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『基準値のからくり 安全はこうして数字になった』(村上道夫、永井孝志、小野恭子、岸本充生) [読書(サイエンス)]

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 基準値が定められたプロセスには、じつに意外なもの、興味深いものが多く、その根拠を知ると、驚かされることがしばしばである。
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Kindle版No.16

 食品の安全性、大気汚染の程度、放射能の危険度。私たちの身の回りにあふれている基準値。それはどのような議論や根拠を元に決められたのか。驚きと意外性に満ちた基準値策定プロセスを、一般向けに詳しく具体的に紹介してくれる一冊。新書版(講談社)出版は2014年6月、Kindle版配信は2014年8月です。


 「基準値」はどうやって決められるのか。個人的に、そういうことを真剣に考えたことがなくて、まあ専門家と関係者が集まって議論して「落とし所」を探った結果なんだろうな、くらいに思っていたわけですが。実際にはそんな単純なものではないことがよく分かる本です。


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 たとえば日本では、20歳未満の飲酒は未成年者飲酒禁止法で禁じられているが、なぜ「20歳」という数字に決まったか、みなさんはご存じだろうか。
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Kindle版No.17


 最初に取り上げられる「基準値」からして、実に意外な根拠で決められているのです。なぜ20歳から成人として扱われるのかというと……。


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 その根拠は、1876年(明治9年)の太政官布告にまでさかのぼる。当時、欧米諸国が21~25歳程度を成年年齢と定めていたのに対し、それらの国の文明・制度に学んでいた日本は、より若い年齢を成年とした。その理由が面白い。欧米人と比べ、日本人が「精神的に成熟している」ことと、「平均寿命が短い」ことから、20歳が成年年齢として採用されたのである。
 飲酒禁止が20歳未満となったのは、この数字が脈々と使われているからであった。
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Kindle版No.27


 というわけで、よく知られている基準値にも、実は根拠がよく判らなかったり、意外な根拠があったり、策定の背後に知られざる苦労があったりする、ということを具体的に教えてくれます。全体は三部構成となっています。


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 第1部(1~5章)は、身近な基準値の代表選手ともいえる飲食物に関する基準値である。ふだん、なにげなく口にしている飲食物のリスクが意外と高い(しかもそれを避けようがない!)ことを知って、ショックを受ける人もいるかもしれない。
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Kindle版No.75

 消費期限と賞味期限の違いから始まって、様々な食品安全性基準、有機水銀や残留農薬の基準、水道水の水質基準、放射能汚染の「暫定基準値」とは何だったのか、メタボ基準の混乱、などが解説されます。

 「がんの原因の3分の1は、普通の食品に天然に含まれている物質であり、それらは野放しになっている」という事実を知れば、人工添加物が基準値をわずかに越えた/越えないと一喜一憂することの意味について考えさせられることに。

 また、基準値は必ずしも科学的・客観的に決められるものではなく、文化や生活習慣とのかねあいを考慮して決められるということがよく分かります。


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 第2部(6~8章)は、環境にまつわる基準値である。大気汚染、原発事故における避難と除染、生態系保全においては、基準値を厳しくすればよいとも限らないし、現実的に厳しくできないというジレンマもある。そのもどかしさや、それでも基準値を設定しなければならない当事者の苦悩を感じとっていただきたい。なかには「達成率0%」という驚くべき基準値もある。
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Kindle版No.77

 大気汚染基準(特にPM2.5規制)、原発事故に関わる「避難の基準値」と「除染の目標値」に数十倍もの乖離がある理由、生態系保全の基準値とは何か、など。基準を策定することの本質的な難しさが分かります。

 政府も地方自治体もみな見て見ぬふりをしているため達成率0パーセントという「大気汚染に係る環境基準」が存在する、ライターの安全基準として「幼児を対象とした着火試験」を義務づけその詳細手順をマニュアル化している米国の事例、などびっくりするような話も多数。


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 第3部(9~10章)は、事故に関する基準値だが、まずは携帯電話を電車の優先席付近で使用してはいけないというルールのもとになった基準値から紹介する。さらに危険物の保安距離に関する基準値、どうしてもリスクをゼロにできない状況で設定された交通安全に関する基準値のあと、高速バスの走行距離について、過半数のドライバーが自信がないと答える基準値(!)が登場する。筆者たちがそうであったように、その算定プロセスを知った読者の多くは驚愕するのではないだろうか。
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Kindle版No.81

 危険物との距離から交通安全まで、事故と社会的利便のバランスが難しい基準が扱われます。確実に失われる人命をどこまで(金に換算して)社会的メリットと釣り合わせるか、という厳しい判断と決断と納得が求められる基準値の大人世界。


 通読して思い知らされるのは、基準値は必ずしも科学的・客観的なものではないこと。基準値そのものより、その基準が「何を意味しているのか」を理解することが重要だということ。さらに基準値は「誰か専門家が決めてくれるもの」ではなく、人々の価値観を反映させた上で社会に受け入れられなければならないものであり、その策定には私たち一人一人が責任を持っている、ということ。


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 安全管理においては、専門的な知見と、市民の感情の両方を組み合わせることが重要である。「受け入れられないリスク」についての議論が不十分なまま、専門的知見に支えられた基準値以下だから安全だ、と説明するだけでは市民の感情・直観を満足させることはできない。
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Kindle版No.169

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 安全やリスクをどのように管理すべきか、という問いは、つきつめれば、どのような環境や暮らしを求めているのか、という価値観の問題になる。さまざまな価値観をどのように、どこまで安全管理に反映させるのか。私たちはどのような世界をめざしているのか。そのような問いを私たちに突きつけたのが、第一原発の事故だったのではないだろうか。基準値設定において前提となる「受け入れられないリスク」には、本来そこまでの考えが求められるはずだ。
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Kindle版No.181


 というわけで、放射能、大気汚染、発ガン性物質、さらにはメタボ検診に至るまで、あの基準値はどうやって決められたのか知りたい方、特定の基準値が日本と海外で大きく違うのが気になる方、どうして外国では「生卵かけご飯」を食べないのか不思議に思っている方、食べ物を床に落としたとき3秒以内に拾えばセーフというのは国際基準なのか知りたい方、などにお勧めします。


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みなさんにはぜひ、自分が基準値を決める立場にいたらどのように決めるだろうか、と考えながら読んでいただきたい。そして、教科書に出てくるような科学のみを学んだ人や、とくに理学を専攻した専門家の方々には、理系的知識のみならず文系的素養も必要とする新しいタイプの科学があることを知っていただきたい。
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Kindle版No.92


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