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『偉大なる失敗 天才科学者たちはどう間違えたか』(マリオ・リヴィオ、千葉敏生:翻訳) [読書(サイエンス)]

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本書で説明している過ちはいずれも、何らかの形で、大発見への橋渡し役を果たした。だからこそ、「偉大なる失敗」と呼んでいるわけだ。科学の進歩というのはふつう、小さなステップの連続だ。そこにときおり、飛躍的な進歩が訪れる。五人の犯した過ちは、科学の進歩をさえぎっていた霧を振り払う、きっかけのような役割を果たしたのである。
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Kindle版No.217

 一流の科学者たちも深刻な間違いを犯している。しかし、それらはしばしば単なる失敗ではなく「偉大なる失敗」と呼ぶべきものになる。これこそが、科学を前進させてゆく原動力なのだ。科学史上に名高い失敗と誤りをとりあげ、科学という営みの本質を明らかにする興奮の科学ノンフィクション。単行本(早川書房)出版は2015年1月、Kindle版配信は2015年2月です。


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 アインシュタインのオリジナルの論文の20パーセント以上には、何らかの間違いが含まれている。途中で何度も間違いを犯しても、最終結果はやはり正しいというケースもいくつかある。多くの場合、これこそ真に偉大な理論家の特徴といえよう。
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Kindle版No.5122


 科学史上に燦然と輝く天才たち。彼らは決して間違いを犯さなかったわけではなく、ときに偉大なる間違いによって科学を前進させてきたのです。本書は、五人の天才科学者を取り上げ、彼らの失敗とその意義について詳しく紹介してくれる一冊です。


チャールズ・ダーウィン
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ダーウィンが遺伝学の初歩的な事実を誤解していたことを考えれば、彼の理論の大部分が正しかったことは、まさに驚きとしか言いようがない。
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Kindle版No.1104


 まず最初の話題は、ダーウィンの時代に知られていた遺伝学を前提にする限り「自然選択」は充分に機能しないはずだ、という意外な事実。

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私は融合遺伝の考え方を採用したことがダーウィンの過ちだとは考えていない。ダーウィンの過ちとは、融合遺伝の仮定のもとでは、彼の自然選択のメカニズムは期待どおりに作用しえないという点を(少なくとも当初は)完全に見落としてしまったことにあるのだ。
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Kindle版No.746

 ダーウィンがこの「完全な見落とし」をしなかったとしたら、もしかしたら『種の起源』は出版されなかったかも知れません。というのも、この「見落とし」は簡単に解決できるものではなかったからです。

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 変異や生存率という現象に対する定量的なアプローチを確立し、ダーウィンの自然選択とメンデルの遺伝学を完璧に融合するという難題が解決するまで、およそ70年の年月を要した。
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Kindle版No.1085

 逆に言うと、ダーウィン進化論は「見落とし」によって生まれ、そして「結果的に」正しかった、ということになるわけです。本書で最初に提示される「偉大なる失敗」に相応しい印象的なエピソードだと言えるでしょう。


ケルヴィン卿(ウィリアム・トムソン)
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ケルヴィンの最大の過ちは、放射性崩壊に気づかなかったことではなく(もちろん、いったん放射性崩壊が発見されたら、それを無視するのは正しいとはいえないが)、ペリーが提唱した地球のマントル内部の対流の可能性を始めのころ無視し、その後も否定しつづけたことなのだ。
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Kindle版No.1849


 地球の年齢を「計算」する。それまで聖書の記述に頼っていたこの問題を、純粋に科学的な課題として取り上げ、その推定値を示したケルヴィン卿。しかし、その結論は2つの要因によって間違っていました。放射性崩壊熱、そしてマントル対流です。

 著者はこう指摘します。結果としての間違いではなく、自らの過ちを認めない態度こそが過ちなのだと。にも関わらず、ケルヴィン卿の挑戦は真に「偉大なる失敗」だと言えるでしょう。

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 ケルヴィンの地球の年齢の計算が過ちだったのは事実だが、私はそれでも、彼の計算は実に見事だと思っている。ケルヴィンは、地質年代学をあいまいな憶測から、物理法則に基づくれっきとした科学へと変えたのだ。
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Kindle版No.1967


ライナス・ポーリング
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皮肉な話だが、へリックスでの大勝利が三重らせんでの大敗北に寄与したことは間違いない。ポーリングは、へリックスの成功をもとに、三重らせんでも同じ成功を再現できると思い込んだのだ。そういう意味では、これは「帰納的推論」の典型例だった。
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Kindle版No.2783


