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『ベストセラーの世界史』(フレデリック・ルヴィロワ) [読書(教養)]

 「売れそうにないと思われたものが、なぜだかわからないのに奪い合いになる一方で、飛ぶように売れると思われたものが断裁扱いになってしまう。なぜその本が売れ、別の本ではないのか。(中略)ベストセラーは、賛嘆すべき本、唾棄すべき本、単に凡庸な本、いずれの可能性もあり、価値に関してヒットはなにも教えてくれない」(単行本p.373、19)

 ベストセラーはなぜ生まれるのか。そこにはどのような法則が働いているのだろうか。『聖書』から『ハリー・ポッター』まで、ベストセラーの歴史を辿った一冊。単行本(太田出版)出版は、2013年07月です。

 ベストセラーという現象を様々な角度から探求した本です。全体は三部構成(+結論)となっています。

 最初の「第一部 書物----ベストセラーとは何か」では、そもそもベストセラーを定義し、検証することがどれほど困難であるかを解説します。まずは売上部数、続いてヒットの持続期間、そして地理的な普及、という三点について議論が行われます。

 「20世紀後半に出版された超ベストセラー作品のうち4分の3までがアングロ・サクソンのものなのである。ついでに記憶にとどめておいてほしいのだが、1950年以前に刊行された超ベストセラー作品にしても、英語の本は全体の2分の1を占めている。つまりアングロ・サクソンの覇権は1950年代以前にすでにはじまっていたが、50年代以降、さらに圧倒的なものとなっていったのである」(単行本p.118)

 いかにもフランス知識人らしい物言いは本書の魅力の一つでして、シェークスピアはフランス語になかなか翻訳されなかった(その程度の作品でしかない)、ボルヘスはフランス語に翻訳されて原文よりも優れたものとなった(本人もそう言ってる)、トールキンの『指輪物語』はこの本以外に本を読んだことがない人々によって愛読されている(主にアメリカ人だ)、文学賞をとった作品が売れるという現象はフランスだけのもの(一般大衆の知的レベルが高いからではないだろうか)、といった具合に、たいそう香ばしい言説を振りまいて下さいます。

 ともあれ、あちこちに挿入されているエピソードの数々が面白い。

 「1867年、フランスでエルネスト・ルナンの『イエスの生涯』がヒットした際、その成功の少なからぬ部分はこの哲学者にとっての最大の難敵、パリの神父たちのおかげであったといわれている。というのも、彼らはただこの本を破棄するためだけに、ブルジョワに変装してこっそり何千部も購入したからである」(単行本p.20)

 「発売から2年が経った1824年、版元は40部も売れなかったとスタンダールに伝えた後、非難と冗談とが入り混じった口調でこう告げている。書店では、この本は神聖なのだといわれている、と。「なにしろだれひとり、手を触れないのですから」」(単行本p.66)

 「第二部 作者----どのようにしてベストセラーを作るのか」では、本を売るためのあの手この手を見てゆきます。ひたすら売れ筋を狙って書く、洪水のように広告を流す、さらには著名人のゴーストライターからあからさまな盗作まで。もちろんテレビ番組や映画、ときには検閲や訴訟までもが、ベストセラーを生み出すのです。

 「文芸家協会の権威であったグルドン・ド・ジュヌイヤックはこう述べている。「あなたの芸術的感性からできた作品が、どんなにばかげたもので、お粗末で、くだらないものであったとしても、よく売れてとてつもない部数に達するでしょう。大量かつ多彩な、しかも絶え間なく、また粘り強く繰り返される広告さえあれば」」(単行本p.194)

 「ベルナール・グラッセはこう説明している。「広告とは、待ち望んでいるものを、すでに獲得されたと宣言してしまう大胆さのことだ」」(単行本p.201)

 検閲と弾圧にまつわる章は本書のなかでも最も面白い部分で、次のような魅力的なエピソードが満載です。

 作者に無断で『ドクトル・ジバゴ』の原稿を二重底スーツケースに隠してソ連からこっそり持ち出し勝手に出版したイタリアの編集者。党指導部の内部抗争のお蔭で検閲を免れた『イワン・デニーソヴィチの一日』。ファトワーによって著者に死刑宣告が行われたせいでベストセラーになった『悪魔の詩』。英国政府が国家機密が含まれているとして発禁処分にしたことでベストセラーになった『スパイキャッチャー』。

 「第三部 読者----ベストセラーはなぜ売れるのか」では、ベストセラーの分類を行います。まず宗教書、政治的教書。それから教科書、ダイエット本、俗物根性、娯楽小説、書棚を飾るための本。

 面白いのは、ベストセラー本の多くが実際には読まれていない、という指摘。

 1985年に、ワシントンにある何軒もの書店で何十冊ものベストセラー本に、「この番号に電話をかけてくれた人には5ドルを差し上げます」と書いたカードを挟み込む実験が行われたが、電話をかけてきた人は一人もいなかった。(単行本p.333)

 2007年に、4000人を対象にイギリスで行われたアンケートによると、回答者の55パーセントが、本を買うのはただ部屋の飾りにするためであると答えた。(単行本p.335)

 「結論----持続する奇跡」では、ベストセラーがどのようにして生まれるのかについてのこれまでの長い長い論考の結果が示されます。次のような、非常に説得力ある、完璧な結論。

 「私たちが抗いがたく抱いてしまう思いをまた裏づけることとなる。それは、わかっていることはひとつだけだという思いだ。すなわち、ベストセラーの理由について、すべてがわかっているわけではないということである」(単行本p.401)

 というわけで、ベストセラーをものにしたいと切望する作家や編集者がノウハウを学ぼうという目的で読んでも、おそらく役には立たないでしょう。ベストセラーの歴史、著名作品の出版にまつわるエピソードや、書物の売上部数をめぐる悲喜劇の数々に興味がある方にお勧めします。


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