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『失われた夜の歴史』(ロジャー・イーカーチ、樋口幸子・片柳佐智子・三宅真砂子:翻訳) [読書(教養)]

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電灯やガス灯が普及する以前、人々はまだ弱々しい明かり(蝋燭やランプなど)を手にするだけだった。夜の闇は深く、広大で、そこは昼とはまったく異なる「もう一つの王国」だったのだ。本書は膨大な一次資料を駆使することで、こうした夜の相貌を初めて一貫して浮かび上がらせることに成功した。(中略)読者は本書の数々のエピソードを読み進めるうちに、まるで自身が時空を超えて、近世の闇のただなかに佇んでいるかのような感覚を覚えるに違いない。(中略)そして、私たちの生きているこの眩い光の時代が、どれほどの闇夜の蠢き、畏怖や幻影などを封じ込めてこそ成り立ってきたのかも実感されるに違いない。
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単行本p.510、511

 産業革命前の西ヨーロッパ。人々にとって夜は、昼間とは異なる別世界だった。これまで歴史家にも軽視されがちだった近世の「夜」の生活と文化を活き活きと描き出した労作。単行本(インターシフト)出版は2015年1月です。


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本書は、長年にわたって夜間の活動が過小評価されてきたことに異議を申し立てるだけでなく、あるイギリス詩人が「もう一つの王国」と呼んでいるように、昼間の現実とは大きく異なる、豊かで活気あふれる文化を掘り起こすことを目指している。(中略)本来的に解放と復活の時である夜は、善良な者にも邪悪な者にも、つまり通常の生活における有益な力にも有害な力にも、自由を与えたのだ。
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単行本p.11


 電灯どころかガス灯すらない時代、人々にとって夜はどのような時間だったのか。本書はありとあらゆる膨大な資料をもとに、その具体的な様子を詳細に描き出してゆきます。手紙、回顧録、旅行記、日記、裁判記録、新聞、雑誌、ことわざ辞典、詩、戯曲、小説、バラッド、寓話、説教パンフレット。それらの行間から浮かび上がってくる、近世の「夜」という私たちの想像を絶する異世界。

 全体は四部構成となっています。


「第I部 死の影」
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産業革命前の時代には、夕暮れは危険に満ちているように思われたのだ。近世の世界では、暗闇は、人間や自然、宇宙の最も悪い要素を呼び起こすものだった。(中略)有害な霧が付きまとう不気味な空間、邪悪な霊、自然災害、そして人間の悪行。これらは夜の黙示録に登場する四騎士だった。
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単行本p.24、95

 夜と暗闇に対する恐怖が最初のテーマとなります。第1章では、疫病を運んでくる有害な霧、跳梁跋扈する悪魔や魔女たち、そして事故の危険性について語られます。第2章では、略奪や暴行、そして火事といった、より世俗的な脅威が扱われています。


「第II部 自然界の法則」
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布告や法令は死文化したも同然になっていた。実際、産業革命の到来まで、都市部でも農村地帯でも、夜の時間帯は法の監視を免れていた。カルボニエの優雅な言い回しによれば、「法の空白」である。法は弱く、夜の危険はあまりに大きかったので、当局は地域社会への責任を放棄したのだ。(中略)
結局、夜は当局の管理が及ばない領域であり、法廷も治安官も変えることのできない自然界の法則が支配する世界だったのだ。
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単行本p.134、140

 悪魔や邪悪な霊はともかくとして、少なくとも暴力と犯罪については当局が取り締まるべきではないでしょうか。ところが、実際には、夜は事実上の無法地帯となっており(第3章)、人々は家に閉じ籠もって命と財産を自力で守らなければならず(第4章)、弱々しい蝋燭の明かりだけを頼りに外出することには大きな危険が伴ったのです(第5章)。


「第III部 闇に包まれた領域」
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夜は、さまざまな危険があったにもかかわらず、産業革命前の生活のいかなる時間帯よりも多くの自由を、多くの人々に約束していたのだ。光は純粋な幸福ではなく、暗闇も必ずしも不幸の源ではなかった。(中略)
日が暮れると、日中は禁じられている行動の機会が広がり、条件が整った。夜だけが、人に心の内なる本当の自分を表現することを許した。
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単行本p.231

 これまで説明されてきた危険や恐怖にも関わらず、人々は夜間にも様々な活動を行っていました。多種多様な労働に従事する者もいます(第6章)。酒場での乱痴気騒ぎ、ロマンスや不義密通、結婚前に男女が(親の監視のもとで)肉体関係を持つことなく同じベッドで寝る「バンドリング」の風習、そして読書や瞑想などの自己探求。様々な「夜の活動」について、第7章で詳しく解説されます。

 しきたりや礼儀作法から解放される夜に、王侯貴族たちは何を仕出かしていたか(第8章)。虐げられている下層階級は「見張られていない」夜に何をしていたか(第9章)。

 歴史書では無視されがちな「夜の文化」の幅広さと自由さ(何でもあり感)に圧倒されます。性的逸脱、窃盗、密輸、密猟、売春、暴動、ギャング団の乱暴狼藉、といった刺激的な話題がぎっしり詰まっているこのパートは、本書最大の読み所といって良いでしょう。


「第IV部 私的な世界」
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近世の終わりまでは、西ヨーロッパ人はたいてい毎晩、一時間あまり覚醒したまま静かに過ごす合間をはさんで、まとまった時間の睡眠を二回取っていたのだ。(中略)男も女も、起きようと思わなくても夜中に目覚めることが、誰でもしている当たり前のこととして二回の睡眠に言及していた。(中略)現存する大量の証拠から、睡眠の途中で自然に目が覚めるのは、邪魔が入った結果や睡眠の異常ではなく、いつものことだったのが分かる。
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単行本p.432、433、434

 このパートでは、最も一般的な夜の活動である「睡眠」がテーマとなります。まず睡眠時間や睡眠環境、そして身分を越えてベッドを共有する「ベッド仲間」について(第10章)、続いて近世の眠りが決して安らかではなかった理由として、うつ、悪夢、騒音、寒さ、害虫(ダニやノミ)、寝床の不快さ、といったことが解説されます(第11章)。

 第12章では、産業革命以前は普通のことだったという「分割睡眠」について解説されます。睡眠時間が分割されることでどのような影響があったのか、というより人工照明の登場により睡眠時間が分割されなくなったことでどのようなことが失われたのか、という興味深い話題が語られます。


 通読しているうちに、どんどん近世の「夜」に取り込まれてゆく心地がします。人々が脅え、暴力をふるい、酒を飲んで騒ぎ、乏しい明かりの下で性交や祈祷や読書や労働に勤しんでいる夜。次々と登場する興味深い話題を追っているだけで、実際にその暗闇に包まれているような気持ちになるのです。

 というわけで、歴史書としても非常に興味深い本ですが、何より「夜」の文化を愛する人々にお勧めします。誰もが24時間煌々と照らされた不夜城に住むこの時代に、私たちは何から解放され、同時に何を失ったのかを、省みることが出来る優れた一冊です。


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我々の夢が生み出す想像力に富む世界は、分割睡眠が失われたことでいっそう遠ざかり、それと共に、我々の内面的自己を理解する力も衰えてしまった。(中略)闇がなくなれば、プライバシーや親密さや内省の機会がいっそう少なくなるだろう。そのような明るく照らされた時代になったら、我々は人間にとって不可欠な要素を失うことになるのではないだろうか----永遠と同じくらい貴重なものを。
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単行本p.485


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『いつも空をみて』(浅羽佐和子) [読書(小説・詩)]

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ただ青い空だったからお空って青いねってただそれだけで
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ネットでの育児日記に「苦しい」のただ一言が残されて、味のないガムいつまでもかむ
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青空を知らないだろう、ああ男になりたいそれも無能な男
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 育児と仕事に追われるワーキングマザー。その生活実感を真っ直ぐに訴えてくる切迫と怒りと絶望に満ちた歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2014年12月です。


