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『台湾旅ノート Taiwan Sketch Journal』(おおのきよみ) [読書(随筆)]

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スケッチは普通の風景を特別な場所に変えてくれる。普段見落としていたものを教えてくれる。私にとって海外でのスケッチは旅行をより楽しむための行為であり、様々なことを教えてもらえる勉強の場でもある。
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単行本p.84

 絵と短文でつづられた台湾旅行スケッチ。色彩豊かな絵から、落書きのような小さなイラストまで、短文を添えながら、台湾で出会った様々な風景やものが描かれています。単行本(JTBパブリッシング)出版は2015年1月です。


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私は絵を描きながら旅をしています。
旅行中はいつでもスケッチブックと一冊のノートを持ち歩きます。
絵を描く過程で感じたことや気がついたことを書き記すためです。
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単行本p.5


 2008年から2014年までの間、著者が台湾各地を旅行しながら記してきた旅ノートを再構成した一冊。様々な絵(イラスト)と短文が臨場感たっぷりに掲載されています。


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松山空港は ゆでた小豆の香りがする.
(イラスト)SUBWAYの看板を前に、「あー 台湾の香りー!!」
サブウェイ、台湾のごはんじゃないけどね……
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単行本p.10


 あー、あるある、と頷いてしまう読者も多いんじゃないでしょうか。ガイドブックではなく著者が実際に歩いてその場で書き残したノートを再構成したものなので、紹介というより体験共有。実際、読んでいるだけで、同じまたは似たような風景の中にいたときの思い出がありありと蘇ってきます。


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どこへ行っても意識的に風景を色から見るようになった。私はこの風景の何色に魅かれているんだろう? とじっと見ていると、そこに様々な色が入っているのがぽつりぽつりと見えてくる。それは思いがけない混色だったりするので、絵の具の名前をスケッチブックの片隅にメモしておく。まさに風景が教科書だ。
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単行本p.66


 色彩は本当に素晴らしく、台湾の街角の空気を見事にとらえています。個人的なお気に入りは、「不思議でなぜか懐かしい夜の異界感」が再現されている絵の数々。

 台湾色見本(単行本p.68)と題して、台湾の風景に見つけた色を、絵の具で再現した色見本が収録されています。「木瓜」「芋園」「トタン屋根」「文山包種茶」といったものから、「金山南路二段203巷」「夜の吉林路」「廟のランタン」「中華郵政」まで、台湾の“色”がびっしり。感涙ものです。

 同じように旅ノートをつけようと思った読者のために、絵の描き方も教えてくれます。


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かき氷を描いてみる
1. 丸でお皿を描く.
2. 丸や楕円で,豆やお餅を描く.
3. それぞれに,色や名前を書き込む.(緑豆 タロイモのお餅 紫色 花豆 小豆 紅白のお餅 氷たっぷり)
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「簡単な絵の描き方」より
単行本p.103


 その他、人との出会いや忘れがたい体験など様々なことが書かれており、旅エッセイとしても楽しめます。台湾リピータの方にお勧めです。


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台湾に行ったら必ず会えると思っていた李さんとのお別れは突然やって来た。最後にお会いしたとき、李さんに言われたことがずっと心に残っている。

「絵で台湾の美しさをたくさんの人に伝えて下さい」

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単行本p.78


タグ:台湾
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『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(矢野和男) [読書(サイエンス)]

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多くの心理学者が、質問紙に頼るやり方には限界を感じているのが実情だ。センサによって身体の運動から人の心を測ることができれば、これが変わる。継続的に変化を計測できるようになるからだ。そのため、センサで客観計測した人間・組織の大量データには、大きな期待が寄せられている。(中略)
 この研究が進めば、人間行動データに潜む意味をすべて解読することも夢ではない。人の遺伝情報を解読したのは、10年ほど前のことだ。人の行動の解明は、それに負けず劣らず重要だ。
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Kindle版No.855、905

 人間の行動には熱力学のような法則がある。幸福は加速度センサで測れる。運の良さはグラフ化できる。ウェアブルセンサで計測した人間行動データから導き出された驚くべき結論をまとめた一冊。単行本(草思社)出版は2014年7月、Kindle版配信は2014年9月です。


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 最新の技術を使えば、身体運動や人との面会、位置情報など、人間の24時間の行動をミリ秒単位に計測して、記録できるようになった。著者は、このような計測技術の開発とこれを活用したデータの取得をここ10年行ってきた。
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Kindle版No.190


 身体につけてもらうことで、その人の位置、運動、他人との距離などのデータを時系列に記録することが出来る名刺大のウェアブルセンサ。記録された人間行動記録の解析から得られたのは「人間の行動には法則性がある」ということだった。本書ではそんな例が次々と挙げられます。

 まず最初に、腕の運動力(活動量)に関して成立する法則とは。


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 ここに示した腕の動きの実験結果はとても不思議で驚くべきものである。(中略)12人の被験者のすべての日のデータがU分布に乗っていた。不思議なので、当然、私のデータも調べてみた。毎日きれいなU分布に乗っていた。(中略)違う仕事を持ち、性別も年齢も異なる人たちが、魔法にかけられたように、同じU分布に従って、24時間、行動している
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Kindle版No.264、267、274


 なぜ人間の活動量は、特定の統計的分布則に従っているのでしょうか。その理由を考察した著者は、ついに結論に到達します。


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霧がかかったように前が見えない状態が続いたが、最近になってシミュレーションや解析を通して、遂に納得いく答えを見出し、目の前の霧が一気に晴れた。(中略)腕の動きという有限の資源を、優先度の低い時間には温存し、優先度の高い時間に割り当てる、というのが「腕の動きのやりとり」である。(中略)あなたが、腕の動きに関する優先度の調整を無数に行っている証が、右肩下がりのU分布なのだ。この最適化をやめれば、腕の動きの分布は正規分布に近づいていくはずだが、実際にはそのようなことは起こらない。人は毎日、有限の腕の動きという資源を、繰り返し、時々刻々の行動に分配する存在なのだ。
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Kindle版No.301、395、398

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人間の運動を計測して分布を調べると、その人がどんな「意識」「思い」「感情」「事情」を持っていようとも、必ずU分布になるというのも、この原理の一端である。これは空気中の分子1個1個を制御するのは不可能だが、無数の分子衝突を繰り返す気体の圧力や温度は予測や制御可能であるのと同じだ。(中略)
 人間の活動は熱機関とは異なるが、人間の活動もミクロな要素間の資源分布やエントロピー増大則が、物質の場合と同じ形の法則に支配されているため、人間の活動は熱機関と同じ制約を受ける。(中略)
物質の熱力学と人間活動を対応させれば、熱機関の効率の上限を表すカルノー効率の式を人間の活動にも適用できる。つまり、人間の活動についても効率の上限がある。しかも驚くことに、数学的には、カルノー効率と同じ式が成り立つのだ。
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Kindle版No.434、622、640


 人間の行動には一定の法則があり、個々の行動を予測することは出来ないが、集団としての統計的な特徴は予測できる。しかも熱力学と同じ法則によって。

 ハリ・セルダン、心理歴史学、といった言葉が脳裏に浮かぶ驚くべき結論ですが、しかし、著者の研究はさらに先に進みます。次は、行動の変化に関する法則。


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 人と対面したり、一人になったりという変化を大量データから解析した結果によれば、再会の確率は最後に会ってからの時間が経過するに従って低下していくのだ。最後にある人に会ってからの時間をTとすると、再会の確率は1/Tに比例して減少していく。(中略)この法則性が、会社幹部でも、新人でも、営業職でも研究者でも成り立つのである。
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Kindle版No.1223

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最後にその人に会ってから次に会うまでの面会間隔、電子メールを受け取ってから返信するまでの時間、安静状態から活動に転じるまでの時間、動きをともなう行動の持続時間という4つの行動とその時間が、いずれも「1/Tの法則」に従う。これは、このジェネレータが幅広い人間行動において基本的な役割を果たしていることを表している。
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Kindle版No.1286


 ある瞬間に人が行動を変化させる確率は、それまでの行動の持続時間に反比例する。つまり、人間が行動を起こすタイミングは(ある範囲内で)微分方程式で表すことが出来る。熱力学に続いて、今度は運動法則の登場です。

