SSブログ

『人のセックスを笑うな』(山崎ナオコーラ) [読書(小説・詩)]

 「もし神様がベッドを覗くことがあって、誰かがありきたりな動作で自分たちに酔っているのを見たとしても、きっと真剣にやっていることだろうから、笑わないでやって欲しい」(Kindle版No.746)

 山崎ナオコーラさんのデビュー作の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(河出書房新社)出版は2004年11月、文庫版出版は2006年10月、電子書籍版出版は2007年05月です。

 「油絵を勉強したかったオレは、高校を出たあと一年間予備校に通ってから、三年制の学校に入った。19のときにユリと、出会った。デッサンIIの授業の先生だったのだ。そのとき彼女は39歳で、まあ、見た目も39歳だった」(Kindle版No.25)

 美術学校に通う19歳のありふれた男子学生と、39歳のぱっとしない女性教師。歳の離れた不倫カップルの恋の顛末を描いた作品です。

 何となくつき合い始めて、とりあえずやっちゃって、それなりにのめり込んで、次第に疎遠になって、後からすでに終わっていたことに気づく。当人たちは盛り上がっているけど他人から見るとひたすらしょぼい、そんな普通の恋愛が書かれます。

 「「脱がせちゃった」と彼女が言ったとおり、確かにくつ下は、脱がされた。でも、その後また履いて帰った訳で、買ってもらういわれもないのだが、そのくつ下をくれるということが、何か告白でもするような気持ちでくれているように感じられる。つまり、「昨日のことは嘘じゃないよ」と言ってくれているようで、オレはまじめな顔してコンビニの袋を受け取った」(Kindle版No.180)

 絵のモデルになってほしいと女教師から頼まれた若者。アトリエに何度か通ううちに、だんだん着衣が少なくなってゆき、やがて「くつ下」を脱がされたとき・・・。

 ありきたりなシチュエーションなのに、「昨日、脱がせちゃったから」と言いながら彼女が新しいくつ下を翌日そっと手渡してくれる、という場面がひどく印象的。「まじめな顔して受け取った」というのも、妙な滑稽さにつながっていて、いいですね。

 それから先も、当人たちに感情移入すれば感動的、そうでなければ滑稽でみっともない、そんなシーンが続きます。

 「ユリは泣き始めたみたいだ。涙を、オレは舐めた。彼女の気持ちはよくわかった。大事な人と抱き合って新しい年を迎えるということは、陳腐なようでいて、実は奇跡だ」(Kindle版No.476)

 「セックスできない期間に、足の裏の皮が剥けた。オレはハサミで、剥けている皮を切り取った。 その皮が愛しくて、手に載せて、心ゆくまで眺めた」(Kindle版No.
702)

 当人たちにとっては愛の奇跡でも、他人から見ればただの阿呆、という恋愛の見苦しい側面が身も蓋もなく表現されていて、個人的にはぐっときました。

 併録されている短篇『虫歯と優しさ』も、やはり恋愛のそういう側面をずばっと切り取っていて、新鮮です。

 「それから、ラーメンを食べに行った。煮出しの薄口しょう油ラーメンだ。運ばれてくるまで指ずもうをして遊んでいて、テーブルにラーメンが置かれると左手を握り合ったままで、右手でスープを飲んだ。私たちはいつも、人目を気にするなんてこと、なかった」(Kindle版No.962)

 そんな二人の別れ話はこうですよ。

 「私は、伊東さんのことを、頭が良かったり、面白かったりするから、好きだったんじゃないよ。冷蔵庫にハミガキ粉を入れているところが、本当に好きだったんだよ」(Kindle版No.979)

 「・・・・・・どうしてこんなに可愛い人と、僕はもう、付き合えないって、思うんだろう」(Kindle版No.983)

 この痛痒ーい感じ、嫌いじゃないです。

 恋愛小説はあまり得意じゃない、というか苦手なんですが、本作は大いに楽しめました。実は、他人様のみっともないコイバナのその見苦しさを愛でる、という性癖があるのかも知れません。というわけで、けっこう気に入ってしまったので、他の作品も読んでみようと思います。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: