SSブログ

『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(矢野和男) [読書(サイエンス)]

--------
多くの心理学者が、質問紙に頼るやり方には限界を感じているのが実情だ。センサによって身体の運動から人の心を測ることができれば、これが変わる。継続的に変化を計測できるようになるからだ。そのため、センサで客観計測した人間・組織の大量データには、大きな期待が寄せられている。(中略)
 この研究が進めば、人間行動データに潜む意味をすべて解読することも夢ではない。人の遺伝情報を解読したのは、10年ほど前のことだ。人の行動の解明は、それに負けず劣らず重要だ。
--------
Kindle版No.855、905

 人間の行動には熱力学のような法則がある。幸福は加速度センサで測れる。運の良さはグラフ化できる。ウェアブルセンサで計測した人間行動データから導き出された驚くべき結論をまとめた一冊。単行本(草思社)出版は2014年7月、Kindle版配信は2014年9月です。


--------
 最新の技術を使えば、身体運動や人との面会、位置情報など、人間の24時間の行動をミリ秒単位に計測して、記録できるようになった。著者は、このような計測技術の開発とこれを活用したデータの取得をここ10年行ってきた。
--------
Kindle版No.190


 身体につけてもらうことで、その人の位置、運動、他人との距離などのデータを時系列に記録することが出来る名刺大のウェアブルセンサ。記録された人間行動記録の解析から得られたのは「人間の行動には法則性がある」ということだった。本書ではそんな例が次々と挙げられます。

 まず最初に、腕の運動力(活動量)に関して成立する法則とは。


--------
 ここに示した腕の動きの実験結果はとても不思議で驚くべきものである。(中略)12人の被験者のすべての日のデータがU分布に乗っていた。不思議なので、当然、私のデータも調べてみた。毎日きれいなU分布に乗っていた。(中略)違う仕事を持ち、性別も年齢も異なる人たちが、魔法にかけられたように、同じU分布に従って、24時間、行動している
--------
Kindle版No.264、267、274


 なぜ人間の活動量は、特定の統計的分布則に従っているのでしょうか。その理由を考察した著者は、ついに結論に到達します。


--------
霧がかかったように前が見えない状態が続いたが、最近になってシミュレーションや解析を通して、遂に納得いく答えを見出し、目の前の霧が一気に晴れた。(中略)腕の動きという有限の資源を、優先度の低い時間には温存し、優先度の高い時間に割り当てる、というのが「腕の動きのやりとり」である。(中略)あなたが、腕の動きに関する優先度の調整を無数に行っている証が、右肩下がりのU分布なのだ。この最適化をやめれば、腕の動きの分布は正規分布に近づいていくはずだが、実際にはそのようなことは起こらない。人は毎日、有限の腕の動きという資源を、繰り返し、時々刻々の行動に分配する存在なのだ。
--------
Kindle版No.301、395、398

--------
人間の運動を計測して分布を調べると、その人がどんな「意識」「思い」「感情」「事情」を持っていようとも、必ずU分布になるというのも、この原理の一端である。これは空気中の分子1個1個を制御するのは不可能だが、無数の分子衝突を繰り返す気体の圧力や温度は予測や制御可能であるのと同じだ。(中略)
 人間の活動は熱機関とは異なるが、人間の活動もミクロな要素間の資源分布やエントロピー増大則が、物質の場合と同じ形の法則に支配されているため、人間の活動は熱機関と同じ制約を受ける。(中略)
物質の熱力学と人間活動を対応させれば、熱機関の効率の上限を表すカルノー効率の式を人間の活動にも適用できる。つまり、人間の活動についても効率の上限がある。しかも驚くことに、数学的には、カルノー効率と同じ式が成り立つのだ。
--------
Kindle版No.434、622、640


 人間の行動には一定の法則があり、個々の行動を予測することは出来ないが、集団としての統計的な特徴は予測できる。しかも熱力学と同じ法則によって。

 ハリ・セルダン、心理歴史学、といった言葉が脳裏に浮かぶ驚くべき結論ですが、しかし、著者の研究はさらに先に進みます。次は、行動の変化に関する法則。


--------
 人と対面したり、一人になったりという変化を大量データから解析した結果によれば、再会の確率は最後に会ってからの時間が経過するに従って低下していくのだ。最後にある人に会ってからの時間をTとすると、再会の確率は1/Tに比例して減少していく。(中略)この法則性が、会社幹部でも、新人でも、営業職でも研究者でも成り立つのである。
--------
Kindle版No.1223

--------
最後にその人に会ってから次に会うまでの面会間隔、電子メールを受け取ってから返信するまでの時間、安静状態から活動に転じるまでの時間、動きをともなう行動の持続時間という4つの行動とその時間が、いずれも「1/Tの法則」に従う。これは、このジェネレータが幅広い人間行動において基本的な役割を果たしていることを表している。
--------
Kindle版No.1286


 ある瞬間に人が行動を変化させる確率は、それまでの行動の持続時間に反比例する。つまり、人間が行動を起こすタイミングは(ある範囲内で)微分方程式で表すことが出来る。熱力学に続いて、今度は運動法則の登場です。

 さて、お次は、身体行動だけでなく、内面の動きを測定するという研究。


--------
 さらに重要な発見は、ハピネスと身体活動の総量との関係が強い相関を示しているということ。つまり、人の内面深くにあると思われていたハピネスが、実は、身体的な活動量という外部に見える量として計測されたことになる。したがって、ハピネスは加速度センサによって測れるのである。
 もう一度いおう。幸せは、加速度センサで測れる。
--------
Kindle版No.834