 さて、お次は、身体行動だけでなく、内面の動きを測定するという研究。


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 さらに重要な発見は、ハピネスと身体活動の総量との関係が強い相関を示しているということ。つまり、人の内面深くにあると思われていたハピネスが、実は、身体的な活動量という外部に見える量として計測されたことになる。したがって、ハピネスは加速度センサによって測れるのである。
 もう一度いおう。幸せは、加速度センサで測れる。
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Kindle版No.834


 「幸せは、加速度センサで測れる」という大胆な結論。そして、これを受け入れるなら、身体運動とその相互作用に働きかけることで、社員の幸福度を高め、組織としての成果を向上させることが出来る、というのです。


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大量のデータが示すシンプルな結論が浮かび上がる。それは人の身体運動が、まわりの人の身体運動を誘導し、この連鎖により、集団的な身体の動きが生まれる。これにより、積極的な行動のスイッチがオンになり、その結果、社員のハピネスが向上し、生産性が向上する、ということだ。
 コールセンタのような個人プレー中心の業務でも10~20%の生産性向上をもたらし、よりチームプレーが必要な業務では、37%を超える生産性向上が期待できる。より創造性を求められる業務では、300%にも及ぶ効果が期待できる。
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Kindle版No.1069


 センサで計測できるのは「幸福」だけではありません。「運の良さ」すらもグラフ化できるというのです。


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仕事がうまくいく人(複雑な見積り要求を受けてから回答するまでの時間が平均的に短い人)には、共通の特徴があった。だが、単純にコミュニケーションをとる知り合いの多い人が、仕事がうまくいくかというと、そういう相関があるわけではなかった。(中略)
 実は、この仕事がうまくいく人は、共通して前記の「到達度」が高かったのである。「到達度」とは、自分の知り合いの知り合いまで(2ステップ)含めて何人の人にたどり着けるかであった。(中略)
 ウエアラブルセンサを使うと、この到達度を定量的な数字にできるとともに、運のよさをビジュアルに見ることができる。
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Kindle版No.1610


 ウェアブルセンサを用いて計測した大量の人間行動記録、ビッグデータの中からこうした法則を発見してゆくのは、もはや人間には困難です。そこで必要となるのが、自ら仮説を立てる能力を持った解析エンジン、すなわち人工知能です。

 ある店舗における従業員と顧客の動きをすべて記録したデータから、人工知能が予想外の法則を見つけ出した例が示されます。


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顧客単価に影響がある、意外な業績要因を人工知能Hは提示した。それは、店内のある特定の場所に従業員がいることであった。この場所を「高感度スポット」と呼ぼう。この高感度スポットに、従業員がたった10秒滞在時間を増やすごとに、そのときに店内にいる顧客の購買金額が平均145円も向上するということをHは定量的に示唆したのだ。(中略)
Hが指摘した高感度スポットに、従業員になるべく多くの時間いてもらうよう依頼したことにより、従業員の滞在時間が1.7倍に増加した。そしてその結果、店全体の顧客単価が15%も向上したのである。
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Kindle版No.2145、2153


 なぜそうなるのでしょうか。実は、その因果関係はもはや人間には理解できないのです。


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 おもしろいのは、高感度スポットに従業員が滞在することと顧客単価の上昇を結びつける機序が自明ではなく、うまく言葉で説明するのがそう簡単ではないということだ。(中略)このように、実験によって事実が確認された後でも、それがなぜなのかを直観的には説明できないような売上向上要素を、予め人間が仮説として立てることは不可能である。人間には決して立てられない仮説を立てる能力が、人工知能Hにはあるのである。
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Kindle版No.2160、2166

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大量のデータの全貌を人間が理解することは不可能だ。全貌どころか、その概要すら把握できないのがビッグデータの特徴なのだ。その状態で、人がつくった仮説とは、必然的に、大量データの恩恵を受けていない(無視した)経験と勘に頼ったものになってしまう。多種大量のデータがある問題については、仮説はコンピュータにつくらせる時代になっているのだ。
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Kindle版No.2337


 これは人間の知性の敗北なのでしょうか。そうではないと著者は考えています。むしろ今まで人間がやっていた「仮説を立てる」という作業を機械に任せることで、大きな飛躍が可能になるのだと。


