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『ねずみに支配された島』(ウィリアム・ソウルゼンバーグ、野中香方子:翻訳) [読書(サイエンス)]

 「危機に瀕した生物にとって、大洋に浮かぶ島ほど貴重な土地はない。陸地の5パーセントにすぎない島々に、鳥類、哺乳類、爬虫類それぞれの種の5分の1が棲んでいた。その一方で、人間の時代になってから起きた絶滅の63パーセントは島が舞台だった。今も、島の固有種は、絶滅危惧種リストのほぼ半数を占めている。その危機をもたらした最大の原因は、侵入種である」(単行本p.153)

 妊娠したネズミ一匹が入り込んだだけで、在来種にとって逃げ場のない島は屠殺場と化し、何億年もかけて形成された固有種による生態系は崩壊する。それを防ぐには、外来種の根絶しかないのだ。世界各地の島々で行われている自然保護活動の最も血なまぐさい殲滅戦に焦点を当てたサイエンス・ノンフィクション。単行本(文藝春秋)出版は2014年6月です。

 生態系において頂点捕食者が果たしている役割を明らかにし、生物多様性の危機に警鐘を鳴らした話題作『捕食者なき世界』。その著者による二作目です。前作の単行本読了時の紹介はこちら。

  2012年02月23日の日記:
  『捕食者なき世界』(ウィリアム・ソウルゼンバーグ)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-02-23

 前作においては、手をつけずに保護しておくだけでは勝手に崩壊するところまで弱っている生態系を守るために、頂点捕食者(例えばオオカミ)を再導入するというプロジェクトが紹介されました。大きな抵抗を受けた作戦ですが、今から思えば、それは比較的穏やかで受け入れやすい活動でした。

 今作で紹介される自然保護活動は、それほど穏やかでも、受け入れやすいものでもありません。それは、一つの島にいる外来種を、文字通り一匹残らず、徹底的に殲滅する、という過激で暴力的なもの。ヤギを撃ち殺し、ネコを罠で引き裂き、ネズミを毒殺し、一つの島を死骸で埋めつくすのです。生態系を守るために。

 「その手法は驚くほどスピーディで、徹底的である----ある意味、非常に残酷とも言える。なにしろ敵を皆殺しにするのだから。つまりこれは戦争の物語----ある集団を生かすために別の集団を殺す人々の物語----なのだ」(単行本p.11)

 「そのような作戦が成功するはずがないと思う人は少なからずいて、彼らは大量死滅の進行は止められないと考えている。だが、先に述べたように、ウミスズメとカカポの物語は、悲劇には終わらなかった」(単行本p.18)

 なぜ殲滅戦が必要なのでしょうか。外来種、侵入種が島の生態系にとって望ましくないとは言っても、大量の弾薬と狙撃者、仕掛け罠、ヘリからばら蒔かれる大量の毒餌、といったものを島に持ち込み、何千何万という野生動物を殺戮し尽くすというのは、それは人類の傲慢さではないのでしょうか。

 心優しいナチュラリストや動物保護活動家はそう思うかも知れません。しかし、残念ながら生物多様性をめぐる現実は、甘いことを言っていられる状況ではないのです。

 「新たに誕生した地球村は、エレクトロニクスや大豆をやりとりしているだけではない。雑草、病気、害虫も運び、さらに多くの場違いな哺乳動物を各地にばらまき、それらが爆発的に数を増やしているのだ。米国だけでも、5万種もの外来生物が海を越えて、あるいは国境を越えて侵入している。(中略)侵入者がもたらす経済的損失は年間1200億ドルに達するが、生態学者のデヴィッド・ピメンテルと研究仲間は、その試算は甘すぎると釘をさす」(単行本p.252)

 「大型動物の絶滅は劇的だが、種の数で言えば消えたのはほんの数十種だった。(中略)太平洋の島々に人類が侵入したことにより、地球の鳥の種の20パーセントもが消えたのである。ステッドマンはそれを「知られる中で単一としては最大の、脊椎動物の絶滅事件」と呼んだ」(単行本p.27、28)

 「ハンターや猟犬や、彼らが使う火は、アオテアロアの野生動物をすべて消し去るようなことはしなかった。しかしキオレはそれをやった。(中略)キオレはその主人より先に広がり、驚くべきスピードで増え、アオテアロアの自然のままの楽園に群がっていった----その様子を古生物学者のリチャード・ホルダウェイは「灰色の潮流」と表現した。「行く先々で、食べられるものすべてをネズミのタンパク質に変えていく潮流」である」(単行本p.32、33)

 「1960年代初頭のある時、ミズナギドリ猟師の舟に乗ってきた一匹か二匹のクマネズミが、この島の岸へ飛び降りた。その後、ネズミは持ち前の能力を発揮して、食べられるものをすべてネズミのバイオマス(生物量)に変えていった。(中略)歴史のほんの一瞬の間に、ニュージーランドと世界は三つの種を永久に失い、四番目の種だけがきわどいところで生きながらえた。ビッグ・サウス・ケープの悲劇は、ベルとマートンの予想が正しかったことを証明し、象牙の塔の疑り深い人々に、ネズミが支配する島で生態系がどうなるかを、まざまざと見せつけた」(単行本p.94、102)

 「ある仮説は、ネズミのせいでアリューシャン列島の浜や潮だまりからカモメやミヤコドリがいなくなり、それらの餌だった生物が増殖し、破壊的な影響を及ぼしている、と推測する。くちばしでつつかれなくなった巻貝やカサガイが、沿岸のケルプや海藻を際限なく食べ、潮間帯の生態系を土台部分から破壊しているというのだ」(単行本p.214)

