SSブログ

『プリティ・モンスターズ』(ケリー・リンク:著、ショーン・タン:イラスト、柴田元幸:翻訳) [読書(小説・詩)]

 「物語に出てくる全員がハッピーエンドを手に入れるわけではない。物語を読む誰もがその終わり方について同じことを感じるわけではない。そしてもしあなたがはじめに戻ってもう一度読んだら、前に読んだ気でいたのと同じ物語ではないことを発見するかもしれない。物語は形を変える。」(単行本p.462)

 魔法が現実化し、現実は魔法になる。思春期の少年少女を主人公としたヤングアダルト小説十篇を収録した驚異の短篇集。イラストは、『アライバル』や『遠い町から来た話』のショーン・タン。単行本(早川書房)出版は2014年7月です。

 「私は自分の人生がケリー・リンクの小説であってほしい」(シャーロット・ブーレイ)

 「ケリー・リンクがひとつの世界を創造し、そうしたら、それははじめからずっとあった」(ピーター・ストラウヴ)

 ケリー・リンクの作品はすごい。驚異です。どこに向かっているのか分からないのに、読み進めるうちに生じてくる、本当は分かっているのだ、という謎めいた予感。魔法としか思えないような読み触り。

 ヤングアダルト小説を集めた(既刊短篇集からの再録である『マジック・フォー・ビギナーズ』『妖精のハンドバック』『専門家の帽子』の三篇を含む)本書の収録作品は、どれも傑作。SFの読者も、ファンタジーの読者も、現代英米文学の読者も、この一冊を読み逃さない方がいいと思います。


『墓違い』

 「誰だって、うっかり違った墓を掘り返してしまうことはある。誰だって犯しうる間違いだ。」(単行本p.18)

 死んでしまったガールフレンドの棺桶に、自作の詩を入れた少年。そのときは感傷的な勢いでやってしまったことを、後になって激しく後悔するというのはよくあること。彼は原稿を取り戻すために彼女の墓を暴くことにしたが、……。ホラー、コメディ、ロマンス、どれでもあってどれでもない不思議な作品。


『パーフィルの魔法使い』

 「魔法を使って世の役に立った魔法使いはいないし、そうしようとした者もかえって事態を悪化させただけだった。いくさをやめさせた魔法使いはいないし塀を直してくれた魔法使いもいない。」(単行本p.46)

 パーフィルの沼地に住んでいる魔法使い。そこに召使として買われていった少女。だが主人である魔法使いは、けっして塔の上にある部屋から出てこようとしない。家族を助けてほしいと訴えても無駄だった。やがて街が戦火に巻き込まれ、難民があふれる。それでも何もしようとしない魔法使いに、少女は怒りをぶちまける。なぜ力があるのに人を助けようとしないのか、なぜ世の中はこんなに冷酷で理不尽なのか。ラストシーン、これは、ブラッドベリだよなあ。


『マジック・フォー・ビギナーズ』

 「本のいいところはそこだ。どこまで読んだか、しるしをはさんでおけばいい。でもこれは本じゃない。テレビ番組だ。」(単行本p.153)

 奇想天外な連続テレビドラマ『図書館』にハマっている少年少女の五人組グループ。その一員である少年は、人里はなれた場所にある電話ボックスを相続する。そこに電話をかけてみたところ、テレビドラマの登場人物が出てきて、重要な任務を依頼してきたのだ。しかし、はたしてこれは現実なのだろうか。それとも五人組の日常、ありがちな青春ドラマこそが、テレビ番組なのだろうか。


『妖精のハンドバック』

 「「あたしは素晴らしい嘘つきだよ」とゾフィアは言った。「世界で最高の嘘つきだよ。約束しとくれ、あたしの言うことを一言も信じないって」」(単行本p.176)

 祖母が持っている古ぼけたハンドバッグ。その中には、まるごと妖精の国が入っている。ときどきハンドバッグから人々が出てきては、物珍しそうに外界を見て回り、お土産を手に入れて、またハンドバッグの中に戻ってゆくという。もちろん大嘘に決まっている。でも、孫娘は信じていた。そして、うっかりボーイフレンドにそのことを教えてしまったのだ。


『専門家の帽子』

 「「死んだ人は」とベビーシッターが言う。「何もかもすごく簡単なのよ。したくないことは何もしなくていい。名前も持たなくてもいいし、何も覚えてなくていい。息さえしなくていいのよ」 それがどういうことなのか、彼女は二人にはっきり見せてやる。」(単行本p.210)

