロゴス、形象、変容、遡行といった語をつかう人もいれば、死ね、やだやだ、ごめん、超かわいーと書く人もいる。ひとつの詩を構築する上で、操作する立場にたてば、ことばの火花や千変万化を助長させたり引き締めたりに気を遣うのであって、どんなことばでもよくて、一般的な線引きなど無効だ。とはいっても語に対する好悪の感情は微妙についてまわる。要するに詩語とは、個々の詩人にとっての採択の基準値をあらわすものだと思う。
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単行本p.60

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日常生活を送っている生身のレベルで考えれば、自分一個の身に降りかかった事柄を、世の中のありふれた問題にすりかえる方が手っ取り早い。しかしそこから余ってしまうものがある。そういうことではないのだ、と言っている自分もいる。モヤモヤの詩は、余ってしまう感情や無用な感覚をそっくり受け止めてくれるところがある。
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単行本p.75


 詩人が詩を書くときに、いったい何に悩んだり迷ったり工夫したりしているのか。けっこう意外な発見があります。

 後半は、何人かの高名な詩人の作品を紹介しながら、読者として詩にどのように向きあえばいいのか、という観点で書かれたエッセイが並びます。

 個々の作品紹介も充実しているのですが、個人的に感心したのはむしろ詩人の紹介の巧みさ。


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清子が現代詩の母なら、喜代子は現代詩のおふくろといったところかもしれない。
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単行本p.150

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思うに、光太郎は俗世と厳しく距離をとり、道造は俗世とうまくすれ違ったのではないだろうか。
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単行本p.179


 こんな感じで詩人のイメージを鮮やかに示してくれます。個々の作品をどう読むかという具体的な問題を扱いながら、次第に、そういった詩を読むことで私たちは何に気づくのか、という話題へとシフトしてゆく展開は実にスリリング。


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ボートに乗った「あなた」は、気軽な気持で漕いでいる。次の瞬間、ボートは転覆するかもしれない。助かるかもしれない。天は「あなた」を救うほうへ、湖は「あなた」を襲うほうへ引っ張っている。せめぎ合いの刹那。運命の綱引きだ。その連続体に上に私たちの生活はある。
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単行本p.177

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 日常は常識を強いてくるが、常識まみれになると途端に色褪せる。じつに厄介なしろものである。詩はどっぷり浸かった日常の息苦しさから、少しだけヒトを解き放ってくれる。
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単行本p.187

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自然は常にとどまらず、変化の妙を見せて、存在のからっぽ性をうまくごまかす。生きているこの空間は、ただ物が投げだされているだけのしらけた場ではないとでもいうように、一日は変化し、一年ごとに季節がめぐる。考えてみれば、それはふしぎなからくりだ。
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単行本p.230


 というわけで、読み進むにつれて、詩人や詩作品が身近に感じられるようになる好著。詩作に関するエッセイ集としても、詩の入門書としても、非常に分かりやすく書かれています。国語の教科書を別にすれば詩なんて読んだことがない、という方でも、きっと詩に興味がわいてくることでしょう。


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