SSブログ

『日本SF短篇50 (5) 日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジー』(上田早夕里、宮内悠介、山本弘) [読書(SF)]

 「日本SF界は確実に世代交代の時を迎えようとしていた」(文庫版p.527)

 日本SF作家クラブ創立50周年記念として出版された日本短篇SFアンソロジー、その第5巻。文庫版(早川書房)出版は、2013年10月です。

 1年1作、各年を代表するSF短篇を選び、著者の重複なく、総計50著者による名作50作を収録する。日本SF作家クラブ創立50年周年記念のアンソロジーです。第5巻に収録されているのは、2003年から2012年までに発表された作品。

 日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジーもいよいよ最終巻。収録されているのは、すべて現役の作家、今の作品。50年かけて日本SFがどこまでやってきたのか、これからどこに向かおうとしているのか、現時点におけるその到達点を再確認できる十篇です。


2003年
『重力の使命』(林譲治)

 「その天体はフェムト秒レーザーではじめて解析できるような微細な構造物で表面が覆われていた。基本は何等かの繊維状の構造物、そして胞子に相当するような形状。それはまさに黴としか言えない物である。そう、この天体は黴びているのである」(文庫版p.20)

 恒星間探査船が遭遇した不思議な天体。その秘密を探るべく着陸を試みたモジュールを襲った異常事態とは。「ダイヤモンド・ハードSF」と評される作者の面目躍如たる宇宙SF。古典ハードSFへのオマージュだと思わせるタイトルが巧妙。


2004年
『日本改暦事情』(冲方丁)

 「(星は人を惑わせるものとして思われがちですが、それは人が天の定石を誤って受け取るからです。正しく天の定石をつかめば、暦は誤謬無く人のものとなります----) 帰り道、二十代の終わりに、保科正之に対して告げた言葉が、卒然と蘇った。 「やっと天に届きました。・・・・・・保科様・・・・・・関殿・・・・・・」」(文庫版p.88)

 江戸時代前期、日本史上はじめて独自に暦が作成された。大和暦の完成と採用に向けた艱難辛苦とそれを通じた若者の成長をつづった時代小説。後に『天地明察』として長編化され、ベストセラーとなりました。長篇版読了時の紹介はこちら。

  2013年05月15日の日記:『天地明察』(冲方丁)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-05-15


2005年
『ヴェネツィアの恋人』(高野史緒)

 「背ばかりがやたらと高いその歌手は、愛だの恋だのばかりを歌うものよりも幾分か文学臭い、凝った内容の歌を歌っていた。時間や運命について、芸術に捉えられた人間の悲劇について、あるいは記憶にない記憶、会ったこともない運命の恋人について」(文庫版p.135)

 パリの街角。若いころ一夜をともにした恋人と再会した、今や年老いた語り手は、あの瞬間を取り戻したいと占い女に頼み込むが・・・。運命と芸術をテーマに、様々な人生(SF的に解釈するなら並行世界)が交差する様を描いた幻惑的な短篇。


2006年
『魚舟・獣舟』(上田早夕里)

 「ヒトにとってヒトの定義とは何なのだろう。形態なのか。ゲノムなのか。それすらも個人の価値観によって違ってしまうのだろうか」(文庫版p.157)

 海面上昇により陸地がほとんど失われた25世紀の地球。巨大海棲生物「魚舟」と共棲して生きる海上民と、暴走した「獣舟」を殺すことで残された陸地や海上都市を守ろうとする陸上民の対立。だが魚舟、獣舟、人類は、すべて同一ゲノムを共有する「同一種」なのだった。

 後に書かれる傑作長篇『華竜の宮』の原型となったバイオSF短篇です。長篇読了時の紹介はこちら。

  2010年12月28日の日記:『華竜の宮』(上田早夕里)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-12-28


2007年
『The Indifference Engine』(伊藤計劃)

 「戦争は終わっていない、とぼくは街の人々に言うつもりだった。 戦争は終わっていない。ぼく自身が戦争なのだ」(文庫版p.230)

 泥沼化した凄惨な民族紛争が終結し、「解放」された少年兵たち。憎悪と暴力の連鎖を断ち切るために、彼らは脳にある処置を施される。だが、テクノロジーの力で人間の心を救うことが出来るのだろうか。長篇『虐殺器官』と同じ世界を舞台にした、切れ味鋭い傑作短篇。


2008年
『白鳥熱の朝に』(小川一水)

 「人生最悪の年だった。 一年後、第二波流行の襲来を受けるまではそう思い続けた。 人類は白鳥熱に対する免疫を持っていない。それの意味するところは、全人類が免疫を持つか死ぬかするまで、流行が終わらないということだった」(文庫版p.286)

 変異型の鳥インフルエンザが大規模パンデミックを引き起こし、国内だけで800万人を超える死者を出した惨劇から数年後。家族をすべて失った男が、同じく孤児となった少女の保護者として指定される。それぞれに「秘密」を抱えた二人は、ぎこちないながらも家族となってゆくが・・・。

 パンデミックからの社会復興と、心に深い傷を負った個人の治癒を、重ね合わせるようにして描いた感動作。


2009年
『自生の夢』(飛浩隆)

 「このインタビューは、その対話を行うことそれ自体が<忌字禍>(イマジカ)との闘争そのものでもあった。この壮絶な闘争を維持するため、人類は公共的計算資源をピーク時で三パーセント消費した。その膨大な計算こそがこのインタビューの実体なのだ」(文庫版p.306)

 言葉によって他人を操り死に至らしめる連続殺人者。三十年も前に死んだその男が、描写によって文字空間へ再構築される。文字にとりつき感染を広げてゆく恐るべき疫病<忌字禍>に対抗するためだというのだが・・・。独創性あふれる言語SF。


2010年
『オルダーセンの世界』(山本弘)

 「それはあなたたちがオルダーセンの言葉を信じてるから。絶望してると言ってもいい。『外の世界は滅びてしまった』『この小さな世界以外に生きられる場所はない』『これが現実だ』・・・・・・そう思ってあきらめているから。せいぜい禁制品を見つけるだけで満足して、それ以上のことを望まない。だから世界はこんな姿であり続けてるの」(文庫版p.407)

 独裁者に支配された禁欲的な閉鎖世界にあらわれた謎の美女、シーフロス。彼女は、この世界は広大な「夢」の海に浮かぶ泡のような、局所的「現実」に過ぎず、しかも崩壊が迫っていると告げる。

 いわゆる「壁の中」テーマに量子論的世界観を組み合わせたアイデアストーリー。想像力を信じればボクらは世の中を変えることが出来るんだ、というジュブナイルSFのナイーブさを蘇らせた短篇。


2011年
『人間の王 Most Beautiful Program』(宮内悠介)

 「このようにして、二人は出会ったのだった。 最後まで人間の側の王として戦った男と----いずれ、チェッカーを滅ぼす男とが」(文庫版p.445)

 チェッカーの王者、マリオン・ティンズリー。人生のすべてをチェッカーに捧げた男は、コンピュータソフトに負けたとき、さらに完全解が明らかになりチェッカーがゲームとして「死んだ」とき、何を考えたであろうか。

 テーブルゲームをテーマにした連作短篇の一作。ほとんどティンズリーの伝記のように書かれていながら、最後になってSF的設定が明らかにされるところが巧い。


2012年
『きみに読む物語』(瀬名秀明)

 「本当に世界が変わってしまったとき、どれだけの人がその事実に耐えられるだろう。その証拠に特定のジャンルをとりわけ愛する人は、自分たちのコミュニティが変化しないことを願うからだ。変わろうとする世界が他人事である限り、SFはいつまでも変わらずにいられる」(文庫版p.482)

 人はなぜ本を読んで感動するのだろうか。小説を読んだときの感動を客観的・定量的に予測するアルゴリズムの完成は、社会に様々な衝撃を与えることになった・・・。

 読書、共感、社会性、脳科学といったお馴染みのテーマを追求しながら、SFに何が出来るのかを問う、シリアスな楽屋オチSF。読後、『日本SF短篇50 (1)』の巻頭言を合わせて読むことで、瀬名秀明ではじまり瀬名秀明で終わるという本アンソロジー全体の構成の妙に唸らされることに。


[収録作品]

2003年 『重力の使命』(林譲治)
2004年 『日本改暦事情』(冲方丁)
2005年 『ヴェネツィアの恋人』(高野史緒)
2006年 『魚舟・獣舟』(上田早夕里)
2007年 『The Indifference Engine』(伊藤計劃)
2008年 『白鳥熱の朝に』(小川一水)
2009年 『自生の夢』(飛浩隆)
2010年 『オルダーセンの世界』(山本弘)
2011年 『人間の王 Most Beautiful Program』(宮内悠介)
2012年 『きみに読む物語』(瀬名秀明)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: