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『機龍警察 火宅』(月村了衛) [読書(SF)]

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「さあな、それこそ特捜部最大の謎なんじゃないか」
「ウチには〈最大の謎〉が一体いくつあるんだよ」
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Kindle版No.2068

 戦闘メカアクションと重厚な警察小説を見事に融合させ、SF、ミステリ、警察小説、冒険活劇、どのジャンルの読者も満足させる人気シリーズ『機龍警察』、その短篇集第一弾。単行本(早川書房)出版は、2014年12月、Kindle版配信は2015年1月です。


 凶悪化の一途をたどる機甲兵装(軍用パワードスーツ)犯罪に対抗するために特設された、刑事部・公安部などいずれの部局にも属さない、専従捜査員と突入要員を擁する警視庁特捜部SIPD(ポリス・ドラグーン)。通称「機龍警察」。

 龍機兵(ドラグーン)と呼ばれる三体の次世代機を駆使する特捜部は、元テロリストやプロの傭兵など警察組織と馴染まないメンバーをも積極的に雇用し、もはや軍事作戦やテロと区別のなくなった凶悪犯罪に立ち向かう。だがそれゆえに既存の警察組織とは極端に折り合いが悪く、むしろ目の敵とされていた……。

 本書はこれまでに発表された『機龍警察』シリーズ長篇四作を補完する短篇集です。長篇では脇役になりがちな人物にもスポットライトが当てられ、警視庁特捜部の存在感がぐっと増しています。

 特に、龍機兵(ドラグーン)パイロットたちや沖津部長などアニメ的キャラクターの強烈な「浮力」に対抗して、由起谷主任や宮近理事官など物語を地道な警察小説へとつなぎ止めている登場人物たちが主役となるのが嬉しい。


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「特捜部のメンバーは皆私が選びに選び抜いた面々だ。その中で特に捜査主任には君と由起谷君を据えた。私でも自画自賛したくなるときはあるものだね」
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Kindle版No.2824


『火宅』
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 ――よく聞き、よく見ろ。捜査はそれに尽きるんだ。どんなときでも耳と目をよく使え。頭は放っておいても耳と目についてくる。
 高木の教えは今も由起谷の血肉となっている。彼は由起谷が範とする人物であった。
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Kindle版No.61

 警察組織の中でも数少ない、由起谷が尊敬する先輩。死の床にある彼の見舞いに訪れた由起谷は、ふと小さな違和感を覚える。どんなときでも耳と目をよく使え。その教えが、由起谷にある重大な事実を教える。

 『沙弥』と合わせて読むことで、由起谷志郎が警察組織のなかで抱えている葛藤がよく理解できるようになります。そして彼が特捜部に対して抱いている思いも。

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警察の中にあって、警察組織のしがらみを脱しようとする特捜部創設の意図など、この状況下でいくら説明したところで理解が得られるはずもない。警察の改革に己自身の変革を仮託する由起谷の覚悟も。
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Kindle版No.228


『焼相』
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 人質を危険に晒さず、外界と隔絶した二階ホールにいる主犯を一瞬で無力化し、同時に一階ロビーの共犯を制圧する。
 一見不可能とも思えるこのオペレーションを可能にする方法は果たしてあるのか。
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Kindle版No.491

 機甲兵装に身を包んだ凶悪犯二名が、子供たちを人質にとって立て籠もるという事件が発生。人質の安全を確保するためには、離れた階にいる犯人たちを、爆破スイッチを押す余裕を与えることなく瞬時かつ同時に無力化しなければならない。それを可能とする手段が一つだけあった。そして、それを実行できるのはライザだけだった。

 テロで家族を奪われた技術班主任の緑、大規模テロの遂行により妹を手にかけてしまったライザ。二人の間にある緊張感と奇妙な共感が印象的な作品です。

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 ライザ・ラードナーとはやはり〈死神〉なのだと思う。そしてその〈死神〉にふさわしい、格好の大鎌を与えた己を嫌悪する。
 その鎌は人の目に見えないだけでなく、壁や柱をすり抜けどこまでも伸びて、灼熱の刃で罪人の魂を燃やし尽くすのだ――
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Kindle版No.655


『輪廻』
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 この世の地獄を見たはずの人間が、地獄より巡り還って同じ蛮行を見知らぬ少年に繰り返す。無限に続く暗黒だ。
 男は確かに暗黒の世界からやってきたのだ。
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Kindle版No.904

 アフリカの軍事組織のメンバーが合法的に日本に入国。身辺を張っていた特捜部は、男が医療機器メーカーと接触していることを確認する。法的には何の問題もない取引。しかし、その背後には恐るべき闇が存在した。

 現実にも大きな国際問題となっている少年兵。この忌まわしい事態が、機甲兵装の登場によってどのように悪化するかを扱います。そして、その一端が明らかにされる姿俊之の過去。後の長篇でクローズアップされる懸念が、読者の心に撒かれます。

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 言われるまでもないはずだった。それが機甲兵装による現代の戦争だ。どうして誰も考えが及ばなかったのだろう。姿は子供を殺している。戦場で。
 飄々とした口調のせいで、彼が内心に抱いている煩悶の程度は分からない。魂を焼くような懊悩か、それともとうの昔に単なる仕事と割り切ったか。
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Kindle版No.890


『済度』
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自分はこの世でもう誰とも縁はない。気まぐれから見知らぬ二人を救ったなどと考えることさえ思い上がりで、自分は生きて此岸に取り残されただけの亡者だ。
 分かっていた。自分がどこで何を為そうと、この身だけは救われない。また自分が求めているのは救いではない。最高の罰だ。
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Kindle版No.1132