 森のそばにある大きな屋敷で暮らしている幼い姉妹とその父親。管理人は、この屋敷には幽霊がとりついていると言う。やがて父親が不在のときに現れたベビーシッターが、姉妹に「死んだ人」のことを教える。古典的な幽霊屋敷も、ケリー・リンクが書くとこんなことに。


『モンスター』

 「さっきお前らがホットドッグ食ってるの見たけどさ。じゃお前ら、食ってるときそれがいい犬か悪い犬かとか気にするわけ? 根性曲がった犬しか食わないわけ? 悪い犬しか食わないのか?」(単行本p.239)

 ボーイスカウトのキャンプを恐ろしいモンスターが襲う。次々と殺される仲間たち。一人生き残った少年は、なんでもっと悪い奴、嫌な奴じゃなくて自分たちを食ったのかとモンスターに問いかける。理不尽な低俗ホラー映画も、ケリー・リンクにかかればこの通り。


『サーファー』

 「人によっては、死の話をするよりエイリアンの話をするほうがかんたんなのはなぜなのか、ぼくにはわからない。エイリアンなんて、経験する人はごく一部だ。死はだれの身にも起きる。」(単行本p.301)

 UFOカルトにハマった父親に誘拐され、コスタリカに連れて行かれたサッカー少年。しかし、新型インフルエンザのパンデミックが発生し、飛行機の乗客は空港の格納庫に隔離される。隔離生活を送っているうちに、世界はどんどん崩壊へと向かっている、らしい。

 ディック的パラノイアの悪夢世界か、バラード風の破滅ものか、と思いきや、意外にもさわやかな少年の成長物語、かと思わせておいて……。SFジャンルへの愛着と辛辣さがいずれも存分に発揮された作品。個人的にお気に入り。


『アバルの保安官』

 「魔法というのはそういうものだ。美しいときもあれば、僧侶たちが言ったとおりひどく邪悪だと思える場合もある。(中略)けれど、小さな悪魔を食べて、リボンやチャームで幽霊をつかまえる者、これはもう魔女と言うしかない。」(単行本p.330)

 様々な悪さを重ねてきた邪悪な母親と一緒に旅をする幼い娘。彼女は、母親に殺された保安官の幽霊をポケットにこっそり隠していた。ある街に着いたとき、母親はやるべきことがあるのに思い出せないと言い出し、なぜか善行を積み信心深いまっとうな「いい人」になってゆく。母親が自分自身にさえ隠していた秘密とは。思春期における急激な心身の変化に対する戸惑いを託した、素晴らしいファンタジー作品。


『シンデレラ・ゲーム』

 「これは新しい、改良バージョンなんだ。魔法使いのおばあさんなんかいない。王子さまもいない。ガラスの靴もなし。ハッピーエンドもなし。逃げた方がいいぞ、ダーシー。悪いシンデレラがお前をつかまえに来るんだ」(単行本p.378)

 両親の再婚のせいで義理の兄妹となり、互いにぎくしゃくしていた幼い二人。両親が不在のとき、しぶしぶ一緒に遊ぶことになったが、つい勢いで流血沙汰になってしまう。そこに両親が帰宅して……。


『プリティ・モンスターズ』

 「モンスターよ。あんたもあんたの友だちも、みんなそう、かわいいモンスターたち。女の子はみんなそういう段階を経るのよ。運がよければ、自分にも他人にも、消えない傷を与えずに通過できる。」(単行本p.431)

 クレメンタインの物語では、彼女は幼い頃に命を救ってくれた男の子に恋をして、さんざん馬鹿なことを仕出かした上に、大失恋してしまう。リーの物語では、女子校における新入生への通過儀式である「試練」をめぐる女の子たちの冒険が展開する。並行して語られる二つの物語は、いったいどこに向かっていくのか。思春期の女の子が抱える過剰なあれこれを巧みな仕掛けと共に強烈に描き出した少女小説の傑作。


[収録作品]

『墓違い』
『パーフィルの魔法使い』
『マジック・フォー・ビギナーズ』
『妖精のハンドバック』
『専門家の帽子』
『モンスター』
『サーファー』
『アバルの保安官』
『シンデレラ・ゲーム』
『プリティ・モンスターズ』


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: