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『怪談短歌入門 怖いお話、うたいましょう』(東直子、佐藤弓生、石川美南) [読書(教養)]

  「オバQはそうじゃないよとナミちゃんの描いたあの絵を忘れたかった」(小瀬朧)

 ネットで募集された「twitter怪談短歌コンテスト」の応募作から、三名の歌人が選んだ傑作と選評その他を収録した一冊。単行本(メディアファクトリー)出版は、2013年09月です。

 可愛らしい小鳥がたくさんいる絵がカバーとなっていて、一見して微笑ましい印象を受ける本ですが、よーく見ると、一羽の小鳥の目に矢が刺さっていたりして。さすが。

 というわけで、怖い短歌、恐ろしい短歌を、「怪談短歌」としてツイッターで一般公募するイベントに寄せられた作品集です。

 怖い詩歌というと、まず思い出すのが倉阪鬼一郎さんによる『怖い俳句』。これはお勧め。

  2012年08月01日の日記:『怖い俳句』(倉阪鬼一郎)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-08-01

 事物や情景をずばっと提示して、何の説明もなくさっと終わってしまう俳句の衝撃的な怖さというのは、これは相当なものです。それに比べると、短歌は「状況説明」が長いぶん、一瞬おいて、状況を具体的に想像しているうちにじわじわ、というのが多いという気がします。

  「厠から仏間にかけてぴちゃぴちゃとのたうつ金魚の一列縦隊」(立花腑楽)

  「背中だけ見せて揺れてるひまわりは私に気付き少し振り向く」(山崎智佐)

 「宝くじ」「地獄」「くちばし?」「しゃれこうべ」「・・・ベンチ・・・」「血」「・・・・・・ち、千葉」「ばらばら死体」(桔梗)

 いくつかの作品は、例えばひそひそ声で不安を盛り上げておいて、聞いている人をいきなり指さして「お前だーっ」と大声で叫ぶ、みたいな怪談の語りの手法を取り込んでいて面白い。短歌ならではの趣向というか、俳句だとこういう組み立ては無理ですよね。

  「ペトペトさんお先にどうぞと道譲る後ろにいたのがお前の父さん」(安芸こもり)

  「夜な夜なに眼鏡のアイツが誘い来る野球しようぜおまえボールな」(無樂)

  「悪夢から目覚めてママに泣きつけばねんねんころりあたまがころり」(中家菜津子)

 題材的には、友達、児童虐待、ストーカー、といった「人間関係に潜む不安」をえぐる作品が多いような印象を受けました。

  「あやとりの指絡みあう 押入れに誰にも言えぬ友だちはいて」(堀まり彗)

  「永遠に友達だよね よせ書きにひっそりとある知らない名前」(高橋徹平)

  「ぼくのためだといいながら涙するママはきれいだどんなひとより」(相田奈緒)

  「ごめんなさいごめんなさいが十続きすきま風の声のみ残る」(ぐら)

  「アパートのドアに下がった袋には心当たりの無い卵二個」(都季)

  「僕の名のすぐあとに君の名があった黄ばんだ貸出カードすべてに」(沼尻つた子)

 選者である東直子さん、佐藤弓生さん、石川美南さんが、それぞれ自分が選んだ作品への選評、三人の鼎談、さらにエッセイが収録されています。怪談短歌創作に関するアドバイスやヒントがいっぱい含まれていますので、これから詠んでみようという方は参考にするとよいでしょう。

 「短歌は俳句より長いけれど、具体的なことを直接表現する部分は、むしろ俳句より短くてもいいくらいです。たぶん十二音分くらいで十分。あとはアトモスフィアで包んで、見えるような見えないような感じでまとめると、うまくいくんじゃないかと思います」(単行本p.50)

 「まずは、「くり返し」という点。言葉にせよ、歌の中で起っている現象にせよ、くり返しがあることで、怖さが醸成される。これは大きな発見だったと思います」(単行本p.56)

 個人的に驚いたのは、石川美南さんが次のように告白していることです。

 「何を隠そう、私は怪談のことをほとんど知らない。怪談を書いたことがないのはもちろん、お皿を数えるのがお岩だったかお菊だったかもうろ覚え。(中略)正直言って、はじめは私で大丈夫だろうか、と不安だった。怪談でも短歌でもない、「怪談短歌」という新ジャンルを一から作らなくてはならない気がして、プレッシャーも感じていたのだ」(単行本p.170)

 石川美南さんの歌集『離れ島』や『裏島』には、

  「午前二時のロビーに集ふ六人の五人に影が無かつた話」

  「トイレットペーパーに深い指の跡、使へば消えてゆく指の跡」

など、典型的な怪談短歌が多数収録されているので、これは意外でした。

  2013年08月12日の日記:『裏島』(石川美南)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-08-12

  2013年08月13日の日記:『離れ島』(石川美南)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-08-13

 ちなみにそう思ったのは私だけではないようで、東雅夫さんも「石川美南さんの「物語集」(『離れ島』収録)にも、怪談短歌そのものといってよい歌が数多くある」(単行本p.173)と書いておられます。

 結局、怪談短歌がうまく書けることと、怪談に関する知識が豊富であることとは、あまり関係がないのかも知れません。逆に言うと、怪談にあまり縁がない方でも、すごい怪談短歌をものにすることが出来るかも知れないわけで、やる気になった方は次回の「twitter怪談短歌コンテスト」に応募してみるとよいでしょう。


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