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 このように、学習するコンピュータの登場により、人間がやるべきこととやるべきでないことが大きく変わる。これは人間と機械との新しい協調関係が生まれる過程と考えるべきだ。学習するマシンに適切な問題を与えることで、人間の問題解決能力は飛躍的に向上する。
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Kindle版No.2493

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大量のデータを活用して自己の利益を追求するとき、前記の古典的な「見えざる手」を超える、新たな「データの見えざる手」の導きが生まれるのだ。ビッグデータを使って自己の利益を追求すればするほど、見えないところで、「データの見えざる手」により社会に豊かさが生み出される。これにより、人の「共感」や「ハピネス」など、これまで経済価値とは直接関係なかったことが経済価値と結びつく。(中略)これまでとかく対立するものと考えられがちだった「経済性の追求」と「人間らしい充実感の追求」であるが、データとコンピュータが両者を結びつけたのだ。
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Kindle版No.2528、2535


 というわけで、ウェァブルセンサを使った人間行動データの解析という研究からぽんぽん飛び出してくる驚くような結論やビジョンを提示してくれる興奮の一冊。

 読み物としては面白いものの、話の展開や結論の出し方はかなり強引で、個人的にはいまひとつ説得力に欠けていると思うのですが、ともあれウェアブルセンサとビッグデータ解析の結びつきには大きな可能性がある、ということは確か。より大規模な形で追試や検証が進むことを期待したいと思います。


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『謎の蝶アサギマダラはなぜ海を渡るのか?』(栗田昌裕) [読書(サイエンス)]

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私にしかできない調査をしたいと願い、全国を巡りながらアサギマダラの謎の探求に尽力して10年の歳月を費やしました。その間、個人で13万頭余のアサギマダラにマーキングを施し、気づけば、一番多くのアサギマダラに出会った人となっていました。
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Kindle版No.27

 定期的に海を渡ることが標識調査で証明されている唯一の蝶、アサギマダラ。1000Kmを超える「渡り」を繰り返すのはなぜか。アサギマダラの研究を続けてきた著者がその魅力を情熱的に語る一冊。単行本(PHP研究所)出版は2013年9月、Kindle版配信は2015年1月です。


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 アサギマダラはタテハチョウ科の蝶で、大きさはアゲハチョウほどの大きさです。
 重さは0.5グラムにも満たないほどの軽い蝶で、普通にふわふわと飛んでいるだけに見えますが、何と春と秋には1000Kmから2000Kmもの旅をします。
 定期的に国境と海を渡ることが標識調査で証明された蝶は世界に一種しかありません。
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Kindle版No.14


 渡りをする蝶、アサギマダラ。その生態に関する調査研究の成果を示す本です。一読して驚かされるのは、何よりもまず、アサギマダラに対する著者の惚れ込みっぷり。


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私にしかできない調査をしたいと願い、全国を巡りながらアサギマダラの謎の探求に尽力して10年の歳月を費やしました。その間、個人で13万頭余のアサギマダラにマーキングを施し、気づけば、一番多くのアサギマダラに出会った人となっていました。
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Kindle版No.27

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筆者は、福島、群馬、長野、愛知、大分、鹿児島、沖縄の各県の主要拠点を選び、各地での特徴的な現象を観察・比較しながら、年間約1万~2万頭の標識を行うことにのめり込んでいきました。
 そこでは自己再捕獲も追求し、個体数の推計を行い、移動現象を全国的な規模で数量的・包括的にとらえることをテーマとしました。
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Kindle版No.1027


 アサギマダラを捕獲して、マークを付けてから解放し、別の生息地に移動しながらマークを確認してゆくことで「渡り」のデータを集める。この地味な作業を毎年1万個体以上くりかえし、それを10年続けてきたというのです。その熱意には頭が下がります。


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2010年までのデータに基づいて、筆者の11万頭を超える標識活動の過半数を占める6万頭以上を標識した福島県デコ平でのアサギマダラの調査の概略を示しました。(中略)
連続1カ月の調査結果に、再捕獲を想定した数理解析を用いると、動的変動を定量的に考察することが可能となります。(中略)
その解析結果の一部を紹介し、飛翔パターン24種分類と移動兆候8種を提案し、夏の高原での滞在が成熟期間になっていることも示唆し、成熟が終わると旅立ちが始まることも示しました。
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Kindle版No.1680


