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『ハキリアリ 農業を営む奇跡の生物』(バート・ヘルドブラー、エドワード・O・ウィルソン) [読書(サイエンス)]

 「ひとつ確かなことがある。ハキリアリのすごさだ。アリと菌が密接にかかわり合いながら、信じがたいほど複雑な共同体を築き、全体をひとつにまとめ上げるメカニズムをもっている。まさに特別な存在といっていい。ハキリアリの巨大コロニーほど素晴らしい超個体は、この地球でいまだかつて発見されたことがない」(単行本p.145)

 複雑な階級制度と発達した情報伝達系を持ち、空調のきいた地下室でキノコ菌株を育てる「超個体」。奇跡の生物、ハキリアリについて、現在までに知られている事実を専門家がまとめた一冊。単行本(飛鳥新社)出版は、2012年04月です。

 切り取った大きな葉を担いで巣に持ち帰り、それで菌(キノコの仲間)を育てる農業アリがいる、ということは知っていました。しかし、本書を読むと、ハキリアリについていかに自分が何も知らなかったかを思い知らされます。

 「ドイツの昆虫学者がブラジルのアマゾン流域で高地の森を調べたところ、アリ類とシロアリ類(すべて社会性昆虫)だけで動物のバイオマス(その時点でその空間内に存在する生物量)全体の30パーセント近くを占めていた。ハリナシバチ類(熱帯に多い花粉食のハチ)とポリビア類(南米に多いアシナガバチの仲間)も加えれば、昆虫のバイオマス全体の75パーセント以上が社会性昆虫である」(単行本p.13)

 つまり、アリやハチなどの社会性昆虫は、量でみれば昆虫の大半を占めており、そういう意味では、彼らこそが地球生物の代表といってもよいのです。社会性昆虫は進化の頂点に立っており、特にハキリアリの社会性ときたら、その群れ自体が「超個体」と呼ばれるほど、極めて高度に発達しています。

 「一匹一匹はじつはアリであってアリではない。大事なのはコロニー全体。コロニー全体を一匹の生き物ととらえて初めて、単独性の動物一匹と同等の存在になる。アリとそのコロニーがどんな性質をもち、どう進化してきたのか。それを明らかにするにはコロニー単位で考える必要がある」(単行本p.15)

 「一個のコロニーは、自分で自分をつくり上げる能力をもつひとつのまとまった存在であって、一個の生物と同じように自然選択のルールが働く単位だと研究者たちは考えている」(単行本p.144)

 コロニー全体が一つの超個体であり、生存競争も、新陳代謝も、繁殖も、遺伝も、すべてがそのレベルで行われている。構成要素である「アリ」は、その役割に応じて形態や能力が特化した、いわば細胞に相当するというのです。

 この観点からすると、ハキリアリ・コロニーは巨大生物と言ってよいでしょう。

 「チャイロハキリアリの平均的な巣を調べたところ、1920個もの部屋があり、うち238部屋に菌とアリがすんでいた。ハキリアリの巣の上には、巣づくりのときに堀りだした土が積みあげられており、その重さはじつに40トンにも達していた」(単行本p.132)

 「地上のアリ道は収穫場所と巣をつないでいて、長さは250メートル以上に達することもある。アリ道は位置が変わらず、消えることもないため、巣の構造の一部とみなされている。(中略)ハキリアリ専用の高速道路であり、草が生えたりゴミが散らかったりしないように「道路整備係のアリ」がいつもきれいにしている」(単行本p.140)

 地下深く、そして地上広くに、「身体」を広げた超個体。その「自分で自分をつくり上げる、精微な社会システム」の凄さには、もう感嘆の他はありません。

 例えば、菌園の世話をする作業は、「葉を運び込む」、「かみ砕く」、「押しかためて化学物質を添加する」、「倉庫に積む」、「畑に運んで植える」、「雑菌を取り除くなどの世話をする」、「畑の空調(温度と湿度を一定に保つ)」などの作業に、それぞれ専任のアリが割り当てられ、それらのアリはその作業に特化した大きさや形状をしているといいます。

 巣の防衛を見ても、運ばれてゆく葉の上にヒッチハイクして上空から来る寄生バエと戦う仕事、脊椎動物と戦う仕事、他のアリと戦う仕事、という具合に作業は細分化しており、それぞれに専任アリがいるというから驚きです。

 「ハキリアリが進化の過程で分業の仕組みをつくるにあたっては、いろいろなサイズの働きアリを生みだすことを基本としながらも、パーツの大きさを複雑に変えて多種多様な形態をつくり、必要以上に階級を細分化するよりも、行動を変化させて役割を分担する道を選んだ」(単行本p.83)

 同一の基本デザインをもとに、身体パーツおよび制御プログラムを交換することで様々な専任アリを作り出す。見事です。

 しかし、それだけではありません。多種多様に分化したアリが全体として一つの超個体として機能するための情報伝達システム、これがまた凄いのです。

 「研究者がフェロモンで印をつければ、道がどんなに曲がりくねっていても絶対に見失わない。(中略)フェロモン1ミリグラムで地球を60周することができ、しかも脱落者は5割程度しかいないというからすごい」(単行本p.90)

 フェロモンなどの化学的信号の欠点は、伝達までに少し時間がかかること。そこで緊急時やタイミングが重要なときには、ハキリアリは音響コミュニケーションも使うそうです。つまり、摩擦音によって連絡を取り合うのです。

 そして、アリ同士だけではなく、栽培されている菌(キノコ)とアリの間でもコミュニケーションが行われているというから唖然とさせられます。アリには検知できず、菌にとっては有害な物質を葉に添付してやると、しばらくしてアリはその葉を運ばなくなるというのです。

 「弱った菌がメッセージを送るという仮説を証明するには、解くべき謎がもうひとつある。菌園担当のアリがどうやってそのセッメージを受けとり、どうやって葉を集めるアリに知らせるかだ。これについて最近行われたドイツの研究がある」(単行本p.105)

 「アリは自分たちが栽培している菌の品種を認識していて、コロニー内に違う品種の菌が入りこむと自分たちの菌を守ろうとする。2005年のデンマークの実験から、アリにこの区別をさせているのは菌であることがわかった」(単行本p.106)

 「ハキリアリはさまざまな工夫をして菌園の衛生状態を管理している。 たとえば、よそ者の菌類を見つけたらすかさず抜きとる。つくりたての清潔な菌園に正しい菌糸を植えつける。違う品種の菌を拒絶する成分を含んだ糞を肥料にする。有害な菌や微生物の繁殖を抑える物質を分泌する。あるいは、栽培している菌の成長を促すホルモンをつくる」(単行本p.111)

 「つい最近、今度はアリの陣営にいる味方が確認された。やはりアメリカの研究者グループがハキリアリ・コロニー80個の菌園を調べ、窒素固定菌を見つけたのである」(単行本p.122)

 栽培されている特定の菌種とハキリアリは深い共生関係にあるわけです。考え方を変えれば、菌(キノコ)こそが主役であり、コロニーはその手足および繁殖器官だと見なすことすら可能。アリは自分たちが共生している菌だけを食べ、菌はアリとコミュニケーションをとって行動を制御し、こうして菌とアリ、さらに様々な微生物を含む複雑な生態システムが、一つの超個体として機能しているわけです。

 いったいどこの星のエイリアンの話かと思えますが、前述したように彼ら社会性昆虫こそが地球生物代表とも言えるのです。生命観や自然観がぐらぐらと揺らいでくる思いがします。

 というわけで、驚異の生物、ハキリアリについて様々な最新の知見を得ることが出来るのみならず、その異質で見事な進化の離れ業を目の当たりにして生命観すら変わってしまいかねない、素晴らしい一冊。80点をこえるカラー写真が収録されており、眺めるだけで興奮してきます。ただし、アリやその群れの拡大写真は苦手という方、要注意です。


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