 「侵入者に真正面から対峙し、必要とあらば暴力によってでも、それらを排除しなければならないのだ。今もどこかで、ビッグ・サウス・ケープの大量虐殺をしのぐ悲劇が進行中だ。(中略)ニュージーランドの固有種を守ろうとする人々は、不運と絶望の時期を脱し、整然たる殺戮という容赦ない方法によって生態系保全の先駆者となったのだ。同じ頃、遠い国でも、島の生物を救おうとする革命の機運が高まっていた」(単行本p.103、150)

 こうして、ニュージーランドで、ベーリング海で、そしてカリフォルニアの沖合で、世界中の数百カ所の島々で、断固とした処置が行われます。本書はこれら血みどろの殲滅作戦がどのように遂行されたのか、その経緯と結果を詳しく紹介してゆきます。

 「かくして、大学に所属するインテリ、プロの密漁者、元ヒッピー、罠師、メキシコ人、ヤンキーというちぐはぐなメンバーからなるチームは、島の固有種の救済という大義のもとに手を結んだ。(中略)官僚主義がもたらす遅れと予算不足の中、サンタクルーズ校の学者が率いるこの小さな雑然としたチームは、バハに固有の88種の動物を守り、201か所の海鳥のコロニーを保護した。わずか5万ドル以下の費用で、彼らは考え得る中で最も効果的で能率的な作戦を、静かに、そして巧みに、完遂したのだった」(単行本p.167)

 「戦いの舞台は、ガラパゴス諸島のサンティアゴ島とイサベラ島で、彼らとエクアドルの闘士たちは、50万個以上の銃弾を撃ち込み、1時間に150頭のペースでヤギを倒し、16万頭を片づけた」(単行本p.194)

 「2001年6月26日、ニュージーランドの冬の初めに、5機のヘリコプターとその燃料を詰めたドラム缶210本、ネズミの餌132トンを搭載した2隻の船が、ニュージーランドの南端にあるインバーカーギルを出発して、南太平洋の亜南極に向かった」(単行本p.209)

 「4年がかりで計画を立て、許可を申請し、会議を重ね、大陸間で電話やEメールのやりとりをした後に、ラット島作戦の決行が宣言された。2008年9月17日、商船リライアンス号(中略)は、50トンのネズミの餌、1万9000リットルのジェット燃料、さらに6トン分のキャンプ用シェルター、食糧、装備を積み込んでアラスカのホーマーを出航」(単行本p.226)

 まさしく軍事作戦そのものです。こうした「積極的な」自然保護活動は、必ずしもすべての人々に歓迎されるわけではありません。というより、ほとんどすべての人を敵に回すことになるようです。

 「生態学者には二つの立場があり、その世界観は根本的に異なるということをはっきり示していた。一方は、侵入してくる外来種を研究題材として興味深く眺めており、もう一方は、愛する生物のために消さなければならない野火と見なしているのだ」(単行本p.128)

 「ブレークシーでネズミを退治しようとするのは、労力と金の無駄だと、官僚たちはあざ笑った」(単行本p.145)

 「ロサンゼルスのすぐそばの国立公園で、トラックに満載した毒物を撒くのは、スズメバチの巣に石を投げつけるようなものだった」(単行本p.172)

 「痛烈な投書、手厳しい論説、批判的な記事というパターンが始まり、それは環境保護の名のもとに銃弾や毒物が飛び始めたところではどこでも繰り返された」(単行本p.222)

 しかし、自然保護活動家は決してひるみません。断固として、情け無用に、徹底的にやり遂げるのです。そして、有無を言わさぬ成果を挙げてゆきます。

 「自然保護のスペシャリストたちは2010年の夏までに、地球各地の島々で、その生態系を破壊する動物の駆除を800件以上も指揮してきた。(中略)駆除は、陽光のふりそそぐ南太平洋の小さな環礁から、雪とツンドラに覆われた寒風吹きすさぶ亜北極圏の島まで、北半球、南半球の全域で行われた」(単行本p.15)

 「アラスカ海洋国立野生生物保護区の管理者たちはすでに40以上の島で外来キツネを駆除し、北半球の海鳥にとって最も豊かな列島の環境を建て直していた。アイランド・コンサーベーションのメンバーとメキシコの同盟者らは、バハの20以上の島で侵入者を根絶し、さらに広い世界を視野に入れていた。カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州のスコット諸島のミンクやアライグマ、カリフォルニア州ファラロン諸島のハツカネズミ、プエルトリコのマカクザル、ガラパゴス諸島のヤギ、ネコ、ネズミとの闘いを進めていたのだ」(単行本p.220)

 生態系保護と動物愛護の対立、野生動物虐殺の倫理的問題、予期せぬ二次被害の発生など、様々な課題を含みながら、世界中で計画され推進されている外来種根絶作戦。ヘリから大量の毒餌を撒き、人工ホルモンで強制発情させたメスをオトリにして近づくオスをすべてライフルで狙撃するのです。

 何となく抱いていた、「自然を愛する心優しい人々」が、「環境との調和を目指して」、「開発など自然に対する人間の介入を何とかして止めさせようと努力している」といった自然保護活動の穏やかなイメージが、跡形もなく吹き飛ばされます。

 というわけで、自然保護活動のイメージを刷新する、驚くべき一冊です。環境保護、生態系保護に興味がある方には、ぜひ前作『捕食者なき世界』と共に読んで頂きたいと思います。


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