 ワトソンとクリックよりも早くDNAの構造を「発見」したポーリング。しかし、その結論は「三重らせん」だった。なぜ彼は間違えたのか。そして、その間違いはどのように偉大だったのか。

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ポーリングの手法、考え方、そして複雑なタンパク質分子の研究で見せた過去の驚くべき成功が、ワトソンとクリックの刺激や知力の源になったことは確かである。
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Kindle版No.3049


フレッド・ホイル
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ホイルの理論そのものは大胆で、きわめて巧妙であり、当時存在していたあらゆる観測的事実とも一致していた。ホイルの過ちとは、どれだけ自説と対立する証拠を積み上げられても、自分の理論の破綻を認めようとしない、腹立たしいくらいの頑固さと、ビッグバン理論に対しては厳しく定常理論に対しては甘い判断基準にあったといえよう。
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Kindle版No.4133


 生涯に渡ってビッグバン宇宙論を否定し、定常宇宙論を擁護し続けたフレッド・ホイル。偉大なる奇人天才はなぜ定常宇宙に固執したのか、そしてそれが現代宇宙論をどのように前進させていったのか、その壮大な歴史が語られます。

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 かつて、リース卿はホイルについて、「彼の世代でもっともクリエイティブで独創的な天体物理学者」と表現した。私も一介の天体物理学者として、この意見に心から賛成だ。ホイルの理論は、たとえ結局は間違いだとわかったものであっても、常に刺激的であり、間違いなく分野全体を盛り上げ、新しい説の生まれる引き金になった。
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Kindle版No.4258


アルベルト・アインシュタイン
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宇宙定数によって静的宇宙が実現すると考えたのは悔やまれるミスに違いないが、本書で紹介するほど大きな“過ち”には当てはまらないだろう。アインシュタインの本当の過ちとは、宇宙定数を取り去ったことだったのである!
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Kindle版No.5104


 アインシュタインが一般相対性理論の公式に付け加えた宇宙定数。後にそれは取り去られ、さらに本人の死後にまた不死鳥のように蘇ることになりました。静的宇宙から膨張する宇宙へ、加速膨張する宇宙、インフレーション、ダークエネルギー。宇宙論が発展していく上で、アインシュタインの宇宙定数はどのような役割を果たしたのでしょうか。

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 アインシュタイン自身は間違いなく、どちらの種類の誤りも犯したが、彼の比類なき物理的洞察力のおかげで、多くの場合は正しい道を歩んだ。残念ながら、われわれ凡人には、彼のような才能をまねることも、獲得することもできない。
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Kindle版No.5129


 五人の天才科学者の物語はどれも、主題となる「失敗」だけでなく、当時の状況やそこに至るまでの議論、その後の展開など詳しく解説されており、それだけ取り出してもサイエンス本として読みごたえがあります。文章も読みやすい。

 また科学史上の謎や通説(アインシュタインは宇宙定数の導入を「最大の過ち」と本当に言ったのか、ケルヴィン卿の計算結果が正しくなかった主な原因は放射性崩壊熱だという通説は本当か、ルメートルの論文の英訳で「ハッブル定数」を算出した段落を削除した犯人は誰か、など)を自ら徹底調査して真相を明らかにしてゆくくだりは、歴史ミステリを読んでいるような興奮に包まれます。

 というわけで、通読することで「科学の目標は、間違わないことではなく、間違いを正してゆくことだ」ということがよく分かります。間違いを恐れない意志と洞察力、そして間違いを認める勇気と柔軟性、それらが合わさって科学を前進させてゆくのだと。科学者のイメージを大きく変えてくれる、優れたポピュラーサイエンス本です。


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 私が本書で追い、描いてきた五人の人物は、過ちを犯したにもかかわらず、いや、もしかすると犯したからこそ、各々の科学分野の中で革新を巻き起こしただけでなく、非常に優れた知的創造物をも生み出してきた。同じ学問分野の専門家だけをターゲットにした多くの科学研究とは異なり、五人の巨人たちが生み出したものは、科学と一般教養の垣根を越えた。彼らのアイデアの影響は、直接的な意義をもたらした生物学、地質学、物理学、化学のはるか先にまで及んでいる。そういう意味では、ダーウィン、ケルヴィン、ポーリング、ホイル、アインシュタインの研究は、どちらかというと文学、芸術、音楽における功績と性質的に近い。どちらも幅広い知識に影響を及ぼすのだ。
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Kindle版No.5214


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