 渡りパターンの数理解析から、飛翔行動の詳細分類まで、アサギマダラに関するありとあらゆる情報が詰まっています。著者のアサギマダラ愛とどめもなくあふれ、論文調だった文体も次第にラブレターの領域へと近付いてゆきます。


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 私がアサギマダラをマーキングしながら10年近く行ってきたのは「心を探る旅」でした。それは、人間にもアサギマダラにも通用するような、生命すべてにとっての「心の世界の法則を探る旅」だったのです。(中略)
これはアサギマダラが「確率に従う世界の中にいながら、いつも確率を超えようとして生きている存在である」ことを示唆していると感じられたのです。
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Kindle版No.2180


 もはやアサギマダラは、単なる蝶ではなく「自然」あるいは「生命」の象徴となり、著者の情熱がほとばしります。


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 私が提起したいのは、「確率に従いながら確率を超えようとする性質」が、実は地球上のすべての生き物に共通な特徴なのではないかという問いかけです。
 アサギマダラは自然を見る窓、自然を映し出す鏡です。
 アサギマダラを観察すると、周囲の自然がよくわかってきます。地球の天候や気象との関わり、周囲のさまざまな生き物との関わり、温暖化の影響、外来生物との関係、など、アサギマダラを通して、地球の自然の状況をよりよく理解できるとよいと願っています。
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Kindle版No.2187


 というわけで、アサギマダラの研究を通して自然を見つめる本。昆虫とくに蝶、あるいは生物の「渡り」全般に興味がある方にお勧め。

 ですが、個人的にはむしろ「特定の生物種に惚れ込んだ著者が、冷静で学術的な書物にしようと筆に抑制をかけて書き始めたものの、次第に自らの情熱だだ漏れになってしまい、もう止められない止まらない」というオーバードライブ感がたまらない特定生物偏愛本として楽しみました。


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『サイボーグ昆虫、フェロモンを追う』(神崎亮平) [読書(サイエンス)]

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カイコガの身体をロボットに置き換え、行動指令信号で動くロボットを考えた。これをサイボーグ昆虫とよんでいる。(中略)
 サイボーグ昆虫は、身体はロボットと置き換わった状態で、フェロモンや視覚の情報処理が脳で適切におこなわれ、カイコガと同様の匂い源探索をおこなう、生体と機械が融合したシステム(生体-機械融合システム)と見なすことができるだろう。
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単行本p.94、96

 フェロモン源を探索するカイコガは、環境に適応するためにリアルタイムに脳出力を調整している。その機能は、カイコガが「操縦」するロボットでも実現されるだろうか。昆虫を使って脳のしくみを理解する、さらには脳をシミュレートする、という最先端の研究成果を紹介する一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年7月です。


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 わたしたちは2000年頃から、ヒトよりもずっと少ないニューロンからできている昆虫の脳を使って、ニューロン1つ1つから脳のモデルをコンピュータ上につくることで、そのしくみが理解できないだろうかと考えて研究を進めてきた。(中略)
 このような研究は、脳のしくみを理解するばかりではなく、自然が進化を通してつくりあげた脳という情報処理装置を、どこまで人工的につくりあげることができるかというチャレンジでもある。
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単行本p.3


 コンピュータ上の仮想空間でニューロン1つ1つのレベルで精密にシミュレートした仮想脳を構築し、それがロボットを介して環境と相互作用する様子を観察する。脳のしくみを解き明かすためのアプローチとしてそのような手法が検討されていますが、人間の脳は複雑すぎて、現在のコンピュータでは完全なリアルタイムシミュレーションは不可能。

 そこで著者は、人間と比べるとニューロン数がずっと少ない昆虫を用いて、それを目指しています。

 まず、カイコガのフェロモン源探索の様子を観察し、続いてカイコガをロボットに搭載し、それを「操縦」させる実験を行います。しかも、意地の悪いことにロボットにわざと「エラー」を起こさせるのです。


