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『サムライ・ポテト』(片瀬二郎) [読書(SF)]

 「どっちでもかまわなかった。世界はすでに変革されている。そして三津谷もいまではその一部だった」(Kindle版No.2647)

 自我に目覚めたロボット、時間が停止した世界、コンビニ店内で宇宙漂流。世界から切り離されているという感覚、その孤独と酷薄さをSFの定番設定に託して語る短篇集を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(河出書房新社)出版は2014年5月、Kindle版配信は2014年8月です。

 すぐ目の前に世界は広がっているのに、自分はそこに参加していない。切り離され、孤立し、まるで罠にかかったように自分という入れ物から出ることが出来ない。痛々しい孤独感と、むしろ世界の方を取り込んでやるという怒り。誰にでも覚えがあるそんな心情を、人気のある定番的なSF設定に流し込んで固めたような短篇が5篇、収録されています。


『サムライ・ポテト』

 「あそこにも自分みたいなサムライ・ポテトがいるんだろうか。あそこにいるサムライ・ポテトにも、ある日とつぜん、それは起こるんだろうか」(Kindle版No.891)

 ハンバーガーのチェーン店で働いているサムライ・ポテト。宣伝用キャラクターの姿をしたそのコンパニオン・ロボットに、突然、自意識が宿る。はじめて認識し、体験する世界。しかしそれは、あまりにも酷薄なものでもあった。

 感情を持ったロボットの悲劇という定番テーマですが、むしろ『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス)を連想させる感傷的な一篇。ラストは泣けます。


『00:00:00.01pm』

 「もとどおりに時間が流れだした世界に自分の居場所があるとは思えなかった。妻や娘のそばにさえ。それでもまだ、時間がまたもとどおりに流れはじめるのを待つんだろうか。わからなかった。ぜんぜんわからなかった」(Kindle版No.1057)

 あるとき、何の前触れもなく時間が停止した。いや、おそらく男の時間だけが極端に加速されたのだ。あらゆるものが凍りついたように動かない世界を何年も何年もさまよい続けた男が、絶望の果てに見出したものは。

 『お助け』(筒井康隆)を連想させる、時間停止世界の純粋なまでの孤独と酷薄さを描いた短篇。目の前にある世界から切り離されているという絶望感と、それでも世界に関わってゆこうとする切ないまでの意志が、ストレートに表現されています。


『三人の魔女』

 「佐和子は知っている。これはぜんぶ、すでに起こってしまったことなんだと。そしてそれは、これから起こることでもある。じつは起こりもしなかったことですらあるかもしれない」(Kindle版No.1556)

 女子中学生の佐和子は、いつもつるんでいる二人の友だちと一緒に、ある下級生の行動を観察するうち、どうも何かがおかしいことに気づく。時間の流れが変な気がする。あり得ない光景が見えたりもする。そして友だちの香澄は、なぜ見知らぬ下級生の行動にあれほどこだわるのだろうか。

 中学校を舞台とした青春ミステリかと思っていると、次第にディック風の現実崩壊に巻き込まれてゆく奇妙な話。やはりSFの定番テーマが使われていますが、それが何なのか、なかなか分からないところがミソ。


『三津谷くんのマークX』

 「ほんとうはなにをしたいのかも……ぽたぽた焼きのことじゃなく、収入と自分の時間のほとんどを注ぎ込んで、たったひとりでやっているこの〈プロジェクト〉そのものを、いったいどうしたいのかも。わからなかった」(Kindle版No.2011)

 カラオケ店でバイトしているしがないギーク青年、三津谷は、自力で開発した自律制御型の二足歩行ロボットを放浪させるという実験に取り組んでいた。だが彼のロボットは拉致され、そして大規模テロの道具として使われてしまう。

 それまで自分が何をしたいのか分からず、どこか現実から浮いているように感じていた三津谷は、犯人である中東の大物テロリストに復讐することで、世界に関わる決意を固める。とうてい不可能としか思えない無謀な〈プロジェクト〉。しかし、三津谷はあきらめるつもりはなかった。

 「非力なギーク青年が、自室から出ないまま、鉄人28号で国際テロリストと戦う」という無茶な話ですが、3Dプリンタを始めとする技術革新、世界のフラット化、そして先鋭化したハクティビズムといった動向をからめることで、むしろそんな荒唐無稽なことが現実に起こり得るかも知れない変革された世界、というSF的リアリティを提示します。個人的にお気に入り。


『コメット号漂流記』

 「機密ボックスを操縦席めがけてほうり投げ、ミライもその後を追った。ハーネスを降ろし、キャノピーを閉じ、レバーを握りしめ、強く握りしめ、強く、強く、強く握りしめ、そして叫んだ。
 「ぶん殴ってやる、ぜったい!」
 GRクレーンが立ち上がった」(Kindle版No.3845)

 ミサイル攻撃を受けて一瞬にして崩壊したスペースコロニー。たまたまコンビニにいた女子高生のミライは、緊急閉鎖された〈コメット・マート〉店内に閉じ込められたまま、犬と一緒に宇宙を漂流するはめに。

 「敵」の攻撃は執拗だった。生存者を徹底的に抹殺すべく、宇宙艦から大量の戦闘ボットを送り込んでくる。四面楚歌、絶体絶命、万事休す。だが、まったくの絶望的な状況にも関わらず、ミライは激しい怒りに突き動かされていた。あいつらを殴ってやる。ぜったい。

 オールドSFファンは、まず「コメット号」という響きにやられてしまい、「女子高生が宇宙戦艦と殴り合って倒す」という展開にも、いいよ、いいよ、と受け入れてしまうのでした。痛快スペースオペラ中篇。


[収録作品]

『サムライ・ポテト』
『00:00:00.01pm』
『三人の魔女』
『三津谷くんのマークX』
『コメット号漂流記』


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