 「幸せは、加速度センサで測れる」という大胆な結論。そして、これを受け入れるなら、身体運動とその相互作用に働きかけることで、社員の幸福度を高め、組織としての成果を向上させることが出来る、というのです。


--------
大量のデータが示すシンプルな結論が浮かび上がる。それは人の身体運動が、まわりの人の身体運動を誘導し、この連鎖により、集団的な身体の動きが生まれる。これにより、積極的な行動のスイッチがオンになり、その結果、社員のハピネスが向上し、生産性が向上する、ということだ。
 コールセンタのような個人プレー中心の業務でも10~20%の生産性向上をもたらし、よりチームプレーが必要な業務では、37%を超える生産性向上が期待できる。より創造性を求められる業務では、300%にも及ぶ効果が期待できる。
--------
Kindle版No.1069


 センサで計測できるのは「幸福」だけではありません。「運の良さ」すらもグラフ化できるというのです。


--------
仕事がうまくいく人(複雑な見積り要求を受けてから回答するまでの時間が平均的に短い人)には、共通の特徴があった。だが、単純にコミュニケーションをとる知り合いの多い人が、仕事がうまくいくかというと、そういう相関があるわけではなかった。(中略)
 実は、この仕事がうまくいく人は、共通して前記の「到達度」が高かったのである。「到達度」とは、自分の知り合いの知り合いまで(2ステップ)含めて何人の人にたどり着けるかであった。(中略)
 ウエアラブルセンサを使うと、この到達度を定量的な数字にできるとともに、運のよさをビジュアルに見ることができる。
--------
Kindle版No.1610


 ウェアブルセンサを用いて計測した大量の人間行動記録、ビッグデータの中からこうした法則を発見してゆくのは、もはや人間には困難です。そこで必要となるのが、自ら仮説を立てる能力を持った解析エンジン、すなわち人工知能です。

 ある店舗における従業員と顧客の動きをすべて記録したデータから、人工知能が予想外の法則を見つけ出した例が示されます。


--------
顧客単価に影響がある、意外な業績要因を人工知能Hは提示した。それは、店内のある特定の場所に従業員がいることであった。この場所を「高感度スポット」と呼ぼう。この高感度スポットに、従業員がたった10秒滞在時間を増やすごとに、そのときに店内にいる顧客の購買金額が平均145円も向上するということをHは定量的に示唆したのだ。(中略)
Hが指摘した高感度スポットに、従業員になるべく多くの時間いてもらうよう依頼したことにより、従業員の滞在時間が1.7倍に増加した。そしてその結果、店全体の顧客単価が15%も向上したのである。
--------
Kindle版No.2145、2153


 なぜそうなるのでしょうか。実は、その因果関係はもはや人間には理解できないのです。


--------
 おもしろいのは、高感度スポットに従業員が滞在することと顧客単価の上昇を結びつける機序が自明ではなく、うまく言葉で説明するのがそう簡単ではないということだ。(中略)このように、実験によって事実が確認された後でも、それがなぜなのかを直観的には説明できないような売上向上要素を、予め人間が仮説として立てることは不可能である。人間には決して立てられない仮説を立てる能力が、人工知能Hにはあるのである。
--------
Kindle版No.2160、2166

--------
大量のデータの全貌を人間が理解することは不可能だ。全貌どころか、その概要すら把握できないのがビッグデータの特徴なのだ。その状態で、人がつくった仮説とは、必然的に、大量データの恩恵を受けていない(無視した)経験と勘に頼ったものになってしまう。多種大量のデータがある問題については、仮説はコンピュータにつくらせる時代になっているのだ。
--------
Kindle版No.2337


 これは人間の知性の敗北なのでしょうか。そうではないと著者は考えています。むしろ今まで人間がやっていた「仮説を立てる」という作業を機械に任せることで、大きな飛躍が可能になるのだと。


--------
 このように、学習するコンピュータの登場により、人間がやるべきこととやるべきでないことが大きく変わる。これは人間と機械との新しい協調関係が生まれる過程と考えるべきだ。学習するマシンに適切な問題を与えることで、人間の問題解決能力は飛躍的に向上する。
--------
Kindle版No.2493

--------
大量のデータを活用して自己の利益を追求するとき、前記の古典的な「見えざる手」を超える、新たな「データの見えざる手」の導きが生まれるのだ。ビッグデータを使って自己の利益を追求すればするほど、見えないところで、「データの見えざる手」により社会に豊かさが生み出される。これにより、人の「共感」や「ハピネス」など、これまで経済価値とは直接関係なかったことが経済価値と結びつく。(中略)これまでとかく対立するものと考えられがちだった「経済性の追求」と「人間らしい充実感の追求」であるが、データとコンピュータが両者を結びつけたのだ。
--------
Kindle版No.2528、2535


 というわけで、ウェァブルセンサを使った人間行動データの解析という研究からぽんぽん飛び出してくる驚くような結論やビジョンを提示してくれる興奮の一冊。

 読み物としては面白いものの、話の展開や結論の出し方はかなり強引で、個人的にはいまひとつ説得力に欠けていると思うのですが、ともあれウェアブルセンサとビッグデータ解析の結びつきには大きな可能性がある、ということは確か。より大規模な形で追試や検証が進むことを期待したいと思います。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: