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『いつも空をみて』(浅羽佐和子) [読書(小説・詩)]

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ただ青い空だったからお空って青いねってただそれだけで
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ネットでの育児日記に「苦しい」のただ一言が残されて、味のないガムいつまでもかむ
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青空を知らないだろう、ああ男になりたいそれも無能な男
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 育児と仕事に追われるワーキングマザー。その生活実感を真っ直ぐに訴えてくる切迫と怒りと絶望に満ちた歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2014年12月です。


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もうずっと選択の余地のない中で朝晩かけこむ中央快速
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私のキャリアをどうしてくれるのと考えたってあふれる乳汁
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昇進の見送り理由を幼子とするぼろ布のような私
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親が子の将来を決めるわけでなく子が親の将来を決めてゆく
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母のような母になるのか母のようにすればいいのか全て全てが母につながる
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真夜中にレモンをがりりと齧っても私じゃなくて母親のまま
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どんな顔してたらママになれてるかわからないまま二回目の冬
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これでいいよと誰か言ってよ、豆腐屋のらっぱが今日は聞こえてこない
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 実感が伴わないまま、母親になってしまう。子育てのために仕事をやめるわけにはいかず、頑張って育児と仕事を両立させようとする。しかし、社会から手厚くサポートされて当然であるはずのワーキングマザーは、実際には信じられないほど冷淡な扱いを受けています。というより、見捨てられています。


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終バスに閉じ込められて今日あったことの全てにせめられている
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歩道橋わたったとこから前線だフライパンだけで作る夕食
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スプーンを何度もとばすスプーンを何度もひろう たぶん明日も
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寝かしつけくつした一つずつ拾うまいにちまいにちまいにちまいにち
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お布団を何度直しても飛びだす子 どうでもいいと思えたらいい
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今日やるべき仕事と吾子を抱きしめること両方ともできないままで
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やりたいことリストを作って今晩もリスト破いて一日終わる
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今日のこと今日中に整理できぬまま真夜中がきてお風呂に入る
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つうつうと寝息をたてる子の寝顔いとしいけれど何も解決はせず
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あの時は元気ならいいとそれだけでいいと確かに思ったのに
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誘眠剤で眠った夢にくっきりとみた白桃の深い深い傷
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 女性を活用したり、女性が輝いたり、女性がしなやかに美しく私らしく生きているらしい、たいへん結構な国。しかし「仕事と育児の両立」といった当たり前のことすらとうてい出来ないような状況に追いこまれ、それなのに完全無欠な母親・主婦・社会人であることを要求され、不都合があると苛烈に非難され、ひたすら疲弊してゆくワーキングマザーたち。


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よいママはピアノがひけて絵が描けてダンスができてバイリンガルで
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クレヨンをかたづけないことどうしても許せない日あり 折ったクレヨン
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義務感と諦めで行くお迎えの私は何もかもにせめられている
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果てしない遠心力にのみこまれ毎日地面にただはりついている
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連絡帳書けずに終わる連絡帳読めずに終わる、もう先はない
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もろもろを調整するのも諦めて携帯とじたら弛緩する闇
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転がったペットボトルがこの部屋の一部となるのだ五日もすれば
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 近所つきあいも煉獄めいて。


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疑いのないママ友の笑顔たち今朝も私をしめつけにくる
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公園に今日も来ているボスママに挨拶シナリオ読みあげる我
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「ひなちゃんのスコップ汚れていたわ」って二番手ママが教えてくれた
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何かあるたびに父親ではなくて母親が問われるこの公園のなか
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家中の時計がこわい公園のブランコいつまでもゆらし続ける
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ただ青い空だったからお空って青いねってただそれだけで
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 そのとき、育児や家事を対等に分担してしかるべき父親は、いったいどうしているのでしょうか。


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実直なセックスよりも私の一日を聞いてほしいだけなの
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「子どもはさガラスの心臓なんだよ」とすべてわかったような口調で
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子育て孤育て個育て己育て涸育てどれもみんな他人事よね
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子ども、仕事、夫、母、義母、どれもどれも女に生まれなきゃ楽だったのに
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いろいろな理由がつくのだ男とは、例えば髭をそっていたとか
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気づかないふりではなくて本当にわからないんだ父親とは
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こなごなになれば私に気がついてくれるか、無能な男という種
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青空を知らないだろう、ああ男になりたいそれも無能な男
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 尽きない怒りと絶望。そして、悲鳴のような言葉があふれてきます。


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ネットでの育児日記に「苦しい」のただ一言が残されて、味のないガムいつまでもかむ
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どうしてこんなに独りなの、誰も助けてくれないの、ママだから?
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だってだってこの子はこんなにも求めて私を待っていてるよ、こわいよ
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ああこの子も私に嫌われまいとして、私みたいに、たった二歳で
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まわりから閉じ込められた空間でただ息をするこの子と私
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身体中に耳が生えてきて、泣いてない子の泣き声がいつも聞こえて
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鏡という鏡に吾子が映ってて最高の笑顔で「ママ」と言ってくる
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おとといも昨日も今日も明日がくることからのがれることはできない
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 というわけで、読んでいるだけで息がつまり、苦しみが肺を満たすような歌集。

 働く母親の時間貧困、加速する少子化(子供を産めない社会)、根強いジェンダー差別。それぞれに社会問題として冷静に論じる必要はあるでしょう。

 しかし、その前に、数値データや事件報道からは必ずしも想像力が及ばない領域から、真っ直ぐに放たれたリアルな言葉、それを受け止め共感することが大切ではないでしょうか。特に男。それも、私を含めた、無能な男。


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