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『もっと厭な物語』(夏目漱石、他) [読書(小説・詩)]

 「恐怖にまさる愉しみはない。それが他人の身にふりかかったものであるかぎり」(文庫版p.160)

 人間の心に秘められている狂気や冷酷さ、ほんのささいな出来事がきっかけで起こる悲劇など、読後に厭な後味を残す名作短篇ばかりを集めたアンソロジー、その第二弾。文庫版(文藝春秋)出版は、2014年02月です。

 「前作では海外作品のみを収録しましたが、本書は国産作品も加えたラインナップとなっています。選定基準はただひとつ----バッドエンド100%、これです」(編者解説より)

 前作である『厭な物語』、文庫版読了時の紹介はこちら。

  2013年07月26日の日記:『厭な物語』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-07-26

 続篇である本書も基本路線は同じですが、日本作品も収録したこと、そして今回はスプラッターホラー的な残虐描写のある作品も含まれていることです。


『夢十夜』より 第三夜(夏目漱石)

 「六つになる子供を負ってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が潰れて、青坊主になっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた」(文庫版p.11)

 眼の潰れた我が子を背負って雨の夜道を歩く語り手。どこかへ捨ててやろうと思っていると、子が大人びた声で言う。「丁度こんな晩だったな」。

 「こんな夢を見た」で始まるショートショートを集めた『夢十夜』のなかでも、怪談要素の強い第三夜。怪談の定型として有名なのですが、オチに持ってゆくまでの不安を盛り上げる文章が素晴らしい。


『私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書』(エドワード・ケアリー)

 「どうやら、人の興味をいちばんそそる類の音というのは、神経の衰弱している気の毒な人たちが考えるような夜に聞こえてくるのではなく、仕事でだれもが家を留守にしていると思われる昼の時間帯に起きるようだ」(文庫版p.18)

 語り手が住んでいるアパートには、奇妙な住民たちがいる。変装趣味、女スパイ、頭蓋骨蒐集者、猿の赤ん坊を母乳で育てている女、魚の病気にかかっている女、煙草をこっそり吸っている犬。気にかかって仕事が進まないんだ。

 ありがちな奇行から始まって、次第に内容が常軌を逸してゆく愚痴。果たしてアパートの住民全員がおかしいのか、それとも狂っているのは……。


『乳母車』(氷川瓏)

 「私はふと乳母車の中でよく眠っているらしい子供の寝顔が見たくなった」(文庫版p.35)

 夜道で出逢った女性が押している乳母車。どうやら眠っているらしく、物音を立てない赤ん坊。そのとき夜空が晴れ、月の光が差し込む。青く照らしだされた乳母車の中には……。

 これも有名なショートショート。怪談や都市伝説として様々な形で語られているのでオチはすぐに分かるでしょうが、やはり雰囲気の盛り上げ方が凄い。


『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンズ・ギルマン)

 「あの壁紙には、わたししか知らないことがある。他の誰も知ることはないだろう。表の模様の向こうでぼんやりしていたものの形が、日に日にはっきりしてきている。いつも形は同じだが、ただ、すごく数が多い。表の模様の向こうで、女の人が手足をついて這っているように見えるのだ」(文庫版p.54)

 屋敷の広い子供部屋に閉じ込められている女性。外に出たい、部屋を変えたい、せめてあの厭な黄色い壁紙を剥がしたい、などと切々と訴えるも、思いやり溢れる優しい夫はまったく聞いてくれない。

 自主的に行動することが一切許されず、厭な部屋で嫌いな壁紙を眺めて過ごすうちに次第に心が押しつぶされ、衰弱してゆく妻。やがて、壁紙の複雑な模様のなかに、くびり殺された顔、奇怪な眼、キノコ、そして這い回る女の姿が見えてきて……。

 君のためだよと言いながら、妻の自由を奪って支配する夫。誰にも話を聞いてもらえず、閉ざされた家のなかで次第に気がふれてゆく妻。狂気の進行がリアルに書かれていて、息が詰まります。個人的に、本書収録作品中で最も気に入った作品。


『深夜急行』(アルフレッド・ノイズ)

 「夜の静けさと寂しさのなかで、少年は本の魅力に抗うこともできなければ挿絵を見ることもできなかった。それで、うっかり挿絵を開いてしまわないよう、長い二本のピンでそのページを閉じ合わせた」(文庫版p.74)

 幼い頃に手にした大人向けの本。どんな話だったか、そもそも読み通したのかも覚えてないのに、その挿絵が怖くて仕方なかったことだけは覚えている。やがて大人になった語り手は、ある夜、ふと自分があの挿絵に描かれていたはずの情景のなかにいることに気付く。

