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『SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか』(スティーヴン・ストロガッツ:著、長尾力:翻訳、蔵本由紀:監修) [読書(サイエンス)]

 「同期現象はなぜかわれわれの心の琴線に触れる深遠な現象である。それは、素晴らしいと同時に恐るべき現象でもある。そのほかの数ある現象とは異なり、それを目の当たりにした者は、魂の奥底を激しく揺さぶられてしまう。「自然発生的な秩序の源を突き止めれば、宇宙の謎を解き明かしたことになる」と、人は本能的にわかっているのかもしれない」(Kindle版No.7413)

 自然界に様々な形でみられる同期現象を中心に、非線型数理が切り拓くフロンティア科学を紹介した本の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(早川書房)出版は2005年3月、文庫版出版は2014年2月、Kindle版配信は2014年4月です。

 「理由はまだわからないのだが、ものごとを同期に向かわせる傾向は、原子から動物、あるいは人類から惑星にいたる広大な宇宙で、最も広範に見られる「動因」の一つである」(Kindle版No.344)

 小惑星の分布、電力網の挙動、心臓細胞の状態、ニューロンの発火、コオロギの鳴き声、ホタルの発光。自然界の様々なものが、指揮者も共通信号もなく、個々の振動子の特性が揃っていないにも関わらず、自発的に同期してゆく不思議さ。その背後にある非線型数理の探求をテーマとしたポピュラーサイエンス本です。

 全体は10個の章に分かれています。

 「第1章 ホタルはなぜ、いっせいに光るのか?」では、ホタルの点滅が大規模に同期する現象を出発点に、同期現象についてその研究の状況を紹介し、それが「自己組織化臨界性」や「カオスからの秩序の自発的出現」といった深遠なテーマにつながっていることを示します。

 「第2章 脳波と同期現象の条件」では、脳波に見られる同期現象に関するウィーナーの予想からスタートして、非線形方程式の特徴からウィンフリーや蔵本由紀(本書日本語版の監修者)が見出した結合振動子モデルの解説へと進んでゆきます。ここで同期現象を数学的に解析するための基礎を知ることが出来ます。

 「第3章 睡眠と日々の同期現象」では、睡眠周期を始めとする体内の様々なパラメタが同期する現象、サーカディアン・リズムについての最新研究成果が紹介されます。

 「睡眠と覚醒をはじめ、ホルモンの変動、消化、注意力、機敏さ、さらには認知行動が示す日々のリズムにおいて、この日常的なスケールのレベルでは最近、ヒトの睡眠覚醒周期と、その他のサーカディアン・リズムのタイミングにおける謎めいた規則性が突き止められた。もっとも、その規則性をもたらすものの微視的なレベルでの正体は今もって謎なのだが」(Kindle版No.1825)

 「第4章 同期する宇宙」および「第5章 量子のコーラス」では、非生物的な同期現象が紹介されます。振り子の共振現象、光波を同期させるレーザー、送電網における自己同期現象、原子時計とGPS、惑星の軌道共鳴と小惑星帯に見られるギャップの存在、ボース・アインシュタイン凝縮と超伝導、量子位相コヒーレンス、ジョセフソン効果と超流動ヘリウム。これらがすべて「同期」という観点から結ばれてゆく様は壮観です。

 「地球から約15光年離れた恒星グリーゼ876の軌道を巡る、二つの小規模惑星が発見されたさいに初めてわかったのが、そうした惑星同士が軌道共鳴によって結ばれているという事実だった」(Kindle版No.2977)

 「第6章 橋」では、これまでの章で断片的に語られてきた様々な同期現象の背後に、共通の数学的構造があることを明らかにします。ジョセフソン接合アレイ(電気振動子を多数接続させて一つの配列にしたもの)における同期現象の数学的解析、そして共振による橋の破壊といった話へと話題は広がってゆきます。

 「ここでの論の核心は、振り子とジョセフソン接合を支えている力学が同じ方程式に司られており、そしてその方程式が非線形だという点だ。(中略)生物および非生物における振動子集団のそれぞれが自発的に同期する傾向にあることは、いつの時代にも自明なものではあったが、両者のメカニズムが類似したものであることが明らかになったのは、1996年以降のことである」(Kindle版No.3896、3912)

 「1996年以降蔵本モデルは、結合レーザー・アレイから「ニュートリノ」という極微の素粒子がみせる仮説上の「振動」現象にいたる、さまざまな物理現象に顔を出すようになった。ひょっとしたらわれわれは、同期現象の本質に潜む深遠な統一性をはじめて垣間見ているのかもしれない」(Kindle版No.4261)

 「第7章 同期するカオス」では、同期現象の背後にある非線形性を掘り下げ、それがカオス理論へとつながってゆき、カオス暗号の研究を経て、「周期性のない同期現象」という驚くべき発見へと到達します。

 「同期するカオスというものがもたらす、さらに遠い後世にまで残る遺産といえそうなのは、それが同期現象の理解を決定的に深めたということだろう。同期現象といえばもっぱら、ループや同期・反復に代表される律動性のみが引き合いに出される時代は終わったのだ」(Kindle版No.5113)

 「周期のないこうした同期現象は、われわれに喜悦と感銘を、時には感動すら与える。そこには、知性と芸術性の関与が一見不可欠に思われる。だからこそ、同期するカオスの存在があれほどの驚きをもたらしたのだ。(中略)純粋に機械的な系でも完璧な同期を見せつつ、同時に予想不能な展開を見せていくことができる」(Kindle版No.4580)

 「第8章 三次元における同期」以降は、非線形動力学、ベローソフ・ジャボチンスキー反応、小さな世界(スモールワールド)ネットワークやスケールフリー構造といった接続性問題、ベキ法則、さらには人間社会における同期現象(流行、株式市場の急騰と暴落、群衆心理、交通渋滞、拍手)から脳科学、意識のハードプロブレムといった最先端の研究が語られます。

 「「振動子」という純粋にリズムを刻むだけの実体が、まずは二つが結合しているだけの場合から始まって、すべてがすべてと結合している場合、空間において規則正しいネットワークを成している場合のそれぞれについて考えてきた数学者と科学者は今ようやく、カオスや興奮性といったより複雑な力学(ダイナミクス)と、小さな世界(スモールワールド)とスケール・フリー・ネットワークというより複雑な構造とを考察しはじめたところだ」(Kindle版No.6619)

 「科学者の中には、意識とは脳内で生じている同期現象を主観的に体験することと考える者もいる。あるいは、もっと大胆に、そうした同期現象こそが、意識そのものの台座であると主張する者もいる」(Kindle版No.7266)

 というわけで、同期現象と非線形性をめぐって、宇宙から量子まで、ホタルから人間の意識まで、幅広いトピックスを縦横無尽に飛び回る大作です。主題はもちろんのこと、サーカディアン・リズムやジョセフソン接合などそれだけで一冊の本になるのではないかと思わせるほど詳しく紹介されており、読みごたえ充分。最新の研究成果を紹介するだけでなく、著者自身の研究や体験も大いに語られており、研究者の熱気や興奮がダイレクトに伝わってきます。

 「今この時代に科学者であることが、どれほどワクワクすることかを実感していただけただろうか?(中略)数世紀にもわたり、自然を細かく切り刻むようにして研究してきた人類は、ここへ来てようやく、そうしたピースを、元のかたちに組み上げる方法を模索しはじめている」(Kindle版No.7294)


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