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もうずっと選択の余地のない中で朝晩かけこむ中央快速
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私のキャリアをどうしてくれるのと考えたってあふれる乳汁
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昇進の見送り理由を幼子とするぼろ布のような私
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親が子の将来を決めるわけでなく子が親の将来を決めてゆく
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母のような母になるのか母のようにすればいいのか全て全てが母につながる
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真夜中にレモンをがりりと齧っても私じゃなくて母親のまま
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どんな顔してたらママになれてるかわからないまま二回目の冬
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これでいいよと誰か言ってよ、豆腐屋のらっぱが今日は聞こえてこない
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 実感が伴わないまま、母親になってしまう。子育てのために仕事をやめるわけにはいかず、頑張って育児と仕事を両立させようとする。しかし、社会から手厚くサポートされて当然であるはずのワーキングマザーは、実際には信じられないほど冷淡な扱いを受けています。というより、見捨てられています。


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終バスに閉じ込められて今日あったことの全てにせめられている
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歩道橋わたったとこから前線だフライパンだけで作る夕食
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スプーンを何度もとばすスプーンを何度もひろう たぶん明日も
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寝かしつけくつした一つずつ拾うまいにちまいにちまいにちまいにち
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お布団を何度直しても飛びだす子 どうでもいいと思えたらいい
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今日やるべき仕事と吾子を抱きしめること両方ともできないままで
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やりたいことリストを作って今晩もリスト破いて一日終わる
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今日のこと今日中に整理できぬまま真夜中がきてお風呂に入る
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つうつうと寝息をたてる子の寝顔いとしいけれど何も解決はせず
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あの時は元気ならいいとそれだけでいいと確かに思ったのに
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誘眠剤で眠った夢にくっきりとみた白桃の深い深い傷
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 女性を活用したり、女性が輝いたり、女性がしなやかに美しく私らしく生きているらしい、たいへん結構な国。しかし「仕事と育児の両立」といった当たり前のことすらとうてい出来ないような状況に追いこまれ、それなのに完全無欠な母親・主婦・社会人であることを要求され、不都合があると苛烈に非難され、ひたすら疲弊してゆくワーキングマザーたち。


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よいママはピアノがひけて絵が描けてダンスができてバイリンガルで
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クレヨンをかたづけないことどうしても許せない日あり 折ったクレヨン
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義務感と諦めで行くお迎えの私は何もかもにせめられている
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果てしない遠心力にのみこまれ毎日地面にただはりついている
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連絡帳書けずに終わる連絡帳読めずに終わる、もう先はない
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もろもろを調整するのも諦めて携帯とじたら弛緩する闇
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転がったペットボトルがこの部屋の一部となるのだ五日もすれば
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 近所つきあいも煉獄めいて。


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疑いのないママ友の笑顔たち今朝も私をしめつけにくる
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公園に今日も来ているボスママに挨拶シナリオ読みあげる我
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「ひなちゃんのスコップ汚れていたわ」って二番手ママが教えてくれた
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何かあるたびに父親ではなくて母親が問われるこの公園のなか
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家中の時計がこわい公園のブランコいつまでもゆらし続ける
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ただ青い空だったからお空って青いねってただそれだけで
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 そのとき、育児や家事を対等に分担してしかるべき父親は、いったいどうしているのでしょうか。


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実直なセックスよりも私の一日を聞いてほしいだけなの
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「子どもはさガラスの心臓なんだよ」とすべてわかったような口調で
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子育て孤育て個育て己育て涸育てどれもみんな他人事よね
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子ども、仕事、夫、母、義母、どれもどれも女に生まれなきゃ楽だったのに
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いろいろな理由がつくのだ男とは、例えば髭をそっていたとか
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気づかないふりではなくて本当にわからないんだ父親とは
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こなごなになれば私に気がついてくれるか、無能な男という種
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青空を知らないだろう、ああ男になりたいそれも無能な男
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 尽きない怒りと絶望。そして、悲鳴のような言葉があふれてきます。


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ネットでの育児日記に「苦しい」のただ一言が残されて、味のないガムいつまでもかむ
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どうしてこんなに独りなの、誰も助けてくれないの、ママだから?
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だってだってこの子はこんなにも求めて私を待っていてるよ、こわいよ
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ああこの子も私に嫌われまいとして、私みたいに、たった二歳で
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まわりから閉じ込められた空間でただ息をするこの子と私
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身体中に耳が生えてきて、泣いてない子の泣き声がいつも聞こえて
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鏡という鏡に吾子が映ってて最高の笑顔で「ママ」と言ってくる
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おとといも昨日も今日も明日がくることからのがれることはできない
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 というわけで、読んでいるだけで息がつまり、苦しみが肺を満たすような歌集。

 働く母親の時間貧困、加速する少子化(子供を産めない社会)、根強いジェンダー差別。それぞれに社会問題として冷静に論じる必要はあるでしょう。

 しかし、その前に、数値データや事件報道からは必ずしも想像力が及ばない領域から、真っ直ぐに放たれたリアルな言葉、それを受け止め共感することが大切ではないでしょうか。特に男。それも、私を含めた、無能な男。


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『化学・意表を突かれる身近な疑問 昆布はなんでダシが海水に溶け出さないの?』(日本化学会) [読書(サイエンス)]

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 ビールのびんは重すぎる……軽いペットボトルにできないんだろうか? ダシをとる昆布って、海の中に生えているとき、ダシが溶け出したりしないんだろうか?

 こんなふうに、「いままで気にしてなかったけど、そう言われてみるとおかしいな……いったいなぜなんだろう?」と思わず意表を突かれる疑問はいろいろありますね。暮らしの中で出合うそうした「なぜ?」のうち、もの=物質=にからむ疑問を集めて謎解きをしてみました。「もの」とくれば化学の世界です。
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Kindle版No.6

 身の回りにある様々な疑問を、化学で説明してくれる一冊。新書版(講談社)出版は2001年7月、Kindle版配信は2015年1月です。


 素朴な疑問とその答えを通じて、化学の面白さや有用性を教えてくれる本です。取り上げられているのは、例えば次のような疑問。


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梅酒をつくるときは、なんで粉砂糖じゃなく氷砂糖を使うの?
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海藻にはヒ素がたくさん入っているっていうのに、なぜ食べて平気なの?
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電気の流れるプラスチックって、なぜそんなものができるの?
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芳香剤と一緒になった消臭剤は、なぜ芳香を消しちゃわないの?
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蛍光灯が古くなると、なぜ端っこに黒いシミができるの?
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フグは猛毒をもつらしいけど、なぜ自分の毒にやられないの?
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リンス入りシャンプーは、なんでシャンプーがリンスを洗い落としてしまわないの?
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梅干しは、すっぱいのになぜアルカリ性食品なの?
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 言われてみれば確かに不思議……、という絶妙なところを突いてくるのがうまい。

 子供の素朴な疑問に両親が答える、という質疑応答形式で書かれています。両親ともに化学の専門知識が豊富すぎて正直リアリティありませんし、専門用語がばしばし出てくる説明を聞いて「ふーん、そういうことかあ」と納得してしまう子供もどうかと。まあ、あくまで形式に過ぎないので、そこに突っ込むのは野暮というものでしょう。

 質疑の内容も面白いのですが、途中で色々と挟まれる雑談がまた面白く、ついつい誰かに話したくなります。


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海産物のヒ素濃度はすごく高くて、アジが海水の1万倍、コンブは5万倍にもなってる。(中略)あれほどに濃縮する理由はわかっていないの。
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Kindle版No.360

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じつは最近わかったんだが、フグ毒は、フグ自身じゃなく、皮膚や内臓に棲みついた細菌がつくるんだ。
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Kindle版No.1023

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〈低コレステロール食品〉を食べたり、卵やイクラをひかえたりしてもほとんど意味はないの。
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Kindle版No.1694


 ほとんどの疑問に対しては客観的に説明していますが、食品や健康に関する(特に疑似科学的な)デマについては、両親ともに割と厳しい態度を示します。


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お父さんも話は聞いてるし、そんな本も出ているらしいが、〈アルカリイオン水〉よりもあやしそうな話だ。なにせ能書きには〈従来の科学では理解しがたい未来科学である……〉なんて書いてあったりする。酸性・アルカリ性食品も、ひところ流行った〈遠赤外線は健康にいい〉もそうだけど、科学っぽい話につい乗ってしまう人が多いんだなあ。
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Kindle版No.1729

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〈成長ホルモンが入ってる〉とか、〈ヒナになりかけの生命パワーがある〉とかいって有精卵を讃える人がいるけど、その成長ホルモンは人間のからだにそのまま使えるわけないし、〈生命パワー〉とくればSFの話だわ。なんとなく〈いいらしい〉っていう思いこみの世界ね。
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Kindle版No.1752


 〈生命パワー〉はSFの話じゃないとは思いますが。それはさておき、化学入門書としても、単に面白豆知識本としても、気楽に読んで「え、そうだったの」という意外な知識が得られる幕の内弁当的な楽しさの一冊です。


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『地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか 太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来』(宮原ひろ子) [読書(サイエンス)]

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 地球の複雑な気候変動や地球史上の未解決の大事件は、どこまで、地球の外=宇宙からの影響で解明できるのでしょうか。宇宙気候学では、そのような問いに答えるため、地球を取り巻く太陽圏環境やそれを支配する太陽の物理、そして太陽圏を取り巻く宇宙環境の変動の解明に取り組んでいます。そして宇宙と地球とをつなぐ宇宙線の役割を解き明かそうとしています。
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単行本p.203

 天候、気温、さらには氷河期のサイクルや生物大絶滅期まで。地球の気候には、太陽の磁場変動、超新星爆発から放出される高エネルギー粒子、銀河系の回転運動など、宇宙規模の環境が大きな影響を与えているのかも知れない。驚愕の発見が相次ぐ「宇宙気候学」の研究を、一般向けに紹介してくれる一冊。単行本(化学同人)出版は2014年8月です。

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 「宇宙気候学」という言葉ができたのはまだごく最近のことです。(中略)
地球が宇宙とつながっていて宇宙からの影響を受けているという視点で地球の変動をとらえようとする試みが本格化したのは、ここ十数年のことです。宇宙がどうやって地球に影響するのか、話はそれほど簡単ではなかったのです。
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単行本p.1

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地球の変動と宇宙現象のつながりを示すデータが数多く得られてきています。それによって、両者の関係性は少しずつ確信へと変わりつつあります。(中略)
 宇宙気候学は、非常に多くの分野にまたがる巨大かつ複雑なジグソーパズルのような分野ですが、宇宙に目を向け、そのピースを少しずつ埋めていくことで地球の未解決の問題がすっきりと解けるかもしれません。本書でその面白さと大いなる可能性に思いを馳せていただけたらと思います。
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単行本p.4、5

 
 地球の気候は「宇宙天気」から大きな影響を受けている。新しい研究分野である宇宙気候学の驚くべき研究内容がたっぷり語られます。

 テーマは、太陽活動の周期から始まって、高エネルギー宇宙線、銀河運動へと進み、「地球はいつまでハビタブルゾーンにいられるか」という問いかけにまで及びます。実際の研究手法は、屋久杉から海底地層、南極の氷、月面地下、探査衛星まで広がります。

 というわけで、最初の話題は太陽活動の変動と地球気候について。


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太陽活動が地球に影響するという考えは、長らくそれほど重要視されることはありませんでした。しかし、2001年、太陽活動が気候の長期的な変動に重大な影響を及ぼしているということを示す決定的なデータが、コロンビア大学のボンドらによって科学雑誌『サイエンス』に発表され、状況は一変しました。北大西洋の海底から採取された地層のコアに残された氷河性堆積物の量が、太陽活動の1000年スケールの変動と非常によく一致していることがわかったのです。
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単行本p.119

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実は17世紀に黒点の観測が始まってすぐの頃、太陽物理学において現在でも解明されていない重大な出来事が起こっていたのです。それが「マウンダー極小期」です。(中略)1645年に始まったこのマウンダー極小期は、1700年頃にようやく終焉の兆しを見せ始め、1715年頃に終わりを迎えます。
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単行本p.28、29


 氷河の増減、つまり地球の平均気温の変動が、太陽活動の変動と連動している。特に顕著なのは、太陽の活動が少なくなる時期(極小期)には地球に小氷期がやってくるという発見です。当然、農作物は打撃を受け、飢饉と寒冷化によって人間の活動にも甚大な影響がありました。


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フランス、ドイツ、フィンランドなどで数十万~数百万単位での死者が報告されています
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単行本p.126

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サクラの開花日の推移をたどり、中世から現代にかけての毎年の気温を復元していますが、小氷期で京都の冬気温が2.5度程度低下していたことが示されています
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単行本p.127

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農業を基盤としていた時代の中国王朝の盛衰が、気候の変動と密接にリンクしていたという興味深い研究結果も報告されています
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単行本p.127

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気候変動と紛争については、最近さらに研究が進み、南米やアフリカ、東南アジアなど、エルニーニョの影響を強く受けやすい地域で、気候の変化にともなって内乱が2倍に増加するという統計も報告されました
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単行本p.128


 ですから研究者は、必死で太陽活動変動、特にマウンダー極小期について調べてきました。老木の年輪に含まれる放射性同位体の変化から始まって、サンゴの年輪や南極の氷、湖の堆積物、地中の温度勾配、さらに古日記などの文献調査から月面地下の温度勾配測定まで、あらゆる手を尽くして、当時の気候データを再現するのです。

 そして今、太陽活動が200年ぶりに顕著な低下を示しています。マウンダー極小期の前に起きていた「太陽周期のずれ」も観測されました。こ、これはもしや……。


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 2007年の春に開催された学会で、ひょっとするとひょっとするかもしれないなどと笑いながら話していたのが、2008年の春の学会ではみなの表情が一変していた記憶があります。
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単行本p.181

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1996年の極小期とそれほど変わらないだろうと予想されていた日射量も、1996年に比べて大きく落ち込んでしまい、2009年には太陽風も観測史上最低レベルになり、そして2010年の初めには、宇宙線の強度が史上最強のレベルに到達しました。それまでの記録をさらに6パーセントも塗り替えるほど急激に宇宙線が増加したのです。これほどまでの太陽活動の低下は誰も予想できていませんでした。
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単行本p.182

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 今後太陽活動がさらに低下することがあれば、一時的ではありますがさまざまな影響が見られるだろうと考えられます。ただし、温室効果ガスの増加や都市化の影響など、人間活動との影響を切り分けるのは非常に難しいといえます。
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単行本p.189


 結局、地球は温暖化するの、それとも寒冷化するの、と、おろおろしてしまいそうですが、そんな単純な問題ではないことはよく理解できます。影響が大きいだけに、地道に研究を続けてゆくことが大切。

 さらに太陽活動が地球に及ぼす影響については、太陽フレアで放出される荷電粒子の影響や、逆に惑星の動きが太陽活動に影響しているのではないかという驚くべき仮説など、様々な研究テーマが紹介されます。そして、話題はさらに広がってゆきます。


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1997年にデンマークのフリス・クリステンセンとスベンスマルクは、銀河宇宙線の変動と地球をおおう雲の量がよく一致しているという驚くべき論文を発表しました。(中略)日射よりも銀河宇宙線の変動に雲の変動が同期しているというものでした。
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単行本p.132


 超新星爆発で発生する銀河宇宙線が、地球の気象に強い影響を与えていた。にわかには信じがたい話ですが、これに刺激を受けた研究者たちは宇宙と地球気象との関係について、次々と新たな発見をしてゆきます。


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全球凍結が発生していた24億~21億年ほど前と8億~6億年前は、天の川銀河がスターバーストを起こしていた時期で、太陽系が暗黒星雲をかすめてもおかしくない状況にあったことがわかります。そのほか、1.4億年ごとに繰り返す寒冷化のタイミングは、太陽系が銀河の腕を通過するタイミングと一致していますし、生物種の数に見られる6000万~7000万年周期という変動は、銀河の中での太陽系のアップダウン運動と関連している可能性が指摘されています。
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単行本p.157


 さらに話題は広がってゆき、地磁気変動と寒冷化の関係を説明する「プルームの冬」仮説(話題作『華竜の宮』(上田早夕里)で全球凍結メカニズムとして使われたのでSF読者にはお馴染み)、恐竜を滅ぼした巨大隕石落下と銀河スターバーストとの関係を示唆する仮説、惑星がハビタブルゾーンに留まっている期間は従来の予想よりはるかに短いのではないかという可能性(これは異星文明との接触がいまだにない「ファクトA」問題にも大きく関連します)など、頭がくらくらするほど刺激的。

 というわけで、最近になって注目を集めている「宇宙気候学」の魅力と、その地味な研究活動の両方をバランスよく紹介してくれる好著です。降雨、気温、経済といった身近なものが、太陽の磁場変動や銀河系の運動に強く影響を受けているかも知れない、という話にびびんと来たらこの一冊。


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地球の中だけに目を向けていたときには必然性がないように見えた地球史上の大事件の究極的な原因は、宇宙の環境の変化にあるのかもしれないのです。(中略)
地球を、銀河系のシステムに組み込まれているひとつの要素という大きな視点でとらえ直すことで、地球でこれまで起こったさまざまな現象の理由が明確に見えてくる可能性がありますし、さらには、今後の地球の変動をより正確に予報できるようになる可能性をも秘めています。
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単行本p.159、203


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『珍しいキノコ御膳 美味しゅうございます。』(珍しいキノコ舞踊団) [ダンス]

2015年3月15日は、夫婦で東京芸術劇場シアターイーストに行って、珍しいキノコ舞踊団の新作を鑑賞しました。伊藤千枝さんを含む三名の振付演出による三本立てで、間に2回の10分休憩をはさんだ2時間公演(公演時間100分)です。


『霧笛』(水先案内人 大野慶人):30分

「もともと美しい彼女たちですので、その美しさから、花というテーマを設けました」(大野慶人)

 5名のキノコダンサーたちがゆっくりと踊る、西洋絵画のように美しい作品。恐ろしく芯のしっかりした、確信に満ちた動きの数々。最後まで途切れることのない緊張感に目を見張ります。衣装も素晴らしい。ダンスカンパニーとしての珍しいキノコ舞踊団の凄さを改めて見せつけてくれる、心震える舞台。個人的には今回の三作品のなかで最も感激しました。


『とっても風流』(家元 天久聖一):40分

「最初に風鈴を吊るした人、茶碗を三回まわした人、庭に石を並べた人の初期衝動を追体験してみたかった」(天久聖一)

 第一部「昆虫VS風鈴」、第二部「スペース茶道」、第三部「石庭の湖」という三部構成の作品。風鈴のかぶりものを装着した伊藤千枝さんの周囲で虫ダンスとか、大小様々な金属製ボウルを床でぐるぐる回して止まったらその上に立つとか、ときどき動く庭石ダンサーに囲まれてチャイコフスキーとか、新しい「超風流」を表現。でも、キノコダンサーたちが踊ると普通にキノコダンスに見えました。楽しい舞台。


『Ms.Dの日常』(親方 伊藤千枝):30分

「キノコ史上初! なんと私が主役ですっ! そうです、私がDさんですっ!」(伊藤千枝)

 Ms.Dに扮した伊藤千枝さんが色々やる演劇風作品。ドッグからドラキュラ、ドラゴンまでDで始まるものがいっぱい出てきますが、やはりキモは「ダンス」と「ドリフ」ではないかと。

 伊藤千枝さんはキュートで魅力的。いくつか含まれているソロダンスシーンも素敵です。個人的には、『世迷い言』(中島みゆき)で踊るシーンがお気に入りで、これと『Wの悲劇』(薬師丸ひろ子)ダンスは、もう何度でも観たい。


出演: 篠崎芽美、矢嶋里美、岡里蓉子、佐々木美和、伊藤千枝、郷志郎


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