 本好きなら誰もが覚えのあるエピソードを使って、読者を不条理な世界に引き込んでゆく好短篇。


『ロバート』(スタンリイ・エリン)

 「ロバートにこれ以上口をきかせてはいけない、と内部の声が叫んだ。この子はまたわたしを危険な罠にかけようとしている」(文庫版p.103)

 ロバートという教え子から恐ろしいことを言われた女教師。だが、騒ぐたびにロバート少年は自分が一方的な被害者であるかのように涙ながらに訴える。校長も父兄もクラスの他の生徒たちも、誰もがロバートの嘘を信じている。次第に追い詰められてゆく女教師。

 悪魔のような狡猾さと演技力で周囲を味方につける「恐ろしい子供」の罠にかかり、周囲の誰にも信じてもらえず、精神的に追い詰められてゆく親や教師。いかにもサイコホラーの基本パターンですが、話が終わった後になってさりげなく付け足された描写が、この定型パターンをゆるがせ、何とも言えない居心地の悪さを残す印象的な短篇です。


『皮を剥ぐ』(草野唯雄)

 「生き物の祟りがあるとかねえとか口先だけで議論し合っていても決着はつかねえ。そこでおれがあの犬をぶっ殺してみて、そんなものはねえってことを証明してやろうじゃねえか」(文庫版p.123)

 祟りなんて信じねえと言ってわざと犬を殺してみせる男。「うんと祟りやすいように」といって、生きたまま犬の皮を剥ぐ。犬の生き皮剥ぎの描写があるので、スプラッターが苦手な方、そして犬好きは、読まない方がいいです。警告しましたよ。


『恐怖の探究』(クライヴ・バーカー)

 「あの男には、悪意に裏打ちされた何かがある。そう、悪意以外の何物でもない。心の奥深くに悪意を秘めた人間のように思われた」(文庫版p.173)

 他人を拉致監禁しては、心の奥底に隠している「恐怖」を引き出す忌まわしい実験を繰り返す男。危険だと分かっているのに、引き寄せられるように集まる犠牲者たち。猟奇犯罪をテーマとした短篇で、この著者にしてはスプラッター描写は控えめで、血しぶきが苦手な方でも読めます。本当に苦手なら、最後の数ページだけ読みとばすことをお勧めします。


『赤い蝋燭と人魚』(小川未明)

 「人間は、この世界の中で一番やさしいものだと聞いている。そして可哀そうな者や頼りない者は決していじめたり、苦しめたりすることはないと聞いている。(中略)一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、決して無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。人魚は、そう思ったのでありました」(文庫版p.226)

 人間の優しさと善意を信じて、子供を託した人魚。最初は人魚の娘を大切に育ててくれた老夫婦だが、やがて金のために心が荒んでゆき……。人魚の祟りをテーマにした有名童話ですが、人間の本性と哀しさがストレートに書かれていて、子供の頃よんで衝撃を受けた思い出がありありと蘇りました。


『著者謹呈』(ルイス・パジェット)

 「この本は50ページ。で、あらゆる人間の、考えうるすべての問題の答えが、この本のどれかのページに書かれている。(中略)わたしが思うに、この本の著者は人間の生というものを分析して、基本的なパターンに要約し、その方程式を文章として書いたのでしょう」(文庫版p.273)

 うっかり魔術師を殺してしまったことから、その使い魔である猫に命を狙われるはめになった男。しかし、危機に陥るたびに魔術師から奪った本が謎めいた言葉で窮地を脱するためのヒントを与えてくれる。ただこの著者謹呈本、使用回数が限られているというのが問題。しかし、使い魔の方にも時間制限がある。果たして勝つのはどちらか。命がけの攻防戦が始まった。

 ルイス・パジェットというのは、オールドSFファンには懐かしいヘンリー・カットナーとC・L・ムーアの合作ペンネーム。いかにも二人の共作らしく、魔法と論理を駆使した「悪漢と悪女の知恵比べ」の物語が、ユーモアとサスペンスを込めて語られます。このアンソロジーに収録されている時点でバッドエンドだと分かってしまうのが残念ですが、最後のページにしゃれた仕掛けがあって、読後感は悪くないというか、本書収録作品中で最も明るい話です。


[収録作品]

『夢十夜』より 第三夜(夏目漱石)
『私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書』(エドワード・ケアリー)
『乳母車』(氷川瓏)
『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンズ・ギルマン)
『深夜急行』(アルフレッド・ノイズ)
『ロバート』(スタンリイ・エリン)
『皮を剥ぐ』(草野唯雄)
『恐怖の探究』(クライヴ・バーカー)
『赤い蝋燭と人魚』(小川未明)
『著者謹呈』(ルイス・パジェット)


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