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『レッドスーツ』(ジョン・スコルジー) [読書(SF)]

 「オリジナルの〈スタートレック〉では、カークとボーンズとスポックのほかに、かならずレッドスーツを着たどうでもいいクルーが出てきて、最初のコマーシャルのまえには蒸発させられてしまうだろ。あのドラマの教訓なんだよ----レッドスーツを着てはいけない」(新書版p.173)

 これは、人類最初の試みとして5年間の調査飛行に飛び立った、宇宙船イントレピッド号の驚異に満ちた、というか脅威に満ちまくった物語である。新書版(早川書房)出版は、2014年02月です。

 銀河連邦の主力艦「イントレピッド号」では、何かおかしなことが起きていた。乗務員が毎週のように死ぬというのに、ブリッジにいる艦長を始めとする五人の上級士官はどんな危機に陥っても絶対に死なない。瀕死の重傷を負うことはあっても、一週間後にはどういうわけか完全に回復している。

 エンジンはいつもここぞというタイミングで重大な不調を起こし、有能なはずのメンバーがときおりとてつもなく愚かな行動をとる。危機的状況で、なぜか長々と過去の回想が始まる。重要な情報はメールではなく部下が直接伝えに来る。敵艦の攻撃はいつも船体の同じ箇所を破壊し、そのときはブリッジにある機器までどういうわけか火花を散らし、乗務員が吹き飛ばされる。

 だが、そんなことより大きな問題なのは、遠征に出かけた新任乗務員の死亡率の高さだった。イントレピッド号の新任乗務員である主人公たちにとって、それは深刻な問題なのだ。

 「だれかひとりが死ななきゃならないからだ。遠征チームはそういうものなんだ。キーングが遠征チームを指揮しているときは、だれかが死ぬ。かならずだれかが死ぬんだ」(新書版p.89)

 「統計的に見て、この五人にはきわめて異常な点がある。彼らが遠征に出かけると、その任務で致命的な失敗の起こる確率が上昇する。(中略)この五人は死なない。けっして死ぬことはない」(新書版p.107)

 「わたしが調べたかぎりでは、遠征任務で多少なりとも似たような統計的パターンをしめしていた宇宙艦が一隻だけあった。(中略)宇宙船エンタープライズ号。虚構の存在だ」(新書版p.108)

 「エンタープライズ号」とやらは虚構の存在かも知れないが、主人公たちは実在しており、その死はマジなのだ。〈物語〉にスポットライトを当てられ、「レッドスーツを着たエキストラ」として抹殺されるのを避けるべく、あらゆる努力をする新任乗務員たち。しかし、いつまでも逃げ続けるには、イントレピッド号に降りかかる事件はあまりにも多すぎるのだった。

 「平均すると1年に24の大きな事象が発生する。ほかに小さな事象がいくつか。たぶんそれらはタイアップ小説だと思う」(新書版p.117)

 年に2クールの危機。アイスシャーク、金星ガニ、ランドワーム、あるいは発狂した殺人マシンといった、どうしようもなく馬鹿げた脅威によって次々と命を落としてゆく仲間たち。この任務を終えたら故郷にかえって結婚するんだ、と言っていた仲間が死ぬ。敵の正体が自分の親友だと気付いた仲間が死ぬ。お前たちと一緒にいたら殺されちまう、俺は御免だぜ、などと叫んで走り出した仲間が死ぬ。

 「結局のところ、ぼくたちに自由意志はないんです。遅かれ早かれ、〈物語〉がぼくたちを迎えにきます。ぼくたちを好きなように利用します。そして、ぼくたちは死ぬんです」(新書版p.145)

 友人が「これを止める手立てを見つけてくれ(がくっ)」と言い残して死んだとき、主人公はついに戦うことを決意する。もうたくさんだ。何としてでも、このイデオットプロット(クソ脚本)を終わらせてやる。だが、どうやって。そう、手抜きシナリオの穴を逆用するのだ。

 こうして、命がけの登場人物vs生活がかかった脚本家、その直接対決に向けて〈物語〉は加速してゆく。

 「ほらね、やっぱり再帰的でメタなのよ」(新書版p.150)

 というわけで、ファンジンやら二次創作同人誌にありがちな発想で書かれた風刺スペースオペラ長篇です。単なるおふざけに終わらず、馬鹿げたプロットとアクションは(何しろ『老人と宇宙』シリーズの作者が書いているので)実際に面白いし、安っぽいSFドラマの出鱈目さを利用したプロットのひねり具合にもわくわくさせられます。最後に置かれた複数のエピローグにはしんみり。

 SFファンがSFファンに向けて書いたメタSFなので、SFファンにウケるのは無理もありません。とはいえ、ヒューゴー賞受賞は仕方ないとしても、ローカス賞まで受賞してしまったのはどうだろう、と正直思いますが。

 「週一のドラマでもゴミじゃないものはたくさんあるんだよ、ニック。それがSFドラマであってもな」(新書版p.282)


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