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昆虫操縦型ロボットは、カイコガの動きを反映して動くわけだから、カイコガの身体と置き換わったと考えてよい。また、カイコガの身体は、当たり前だが、脳からの命令で動く。
つまり、カイコガは自分の身体が脳からの命令通りに動いていない場合、この場合は異常に動く昆虫操縦型ロボットにあたるが、脳からの命令を変え、ロボットが命令通り動くように補正して、匂い源に向かわせたわけである。
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単行本p.45

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 カイコガの行動を調べることで匂い源探索の行動戦略が行動レベルで明らかになり、さらに、昆虫操縦型ロボットを使って、カイコガには視覚を利用して自分の動きを補正しながら匂い源探索をするという優れた適応能力のあることもわかってきた。
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単行本p.46


 カイコガは「操縦」しているロボットのエラーを「補正」して、フェロモン源に辿り着くことが出来るというのです。すごい。

 話はこれで終わりではありません。続いて、カイコガの神経系と生体センサ(触覚、複眼)だけを残して他の部分をすべて切除してしまい、神経系をロボットに直結させ、脳が直接ロボットを「自らの身体として」動かせるようにします。まじですか。


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カイコガの身体をロボットに置き換え、行動指令信号で動くロボットを考えた。これをサイボーグ昆虫とよんでいる。(中略)
 サイボーグ昆虫は、身体はロボットと置き換わった状態で、フェロモンや視覚の情報処理が脳で適切におこなわれ、カイコガと同様の匂い源探索をおこなう、生体と機械が融合したシステム(生体-機械融合システム)と見なすことができるだろう。
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単行本p.94、96

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昆虫操縦型ロボットでおこなったように、カイコガは自身の動きとロボットの動きが異なるときに補正をおこなうわけだが、サイボーグ昆虫を使うことによって、補正にともなって脳の出力信号が変化していく様子をリアルタイムに時間を追いながら計測できるのだ。
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単行本p.98


 サイボーグ昆虫となったカイコガ(の脳)も、やはりフェロモン源探索における適応機能を発揮します。そして今や、研究者はその様子をリアルタイムに計測できるわけです。

 こうなると、次のステップとして考えてしまうのは……。


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 さらには、1つ1つのニューロンの形を標準脳に挿入してつくりあげた神経回路モデルでの神経活動と、サイボーグ昆虫から直接計測したニューロンの神経活動を比較し、両者で違いがあった場合には、サイボーグ昆虫から計測した実際の神経活動に最もよく合うように神経回路モデルの結合強度をリアルタイムで変化させる。そうすることで、サイボーグ昆虫の脳内でおこっている活動の様子が、シミュレーションを通してリアルタイムで手にとるように見えてくるものと考えている。
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単行本p.98


 そう、コンピュータでカイコガの神経回路をシミュレートし、それでロボットを制御するのです。そして、サイボーグ昆虫との比較によりシミュレーションの精度を上げてゆく。やがてはカイコガの脳が仮想空間上に正確に再現され、そのしくみを自由に調べることが出来るようになるはず。

 というのは簡単ですが。


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標準脳にニューロンの3次元的な形も反映した大規模な神経回路モデルをつくっても、計算量が膨大なため、これまではリアルタイムでのシミュレーションはできなかった。(中略)
 脳は脳単体で機能するのではなく、時々刻々と変化する環境に対して、身体を介してリアルタイムに反応し、変化することで環境に適応していく。このリアルタイム性は脳がもつ重要な機能であり、たとえスーパーコンピュータを駆使してもリアルタイム性を実現できなければ、脳のしくみを解明することも、未知の脳機能を予測することも難しくなるだろう。
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単行本p.83


 残念、というより、なぜかほっとするわけですが、いえいえ技術の進歩を甘く見てはいけません。


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幸いなことに、われわれは2008年10月から「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」というプロジェクトに参加することができ、カイコガの脳の精密な神経回路モデルをニューロンレベルからつくり、これを「京」に実装して、脳機能をシミュレーションするという機会に恵まれた。(中略)
10万個程度のニューロンからなる昆虫(カイコガ)の脳であれば、現状の計算量でもなんとか、リアルタイム性が確保できる可能性がある。昆虫の嗅覚情報処理に限れば、さらにその可能性が増すことが報告されている。(中略)
 2014年4月現在1万個程度までのニューロンからなる神経回路であればリアルタイムで実行できる環境が整った。
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単行本p.83、84、85


 というわけで、いよいよ手の届くところまでやってきた「仮想空間における脳のリアルタイムシミュレーション」。それが昆虫で実現されたら、やがては人間についても同様の試みが行われることでしょう。


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では、現在のスーパーコンピュータを使うと、どれくらいの規模のニューロンからなる脳モデルならばリアルタイム性の実現が可能なのだろうか。それに答える1つの試算が、HPCI計画推進委員会(文科省)によっておこなわれ、「計算科学ロードマップ白書(2012)」として報告されている。(中略)
この委員会では、2030年頃にはこの計算量に達し、ヒトの脳規模の神経回路モデルでもリアルタイム性が達成されると予測している。
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単行本p.84


 仮想空間上でリアルタイムにシミュレートされる脳は、はたして自意識を持つのでしょうか。シンギュラリティは近い。

 というわけで、脳や神経系を精密にシミュレートすることで、その仕組みや働きを調べるという研究がどこまで実現されているかを生々しく教えてくれる一冊です。今後の進展が非常に気になります。


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『ときめくコケ図鑑』(田中美穂、伊沢正名:写真) [読書(サイエンス)]

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ごく身近に生えているものから、ちょっと珍しいものまで、蘚類71種、苔類34種、ツノゴケ類1種、全部で106種のコケを紹介しています。(中略)この本を読まれた方が、もう一歩、コケの世界へと足を踏み入れてくださることを願っています。
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Kindle版No.129

日本だけで約1800種、世界には約18000種が知られているコケ(蘚苔類)。コケをこよなく愛する人々のためのときめく図鑑。単行本(山と渓谷社)出版は2014年1月、Kindle版配信は2014年3月です。


 コケ好きによる、コケ好きのための、コケの図鑑です。どのページを開いても、フルカラーの美しいコケの写真がどーんと掲載されており、それぞれの種について詳しい紹介が記されています。正直、本書を読むまで、こんなに多種多様なコケがあるとは、というより、世の中にはコケ愛好家と呼ばれる人々がいっぱいいるのだということも、考えたことがありませんでした。


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「コケが大好き」とは言わないまでも、最近「なんだかコケのことが気になる」という人は増えてきたようです。いや、増えたというより、そんなコケ好きの要素を持つ人々が市民権を得つつあるのかもしれません。(中略)
 コケのことを知りたいと思ったら、あせらず、のんびり構えてください。そして安心してください。コケは逃げませんから。
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Kindle版No.7


 そりゃまあ、逃げたら怖いですよね。

 通読すると、コケには根がないこと、胞子・無性芽・クローンなど様々な繁殖手段を持っていることなど、はじめて学ぶことがいっぱい。そもそもコケは三種類(蘚類、苔類、ツノゴケ類)に分類されることすら知らなかったのですが、これが愛好家になると「蘚類ファン」とか「苔類ラブ」という具合に細分化されるのだそうです。

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「コケの目」には、もう少し細かくいうと2種類あります。
 それは「蘚類の目」と「苔類の目」。その姿形の違いと同じように、それらに魅入られる人のタイプも違うのです。研究者でも必ずどちらかが専門で、そうでないほうのことは、それほど詳しくないのが普通です。(中略)これはどうも、生まれつきのようです。
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Kindle版No.109


 ディープな世界だなあ……。

 もちろん図鑑ですから、珍しいあるいは面白いコケの紹介もいっぱい。


ホンモンジゴケ
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銅イオンを含む場所にばかり生えます。銅を好むのか、生存のために耐性を身に付けたのかはまだわかっていません。
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Kindle版No.14


カビゴケ
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黴のにおいがするコケです。体がとても小さいので、目ではなく、鼻を頼りにしたほうが見つけやすい、という珍しいコケです。
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Kindle版No.14


ナンジャモンジャゴケ
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もちろん、これに似たコケは他にまったく存在しません。見方によっては相変わらず「なんじゃもんじゃ」なままとも言えます。
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Kindle版No.78


 また、コケウォッチャーになるための様々なガイド(調査場所、地図や地形図の読み方、コケと間違われやすい生物、など)も掲載されており、本書を片手にすぐにコケ探しに出かけることが出来るようになっています。


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