 自らの手で妹を殺めてしまったライザ・ラードナー。組織を裏切り、次々と襲ってくる刺客を返り討ちにし続ける彼女が求めるものは、ただ自分の死に場所だけだった。そんなライザが自分と似た境遇にある姉妹のことを知ったとき、彼女は自分でも理解できないまま、一つの決心をする。

 ハードボイルド調に進む物語ですが、要注目はライザと沖津の出会いが書かれていること。甘言にのって「悪魔との契約」にサインするライザ。彼女はこの手の男の誘惑に簡単に引っ掛かり過ぎだと思う。

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 契約書の文面にもう一度目を通す。文言の一つ一つが、自分を誘惑しているようにさえ思えた。
 想像したこともなかった。こんな〈罰〉があったとは。およそ考え得る最高の名目。自らに死という名の解放を与えるための。
 この申し出を拒否する理由が自分にはあるか――ない。
 書類から顔を上げたライザは、ただ無言で沖津を見た。
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Kindle版No.1171


『雪娘』
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中央環状線の道路上から見える荒川河川敷の白く静まり返った風景に、遠い故郷を思い出した。
 雪の下にはいろんなものが隠されている。記憶の底に吹き溜まる醜悪な事共まで思い出し、朝から憂鬱な気分になった。
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Kindle版No.1182

 雪の日。ある殺人事件の現場を訪れたユーリ・オズノフ警部は、かつてロシア警察に勤務していた頃に出会った事件のことを思い出す。どちらの現場にも、同じ印象を与える幼い娘がいたのだ。

 龍機兵パイロットでありながら元ロシア警察の警官という、色々な意味で中間にいるユーリが主役となる一篇です。

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『スネグーラチカ』――雪から作られ、愛を知らず、夏の日差しに溶けるさだめの雪娘。
 子供の頃に聞かされた古い民話が、幻想のあわいから突如具現化したようだった。
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Kindle版No.1275


『沙弥』
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 際限なく湧いてくる憎悪。怒り。破壊の衝動。この海もこの街も、白く厚い何かで覆われて、自分はずっと抜け出せない。何もかもが分からない。何もかもが狂おしい。
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Kindle版No.1507

 母親と、そして親友までも失って絶望する若き日の由起谷志郎。しかし彼は、これまで軽蔑し敵視していた警察官にも、尊敬に値する人物が確かにいることを知る。
 「俺はな、警官になりたい思うとるんよ」
 親友が残した言葉が、由起谷の心の中に静かに根を下ろしてゆく。

 荒れていた由起谷志郎の不良少年時代をえがき、彼の警察組織に対する複雑な思いを伝える作品。

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「福本や俺みとうなんでも、警官になれますか」
 叔父の鞄を手渡しながら、志郎は遠慮がちに訊いていた。
「なんじゃおまえ、警察官になりたいんか」
 列車に乗り込んだ叔父が少し驚いたように振り返った。
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Kindle版No.1777


『勤行』
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「……そういうわけで、明日までにメモ出しをやってもらいたい」
 呆然とした。
 国会答弁の作成。確かに特捜部の編成では理事官である自分達二人の仕事となるが、それにしても――
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Kindle版No.1844

 最近、あまりにも立て続けに「日本を揺るがす未曾有の大事件」が起こりすぎではないか(それは読者としてもそう思う)。国会における厳しい追求をかわすべく、答弁書の作成(メモ出し)が現場である特捜部に丸投げされる。この無茶ぶりに、城木理事官と宮近理事官は振り回されるのだった。

 特捜部の事務方、エリート官僚である宮近浩二理事官が主役となる作品。本書収録作中、唯一のコメディといってよく、長篇に登場する緊迫した現場の背後で官僚コンビがどのように仕事をしているかを伝えてくれます。

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 現場には現場の仕事があり、官僚には官僚の仕事がある。当然であった。事件の推移に関係なく、メモ出しを進めておかなければ、国会答弁ができなくなる。国家公安委員長を国会で立ち往生させるわけにはいかない。
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Kindle版No.2003


『化生』
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 切れすぎる部長の策が周囲の凡人の目に強引と映るのは毎度のことだが、それでもどこかスマートさを感じさせるのが常だった。今回はやはりいつもの沖津らしくない。
 普段は優雅にシガリロを燻らせているこの上司が、ここまで執着する研究内容とは一体なんなのか。
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Kindle版No.2661

 特捜部とは何かと因縁のある、かの中国企業が、あるハイテク企業に接触していることが判明。その報告を受けた沖津部長は、あまりにも強引な手段で研究内容を特捜部で確保するよう命じる。その背後には、特捜部の存在意義に関わる重大な秘密があった。

 特捜部や龍機兵に隠された秘密をほのめかしつつ、将来展開をちらりとかいま見せる最新短篇。次第に近付いてくる物語の終幕。早く次の長篇を読みたい、という気持ちが盛り上がります。

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「あと五年、そう思っていたのが甘かったんだ。〈そのとき〉はもっと早くやってくる。認めたくはなかったが、今回の事案で確信したよ(中略)一年の差は計り知れないほど大きな意味を持つ。我々は龍機兵のアドバンテージをできるだけ維持しなければならない。〈そのとき〉のためにね」
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Kindle版No.2803、2811


タグ:月村了衛
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