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『パイオニア・アノマリー 惑星探査機の謎に迫る』(コンスタンティン・カカエス、翻訳:中村融) [読書(サイエンス)]

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打ち上げから31年後の2003年には、パイオニア10号は、あらゆる計算がそこにいるべきだと告げる場所より20万マイルも手前にいた。“パイオニア変則事象”と呼ばれるようになったこの現象は、その探査機が当時旅した総距離のわずか0.002パーセントにすぎなかったが、いっぽうでは地球の赤道を8周する距離でもあり、地球から月までの距離にほぼ等しくもあった。予測と観測とのこれほど甚だしい不一致は、宇宙についてわれわれが知っている、あるいは知っていると思いこんでいるものを造りなおすポテンシャルを秘めている。
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Kindle版No.58

 深宇宙に向かって飛び続けている探査機パイオニア10号と11号。その両方について観測された変則事象(アノマリー)。探査機に未知の力が働いているのか、それとも私たちが知っている重力理論に何らかの欠陥があるのか。科学界を騒然とさせた「パイオニア・アノマリー」の発見からその解明に至る苦難の道のりを描いたサイエンスノンフィクション。Kindle版配信は2015年4月です。


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太陽に近かったときには、どちらの宇宙機からのデータにも加速は見られなかったが、地球から木星までの距離の2倍前後で現れはじめ、徐々に大きくなって、地球から木星までの距離の3倍----15天文単位(1天文単位、略称AUは地球から太陽までの平均距離)----前後で安定したように思われた。
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Kindle版No.432


 深宇宙に向かって飛び続けているパイオニア探査機が、謎めいた減速(物理的に言うと太陽方向への加速)をしている。しかも両探査機は互いに遠く離れた場所にいて、異なる方向に運動しているにも関わらず、アノマリーは同じ傾向を示している。この報告によって科学界は騒然となりました。これが名高い「パイオニア・アノマリー」です。

 単純な力学に従って運動しているはずの物体が、ごくわずかとは言え、観測誤差を超えた挙動をしている。それはつまり、私たちが理解している重力理論には「太陽系レベルの大きな距離で精密測定して初めて検出されるような」欠陥があるのではないか。多くの理論家が奮い立って、これを説明するような一般相対性理論の「拡張」を提案したのです。


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 アノマリーが現実であってほしいという欲望が高まっていた。「超新星のデータ、銀河の回転曲線など、宇宙全体の変則的な加速が発見されつつある環境では、なおさらだった」とトートはいう。「その環境では、じっさいに太陽系内、つまり手の届く範囲内で、ニュートン的重力からの逸脱を探知できる可能性があるんだ。それはとてつもなく強力な動機だよ」と。
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Kindle版No.941


 もしも一般相対性理論を拡張することで、宇宙の加速膨張や銀河の回転異常、そしてパイオニア・アノマリーを統一的に説明できるなら、そうすれば、あの「ダークエネルギー」やら「ダークマター」やらを、すべて「エーテル」と同じゴミ箱に捨ててしまうことが出来るのではないか。否が応にも期待が高まります。


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もっとデータが必要だった。そして賭け金は大きくなるはずだった。シェファーがわたしにいったように、「きみならどっちがいい----新しい理論を打ち立ててノーベル賞をとり、すべての教科書に名前が載るようになるか、エンジニアリング分析で見過ごされたおかしなものを発見して終わるのとでは?」という賭けなのだ。
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Kindle版No.614


 議論に決着をつけるためには、探査機のデータを精査することが必要ですが、それは一般に思われるほど簡単な仕事ではありませんでした。科学者として業績を積み上げるべき貴重な歳月を、どぶさらいのような地味でしんどく評価されない作業、しかも結局は無駄になるかも知れない作業に費やさなければならないのです。あまりにも過酷な賭けでした。


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実験的な証拠が明瞭なことはめったにない。計器の目盛りは適切に定められているだろうか? データは正しい方法で補正されているだろうか? 観測していると思っているものを本当に観測しているだろうか?
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Kindle版No.226

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データはそう思われているほど確固たるものではない。腐食と損失の危険は絶えずのしかかってくる。テープはもろく、磁気は変わりやすく、フォーマットは忘れられる。
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Kindle版No.1050

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 彼はJPLの自分のオフィスがあるビル内で、頻繁に通りかかる階段の下に放置された大量の磁気テープを見つけた。「わたしはすこしずつ理解していった、これらの箱にはパイオニアに関する興味深い情報がたくさん詰まっていることを」と彼はいう。だが、「データを修復するのに3年以上かかったり、遅々として進まず、苦労の連続になったりする」とは夢にも思わなかった。
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Kindle版No.718


 ダンボール箱に詰め込まれた古いぼろぼろの磁気テープ、古いコンピュータが使っていた誰も覚えていないファイルフォーマット、データ復元作業だけでも困難を極めたのです。


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 文字どおり1ビットまた1ビットと、トゥルィシェフとトートは、できるかぎり完全なドップラー・データのセットを組みあげた。ついに、1979年2月14日から2002年3月3日にいたるパイオニア10号の記録から3万5248のデータ・ポイント、さらにそれ以前、パイオニア10号が木星をスイングバイしたときからのデータ・セットを作りあげた。1980年1月12日から1990年10月1日にいたる丸10年分のパイオニア11号のデータもあり、それには木星と土星への最接近もふくまれていた。当時としてはもっとも徹底的な研究であった2001年の論文とくらべれば、パイオニア10号の場合は2倍近く、パイオニア11号の場合は3倍以上のデータ量だった。
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Kindle版No.789


 復元された個々のデータについて、それぞれ地球の正確な位置と動き、アンテナの角度、太陽風の影響、大気の影響、探査機からの熱放射、そしてソフトのバグなど、徹底的な分析が行われました。「ここには何か未知の現象が起きている」ということを証明するために、その他の可能性を一つ一つ潰してゆく気の遠くなるような検証作業。その粘りと根気には感服する他はありません。しかし、彼らは最後までやり遂げました。それが「科学」という営みなのです。


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「われわれが見つけたのは、われわれをふくめた何人かが期待したよりはるかに平凡なものだ」とトートはいう。「それをだいなしにしたくはない……だが、するしかない。なぜなら、それが----けっきょくは、それが数値の教えるものなのだから」
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Kindle版No.1031


 というわけで、よく語られる大発見のサクセスストーリーとは違って、科学者が日々行っている地道な検証作業に光を当てた好著。これこそが科学、これこそが科学者、という気がします。

 科学者がどれほど「超常現象(アノマリー)」好きか、そして同時に「超常現象かどうか」を突き詰めるために、どれほど努力を惜しまないのか。本書を読めば、「傲慢で独善的な科学者たちは、超常現象を頭から無視する」というオカルト界隈の決まり文句に安易に頷くことは出来なくなるでしょう。


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はじめて会ったとき、わたしはトゥルィシェフのなかに、それ以外にも気高さを見てとっていた。(中略)それはアノマリーという考えをいだき、心のなかで持ちあげ、あらゆる角度から見て……それから元にもどせるトゥルィシェフの能力だった。最後にトゥルィシェフと会ったとき、アノマリーに捧げた歳月を悔いたようすもなく、彼はいった。「それが発見の性質というものだ。だれもがなにかを発見できるわけじゃない」
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Kindle版No.1140


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