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『増補版 図説 台湾の歴史』(周婉窈:著、濱島敦俊:監修・翻訳、石川豪:翻訳、中西美貴:翻訳、中村平:翻訳) [読書(教養)]

 「台湾の歴史的状況を知らない日本の読者に、もしもわたしが「戦後50年も台湾人は台湾の歴史を学ぶことができなかった」と言ったら、きっと困惑することであろう。さらにわたしが「台湾人が台湾の歴史を学ぶことができなかった歴史は100年にもおよぶ」と言ったなら、さらに困惑することだろう。そして、実のところ、台湾人のこの不思議な歴史的状況は、日本との関係に由来するのだ、などと言えば事情はさらに複雑なものになり、「謎」が深まるばかりである。わたしの本は、もしかしたら読者のこうした「謎」にいくらか答えるものになるかもしれない」(「日本語版への序文」より)

 台湾の歴史、それはいったい「誰の」歴史なのか。そして台湾人が一世紀に渡ってそれを学ぶことが許されなかったのはなぜなのか。異なる歴史認識が引き起こす社会の分裂を乗り越えるべく「学術的な本としては台湾で最も多く売れ、そして読まれた」(「監修者あとがき」より)台湾史の教科書。原書にはない「戦後篇」を追加した、日本語翻訳・増補版。単行本(平凡社)出版は2013年02月です。

 「現在台湾社会はまさに甚だしい分裂状態にある。この分裂の多くは、民族集団(族群)によって、歴史経験、記憶、そして認識について大きな隔たりがあることに由来するものである。(中略)台湾社会の分裂は、あらゆる問題にわたり、そして深刻である」(単行本p.7)

 「現在台湾の指導者は国民党系、あるいは民進党系のどちらに属しているとしても、台湾の過去について系統的な基本認識を持つ人はきわめて少ない。(中略)近代的教育が始まって以来、台湾人は100年来自己の歴史を学べなかった。戦争期世代には、台湾の歴史についての認識が欠如しているが、それはまさに今日の台湾の中堅世代についても同様である」(単行本p.236、259)

 特定の民族集団の歴史認識に偏らず、包括的に台湾の歴史を解説しようとする力作です。さらに日本語翻訳版には、原著にはない増補[戦後篇]が書き下ろされており、まさにこの一冊で台湾史の概要を知ることが出来るようになっています。

 第1章から第6章までは、先史時代から移民開墾社会へと到る歴史が、漢人の視点に偏らないよう注意深く記述されています。

 台湾先住民族の歴史、世界で最も種類が多く地理分布が広い「オーストロネシア語族」が台湾先住民によって世界中に拡散した可能性があること、「台湾」という呼称が実はオランダ語の地名"Tayouan"に由来すること、など興味深い話題が満載。

 しかし多くの日本人読者にとって気になるのは、やはり「第7章 日本統治時代」から先でしょう。

 「台湾は、日本の統治下で、近代化と植民地化の二重の歴史課程を経験した。(中略)両者はあたかもチェロとヴァイオリンが織り成す二重奏のようなもので、高低の弦音が、影と形の寄り添うがごとくに、双方を支え合っていると言える。もし台湾におけるこのもつれ合って分かちがたい両者の関係をなおざりにするならば、台湾人が日本統治に対して抱いている心情の複雑さと曖昧さを理解することはできないであろう」(単行本p.123)

 台湾植民地化の経緯や評価といった話題になると、日本人として何となくきまり悪い思いをしながらも、実のところよく知らないし、台湾人もあまり語らないようなので、まあいいや、みたいな感じで曖昧に流してきた私。本書はこの点について詳しく、公平に記述してくれます。

 抗日戦争、日本統治の特色、近代的な制度や設備の導入、同化教育、差別と弾圧、植民地解放運動、皇民化、そして台湾人日本兵。どう受け止めるにしても、日本人としてきちんと知っておきたいことばかりです。

 また植民地化の影響という点では、個人的には、次の二点に強い感銘を受けました。

 「いつから台湾住民が台湾を思考の明確な範疇とするようになったのか、またいつから台湾人を自称するようになったのか、ここに一つの明確な起点を見出せるかもしれない。1895年に台湾が日本に割譲されたという共通の運命によって、台湾の士紳と民衆は、地理としての台湾を思考の単位とせざるを得なくなった。言い換えれば清朝が分割した土地の範囲が、「台民」というアイデンティティを作ったのだ」(単行本p.153)

 「植民地統治がいかに豊富な遺産をとどめたにせよ、近代植民地統治の残した最大の傷痕は、おそらく、植民地人民から彼ら自身の伝統・文化や歴史認識を剥奪し、「自我」の虚空化・他者化を招いたことであろう。これは植民地においてもっとも癒されがたい傷痕なのである。台湾人は今なおその呪縛の中に生きているかのようである」(単行本p.263)

 日本語翻訳版で増補された[戦後篇]は、国民党政権による台湾接収、二・二八事件、白色テロ、38年続いた戒厳令(20世紀で最も長く続いた戒厳令だといわれる)、民主化運動、といった苦難の台湾近代史が語られます。虐殺、弾圧、思想統制。日本語版でしか読めないその過酷な内容には、戦慄を禁じ得ません。

 「台湾は植民地身分を脱却した後、すぐさま別の権威主義的統治の下に組み入れられ、ほどなくして二・二八事件が発生し、さらに間もなく巨大な中央政府及び膨大な軍民が台湾に撤退してきた」(単行本p.262)

 「国民党の台湾統治は、文化政策からしても、人事任用の上からしても、「疑似植民地統治」の傾向を免れることはできない。国民党統治が「二度目の植民」であったにせよ、あるいはまた「疑似植民地」であったにせよ、この一連の経緯が、台湾における「ポストコロニアル時代」の到来を緩慢で複雑なものとしてしまったのである」(単行本p.262)

 「全体的に見れば、台湾人は戦争期には中国人とまったく反対の立場、つまり日本人の側に立っていた。そのため必然的に、彼らは祖国の人びとの日本に対する怨恨感情を理解することができなかった。また逆に言えば、中国人もまた日本の植民地統治が台湾人に与えた影響、その功罪両面をまったく理解できなかったのである」(単行本p.203)

 現代の台湾をめぐる複雑な情勢、台湾社会を特徴づけるいくつかの重要なポイントが、どのような歴史的経緯を経て生まれたものなのか。それをおぼろげながらも理解するために、日本でもぜひ多くの人に読んでもらいたい一冊です。表面的な知識で「台湾は親日」などと物事を単純に捉えがちな若い人には特に。

 「国民党教育の枠組みで育った優秀な学生は、大学卒業後、立派に立身出世し、その枠外で起こった具体的な事物や知識に接する機会のなかった人物の場合、とりわけ白色テロ及びそれが「他者」に及ぼした傷痕について、30年経った今でも理解することはないだろう。明瞭に異なる歴史経験は、まったく異なった歴史的記憶を生み出す。「他者」の被害の歴史を知り、それを自己の記憶に組み入れることは、ある種の想像力と、現在の自分を超越する普遍的な理解力を必要とするものである」(単行本p.230)


タグ:台湾
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