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『ナノカーボンの科学 セレンディピティーから始まった大発見の物語』(篠原久典) [読書(サイエンス)]

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 まったく不思議なことだが、一見関連がないような分野の研究者が未知の分野の研究者と交流することによって共同研究が自然とおこなわれ、大発見に導かれる。しかも、ナノカーボンでの大発見はすべてセレンディピティー(偶然の発見)だった。(中略)
それは、物質科学における世紀の大発見が、分子分光学、天文学と宇宙物理学の研究途上で起こった異色のセレンディピティーであった。
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Kindle版No.34、2182

 フラーレン、そしてカーボンナノチューブ。ナノテクノロジー時代を切り拓いた世紀の大発見は、異分野の研究者たちの出会いが引き起こしたセレンディピティだった。ナノカーボン研究史の背後にあった熱いドラマと興奮を、専門家が生き生きと伝えてくれる一冊。新書版(講談社)出版は2007年8月、Kindle版配信は2015年1月です。


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セレンディピティは、失敗してもそこから見落としせずに学び取ることができれば成功に結びつくという、一種のサクセスストーリーとして、また科学的な大発見をより身近なものとして説明するためのエピソードの一つとして語られることが多い。
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Wikipedia日本語版『自然科学におけるセレンディピティ』より


 フラーレンやカーボンナノチューブなどナノカーボン物質についてのサイエンス本ですが、これらの物性や応用について詳しく書かれているわけではありません。むしろ、これらナノカーボンがどのようにして発見されたのか、関わった研究者たちのドラマに焦点が当てられており、そういう意味では科学史の本といってよいかも知れません。本書の中核となる概念は、セレンディピティです。


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クロトーの星間分子の研究と、スモーリーのクラスターの分光学という、まったく異分野の共同研究からC60は偶然に発見された。(中略)
 科学上の大きな発見はセレンディピティーによるものが多いが、クロトーとスモーリーの分子の発見もその典型的な例である。ただ、大切なことは、二人が当時もっていた高い学問的な専門性と世界最先端の実験技術が(偶然とはいえ)C60の発見には不可欠であったことである。セレンディピティーは、じつは、偶然ではなく必然なのかもしれない。
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Kindle版No.482、493


 天文学とクラスター分光学という異なる分野の研究者の出会いから偶然に、あるいは必然的に、C60フラーレンという新しい炭素クラスタが発見された経緯が詳しく解説されます。そもそも彼らは何を調べようとしていたのか。なぜC60に気づいたのか。そして、C60分子の構造解明に至るまでの道のり。

 しかし、フラーレンの研究が本格化するためには、サンプルが大量に(すなわち安価に)手に入ることが必要でした。


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 研究の熱も一段落しはじめた1990年の夏、ドイツとアメリカの共同研究グループがC60の多量合成に成功したというニュースが全世界を駆けめぐった。クレッチマーとハフマンのグループである。C60研究とはかけ離れた天体物理学の研究者が偶然にも、C60の多量合成法を発見した。ナノカーボン研究における、第二の大きなセレンディピティーである。
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Kindle版No.604


 この大発見が引き起こした興奮を、著者は次のように一人称で、当事者の立場から生き生きと描写してくれます。


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私はしばらくなにが起こっているのかわからず、呆然としていた。スモーリーは独特の含み笑いを私に見せながら、
「ノリ(私のニックネーム)、このスライドの右下についている、黒い粉末がなんだかわかるか?」
 と尋ねた。スライドの右下を見ると黒っぽい粉末がつけられていた。
「わからないかい? C60の粉末だよ」
 その瞬間、衝撃が私の全身を駆けめぐった。(中略)
50年、いや100年に一度あるかないかの大発見だ! 物質科学にまったく新しい潮流が押し寄せてきていた。(中略)その後のナノカーボン(フラーレン、カーボンナノチューブ、ナノピーポッド)研究、さらにはナノテクノロジー研究のすべてのはじまりであった。
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Kindle版No.990、998、1064


 こうして本格化したフラーレン研究は、次々と重大な成果を出してゆきます。超伝導フラーレン、金属内包フラーレン。怒濤の論文ラッシュが続きます。


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 ベル研究所の超伝導の発見により、世界中のフラーレン研究者が今まで以上に加速して、フラーレン研究へ邁進していった。
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Kindle版No.1318

