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『日本の起源』(東島誠、與那覇潤) [読書(教養)]

 「起源をめぐる新しい知識を前提にしながら、しかし肝心なことは、そこから歴史像を組み直していく作業のほうだ。問題は時にループし、無数のバイパスを結節しながら、とめどなく話題は展開していった。そもはもう、目も眩まんばかりであったが、いまこうして読み直してみると、議論の基本線はきわめてすっきりと仕上がっているように思う」(単行本p.336)

 いったいどうしていっつもこういうことになっちゃうの、日本。歴史学の最新知見を駆使して、日本におけるもろもろの起源を探ってゆく知的昂奮に満ちた対話。単行本(太田出版)出版は、2013年09月です。

 二人の歴史学者が、古代から現代に至る日本史を徹底的にブラッシュアップ。私たちが生きている今と、遠い過去との意外なつながり(というか反復)が次々と明らかになってゆく様には、思わず息をのむような驚きと感動があります。

 「歴史研究者とは単に過ぎ去った時代を骨董品のように修復し、愛でていればよいという仕事ではありません。むしろ細くあえかにではあっても、今日のわれわれへと確かに続いている過去からの糸を織り直すことで、<現在>というものの絵柄自体を艶やかに変えてみせることにこそ、その本領がある」(単行本p.6)

 古代、中世、近世、近代、戦前、戦後、という六つの時代に分けて、対話により日本の歴史を再検証、あるいは再構築してゆきます。

 それぞれの時代を個別に扱うのではなく、例えば、権力の継承はどのように行われてきたのか、その二重構造はどう機能してきたのか、社会福祉はどうなっていたのか、空虚が中心となる不可解な社会規範はどこから来たのか、といったいくつかのテーマを想定して、その視点で歴史の流れを新たに読み解いてゆくのです。

 まず與那覇先生が自身の見解を述べつつ質問を出し、東島先生がそれに答えつつ新たな論点を提出する。そんな繰り返しで話はどんどん転がってゆきます。学識豊かなお二人のこと、対話には歴史学の最新の研究成果や議論が存分に盛り込まれ、話の展開とともに、これまで読者が通俗的に何となく理解してきた「日本史」が、まったく異なる様相を呈してくるようになります。

 まるで、ちょっと違う角度から眺めるだけで、それまで見えていた形とは大きく異なる別の図柄が立ちあらわれる、そんなトリックアートのようで、思わず、はっ、とさせられます。

 読み物としても退屈しないように工夫されています。特に、東島先生より一世代若い與那覇先生は、下手の役割を引き受けつつ、おちゃらけ一発面白ネタ出しなど一般読者への気配りも忘れないようこまめに配慮しており、その苦労人っぷりが印象的。

 「現代を説明する際に歴史からメタファーを持ってくるのは、安直なあてはめにも陥りがちな半面、意外に本質を射ていることもあるのですね」(単行本p.156)

 上手である東島先生は、まずはゆるやかに釘を刺します。

 「「いまも昔も一緒なんだ」みたいに、結果的に現状を免責する言説になりかねません。ですのでそこは注意が必要なのですが」(単行本p.157)

 「「ネット右翼」のそれと同列にしないほうがいいですね」(単行本p.162)

 「生活保護バッシングという今日的な問題については、歴史的起源を語るという構えをとりたくはないところなんですが」(単行本p.171)

などと抑えた上で、穏やかな語り口のまま、ものすげ辛辣な物言いをする。この呼吸が素晴らしい。さすが先達は違うものだと感心させられます。例えば。

 「「英霊たちの最後」みたいな二時間物のドキュメンタリー映画を、もしも愚直に撮るとすれば、73分までは餓死するシーンで、特攻隊のシーンは12.5秒という、コマーシャル未満の時間しか割り当てられないわけです」(単行本p.267)

 それにしても、個人的に、歴史の知識がないのが悔やまれました。通俗的な(高校の授業で教わるような)歴史理解がいかに古くさい、とうに捨てられた解釈であるか、といった解説が繰り返されるわけですが、そもそもよく知らないので満足に驚くことすら出来ません。悲しい。

 そういう意味では、歴史に詳しい読者の方がはるかに楽しめると思います。

 巻末には充実した注釈と索引がついており、対話で言及された論文や資料(一般向け書籍も多く含まれます)はすべて出典が詳しく記載されています。今の歴史学の概要をざっと学びたいという方は、本書を手引きにして、挙げられた資料を次々に読んでゆく、という勉強法がお勧めじゃないでしょうか。

 というわけで、私のように『中国化する日本』を読んで、専門の歴史学というものがいかに活力に満ちた魅力的な学問であるかを知って昂奮した方、歴史をみる視点をリフレッシュしたい方、大学などで本格的に日本史を学ぼうとしている方、今の日本の「なんかぐだぐだな感じ」が本当はどこに起源があるのか真面目に考えてみたい方、そして日本のあるべき明るい将来像が描けず悶々とした思いに悩んでいる方などに、強くお勧めします。

 「<現在>のもりあがりだけで日本の未来を大きく変えられるという、ここ数年来の夢は、「政権を変えれば変わる」「原発を止めれば変わる」あたりからすり減りはじめて、「憲法を変えれば変わる」くらいで打ち止めになりそうです。むしろ遠い過去から今日へと続く、細いながらも強靱な一本一本の糸のはじまりを見極め、その絡まり合いを解きほぐしてゆくことでしか、この社会の図柄は変わらない。だけどくじけることはないよ、それが有史以来、われわれの先人たちが繰り返してきたことなのだから----。 そんなメッセージを添えて、あの夏の片隅でひっそりと開かれていた歴史学の教室に、みなさんをご招待させていただきます」(単行本p.8)


タグ:與那覇潤
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