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 金属内包フラーレンは、フラーレン研究のなかで最も興味深い研究分野になりつつあった。それは、金属原子をたった1個でも内包すると、フラーレンの電子構造が大きく変化することがわかってきたからである。
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Kindle版No.1488

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 しかし、ナノカーボンのドラマはまだ終わらなかった。いや、思いもしない、さらに大きな予想もできなかった展開がわれわれを待ち受けていた。
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Kindle版No.1684


 そして次なる大きなセレンディピティ。それは、飯島澄男によるカーボンナノチューブの発見でした。


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 そのとき飯島の目に入ったのは、齋藤弥八の学生が実験室に残していった、あの奇妙な陰極堆積物だった。(中略)飯島はフラーレンのススには目もくれず、何個かの陰極堆積物を安藤の了解をもらってNEC基礎研究所へもち帰ることにした。(中略)飯島のカーボンナノチューブの発見も、フラーレンの発見と多量合成法の発見がそうであったように、セレンディピティーであった。
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Kindle版No.1764、1785


 フラーレン合成の際に陰極付近に残る汚れ。誰もが目もくれずそのまま洗浄していたその奇妙な汚れが気になり、研究所に持ち帰って分析してみたところ……。そう、それがカーボンナノチューブの発見につながりました。


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 科学上の大きな発見は、しばしば、複数の独立の研究グループによってほぼ同時期におこなわれる、といわれる。考えてみれば非常に不思議なことであるが、単層カーボンナノチューブの発見も、まさにそのような発見であった。(中略)
ベチューンらの単層カーボンナノチューブの発見は、コバルト内包フラーレン生成の試みが生んだ、またしても、セレンディピティーであった。
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Kindle版No.1962、1989


 もうセレンディピティ大盤振る舞いという観がありますが、単層カーボンナノチューブもまたそうして偶然に発見されたのです。続いてその大量合成法の発見。その応用範囲と可能性の広大さから、カーボンナノチューブは、ナノテクノロジーを象徴する物質として注目を集めます。


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高い収率で単層カーボンナノチューブが合成されるにいたって、カーボンナノチューブは物理、化学、材料科学、エレクトロニクス、バイオなど多分野の研究者の興味を急速にとらえていった。
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Kindle版No.2007

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 多層カーボンナノチューブから単層カーボンナノチューブへと、フラーレンに次ぐ新しいナノカーボンがつぎつぎに発見されたが、発見物語はまだまだ終わらなかった。スモーリーの研究グループがレーザー蒸発法で高収率の単層カーボンナノチューブの合成法を報告した2年後の1998年、フラーレンを内包した単層カーボンナノチューブ(ピーポッドとよばれている)が、またしても、偶然に発見されたのだ。
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Kindle版No.2080


 フラーレンとカーボンナノチューブを合体させた「ピーポッド」の発見へ。


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 10個程度の丸いボールがきれいに一列に、カーボンナノチューブのなかで整列している。丸いボールの直径を測ると、ちょうど1ナノメートルであった。これはC60の直径に等しい。C60分子がどのようにしてカーボンナノチューブのなかに入ったのかはわからないが、フラーレンとカーボンナノチューブが融合した最初のハイブリッド物質である! ナノカーボン物質としてはまさに驚くべき夢の物質である。
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Kindle版No.2091

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内径1ナノメートルの単層カーボンナノチューブに、外径1ナノメートルのC60分子をきれいに、しかも高収率で1次元に整列させる。ちょっと考えても、どんなナノテクノロジーを駆使しても不可能なように思えた。これを実現するには、高価な装置を用いる究極のナノテクノロジーしかない、と思っていた。
 ところが2000年になって、日本の2つのグループが、非常に簡単な方法でC60ピーポッドが合成できることを発見した。
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Kindle版No.2127


 というわけで、ナノカーボン研究の歴史を「異なる分野の研究者の出会いから偶然の大発見が生まれ、世界中の研究者が注目することで次の大発見が生まれ……」というセレンディピティのサイクルが回った事例として描き出した本です。自然科学系の研究者なら誰もが胸を熱くするであろう世紀の大発見の経緯と内幕を、現場から伝えてくれます。


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科学者一人一人の独創力と執念(と幸運)でおこなうことのできる大きなブレークスルーが、20世紀の最後でも存在することを証明したのが、フラーレンとカーボンナノチューブの発見である。
 このような個人レベルでの発見ほど、科学者を奮い立たせ、研究に没頭させるものはない。科学者を虜にするのは個人レベルでの疑問と発見である。
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Kindle版No.2182、2197



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